値札に表れない食料システムの「隠れコスト」、世界全体のGDPの10%に及ぶ:国連報告書

世界の食料システムにおいて、健康や環境に負荷を与える「隠れコスト」が年間12兆ドルも発生しているとする報告書がFAOから発表された。高所得国では不健康な食生活、低所得国では貧困に関連するものが、隠れコストのうちの大きな割合を占めるという。
coco chocolate pod
Photograph: James Kendi/Getty Images

世界の食料システムが、人々の健康と地球に与えている影響について分析した新たな集計結果を国連が11月上旬、発表した。

食料システムとは、食料を生産・加工し、消費者に届けるための一連の流れのこと。国連食糧農業機関(FAO)が11月上旬に発表した2023年版「世界食料農業白書」では、世界の食料システムの「隠れコスト」は2020年、合計で12兆7,000億ドル(約1,900兆円)にのぼったと試算している。これは世界全体のGDPのおよそ10%に相当するという。

報告書は、いまの食料システムに組み込まれている健康、社会、環境へのコストを分析している。最も大きな影響があったのは「健康」で、FAOが算出した隠れコストの73%は肥満や糖尿病、心臓病などの非感染性疾患を引き起こす食生活に関連している。続く20%は「環境」だった。

「農産物を生産し、消費者に届けるためのシステムは、多くの課題に直面しています」と、FAOの農業経済部長デビッド・ラボルドは強調する。「報告書によって、これらの問題のコストを再認識できます」

低所得国の問題は貧困に関連

食料システムの隠れコストは、国ごとに大きく異なる。低所得国では、隠れコストのほぼ半分が貧困に関連している。考えられる要因は、農家が十分に食料を栽培できていなかったり、生産物の価格が適正でなかったりする点だ。こうした国々では、食料の隠れコストは平均でGDPの27%に達まで達していた。一方、高所得国では、わずか8%だった。FAOの算出では、所得や物価が大きく異なる国でも等しい水準となるように為替レートが決定される「購買力平価ドル(2020年)」を使用している。

こうした隠れコストは、相互に関連しあっている。ラボルドはチョコレートの主原料であるカカオを例として挙げる。カカオは主にガーナとコートジボワールで栽培されるが、現地の農家に支払われる報酬はわずかだ。そのカカオは主に高所得国、特に欧州の人々が食べている。砂糖をたっぷり加え、チョコレートバーにするのだ。欧州の人々がチョコレートを食べる量を少し減らして、その分より公正で高品質な製品を買うようにすれば、西アフリカの農家にはもっと多くの報酬が渡るのと同時に、欧州の人々の健康への影響も軽減される。

国をまたいだコスト計算は複雑

国をまたいだコストや価値の計算は非常に複雑だと、ノッティンガム大学食料システム研究所所長ジャック・ボボは語る。

例えば、EUのFarm-to-Fork(農場から食卓まで)戦略は、欧州の農地の4分の1で有機栽培を行い、2030年までに肥料使用量を少なくとも20%削減することを目標としている。こうなると欧州の環境コストは削減されるが、農場全体の生産性も低下するだろう。その結果、欧州はブラジルのような国からより多くの食料を輸入する必要が生まれてしまい、現地での森林伐採を奨励し、環境面での隠れコストをさらに増やす結果も予想される。

このような国境を越えた波及は無視されかねない。そのためボボは、FAOの「真のコスト計算」によって隠れコストを導き出そうとするアプローチをあまり好んでいないという。「自国の環境フットプリント(環境負荷)を、地球上で最も生物多様性の豊かな国々に輸出してしまうのであれば、持続可能なシステムはできません」。各国政府は、問題や解決責任を他国に横流しせず、食料システムの大きな問題を真に解消できているか意識しなければならない。

「なにか完璧なシステムがひとつある、というわけではありません。自然保護区域に近いなど、景観を守る意識が強い地域では、環境に配慮したアグロエコロジーや有機栽培がより必要な場合があります。一方で、もっと集中的に農業ができる場所もあります」

高所得国の不健康な食生活の問題

高所得国の多くが苦戦しているのは、人々の食生活だ。FAOの調査によると、高所得国では食料の隠れコストの80%以上が不健康な食生活に関連している。

関連記事:植物性の肉は世界の食料システムを救うのか? ある農家が“現場”を訪れシリコンヴァレーに問いかける

「外れ値」に目をやると事態を改善するヒントがあるかもしれない、とラボルドは語る。例えば日本は、米国やカナダのような国々と比べて、GDPに対する食料の隠れコストの割合が少ない。日本人は魚を多く食べる傾向にあること、また食料品が高価であるため、全体的に健康的な食生活を送る傾向にあることが理由として考えられるという。「日本には、品質の高い食品を重視する文化がある」とラボルドは考察する。欧米政府はここからヒントを得て、毎日肉を食べている人々に、週に1食か2食、肉の摂取量を減らす提案ができるかもしれない。

結局のところ、こうした隠れたコストを引き下げるには、政府の行動、個人の選択、そして食品業界のより責任ある行動の相乗効果が欠かせない。FAOはすでに来年の報告書の作成に取り掛かっている。この報告書では、各国が食料システムに実際にどのようなコストがあるのか把握し、真のコスト計算を導入できるよう、一連のケーススタディを紹介する予定だ。

WIRED UK/Translation by Rikako Takahashi, Edit by Mamiko Nakano)

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