AIアシスタントなら、人間が忘れたこともすべて覚えていてくれる

スマートフォンに記録されているすべてのことにアクセスできるデジタルAIアシスタントなら、普通は忘れてしまうような生活の詳細も記憶できる。ただし、AIに生活のすべてを記録させるということは、プライバシーをさらけ出すことにもつながる。
Human head made from colorful spheres with brain missing
Illustration: Andriy Onufriyenko/Getty Images

人工知能(AI)の擁護者は、AI技術が人間の脳の延長として役立つ場面をいくつもリストアップする。アップルグーグルといった企業がAIを携帯電話に搭載しようと競い合うなか、わたしたちはこれらの次世代デジタルアシスタントを使って、人間本来の欠点、つまり「記憶力の悪さ」を改善する機会を手に入れたのだ。

アップルの音声アシスタント「Siri」を開発した会社を共同創業したトム・グルーバーは、記憶に依存するタスクを任せられる可能性こそが、人間の思考を真に模倣できるAIアシスタントの実現に向けた最初の大きな一歩だと説明する。

「記憶が、認知の最も基本的な根幹をなします」とグルーバーは言う。「それは機能的な内部ループであって、人間のほぼすべての推論の基礎をなします。日常の認知活動や計算のほぼすべての中心に、記憶があります。記憶は非常に多くの拡張が可能なのですが、人間は記憶があまり得意ではありません」

行動の詳細を記憶するAIアシスタント

人間の脳は物語の修復能力には長けているが、特定の日付、名前、顔など、詳細を思い出すのは苦手だと、グルーバーは指摘する。そこで彼は、デバイスにおける人の行動をすべて分析し、将来参照するときのために、詳細をすべてインデックス化するデジタルAIアシスタントの必要性を主張している。彼はスタートアップにアドバイスを与え、TEDトークでは、AIに人の記憶の肩代わりをさせることの可能性について講演してきた。

「いまはデジタルが介するあらゆる事柄を強化できます」とグルーバーは言う。「だからわたしは世界に向けて、それをつくろうよ、と呼びかけてきたのです」

記憶能力の拡大にはいくつかの方法が考えられる。技術アナリスト会社のMoor Insights and Strategiesで社長兼主席アナリストを務めるパトリック・ムーアヘッドは、携帯電話は近い将来、AIの力を利用し、のちに必要になるときのために数秒ごとにスマートフォンの画面をスクリーンショットのようなかたちで保存し続けるようになるかもしれないと予想する。そして、例えば誰かとの会話の内容を忘れたときや、3カ月前に会った人の名前を思い出せないときに、AIアシスタントに尋ねるのだ。すると、アシスタントがその問いに関係していると考えられるメール、メッセージングアプリ、LinkedInのダイレクトメールなどを呼び出して、答えを見つける。

「今年の終わりまでに、すべての端末のオペレーティングシステムにこの機能が搭載されると思います」としたうえで、ムーアヘッドはこう続けた。「マイクロソフト、グーグル、アップルの環境を横断するクロスアプリケーション機能が提供されるでしょう。スマートフォンでやることのすべてのスナップショットを記憶するんです。さらに、よりよい結果を得るために、それらを互いに相関させます」

一部のサービスはすでにその方向へ進んでいる。グーグルはScreenAIというシステムを開発している。スマートフォンのスクリーンショットを読み込んで、テキストを解釈し、その情報を使って質問に答えたり、情報をわかりやすく表示したりするシステムだ。同社は最近、独自のGemini AIを応用した検索機能や文書の要約機能、集めた情報から人間が思いつかないような洞察を得るAIを搭載したノートブック(日本には未公開)も披露した(アップルもいまではAIビジネスに参入していて、独自のAIモデルを開発する一方で、グーグルと手を結んでGeminiの力も借りている)。ほかの企業は退屈なオフィスでの雑用どころか、ビデオゲームさえもこなす、さまざまな種類のデジタルアシスタントを開発している。スマートフォン上の面倒なタスクをAIアシスタントにやらせる目的で、Rabbit R1Humane Ai Pinなどといったデバイスも開発された。Rewind.AIはあなたが起きて活動している時間のすべてからデータを集め、誰かの誕生日を忘れたときに思い出させてくれる。まもなく利用可能になるツールがほかにも山ほどある。

プライバシーが最大の課題

しかし次のステップは、これらのタスクのすべてをスムーズに統合したかたちでスマートフォン(あるいは携帯可能なハードウェア)に実装することだろう。人工知能ブームが拡がるいま、アプリ開発者たちはあらゆるものにAIを搭載しようと躍起になっている。その結果、行き当たりばったりで、まとまりがなく、複数のサービスを切り替えようとすると、とても不便に感じられることもある。

そうしたツールを連携させることが、このコンセプトの成否の鍵を握ると指摘するのは、CCSインサイトでコネクテッドデバイスを担当するアナリストのレオ・ゲビーだ。「それぞれのアプリがそれぞれの方法でAIを利用するちぐはぐな体験よりも、アプリから、エクスペリエンスから、あるいはコンテンツから何かを引き出すときに、それらを横断的に検索できる包括的なツールとしてのAIが求められています」

すべてがうまく組み合わされれば、夢のようなことが実現できる。想像してみよう。自分のデジタルアシスタントに向かって「先週おいしそうなラーメンのレシピを教えてくれた男は誰だった?」と尋ねると、その名前と、会話の要点と、必要な材料が揃う店をすぐに教えてもらえるのだ。 「物覚えが悪くて、何でも書きとめなければならないわたしのような人間にとって、そうなれば最高です」とムーアヘッドは言う。

それと同時に、個人情報の保護というデリケートな問題についても考えなければならない。「少し考えればわかりますが、最も重要な難問は記憶や転写ではなく、プライバシーの問題です」とグルーバーは言う。「記憶アプリ、思い出しアプリなど、名前はどうでもいいのですが、そのようなアプリを使うなら、“同意”という概念をより広く理解する必要があるでしょう」

個人的にはパーソナルアシスタントというアイデアが気に入っている一方で、グルーバーは、人々が何でもかんでもAIアシスタントによるサポート(あるいは監視)に頼るようになってしまうかもしれないとも、危惧している。そこで彼は、クラウドにリンクしていない暗号化されたプライベートサービス、もしくはリンクしていてもユーザーのデバイスに保存された暗号化キーでしかアクセスできないサービスを提唱している。さもなければ、使い勝手がいいばかりに、ユーザーがのちの影響を考えずにプライバシーを無意識にさらけ出すようになり、AIアシスタントがある意味“フェイスブック化”してしまう恐れがあると、彼は指摘する。

「消費者には、用心するよう啓蒙すべきです」とグルーバーは言う。「このようなものを、とても強く疑ってかかり、不気味だと考えるように、消費者に伝えるべきでしょう」

データのどこが重要かを決める権利

スマートフォンはいまもすでに、あなたのデータのすべてを吸い込んでいる。あなたが入力したデータも、居場所も、スーパーで何を買うかも、Instagramのどのアカウントで最も頻繁にダブルタップしているかも。言わずもがな、人間は新しいテクノロジーを受け入れるとき、安全よりも便利さを優先する傾向がある。「ハードルや障壁は、おそらく人々が考えるよりもずっと低いと考えられます」とゲビーは言う。「これまでの歴史を振り返っても、生活を快適にするテクノロジーは瞬く間に受け入れられてきました」。なぜなら、そこに大きな利点があるからだ。

集められたすべての情報を自分で操り、利用することで、これまで長年アプリメーカーやデバイスメーカーに情報を吸い上げられてきた痛みがいくらかは弱まるかもしれない。「スマートフォンはすでに情報を集めていて、その情報がいまのところは広告のためにだけ使われているのだとしたら、そのデータを自分でも利用できるようになるのなら、それは利点と呼べるのではないでしょうか?」と指摘して、ゲビーはこう付け加えた。「そのデータを活用して、役立つ情報が得られるのです。そうなれば、本当に有益だと言えるでしょう」

身ぐるみを剥がされたあとに、傘を1本だけ手渡されるような話ではあるが、しかし、もし企業がAIアシスタントをうまく機能させることに成功すれば、データ収集に関する議論は、データの責任ある利用法と真に実用的な使い方に重点を移すかもしれない。

結局のところ、わたしたちはデジタル収集された生活のどの部分が重要かを決める権利を企業に託すしかないため、完全にバラ色の未来を想像することはできない。記憶は認知の根幹ではあるが、その次のステップとして、意図が問われる。AIはわたしたち人間の行動のすべてを記憶できるかもしれないが、どの情報がのちに重要になるのかを決めるのは、また別の問題だ。

「わたしたちはパーソナルAIから、大いなる力と、大きな恩恵を得ることが可能です」とグルーバーは言う。しかし、こうも警告した。「利点が非常に大きいので、正しいパーソナルAIを、すなわち、プライバシーを保護する、安全かつ適切なパーソナルAIを手に入れるべきだという主張には、誰もが道徳的に納得できると思います。これがわたしたちの狙いです。もしパーソナルAIがプライバシーを重視せずにつくられてしまうなら、わたしたちはこれを正しくつくるという一世一代のチャンスを逃すことになります」

(Originally published on wired.com, translated by Kei Hasegawa, LIBER, edited by Mamiko Nakano)

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