英国領のジブラルタルに、世界で初めて「暗号資産を使える証券取引所」が誕生することの意味

英国領のジブラルタルで、株式や金融商品を暗号資産(仮想通貨)で取引できる世界初の統合型取引所を設立する計画が進められている。暗号資産による金融商品の直接取引が可能になることで、この地にキャピタルゲイン課税を避けたい資産家たちが世界中から引き寄せられることになるかもしれない。
The Rock of Gibraltar
PHOTOGRAPH: DARK_ENI/GETTY IMAGES

英国の起業家で金融事業を営むリチャード・オデル・ポウルデンは、彼の立ち上げたベンチャーが、家を買いたいビットコイン長者というサーヴィスの行き届いていない層のニーズを満たせることを期待している。

スペイン南部の半島に位置する英国領のジブラルタルに拠点を置くポウルデンの会社のValereum(当時の会社名はValereum Blockchain)がジブラルタル証券取引所(GSX)の株式の80%を取得し、従来の株式や金融商品を暗号資産で取引できる統合型の取引所を設立する計画を発表したのは2021年10月のことだった。

ジブラルタルの金融規制当局がこれを承認すれば、「ザ・ロック」とも呼ばれる英国の海外領土に、このような統合型の証券取引所が世界で初めて誕生することになる。これにより暗号資産の大富豪たちは、トークンの価値をようやく最大限に享受できるようになるとポウルデンは語る。

暗号資産による直接取引を可能に

ジブラルタルは租税回避地であると長いこと思われてきたが、ここ数年は世界の暗号資産とブロックチェーンの中心地になることを目指し、ジブラルタルに拠点を置きたい暗号資産関連の企業のための法規制の枠組みを整えてきた。

暗号資産による金融取引を認めることで、膨大な暗号資産を保有しながら収益の手立てにできないでいる人たちの大きな問題を解決できると、ポウルデンは語る。

取引所で仮想通貨を法定通貨に両替すると、ほとんどの場合で取引手数料やキャピタルゲイン課税といったコストがかかる。また、例えば不動産を購入するときに、暗号資産を担保にすることも極めて難しい。暗号資産の相場は乱高下しやすく、通常より多くの担保が必要になるからだ(ビットコイン保有者に聞いてみるといい。今年に入ってからビットコインの価格は23%下落している)。

マイアミに拠点を置くMiloのような新興企業がこうした状況を変えられると主張しても、ウォール街の銀行もこの分野に参入しようとしていても、現時点において暗号資産を担保にした融資は「とても好ましい状況とは言えない」と、ポウルデンは指摘する。

「暗号資産をより魅力的な資産にすること」をValereumは目指しているのだと、ポウルデンは語る。「暗号資産の一部を上場されている証券に替え、それを担保に融資を受けることで家を買えるようになるのです」

Valereumのエグゼクティヴディレクターのパトリック・ライル・ヤングによると、GSXの買収が成功した後も、取引所は通常の証券取引所と同じように機能する。ただし、証券の取引は法定通貨ではなく、暗号資産でもできる点で異なる。具体的には、暗号資産を株式と交換することができ、株式は取引所が所有する信託会社が預かることになる(Valereumは信託会社の設立を専門とするジブラルタルの会社Junoを2021年12月に買収した)。

株式はどの企業が発行したものでもよく、それを銀行でのローンの申し込みといったほかの金融活動の担保として利用できる。簡単に言えば、コレクターズカードを交換するようなものだ。どちらにも利があり、仲介者には何も入らない。

このかたちであれば、取引は暗号資産での購入とみなされ、暗号資産を法定通貨に替える必要がないとヤングは言う。「ビットコインの保有者がいちばん避けたいのは、ビットコインを売ることです。暗号資産を売れば、莫大なキャピタルゲイン課税を支払わなければなりませんから。暗号資産を使い、暗号資産建ての別の資産を買うなら課税はありません」

そして信託会社に預けた株式を使い、それを例えば住宅ローンの担保にすることができるわけだ。

ValereumがGSXの買収を発表した際には、証券取引所での取引に利用できる仮想通貨としてビットコイン、ドージコイン、カルダノ、イーサリアム、テザーを挙げていた。しかし、最終的に利用可能な仮想通貨はまだ調整中だと、ヤングは説明する。また、ヤングはValereumが暗号資産の取引をどのような技術で運用するかについて、詳細は明かしていない。

ブロックチェーン技術(暗号資産のネットワークを支えるデジタルな分散型台帳)は、取引の管理をひとつの組織ではなく複数のコンピューターが担うことから、金融に透明性をもたらすと謳われることが多い。暗号資産業界、特にDeFi(Decentralized Finance、分散型金融)の分野は、非代替性トークン(NFT、ノンファンジブル・トークン)などの新しい商品や資産の検証の場となっている。

Valereumの買収提案が成立するには、ジブラルタル金融サーヴィス委員会(FSC)の承認が必要となる。Valereumはまだ買収の引き金となるオプション権を行使していないが、FSCとは「頻繁に連絡をとり合っている」と、ヤングは語る。

買収が成立した場合、Valereumは証券取引所のインフラに投資する目的で、5,000万ポンド(約78億円)を資金調達する予定だという。「もっと集めるかもしれません。1億ポンドを調達するかもしれないということです」とヤングは語る。同社は、これまでに株式の発行により100万ポンド(約1億5,000万円)を調達している

ジブラルタルが進めた法規制

ポウルデンが買収の計画にジブラルタルを選んだのは、この土地に家族とのつながりがあったことだけが理由ではない。ジブラルタル政府が暗号資産事業の規制を整えようといち早く動き、それがほかの国に対する競争力となっていたことが大きいのだと、ポウルデンは説明する。

ジブラルタルにおいて、すべての暗号資産関連の事業がFSCから営業許可を得るために遵守すべき9つの原則(まもなく10項目に更新される)が制定されたのは2018年のことだ。ジブラルタル政府の上級幹部であるポール・アステンゴは「こうしたルールは一般的に、金融業界に向けて定められるものです」と説明する。「しかし、ブロックチェーン業界はとても新しいので、非常に厳格なルールを設けると常に変更や更新をしなければならず、ブロックチェーン企業に課したい規制の確実さが損なわれてしまうのです」

会計・コンサルティング大手であるグラントソントンのディレクターのカーメル・キングは、FSCの従業員数はわずか80人ほどであるにもかかわらず、ジブラルタルで芽吹いた暗号資産セクターの監督において優れた成果を出していると言う。「小規模であるということは、より機敏に動けるということです」と、彼女は語る。

一方で、規制当局は監視の目を怠ってはならないとも指摘する。「規制があるから悪質業者がジブラルタルに来ないという考え方は危険です。満足していては足元をすくわれます」

現状、暗号取引所のHuobiやBullishなど15社がジブラルタルに本社を置いている。ジブラルタル政府のアステンゴによると、世界最大で間違いなく最も議論を呼んでいる取引所のBinanceもジブラルタルへの本社の移転を検討している。

成果がまちまちな過去の取り組み

ジブラルタルの暗号資産業界の有力者を引きつける努力が実を結ぶ一方で、暗号資産の金融サーヴィスで新境地を開こうとした過去の試みの成果はまちまちである。仮想通貨の発行で資金を調達するイニシャル・コイン・オファリング(ICO)やトークンセール(ICOに似ているがトークンを売り出す)のブロックチェーン企業による実施が信じられないほど急増した18年、ジブラルタル証券取引所はジブラルタルブロックチェーン取引所(GBX)を立ち上げている。

GBXは暗号資産の取引所とICOのプラットフォームを兼ねた機関だったが、ICOによる資金調達が衰退するとともに失速し、オーストラリア企業のMine Digitalにより21年に買収された

GSXの取引所で暗号資産の金融商品を扱う試みには、成功したものも失敗したものもある。例えば、ビットコインで運用される上場投資信託(ETF、ポートフォリオの値動きによって価値が決まる金融商品)として、金融機関iStructureとArgentariusが発行する「BitcoinETI」の取り扱いをGSXが発表したのは2016年のことだった。

ところが、2017年2月までにこのETFは上場廃止となり、同年9月にはiStructureが手がけたさまざまな金融商品もGSXから外されている。Argentariusは認可の要件を満たせなかったとして、取引所から締め出された

一方で、GSXが2020年に取り扱いを開始したカナダの3iQが運用するビットコインのETFはうまくいっているようだ。このETFは、いまでもGSXのプラットフォームから購入できる

暗号資産と金融セクターの統合が実現?

ジブラルタルは、新興の産業が成長しやすいエコシステムをつくることに関して実績がある。ジブラルタルの国内総生産(GDP) 30億ドル(約3,460億円)の約25%を占めるのは、オンラインギャンブル関連の企業だ。ジブラルタルの金融サーヴィスとゲーム担当大臣であるアルバート・イソラは19年の演説で、ブロックチェーンの産業を同様の規模に成長させたいと語っていた。

イソラが13年に政府に加わる前に弁護士として勤めていた現地の法律事務所Isolasのパートナーのジョーイ・ガルシアは、「ザ・ロック」にとって暗号資産企業を引きつける磁石のような存在になることは、金融まわりの規制を書き換えるよりも達成可能な目標であると指摘する。「証券市場とそれに関連する複雑さをどうにかすることは非常に興味深い分野ではありますが、ずっと難しいことなのです」とガルシアは語る。

そうした複雑な問題こそあるが、Valereumの望んでいる統合が起きるのは時間の問題だと、グラントソントンのキングは考えている。「それが向かうべき方向性なのです」と、彼女は言う。「英国では230万人以上が暗号資産を保有しています。主要な投資銀行はどこも暗号資産のトレーディングデスクを用意しています。金融セクター全体で統合が進んでいるのです」

WIRED US/Translation by Nozomi Okuma/Edit by Daisuke Takimoto)

※『WIRED』による仮想通貨(暗号資産)の関連記事はこちら


Related Articles

限定イヴェントにも参加できる!
『WIRED』日本版のメンバーシップ会員 募集中!

次の10年を見通すためのインサイト(洞察)が詰まった選りすぐりのロングリード(長編記事)を、週替わりのテーマに合わせてお届けする会員サーヴィス「WIRED SZ メンバーシップ」。毎週開催の会員限定イヴェントにも参加可能な刺激に満ちたサーヴィスは、無料トライアルを実施中!詳細はこちら