大手テック企業は“良心”を取り戻せるか? テクノロジーの悪影響について問うオンライン講座の試み

テクノロジーが社会にもたらす悪影響について考えを深めるオンライン講座が、このほど米国で開講した。テックワーカーたちが自らが手がけてきたサービスや製品について再考するきっかけにもなる講座を提供するのは、「有意義な時間」という考えを広めてきたトリスタン・ハリスらが率いる非営利団体だ。
3 Young Business people in siloette
PHOTOGRAPH: HENRIK SORENSEN/GETTY IMAGES

「テック系の技術者でテクノロジーがもたらす害について考えながら仕事をしている人なんて、ほとんどいません」──。人間性に根ざしたテクノロジーについてのオンラインコース「Foundations of Humane Technology」の説明は、そんな言葉から始まる。「このコースは、あなたがすでにもっている力を発揮するためにあるのです」

そんな言葉を、ブランドン・リードはまさに聞きたいと思っていた。

リードがシニアソフトウェアエンジニアとしてLyftに入社したのは2019年5月のことで、世界に変化をもたらせると期待してのことだった。ライドシェア事業を展開するLyftは30年までにすべての車両の電気自動車(EV)化を目指しており、車両を管理するリードの部門はその実現のために動いていたのである。

「これまでテック業界でやってきたほかの仕事と比べると、意義のあることをしているように感じました」とリードは言う。「仕事を通じ、変化を促している手ごたえを感じたのです」

ところが、同じ19年にLyftが上場を果たすと、リードの部門では車両のレンタルプログラムの料金を引き上げることになった。この動きにリードは戸惑った。値上げはLyftのドライバーにどのような影響を与えるのか。リードの上司らは、収益性を考えなければならないと言っていた。

さらに20年になると、ドライバーを従業員として扱うよう定めた州法を覆す住民投票において、Lyftは多額の資金を投じて反対キャンペーンを展開したのだ。「この件については懸念がありました」と、リードは振り返る。Lyftが州法に反対する広告を自社アプリで展開する様子を目にしていたのだ。やがて自分の価値観と会社の価値観は相容れないと判断し、リードは20年末にLyftを去ることになる。

このころからリードは、自分の存在意義という大きな疑問について考えるようになった。自分は何者なのか? これまでの人生で何をしてきたのか? エンジニアであることはリードのアイデンティティのひとつだが、社会問題や環境問題について思慮深くあることもそうなのである。

こうしてリードはしばらく仕事から離れ、再び学校で学ぶことを検討しながら、テック業界に自分の居場所はあるのかと考えた。そして数カ月前、答えを求めてインターネットを検索するうちに、こうした疑問のすべてに答えてくれそうなオンラインコースを見つけたのである。それが冒頭のFoundations of Humane Technologyだった。

テクノロジーが社会にもたらす悪影響

3月半ばに正式にスタートしたこのオンラインコースを手がけるのは、非営利団体のCenter for Humane Technologyである。団体のこれまでの主な活動は、テクノロジーが社会にもたらす影響を巡る不安を言語化し、発信することだった。「有意義な時間」(ユーザーが画面を見ている時間に代わる指標)や「人の能力の低下」(テクノロジーが人間の認知能力に与える長期的な悪影響を示す)といった言葉を提唱し、広めてきたのである。

設立者のひとりである元グーグル社員のトリスタン・ハリスが、検索大手のグーグルが人々から搾取する性質をもっていると指摘し、注意を促したのは13年のことだった。その後ハリスはテック業界を離れ、テクノロジーを健全な状態に立て直す活動に取り組んでいる。

Center for Humane Technologyのウェブサイトを訪れたリードは、同団体の最近の活動実績を知った。そのひとつは20年公開のNetflixのドキュメンタリー作品『監視資本主義: デジタル社会がもたらす光と影』である。この作品は「製品を使うためにお金を払っていないなら、あなた自身が製品である」という考え方をミームとして世に広めた。

リードはさらにページをクリックし、同団体が提供するコースについて知った。コースの対象者は「人々の注意と意思を神聖なものとして扱い、ウェルビーイングを守り、不測の事態を最小限に抑え、人類が直面する喫緊の課題を解決するために力を合わせたい」と考える技術者である。リードは興味を引かれ、現時点では仕事をしていないことから受講を決めた。

グループセラピーのようなコミュニティ

これまでCenter for Humane Technologyが取り組んできたことの多くは、テック業界が抱える問題を特定することだった。しかし『監視資本主義: デジタル社会がもたらす光と影』の公開以降、テック界隈の人が次々とやってきて解決策はあるのかと尋ねてくるようになったと、同団体のエグゼクティブディレクターのランディマ・フェルナンドは語る。「質問を投げかけてくる人々は、誰もが『本当にこの番組の通りで心配している。これからどうすればいいのか』と思っていたのです」

今回開設されたコースの目標のひとつは、そうした問いに答え、リードのように問題について考えたいテックワーカーに直接語りかける点にある。コースは8つのパートからなり、合計約8時間の講義と、ワークシートを使った作業や考えを深める演習、任意参加のZoomでのグループディスカッションがある。一気に取り組んだというリードは、2週間ほどかけてコースを修了したという。

テック業界がもたらす有害な影響について何年も研究してきた人からすると、このコースには新しい発見が少ないと感じるかもしれない。ソーシャルメディア企業が人間の弱点につけ込んできたことは事実だが、それはいまに始まった話ではないのだ。しかし、こうした見方を最近知った人にとっては、有益なスタート地点となる。

コースのあるパートでは、人を説得するテクノロジーの心理学を取り上げ、使い手をより尊重するプロダクトをつくるための「人間性に根ざした設計のガイド」を提供している。別のパートは自分が最も重視する価値観を認識し、仕事とどう結びついているのか考えるよう促す内容だ。

コースの最後のワークシートでは、70歳になった自分がお茶を飲みながら人生を振り返ったとき、何を思うかと問いかけている。「振り返ってみるとどんなキャリアでしたか? あなたはどのように世界に影響を与えましたか?」

漠然としている、と感じるだろうか。そうでもないかもしれない。ただ、フェルナンドはテック業界に警鐘を鳴らす必要が大いにあると感じ、こうしたワークシートや振り返りはテックワーカーが立ち止まって自分たちのつくっているものについて考えるきっかけになると考えている。

これに対してアマゾンを20年に退職したスパルナ・チッバアは、テック業界のペースが早いことから、働く人に自身の目的や価値観についてじっくり考える余裕がいつもあるとは限らないと指摘する。「仕事をこなすために高い報酬をもらっているわけで、それができなければ基本的に仕事ができていないとみなされます」と、チッバアは言う。

チッバアはリードと同じころにFoundations of Humane Technologyを受講し、講義の内容について話し合うZoomのセッションで同じような考えをもつ人のコミュニティがあることを知った(ZoomのセッションはCenter for Humane Technologyが主導しているもので、今後も開催する予定だという)。

セッションはグループセラピーのようだったと、リードは説明する。「こうした話題について安心して掘り下げられる人たちと知り合えます。本音で話せる場なのです」

何よりも、自分がなぜ好条件の仕事を辞めたのか多くの人には理解してもらえなかったが、ここでは「ひとりではない」と実感できたという。

集団で変化を起こせるか

危機感をもつテックワーカー向けのツールキットを提供した団体は、Center for Humane Technologyが初めてではない。Omidyar Networkの「Tech and Society Solutions Lab」は18年と20年に、テック系企業やスタートアップ内で倫理についての話し合いを奨励することを目的としたふたつのガイドを公開している。

これに対してCenter for Humane Technologyのコースの新しい点は、「人間性に根ざしたテクノロジー」の推進という急速に広がる運動からコミュニティを生み出そうとしている点だ。課題を感じているエンジニアが、ひとりで会社のビジネスモデルや慣行を変えることは難しい。しかし、同じような考えをもつ人たちが集まれば、変化を起こせるかもしれない。

Center for Humane Technologyによると、これまでに3,600人のテックワーカーがコースを受講し始め、数百人が修了した。「人間性に根ざしたテクノロジーを広める取り組みとしては、過去最大規模になります」と、同団体で動員活動の責任者を務めるデイヴィッド・ジェイは語る。

Center for Humane Technologyでは何年か前から危機感を抱く技術者たちの一覧をつくっていて、新設したコースへの参加を直接呼びかけているという。また、いくつかの提携団体や「主要なソーシャルメディアを含む幅広いテック系企業で働く同志」を通じて、活動を周知していく予定だ。

埋められないほど深い隔たり

テック業界が団結して価値基準を再考するタイミングがあるとすれば、それはいまだろう。テックワーカーの需要は大きく、企業側が働き手の要望を聞かざるをえなくなっている。とはいえ、これまで企業は社員の訴えに必ずしも耳を傾けてこなかった

こうした企業は、法規制のようなより大きな圧力がかからない限り、事業のインセンティブを利益から社会意識に方向転換する可能性は低い。

元アマゾンのチッバアは在職中、「人間性に根ざしたテクノロジー」の理念を自分たちのチームに取り入れようと試みたが、会社全体の文化を変えるには不十分だったという。「会社のビジネスモデルを常に意識せざるをえないのでは、何をやるにしてもそれが影響力をもつのです」とチッバアは言う。

コースの最後のパートは「Changing the Culture of Technology(テクノロジーの文化を変える)」と題し、この点を取り上げている。協力してくれる人を見つけて小さな変化を起こすことから始め、仕事に新たな「成功」の定義を取り入れるようテックワーカーの背中を押す内容だ。また、先のパートで取り組んだ「現在の生活と、価値を感じ大切にしたいと思うこととの隔たり」について振り返るワークシートも用意している。

しかし、多くのテックワーカーにとって、その隔たりは埋められないほど深いものかもしれない。トリスタン・ハリスをはじめ、業界で積極的に批判の声をあげてきた人たちが大手テック企業を去っている事実も驚きではない。内側から改革を起こそうとする者は、脇へと追いやられてしまいがちなのだ。

リードは22年秋、デザインエンジニアリングの修士課程に進学する予定でいる。テック業界で倫理にかなった仕事をする方法が見つからなかったのだ。Foundations of Humane Technologyの受講はリードに再びテック業界での就職を促す代わりに、「歴史のどちら側」にいたいのかを問いかけたのである。

WIRED US/Translation by Noriko Ishigaki/Edit by Nozomi Okuma)

※『WIRED』によるテクノロジーの関連記事はこちら


Related Articles

毎週のイベントに無料参加できる!
『WIRED』日本版のメンバーシップ会員 募集中!

次の10年を見通すためのインサイト(洞察)が詰まった選りすぐりのロングリード(長編記事)を、週替わりのテーマに合わせてお届けする会員サービス「WIRED SZ メンバーシップ」。毎週開催のイベントに無料で参加可能な刺激に満ちたサービスは、無料トライアルを実施中!詳細はこちら