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ある平日の昼下がり。映画監督で30歳のオーウェン・クラインは、マンハッタンにあるガラス戸の会議室のソファに座っていた。青いベロアフリースを身にまとっており、フリースにはダンサーが着けているようなブローチが付いている。
クラインの眼鏡はクロッキーズのようなホルダーに通され、首からぶら下がっていた。ぎこちなさそうなたたずまいとは裏腹にクールな装いをしている彼は、まさしくニューヨーカーのようないでたちをしている。
クラインの両親、ケヴィン・クラインとフィービー・ケイツはふたりとも俳優だ。妹はインディーズ界隈のスター、フランキー・コスモスである。10代のころには映画『イカとクジラ』で弟役を演じた。サフディ兄弟とA24が製作した初の長編映画『Funny Pages(コメディコミックの意味)』は、2022年8月26日から米国で公開されている。
この映画は大人になっていく“いばらの道”を描いたコメディ映画で、16mmのフィルムカメラで撮影された。主人公のロバートは、カートゥーン作家になるために郊外の家を出て、地下のボイラールームで不思議な中年たちと共同生活を始める(その中年のひとりが放つ「荒くれ者のデニスがパチンコをもってやがる」というセリフは、今年に入って観たシーンのなかで最も好きな場面のひとつかもしれない)。
この映画は、一度でも観れば頭から離れることはないだろう。「始めから終わりまで実に不快で、笑えるシーンがひとつもなかった」と、映画カルチャーメディア「Deadline」のレビュー記事には書かれていた。ところが、記事を少し読み進めると、「この映画はカルト的な人気を博すことだろう」とある。
監督のクラインは若くして特異な視点と、奇妙なことに挑戦する自信をもっていた。「コメディってそういうものだと思いませんか」と、クラインは言う。「“現実”に片足だけでも入れておけば、理屈から外れた構想をつくりあげる言い訳ができますよね」
──この映画は、どんなきっかけでつくり始めたのでしょうか?
キャラクターたちを10年前につくりあげて、いろいろやらせてみたんです。もともと『Robert in the Boiler Room(ボイラー室のロバート)』というコミック作品を描いており、ボイラー室に自ら入って満喫できるような少年ってどんな人なんだろうと──考え出したことが、この映画の始まりですね。
脚本の初稿を2014年から15年の間に書き上げてからは、制作会社の興味を引こうとしたんですけど、誰にも読まれなかった時期が何年も続きました。そうこうしている間に、ジョシュ・サフディーに読まれたんです。
──ジョシュとはどうやって知り合ったんですか?
ジョシュがボストン大学を卒業してからだから、ぼくが15歳のころからの知り合いでした。サフディ兄弟の短編映画には、ただただ衝撃を覚えましたね。ジョシュがニューヨークに戻ってきたときに、いくつかの作品でショットガンマイクを持ったり、『John's Gone』という短編にベニー(サフディ)と出演したりしました。
ふたりと一緒に根を詰めて脚本を書き上げて、作品をどんなトーンや感性に仕上げるか知恵を絞り合いましたよ。登場人物の性格が徐々にかたち付けられたのは、ふたりのおかげです。
そんなこんなで現場入りして、地下室のシーンから撮り始めました。ぼくがコミック版を描き始めたところから始まっているような気がして。そのシーンから作品のトーンが決まったような感じです。
子役と年配の役者たちにグリセリンを吹きかけたのは楽しかったな。撮影監督のショーン・プライス・ウィリアムズはずっと「もっと汗をかけ。もっとだ。もっと汗を吹きかけろ!」って言ってました。あとは霧に少しこだわりたかったので、スモークマシーンをよくいじっていましたね。スチームバスのような雰囲気をつくりたくて。老人が入るサウナみたいな感じをね。
──もともと16mmカメラで撮影したいと思っていたんですか?
ずっとそのつもりでした。10代前半のころに『イカとクジラ』に出演しましたが、あれは16mmカメラで撮られていたんです。あの作品は誰かの自伝映画ではありませんが、内面を引き出してくれたパーソナルな映画でした。
ずっと監督することだけを考えていて、演者になりたいと思ったことは一度もありません。でも、監督のノア・バームバックがぼくに弟を演じてほしいって言うので、小さな映画のセットのなかに入れるし、ぜひやりたいと思いました。
そして出演する代わりに、撮影監督のボブ・イェーマンにシーンのデザインや演出、ブロッキング(場面ごとのカメラリハーサル)を教えてもらう約束をしたんです。『イカとクジラ』のシーンはすべて手持ちカメラで撮影されました。ウィップパンが使われたシーンがたくさんあったり、安っぽい自主制作のコメディ映画の文脈があの映画にはふんだんに盛り込まれていたんです。スタッフたちがどこでどんな判断をするか、カメラを自由に回しながら意図的に操作している様子を見るだけでインスピレーションを受けましたね。
──それでは、16mmカメラで撮影することは何年も前から考えていたのですか?
高校時代には、16mmのカメラにこだわっていたんです。フリーマーケットで見つけた昔のカートゥーンを集めて、使われなくなった古い映写機を学校の図書館からもらって映していました。
あとは、ニューヨークにある「アンソロジー・フィルム・アーカイブス」の地下でいろんなものを掘り当てていましたね。高校生のころにそこでインターンをしていて、アーキビストのアンドリュー・ランバートを少し手伝っていたんです。ぼくの友人です。当時は収蔵されていたハリー・スミスの目録づくりを手伝っていて楽しかったな。
でも、そこに収められていた作品のほとんどはクッチャー兄弟のものばかりで、個人撮影されていた作品は全部16mmで撮られていました。少なくともミッドセンチュリーのころは、薄っぺらいポルノとか独立系のプロダクションとかの撮影に使われていて、あとは金もちがホームビデオを撮るぐらいでしたし。なので、16mmを使って撮影することは、頭の片隅にずっとありました。
──『Funny Pages』を16mmで撮ってみて、カメラに対する考えは何か変わりましたか?
このカメラは作品にとても合っていると思います。もともとこの作品は、くすんで灰色がかった感じにしたくて、現代のキラキラした美学的な感性に少し逆らうものにしようと思っていました。気色悪さや無機質さが欲しくて。でも、撮影が始まってラッシュ(音声の入っていない未編集映像)が入ってきて色鮮やかなコダックのフィルムを使っているうちに、「ルーニー・テューンズ」のような飽和した色に変更しようと決めました。
撮影は経済的に進行できましたね。フィルムで撮影することに意味を見いだせるのであれば、手段はいろいろありますよ。ほかに犠牲にしなくてはならないものはありますけど。
フィルムカメラで撮影すると、普段とは別の集中力が芽生えてくるんです。本当に大事なものが何なのか感じなくてはなりません。ストーリーボード(絵コンテ)にいろいろ書き込まなきゃならなくて、学ぶことは多かったです。でも、高校時代にアニメーションを理解しようと決意していたことが、ここで役に立ちました。
その当時、フランク・タシュリンのカートゥーンに出会ったんです。ワーナー・ブラザースがつくっていたルーニー・テューンズのアニメーターで、映像作家とスタジオディレクターになりたかったらしいんですが、カートゥーン作家として生涯を終えています。
ですから、彼はカートゥーンを使ってさまざまな表現をしているんです。どれだけギャグを詰め込めるか。見たこともないようなアングルをどれくらい入れられるか。カットやウィップパン、アングル、変な方法でダフィーの口の下に潜り込むなど、タシュリンの作品には映画的な文脈がたくさん詰まっています。口じゃなくて、くちばしだね。だってダフィーはアヒルだから。
──現代の美学に逆らいたいとおっしゃっていましたよね。16mmカメラで撮影することで、同世代の文化に反抗しているように感じますか?
ぼくは世間知らずなんですよね。このカメラについてもそんなに詳しくはありません。映画の予告編も観たことはないし。古い雑誌と猫と“死体”と一緒に住んでいます。死んだ猫と骸骨、猫の骨とね。古いもののほうが好きなんです。
この映画は密閉された空間でつくられました。文化から切り離されていたのはキャラクターたちで、郊外や地下室といった環境がそれを後押ししたんです。この映画で大切にしたかったのは、真空パックされた雰囲気でした。
──多くのレビュー記事は、この映画を『イカとクジラ』のように遠回しな自伝映画だと評しています。特に主人公の置かれている恵まれた境遇を受け入れない様子がそうかと思いますが、この深読みは正しいのでしょうか?
この映画は自己批評的な作品だと思います。ぼくが16歳か17歳くらいのころを、ちょっとばかにしていて。映画に織り込まれている要素や環境は、ぼくにとってなじみがある部分が多いです。主人公の一部はぼくを映し出していると思いますし。あそこまで怒りっぽくはなかったけど。
でも、物語にドラマを生み出すためにも、黒歴史になるような決断って必要ですよね。ぼくは高校を中退したことはありませんが、ずっと憧れていました。
──高校はどこに通ったんですか?
え? 高校は…………えーっと……。ロックンロール・ハイスクールです。
(WIRED US/Translation by Naoya Raita)
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