最近の映画で「テック業界人」が悪役にされがちな理由

映画の世界では何十年にもわたり、悪役といえば顔に傷があったり邪悪な笑い方をしたりしていて簡単に識別できた。ところが最近の映画の悪役は、フーディー(パーカ)を着ている。
Edward Noton as Miles in Glass Onion
Courtesy of Netflix

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わりと最近まで、映画の悪役は簡単に見分けがつくものだった。顔に傷があったり、邪悪な笑い方をしたり、襟が異様に高かったりしたのである。

ところが近年は、こうした「ひと目でわかる特徴」が大きく変わってきた。現代における「邪悪な悪者」の特徴はタートルネックとフーディー(パーカ)になっており、「億万長者のテック業界人」が格好の悪役にされがちになっているのだ。

アカデミー賞で脚色賞にノミネートされたライアン・ジョンソン監督の『ナイブズ・アウト:グラス・オニオン』を見てみよう。物語は、グレーのTシャツを着た残忍な最高経営責任者(CEO)のマイルズ・ブロンを中心に展開していく(演じるのはエドワード・ノートン)。

ブロンは水素を基にした(危険な)代替燃料の発売を予定しているのだが、実は大バカ者であることが後で一気に明らかになる。観客はブロンを実在の億万長者であるイーロン・マスクと比較するはずだ。

ありふれた風景に潜む邪悪さ

こうした悪者はわかりやすい。最近の悪者のもっと邪悪な部分は、ありふれた風景に潜んでいる。例えば、1994年に公開されシリーズ化された映画『サンタクローズ』の後日譚となるテレビシリーズ「サンタクローズ ザ・シリーズ」だ(22年11月に「Disney+」で配信開始)。

物語は、引退するサンタ(ティム・アレン)が後継者を探すところから始まる。サンタが選んだのはフーディーを着た技術開発者で、ジェフ・ベゾスのようになりたいサイモン・チョクシー(カル・ペン)だ。

驚く人もいるかもしれないが、結局のところドローンを使った配達はクリスマスにふさわしいものではないことが判明する。サイモンが業界にもたらそうとするディスラプション(創造的破壊)は、悪いタイプの破壊だったのだ。その後、彼は自分の娘によって正しい道に引き戻される。

Facebookの原点を描いた映画『ソーシャル・ネットワーク』が2010年に公開されてから約10年が経ったが、最近はテック企業の裕福なCEOたちが悪者(これが言い過ぎならアンチヒーロー)として登場することが多くなってきている。18年の映画『アップグレード』では、AIチップの発明者イーロン・キーンが主人公だった(嘘みたいだが本当にこういう名前なのだ)。

21年の『ドント・ルック・アップ』には、タートルネックを着たIT企業家のピーター・イッシャーウェルが登場するし、21年の『フリー・ガイ』には、ゲーム開発会社の傲慢なCEOのアントワン・ホヴァチェリクが登場する。

マッド・サイエンティストの進化形

こうした傾向は、子ども向けの娯楽作品にまで浸透している。「サンタクローズ ザ・シリーズ」より前の21年に公開されたアニメ映画『ロン ぼくのポンコツ・ボット』には、テック企業幹部のアンドリュー・モリスが登場する。システムが自動的にデータを識別して収集するデータ・ハーベスティングを目論む悪者だ(映画でも実際にこの言葉が使われている)。

つまり、昔から映画に登場してきたマッド・サイエンティストが進化して、“マッド・ディスラプター”になったわけだ。しかし、なぜこうなったのだろうか。そして、なぜいまなのだろうか。

映画の悪者とは、常に社会不安をある程度は反映する存在だった。マッド・サイエンティストが最初に登場したのは核爆弾に対する不安があったからだと、英国のウォーリック大学で映画を研究するジェイムズ・テイラーは語る。しかし、テイラーは悪役が人々の不安を反映しているだけではなく、「不安をあおり、具現化して広める役目も果たしています」とも指摘する。

映画『スーパーマン』の宿敵レックス・ルーサーは、この「進化する邪悪性」を説明するにはぴったりの事例だろう。「このキャラクターは最初はマッド・サイエンティストでしたが、1980年代にはCEOになり、最新の映画ではジェシー・アイゼンバーグがテック業界人の特徴を見せつけました。こうした変化を文化的不安が変化しつつある状況に関連づけるのは簡単なことです」と、テイラーは語る。

結局のところわたしたちは、いまや科学者たちを「人類を滅亡させる新しい技術」と結び付けてはいないのだ。むしろ「現在の気候危機のなかでは、科学者はしばしば気高い人物として描かれています。つまり、いま地球が受けている被害を冷淡なCEOや政治家たちに認識させ、その被害を元に戻そうという空しい努力を続ける人物としてなのです」と、テイラーは語る。

いまや新聞を開くだけで、テック業界のリーダーたちの醜態が目にとまるようになった。イーロン・マスクのテスラでは半自動運転機能「オートパイロット」が動作しているクルマの衝突事故が頻発し、セラノス元CEOのエリザベス・ホームズは投資家をだました罪で11年の禁固刑となった。WeWork創業者のアダム・ニューマンは、妊娠を理由に従業員を差別したとして非難されている。こうした現実がフィクションで描かれることが増えたとしても不思議ではないのだ。

テック起業家がもつ「2つの顔」

『ロン ぼくのポンコツ・ボット』の脚本家のサラ・スミスとピーター・ベイナムは、自分の子どもたちがハイテクを利用することに関する懸念が、この映画のヒントになったことを認めている。この作品はコンピューターアニメーション・コメディーで、子どものためのコンパニオンロボット「Bボット」がアルゴリズムを使って、持ち主に友達ができるよう助けるという物語だ。

ロンという名前の1台のBボットが誤作動を起こしたとき、Bボットの製造元であるバブルのマーク・ワイデルCEOは興味を示したが、幹部のアンドリュー・モリスはロンを破壊しようとする。さらに、ほかのボットを使って、子どもたちを密かに監視して利益を得ようとする。

スミスはこうした脚本について、「このふたりの登場人物をマーク・ザッカーバーグのふたつの顔だと考えたのです」と語る。「理想主義者のほうは『世界を結びつけたい、団結力を強めるような何か驚くようなものをつくりたい』と言うのですが、もう一方が望んでいること、それは...」とスミスが言いかけたところで、ベイナムが助け舟を出すようにこう言った。「世界を支配したい!」

この映画の脚本を書く前にスミスとベイナムは、子どもたちが大手テクノロジー企業の策略に簡単にはまってしまうことに危機感を募らせていた。「娘はよく、『ママ、あの洗剤を買わなくちゃ。何でもいい匂いになるんだって』と言っていました」と、スミスは語る。「この映画をつくった理由のひとつは、こうしたことについて子どもたちとちゃんと話していないことにあります。どの家庭でも日々いちばん心配していることは、『画面を見ている時間』です。いまはまだ、わたしたちが何を恐れていて、何が危険なのかについて、きちんと時間をとって話し合う方法がわからない状態なのです」

ベイナムは、テック企業幹部を善人と悪人の両方として登場させたと語る。というのも、多くのテック業界人は自分を悪者だとは思っていないからだというのだ。「業界人たちは、世の中をもっといい場所にするという壮大な使命を負っていると思っています。こうした人たちは邪悪な人間ではなく、目隠しをされている状態なのです」

この映画で善人のマークはフーディーを着ており、どちらかというとザッカーバーグ風だ。悪者のアンドリューはタートルネックを着ており、スティーブ・ジョブズに似ている。億万長者の経営者たちと「いつもの服装」については、スクリーンでは非常に簡単にパロディーにできる。それもテック業界の悪者が登場する理由かもしれない。

「わたしたちはお決まりのものを利用し、スティーブ・ジョブズの服装を利用しました」と、スミスは認める。「この業界で働いている動機や人々の種類を、いくつかの大まかで単純なカテゴリーにまとめようとしたわけです」

「新たな技術に関する不安」の擬人化

テック業界人がテック業界人である限り、今後も映画に登場し続けていくだろう。結局のところ、こうした悪者は「新たな技術に関する不安」を擬人化するための簡単な方法なのだ。人間は人間的だが、電線やチップは人間的とは言えない(いまのところは)。

スミスは、テクノロジーには世界を変える「並外れた力」があると言いながらも、テクノロジーの裏にあるイデオロギーには危害を加える力もあることが多いと主張する。「子ども向けの映画は、子どもたちの生活のなかで実際に起きていることを扱うべきです。これ(子どもがスクリーン漬けになっていること)は、わたしたちの誰もが認識できる子育てにおける最も大きな変化です」と、スミスは言う。「(こうしたことについての)対話を引き起こすための文化的な方法を見つけることが、とにかくとても重要なのです」

そうした試みを、また新たなスクリーンでしなければならないとしてもだ。

WIRED US/Translation by Galileo/Edit by Daisuke Takimoto)

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