「ガスコンロの禁止」を巡る論争が、米国でイデオロギーの対立を生んでいる

米国の政治家たちがガスコンロの禁止を巡って争っている。ガスコンロは環境や人々の健康に害を与える化学物質を排出しているが、電力価格が高騰するなかガス禁止への反対意見も根強い。
A bright neon blue flame emitting from a gas stove.
ガスコンロを巡る騒動はTwitter上の政治論争にとどまらず、化石燃料を室内で燃やすことの危険性について市民に啓発している。Photograph: NORRIE3699/Getty Images

支持政党を示す新たな方法が、身近なところで生まれているかもしれない。自宅のキッチンという、とても身近な場所でだ。

米国では2023年1月に入って“ガスコンロを巡る論争”が再燃し、イデオロギーの違いで意見が分かれている。研究者や規制当局、民主党の政治家たちがガス調理器具から排出されるガスの問題を指摘する一方で、保守派は自分の好きなように料理する権利を主張しているのだ。

議論は急速に“加熱”している。まさにガスコンロと同じようにだ。

「狂気に陥ったホワイトハウスの連中がガスコンロを取り上げに来たら、わたしの死んで冷たくなった両手からガスコンロを引き剥がすことになるだろう。取りに来てみろ!」と、下院議員(テキサス州)のロニー・ジャクソンはツイートしている。これを引用した下院議員(ニューヨーク州)のアレクサンドリア・オカシオ・コルテスは、「ガスコンロから放出される二酸化窒素への継続的な暴露が認知能力の低下に関連していることをご存知ですか?」とツイートした。

ガスコンロの使用で有害物質

ガスコンロは文化戦争の渦中にある。この状況は、ジョー・バイデン大統領が推進している電気自動車(EV)への移行に対して、費用が高くて不便だと一部の共和党員が批判する構図とよく似ている。

人々はガスコンロの燃え盛る炎に強いこだわりがあり、その調理のスピードと正確さを好む。共和党にとっては、バイデンの気候変動に関する政策をこき下ろし、政府の行き過ぎた政策と決めつけるための、もうひとつの問題なのだ。

Directly Avobe View Of Heated Ceramic Stove Top
キッチンでの加熱調理の熱源として、一般的にはガスとIHが選択肢になる。それぞれ一長一短あるが、熱効率の高さや温室効果ガスを直接排出しないIHに軍配が上がる点も少なくない。

この議論をあおるような新しい情報はほとんどない。科学者たちは、ガスコンロが環境や人々の健康に害を及ぼす可能性のある有毒ガスを排出することを以前から知っていた。

しかし、政治家がTwitterで議論することの利点がひとつある。それは、ステーキを焼いたり、鋳鉄製の鍋やフライパンを加熱したりする際に最適な強力なガスコンロが、いかに健康に悪影響を与えるかを知る人が増えていることだ。

「ガスコンロは思っていたほどクリーンではないことがわかってきています」と、エネルギー、公衆衛生、そして環境に焦点を当てた政策研究機関「PSE Healthy Energy」の上級研究員であるエリック・ルベルは指摘する。「気候問題だけ、健康問題だけではありません。同時に両方に影響を及ぼす問題なのです」

ルベルの研究によると、ガスコンロからは影響の大きい温室効果ガスであるメタンが放出されていることが明らかになった。ガスコンロを使っていないときでさえ、メタンが漏れているというのだ。さらに燃焼中のガスコンロは、呼吸器系を刺激する二酸化窒素も排出する。

また科学者たちは、ガスコンロからの排出物を健康問題に直接的に関連づけ始めている。環境シンクタンクのRMIが主導した2022年12月の調査では、米国の子どものぜんそく症例の12.7%がガスコンロに起因する可能性があることがわかった。

オーストラリアの研究者も18年の研究で同様の結論に達し、子どものぜんそく症例の12.3%がガスコンロに起因する可能性があることを明らかにしている(キッチンに効率的な換気システムがあれば、この数値は3.4%に低下する)。しかし、ぜんそくは複雑な病気であり、遺伝、アレルギー、感染症、大気汚染や煙などのガスコンロ以外の汚染物質への曝露にも影響される。

ガスコンロからは発がん性ガスのベンゼンも漏れる可能性があることが、ルベルが携わった別の研究では明らかになっている。換気が悪く排出量の多いガスコンロを備えた狭いキッチンでは、喫煙者との同居と同じレベルになる可能性があると、ルベルは指摘する。

米国の都市では規制の動き

今回のガスコンロ論争に火をつけたのは、米国消費者製品安全委員会(CPSC)のリチャード・トラムカ・ジュニアの発言だった。トラムカは1月9日付けのブルームバーグの記事で、ガスコンロが「隠れた危険」であり、禁止する可能性も含めて「あらゆる選択肢が検討されている」と語っている。また、そのような規制は新製品に対して適用されるという。

バイデン大統領は、ガスコンロを禁止する計画を支持していない。CPSCの委員長は声明を発表し、「ガスコンロのガス排出量を調査し、健康リスクに対処する新たな方法を模索している」と説明したうえで、ガスコンロの禁止は考えていないとしている。

だが、規制の動きははすでに起きている。ロサンゼルス、サンフランシスコ、シアトル、ニューヨークなど、米国のいくつかの都市では、新築時におけるガス器具の使用を禁止するさまざまな法律が制定された。ニューヨーク州のキャシー・ホークル知事は、同州内のすべての新しい建物のオール電化という野心的な目標を支持している。

一方で、人々の間には抵抗があり、ガスコンロは広く使用されている。米国人の3分の1以上、欧州人の30%以上がガスコンロを保有している。レストランは激しい炎の力を借りて調理する料理をつくる能力を失うことや、電気はガスよりコストが高いので電気代の上昇を心配している。

ガスコンロを電気コンロやIHクッキングヒーターに交換することは個々の家庭では可能だが、簡単にできることではない。IHクッキングヒーターの価格帯は1,100ドル(約14万円)から4,400ドル(約57万円)だが、安いガスコンロや電気コンロはそれぞれ500ドル(約65,000円)、600ドル(約80,000円)で買える。

さらに、IHクッキングヒーターでは特定の調理器具しか使えない。また、電気コンロはIHクッキングヒーターより安価だが効率が悪いので、長期的に見て電気代が高くなる可能性がある。

差し迫った問題ではないが……

いずれにせよ、経済的な余裕がなかったり、賃貸住宅に住んでいたりすることで、新しいコンロにすぐには交換できない人はたくさんいる。PSE Healthy Energyのルベルは、人々が有害な排出ガスへの暴露を減らすためにできることがあると言う。例えば、ガスコンロを点火するたびにレンジフードの排気機能を使うといったことだ。特に家の外に空気を排出するレンジフードの使用が有効という。

それが難しい場合は、ガスコンロ近くにある窓を開け、扇風機で新鮮な空気を循環させるてもいい。また、スロークッカーや電気ケトル、電子レンジ、オーブントースター、卓上IHコンロなどの小型の電化製品を購入し、ガスコンロ以外の調理器具を使って料理することもできる。空気清浄機も役立つと、専門家は言う。

ガスコンロの大規模な使用禁止は、差し迫ったものではない。政府がキッチンにやって来て、誰かが愛用しているガスコンロを「死んで冷たくなった手」から引き剥がすという考えは、さらにディストピア的な未来への恐怖にすぎないのだ。

研究者たちは、ガスコンロが長期にわたって健康にどのような影響を及ぼすかを、まだ完全には特定できていない。だが、懸念するに十分な証拠は揃っている。

「これは燃焼生成物の問題なのです」と、ルベルは言う。「わたしたちは文字通り、家の中で化石燃料を燃やしています。それは温室効果ガスの排出量だけでなく、わたしたちの健康を直接的に左右するガスの排出量にも影響を及ぼすでしょう」

WIRED US/Edit by Daisuke Takimoto)

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