2D謎解きアドベンチャーゲーム「In His Time」の主人公オリーは、いじめられっ子だ。学校に行けばテストの邪魔をされ、帰り際には閉じ込められる。事情を知らない先生には怒られてばかりだ。
家に帰れば家事がオリーを待っている。父親を亡くし、病に伏せる母の面倒を見る彼は、いわゆるヤングケアラー。幸せそうに見える隣家の家族の姿がまぶしく映る。
そんなオリーの孤独な日々に変化をもたらすのが、時計職人のジョセフとの出会いだ。彼との交流を通じ、オリーはいじめっ子たちや母、そしてジョセフ自身にも各々の「事情」があることを知る──。
暗号やパズルによる謎解き、そして影絵のようなビジュアルが特徴的な「In His Time」は、どこか仕掛け絵本をほうふつとさせる作品だ。それでいて、語られる物語は私小説のようでもある。
「わたしも父を病で亡くし、大きな影響を受けました」と、「In His Time」の開発者であるYonaは語る。「オリーの経験は自分の経験と重なるところが多いのです」
謎解き=相手を知る行為
「In His Time」のもうひとつの特徴が、その寓話性だ。
作品のテーマは「愛と赦し」。そのインスピレーションは、20世紀のとある児童文学作家の作品から得たとYonaは語る。
「パトリシア・セントジョンという作家が好きなんです。彼女の作品は、純粋な子どもたちが自分の罪と向き合ったり、付き合うのが難しいと感じていた人を愛せるようになったりする姿を描いています。自分もそんな作品をつくりたいと思いました」
セントジョンの作品の影響は「In His Time」がとるゲーム形式にも見られる。「セントジョンの本を読むなかで、相手を知ろうとする行為自体に愛を感じました。『In His Time』では、相手の心をひもといていく様子を謎解きアドベンチャーというかたちで表現しています」
メッセージは伝える。でも押し付けない
加えて、「In His Time」ではオリーが教会を訪れたり、聖書の一節が引用されていたりと、節目にキリスト教的な要素が登場する。それもまた、この作品がクリスチャンであるYonaの経験から生まれたからだ。
一方、伝えたいメッセージが強ければ強いほど、そしてそこに宗教という多くの日本人にとって馴染みの薄い体験が絡むほど、その伝え方は難しくなる。
「Yonaさんのクリスチャンとしての常識も、当然ながらクリスチャンでない人には伝わりません」。そう語るのは、「In His Time」のパブリッシャーであり、開発も支援した「講談社ゲームクリエイターズラボ」の担当編集である佐藤敏浩だ。「言い回しや表現の修正は何度となく繰り返しました」
メッセージの語り方も難題だった。「開発初期に(インディーゲームパブリッシャーである)PLAYISMの水谷俊次さんにプレイしてもらう機会に恵まれたんです。厳しい内容ばかりでしたが、特にメッセージが押しつけがましいことを指摘されました」
押し付けるのではなく、プレイヤーに想像させる──。ストーリーが展開する小さな島や架空の言語、影絵のようなビジュアルも、そのための舞台装置だ。「箱庭のようなイメージです」と、Yonaは語る。プレイヤーに直接語りかけるのではなく、箱庭のなかで起きていることを客観的に見てもらうことで、メッセージを間接的に受け取ってもらおうという試みだ。
そのメッセージ性とゲーム性のバランスが、謎解きと私小説、宗教と寓話を掛け合わせた「愛と赦し」の物語を生んだ。
「神様が喜んでくれるもの」をつくりたい
Yonaの作品づくりの原動力は信仰心だ。「ただ、自分の信仰心は一定ではなくて、波がありながら少しずつ成長していっています。そのなかで、つくりたいものも大きく変化していくと思うんです」
それがゲームという形態でなくなることもあるかもしれないと、現在26歳のYonaは語る。それでも、作品の軸がぶれることはない。
「いつだって神様が喜んでくれるものをつくりたいんです。わたしと同じバックグラウンドがない人にも、神様が伝えたいことの一部を見せられるような作品をつくりたい。『こういう考え方もあるんだよ』と。それができたら、きっと神様も喜んでくださるのかなと思っています」
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