エネルギーを使わずにモノを冷やす方法

不可能のようだが、燃料を使うことなくモノを冷やす方法は存在する。放射冷却と呼ばれる方法だ。適切な素材を使えば、吸収する以上の熱を放射することができ、少しばかり温度を下げることができる。
feet hanging out bed
Photograph: Joseph Giacomin/Getty Images

この夏は暑い。記録のある限り最悪級の暑さだ。そしておそらく、この先もっと暑くなっていくばかりだろう。もはやエアコンは「あるとうれしい」ものでなく、必需品だ。

モノを冷やすにはいくつかの方法があるが、もっとも一般的なのは圧縮機と冷媒を使う方法だ。だが、こういう旧来のエアコンは修理が面倒だし高い上に、相当に電力を食う。アメリカでは2022年、全エネルギー利用の10%が空気を冷やすことに費やされたという。

わたしたちは、熱を冷ます別の方法を考えなければならない時に来ている。実は、モノの温度を下げる別の方策はある。エネルギーも燃料もいらないやり方、放射冷却と呼ばれる方法だ。適切な素材を使えば、吸収する以上の熱を放射することができ、少しばかり温度を下げることができる。信じがたいかもしれないが、物理学の“クール”な着想のおかげで、実際にうまくいくのだ。

すべてのモノは光を放つ

すべてのモノは光を放射する。すなわち、すべてのものは熱エネルギーを移動できるということだ。不思議に思うかもしれないが、まずは電球について考えてみよう。発光させるにはいくつか方法があるが、一番簡単なのは高温にすること。昔ながらの白熱電球がこれだ。電球の中のフィラメント(繊維)に通電して高温にすると光る(温度は1900℃くらい)。簡単だから白熱電球は100年以上使われてきた

でも、高温じゃないものはどうだろう? ジャガイモや、あなたの好きな靴、あるいはドアノブ? みんな光を発している。

光とは電磁波で、この波は光速(秒速約30万km)で移動するが、その波長はまちまちであることを思い出して欲しい。もしも電磁波の波長が400から700ナノメートル(ナノメートルは10億分の1m)ならば、それは可視光線と呼ばれ、人間の眼で認識することができる。ジャガイモ(室温)は最大密度9.8マイクロメートル(マイクロメートルは1000分の1mm)の電磁波を出している。この領域の電磁波を赤外線と呼ぶ。人間の眼では識別できないが、赤外線カメラなら写すことができる。

写真はわたしの犬だ。周囲より体温が高いため、少し違う波長の光を出している。赤外線写真では背景に溶け込むことはない。

Photograph: Rhett Allain

モノがほかのモノと熱をやり取りする方法は3通りある。もっとも一般的なのが、伝導だ。温度の違うモノ同士が接すると、熱エネルギーは高い方から低い方へと移動する。冷たいソーダの缶を手に持つと、缶が温まって手が冷たくなるように。

熱が移動するもうひとつの方法が、対流だ。気体と液体でのみ起きる。空気を例にとってみよう。熱源があるとする。例えばコンロ。火のついたコンロに近い空気が温まるのは対流によるものだ。温まった空気はその上にある冷たい空気よりも密度が低くなる。すると上昇して、冷たい空気が下に降りてくる。上昇した暖かい空気はさらにその上にあるもの、例えば天井に触れると伝導で熱を移す。コンロから天井へのこうした間接的な熱の移動は、対流による。

3番目の熱のやり取りの方法が放射であり、わたしたちが今本当に欲しいのがこれだ。高温のモノが赤外線を放射すると、ほかのモノがその放射を吸収できる。これがオーブンの仕組みだ。調理したいものをオーブンに入れると、熱源が高温になり、熱放射を始める(そう、これが赤外線と同じなのだ)。オーブンの中の食品は放射を吸収して温度を高める。

ここで、予熱したオーブンを想像して欲しい。スイッチを切って、ジャガイモを入れる。温まったオーブンは熱放射を続け、ジャガイモはその大半を吸収する。その結果、ジャガイモは温かくなって、オーブン内は冷める。通常のイモの調理方法ではないが、要は、モノが熱放射をすれば、そのモノの温度は下がるということを言いたい。

だが、わたしたちの周りのモノすべてが赤外線で電磁波を放射しているならば、ぜんぶ冷めていくのではないか? そんなことはない。リンゴをひとつテーブルに置いたら、リンゴは熱を放射する。と同時に、テーブルや空気、壁といったほかのすべてのモノから放射を吸収する。従って、同じ場所にあるモノがすべて同じ温度になったら、放射による冷却は起きない。

反射率と放射率

放射冷却を真に理解するには、もうひとつ考えなければならない大切な要素がある。反射率と放射率の違いだ。完璧な鏡を想像して欲しい。その鏡に届いた光はすべて反射される。となると、その鏡の反射率は1。鏡に届いた光は100%跳ね返されるということだ。

アルミホイルも光をかなり反射するが、すべてではない。反射率は0.88程度。つまり88%くらいが反射する。アルミホイルに届いた光のうち、残る12%は吸収されてホイルの温度を少し上昇させる。

今度は、光をまったく反射しないモノを想像して欲しい。もちろん少しは光を出す。だがそれは温度を持っているからであって、光を反射しているからではない。このモノの放射率は1で、これを「パーフェクト・ブラック・ボディ」と呼ぶ。すなわち、すべての電磁放射を吸収するという意味だ。つまり放射率とは本質的に反射率の反対なのだ。

反射率と放射率は光の波長によって変わる。眼に見える範囲(波長400から700ナノメートル)であまり反射しているように見えないからといって、赤外線の波長(約10マイクロメートル)でも同じとは限らない。犬の赤外線写真を見直して欲しい。床に反射が写っているのがわかるだろうか? 人間の眼には床の反射率が高いようには見えないけれど、赤外線では反射しているのがわかる。

反射性表面と放射性表面の違いを見分ける別の方法もある。下にあるのは、ふたつの室温のアルミ缶の赤外線写真。違いは、右の缶の側面だけマスキングテープが貼ってあること。上部には貼ってない。右の缶では、テープのために赤外線が反射していない。つまり、ふたつの缶は同じものでありながら、放射性が異なっている(わたしの指が右の缶に触っているのが見える)。

Photograph: Rhett Allain

左の裸のアルミ缶は赤外線反射率が高い。その一部がオレンジ色になって温度が高いように見えるのは、缶の熱ではない。右の缶に触れているわたしの手の熱の赤外線反射だ。

右の缶にテープを貼ったのは放射性を高めるためである。テープは赤外線を反射しないので、紫色は缶自体の温度を示しており、熱を持ったわたしの手のようなものの温度は示していない(右の缶の上部にテープは貼っていないため、反射性は高いまま。だからわたしの手の熱を反射してオレンジ色になっている)。

実生活での例をひとつ示そう。夏の暑い日、白い服と黒い服のどちらが涼しい? (反射率の高い)白シャツは太陽光を反射して熱がこもらない。一方、(放射性の高い)黒シャツは太陽光を吸収して熱くなる。従って、一般的には白を着る方がいい。とはいえ、黒い服の方が涼しいという奇妙なケースもある。

冷たい宇宙と放射

ある種の放射冷却は、どこかで経験したことがあるはずだ。例えば冬、空を見上げれば夜冷え込むかどうかがわかるだろう。晴れた夜、地表は赤外線エネルギーを放射して、この放熱によってグッと冷え込む。ただし、すべてのエネルギーが逃げていくわけではない。大気中の二酸化炭素が捕まえる赤外線の波長があるためだ。それがまさに温室効果である。それでも一部の波長(8〜13マイクロメートル)の赤外線は大気を突き抜けて宇宙に放出される(この波長域を「赤外線の窓」と呼ぶ)。

この働きが見られるのは、快晴の夜だけ。雲は赤外線の窓をブロックしてしまうため、赤外線エネルギーは反射されて地表に戻ってしまう。その結果、地面は温まったままになる。まるで地球がフワフワの曇でできた赤外線毛布を着ているようなものだ。

放射冷却は昼間機能しない。昼間も、モノの温度を下げる熱放射は起きている。しかし、大きな熱源である太陽がモノの温度を上げるために、熱放射の効果は帳消しにされてしまう。全体としてすべてのモノの温度は上がる。

ここで考えなければならない奇妙なことがひとつある。地表にある何かの温度が下がっているとしたら、物理の法則に反しているようように思える。ほかの何かの温度を上げない限り、モノの温度は下がらないからだ。例えば、家の中を冷やしてくれるエアコンは、家の外を温めている。氷を入れたクーラーボックスに入れたソーダ缶が冷えるのは、氷の温度が上がって溶けるからだ。

つまり放射によってモノが冷えるには、ほかの何かの温度が上がらなければならない。その「何か」が宇宙なのだ。宇宙への放射はいずれ月にあたって月の温度を上げるかもしれない。あるいは永遠に遠くまで熱は旅するかもしれない。

放射冷却パネルをDIY

太陽が輝いている時に、周囲の温度よりも何かを冷ますことは可能だろうか? 答えはイエスだ! 放射冷却パネルを手作りすることができる。可視光線の反射率が高く(太陽光で温まるのを防ぐ)、赤外線(特に波長8〜13マイクロメートル)放射率の高い平な表面が必要となる。可視光線の反射によってモノは温まらない。そして、赤外線放射が温度を下げる。反射された可視光線と赤外線放射は宇宙に放出される(いずれかの時点でほかの惑星にぶつかったら、そこを温めるかもしれないが、わたしたちが心配すべきことではないかもしれない)。

放射冷却パネルを機能させる方法がふたつある。とても簡単な方法は、反射性の高いアルミに透明なセロテープを貼るものだ。可視光線はテープを通り抜けてアルミで反射する(つまり反射性は高いまま)が、テープは同時に赤外線を放出する。とてもシンプルなので、わたしでも実験することができた。下は、アルミホイルに透明包装テープと普通のセロテープを貼り、ふつうの写真と赤外線写真を撮ったものだ。

Photograph: Getty Images

通常の写真だとアルミホイルはピカピカで、テープの位置はよくわからない。赤外線写真を見ると、空から届く赤外線を反射しているホイル全体は暗い色(放射性は高くない)だが、テープを貼った部分は温度が高く見える。つまり、ホイルの温度を放射していることがわかる。この単純な実験では、放射冷却効果以上に下の芝生の熱がアルミホイルを温めているため、大気温度よりも低くなることはなかったが、うまくいく予感はある。

実際、3M社は放射冷却テープ(ヒートスプレッダーテープ)を商品化している。仕組みは似たような感じに思えるが、テープ付きアルミホイルよりはずっと洗練されたものに違いない。

もうひとつの方法は、特殊な白ペンキを使うものだ。このペンキは可視光線の反射率が高く、赤外線も放射する。これがどう機能するのか、どうやってつくるのかを見せてくれるとてもいい動画がある。ひとつはTech Ingredientsのものだ。うまくいくように見えるが、実験室なしにつくるのは難しいかもしれない。NightHawkInLightの動画は、台所で配合可能かもしれない放射性塗料を紹介している。

さらに別の方策としては、ナノ粒子やハイドロゲルを使った、はるかに複雑な素材がある。あるいは、可視光線を反射し、赤外線を放射する生地も考えられる。

放射冷却のクールな応用がほかにふたつある。温度の低い放射冷却パネルと温度の高い地表の間の温度差を利用して熱電発電によって発電する方法(夜も使えるソーラーパネルのようなものだ)。あるいは、放射冷却を使った温度差によって大気から水を凝結させる方法。スターウォーズの砂の惑星タトゥイーンの水分凝結器のようなものだ。

これらすべては、電力なしにできる。いわば無料の冷却、天からの恵みなのだ。ただし、どれも単独では熱をほんの少し奪ってくれるだけで、エアコンの代わりにはならない。だが、千里の道も一歩からだ。

WIRED US/Translation by Akiko Kusaoi)

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