スペースX「スターシップ」計画、“失敗を恐れない”開発のこれから

2度目の試験飛行に挑んだ宇宙船「スターシップ」は、初回よりわずかに飛行距離を伸ばし、宇宙空間の入り口に到達したものの、その直後に爆発した。それでも一歩前進だと、宇宙産業界の専門家たちは言う。
SpaceX's Starship rocket launching from Starbase
スペースXのロケット「スターシップ」2回目の試験飛行の打ち上げ。2023年11月18日、テキサス州ボカチカのスターベースで。Photograph: TIMOTHY A. CLARY/Getty Images

創業者であるイーロン・マスクの夢が叶えば、スペースXの宇宙船「スターシップ」は、2020年代の後半には、宇宙飛行士や一般の旅行客を月へと運んでいるだろう。その10年か20年後には、火星旅行が実現しているかもしれない。軌道付近への到達を目指し、11月18日に2度目の試験飛行に臨んだこの巨大ロケットは、ステージ分離と宇宙空間への突入を果たすなど、4月20日の初回飛行を超える成果を上げながらも、離陸から約10分後に爆発した

11月18日の試験飛行は順調にスタートした。4月の打ち上げ時のように発射台からがれきが飛び散ることもなく、ロケットは無事に飛び立った。スペースXはその後、公式ウェブサイトを更新し、ほかにも技術面での画期的な進歩がいくつかあったと記している。33基のロケットエンジン「ラプター」がすべて作動したこともそのひとつだ。4月の試験飛行では、少なくとも6基が正常に機能しなかった。

「スーパーヘビー」と名付けられた大型ブースターの切り離しに成功した点でも、分離に失敗して機体が旋回を始めた4月の飛行を超えたことになる。スペースXのサイトには、「この規模の宇宙船としては、今回がこの技術の世界初の成功例となりました」と書かれている。

爆発はしたものの“前進”

とはいえ今回は、分離後のブースターが所定の地点に落下せず、メキシコ湾上空で爆発するという想定外の出来事が起きている。下段のブースターの燃焼が終わりに近づいたタイミングでエンジンが停止するはずだったが、その前に原因不明のトラブルが発生し、スターシップの自動飛行停止システムが作動して爆発が起きたという。

スペースXの管制チームは、ロケットとの通信が途絶えたと発表しているが、同社は11月21日の時点で、ロケットが自爆に至った原因および通信が途絶した理由を明らかにしていない。『WIRED』US版はこの点についてスペースXにコメントを求めたが、返答は得られていない。しかし、これもひとつの進化であったことは確かだ。4月の試験飛行では、停止システムが作動してから実際の爆発までに時差があったが、今回の自爆装置は正しく作動している。同社の公式サイトによると、スターシップは高度150km付近に到達し、「大気圏外への突入と、エンジンの持続燃焼を完全に近い形で達成した世界初の宇宙船」となった。

スターシップの飛行時間は目標としていた90分間に届かず、地球一周の旅も叶わなかった。しかし、宇宙産業の専門家たちは、今回の飛行を飛躍的な進歩とたたえている。「部分的な成功とはいえ非常に素晴らしく、極めて大きな前進だったと思います。起きるべき出来事がついに起きた、記念すべき瞬間でした」と、アトランタ在住の宇宙産業コンサルタントであるローラ・フォルチクは言う。

フォルチクは、スターシップの打ち上げ後にNASAのビル・ネルソン長官がソーシャルメディアに投稿した称賛のメッセージに触れ、「スペースXだけでなく、同社の最も重要な顧客であるNASA(米航空宇宙局)をも満足させる結果でした」と語る。ネルソンはX(旧ツイッター)に、「宇宙飛行は熱意と大胆なイノベーションが求められる大冒険です。今日の試験飛行では、学びとともに、再び飛び立つチャンスが与えられました。NASAとスペースXが力を合わせれば、必ずや人類は月へ、火星へ、そしてその先へと旅立つことができるでしょう」と投稿している

事故調査と環境への影響

NASAは月探査計画「アルテミス」の初回および2回目の月面着陸ミッションで使用する3号機と4号機に、スペースXの宇宙船を選定し、40億ドルを超える莫大な金額の契約を結んだ。同計画は、最後の有人月面探査から半世紀以上を経た26年と28年に、宇宙飛行士を月に送る予定だ。

打ち上げから間もなく、「今回のような試験飛行から得られる学びが、成功をもたらすのです。“人類の多惑星種化”を目指すスペースXにとって、今日の飛行がスターシップの信頼性をさらに高める役割を果たすことは間違いありません」とのメッセージがスペースXの公式アカウントに投稿された

では、次の展開はどうなるのだろうか?

スターシップの爆発事故を受け、米連邦航空局(FAA)がスペースXの事故調査を監督し、打ち上げや爆発によって環境上、安全上の懸念が生じていないことを確認することとなった。試験飛行の直後、FAAは次のような短い声明を発表している。「異常事態の発生により、機体は消失した。負傷者および公共物の損傷は報告されていない。FAAはスペースXが主導する事故調査を監督し、同社がFAA認定の事故調査計画そのほかの規制上の要件に準拠していることを確認する予定である」

4月の試験飛行後に行われた同様の調査はほぼ5カ月間に及んだ。最終的にFAAは63の問題点をリスト化し、これらの解決を飛行再開の条件としてスペースXに提示した。リストには、液漏れや出火を防ぐための機体の設計変更、堅牢性を高めるための発射台の再設計、各種安全システムの点検が含まれていた。この地域の鳥類やウミガメをはじめとする絶滅危惧種の生息地への潜在的影響を調査するため、新たな打ち上げ用インフラ設備には、米国魚類野生生物局(FWS)による査察が義務付けられた。最終的にFAAがスターシップの2度目の試験飛行を許可したのは、11月18日の打ち上げのわずか数日前だった。

FAAによると、事故調査の結果を受け、今後スペースXの新規打ち上げ許可申請要件には環境への配慮に対する審査が追加される。改良後の水冷式火炎ディフレクターが正常に作動するかどうかの確認も、審査内容に含まれる可能性がある。火炎ディフレクターは、スチール板の上から数百ガロンの水を勢いよく流し、デブリの飛散や騒音公害を抑える装置だが、その際に金属で汚染された水が放出されることはないという。マスクは11月19日、「たったいまスターシップの発射台の点検を終えたが、状態は申し分ない! 次回の打ち上げに向け、水冷スチール板を改修する必要はまったくない」と、放出された水の残る発射台の写真を添えてXに投稿している

スペースXが次にとるべき行動には、次のいくつかのことが含まれるとフォルチクは言う。今回の飛行でスターシップとの通信が途絶えた原因を解明すること、大気圏への再突入、降下、着水といった動作に備え、機体の整備を続けること、打ち上げ用のインフラ設備を当初の計画に沿って確実に機能させることだ。

今回、スペースXはロシアのソユーズロケットにも導入されている「ホットステージング」と呼ばれる分離方法を成功させた。ホットステージングとは、切り離しの後ではなく“直前”にブースターのエンジン出力を落とし、上段のスターシップ本体のエンジン点火を開始する技術だ。これにより上段部分が推進力を増し、宇宙船の積載容量がわずかながら増えるうえ、ステージ分離に伴うトラブルも軽減できるという。

その一方、ブースターが切り離されていない状態で、上段の本体部分からの排気を逃がす必要が生じる。これにより、スターシップ本体のエンジンからの出火がブースターに損傷を与える恐れもある。スペースXは公式サイトで、スターシップがホットステージングに成功し、上段のスターシップ本体に搭載された6基の「ラプター」エンジンも、分離前に無事に点火されたと発表している

NASAと異なる開発スタイル

これまでの試験飛行には、スペースXとNASAの開発スタイルの違いが表れているとフォルチクは言う。NASAは、各政府機関や連邦議会、ホワイトハウス関係者の監視のもと、あらゆる部品を完璧なまでにテストした後に、大型ロケット「スペース・ローンチ・システム(SLS)」や有人宇宙船「オリオン」の打ち上げに臨んでいる。それに対しスペースXは、打ち上げを何度も繰り返し、そのたびに改良を加えることで改善を図っているのだ。

セントラルフロリダ大学の惑星科学者で、宇宙経済学を専門とするフィル・メツガーも、フォルチクと同意見だ。「スペースXは、問題がすべて解決していなくても試験飛行に踏み切るという開発プロセスを変えようとせず、そのせいでいくつかの失敗を犯しています。ときに批判を浴びる方法ではありますが、それは結果的に安く済み、スピードの点でも早いことがわかっているのです」と彼は言う。

打ち上げの再開に向け、スペースXは改めてFAAの承認を得る必要があるが、それには現在FAAと共同で行っている事故調査を完了させなければならない。スターシップの初回の試験飛行から2回目の打ち上げまでには、事故調査とスペースXによる機体の設計変更および発射台の再建が行われたせいで7カ月の間が空いたが、3回目の打ち上げはもっと早く実現するかもしれない。「今回は、発射台に破損がなく、爆発地点の高度も前回を上回っているので、FAAの懸念は薄らいでいるはずです。スペースXには早めに承認が与えられるでしょう」と、コーネル大学に所属する航空宇宙エンジニアのニルーファー・カムランは言う。

ただし、打ち上げ施設のあるテキサス州ボカチカ付近の環境保護組織や地域団体による訴訟が係争中であることから、FAAが環境への影響に関する報告書を新たに作成せざるを得なくなった場合、より厳格で時間のかかる調査が行われることになる。そうなると、スターシップ計画に遅れが生じる恐れがある。

3回目の試験飛行は24年早々?

スペースXが連邦通信委員会(FCC)に提出した書類によると、同社は3回目の試験飛行を24年早々にも実施したいようだ。マスクはXへの投稿で、スターシップの機体は3~4週間で準備が整うはずだと述べている。今回も、地球をほぼ一周して再び大気圏内に入り、ハワイ沖に着水するという目標が設定されるだろう。

スペースXが有人飛行に挑むには、無人探査機による月面着陸を含め、少なくともあと数回は試験飛行を成功させる必要があるだろう。宇宙船を地球の軌道から戻すことと、宇宙飛行士を月から無事に帰還させることとは大違いだ。月旅行の実現には、突入スピードの改善と、さらなる高温に耐える宇宙船の開発が不可欠なのだ。

スペースXは、アルテミス計画の各ミッションにかなりの数のスターシップを提供することが決まっている。同計画では、地球の軌道上に配置された「推進剤デポ(貯蔵施設)」に補充する燃料を積んだ20機近いスターシップの打ち上げが予定されている。着陸船として改良された宇宙船が、このデポで燃料を補給し、月面着陸を目指すことになる。

初回の試験飛行から2回目までの間に、スペースXは一定の進歩を示した。それでもスターシップの技術者たちは、NASAや民間のパートナー企業とともにさらに多くの課題に取り組み、有人飛行に向けてロケットの安全性確保に努めている。フォルチクは言う。「試験飛行を重ねながら、彼らはさらに高い基準を自らに課しています。開発を急ぐ必要に迫られているからです」

WIRED US/Translation by Mitsuko Saeki/Edit by Mamiko Nakano)

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