民間月面探査プログラム「HAKUTO-R」ミッション1のランダー(月着陸船)がスペースXのロケット「ファルコン9」で月に向けて打ち上げられたのは、2022年12月11日のことだった。それから約4カ月半。月面資源開発に取り組む日本のスタートアップであるispaceが開発した月着陸船は、まさに月面着陸のときを迎えようとしていた。
成功すれば、民間企業として世界初の月面着陸になる。ところが、東京・日本橋にあるミッションコントロールセンター(管制室)と月着陸船との通信は途絶え、そのまま成否不明の状態が朝まで続いた。こうしたなかispaceは、4月26日午前8時の時点で「最終的に月面へハードランディングした可能性が高い」と発表した。
ispaceの創業者で代表取締役CEO&Founderの袴田武史は、26日未明の会見で次のように説明している。「ランダーの月面への着陸が確認できていません。得られた情報を基にエンジニアが調査を継続しています。月面着陸の(直前の)ところまで通信は確立できていたもようだが、現在はできていない状況のようです」
ispaceの月着陸船は4月26日の午前0時40分ごろ、月面から高度約100kmの位置で着陸態勢に入った。そこから自動制御による主推進系の逆噴射で減速し、姿勢を調整しながら約1時間後の午前1時40分ごろに月面に着陸していたはずだった。しかし最終的にispaceは、月面着陸と通信の確立を達成できなかったと判断している。
月着陸を目指す取り組みが続々
今回のミッションは主に技術実証を目的としたものだ。ispaceの月着陸船は、日本特殊陶業の固体電池やカナダのCanadensys Aerospaceのカメラを搭載。宇宙航空研究開発機構(JAXA)などが開発した変形型月面ロボットやアラブ首長国連邦(UAE)の月面探査ローバー「Rashid」などをペイロードとして積んでいた。
民間企業による月着陸への挑戦は、ispaceが初めてではない。19年にはイスラエルの非営利団体「SpaceIL」が月着陸船「Beresheet」による月面着陸を試みている。このときは人間のDNAサンプルのほか、クマムシ数千匹を含むペイロードと共に墜落して失敗に終わった。日本の取り組みとしては、JAXAの探査機「オモテナシ」が22年11月に初着陸を目指したが、姿勢制御できずに断念している。
こうしたなか、23年は民間による月面探査の実現に向けたさまざまな挑戦が予定されている。6月に打ち上げ予定のUnited Launch Allianceのロケット「Vulcan Centaur」のデビューフライトでは、米国のAstroboticが月着陸船「Peregrine」を月面に送り込む計画だ。Intuitive Machinesは2機の月着陸船「Nova-C」を月に送る予定で、さらに24年に1機を打ち上げる予定だ。Firefly AerospaceやDraperなども、今後数年のうちに独自の着陸船を月面に送り込むという。
イスラエルのSpaceILは25年に「Beresheet 2」で再挑戦を目指しているほか、Astroboticとispaceはすでに次期着陸船の打ち上げを見据えている。日本からはJAXAの探査機「SLIM」が、H2Aロケットによる打ち上げを8月以降に延期して実施予定だ。
月面探査の実現に向けた機運は確実に高まっている。さまざまな知見が積み重なることで、将来的に月面基地やコロニーの実現、そして火星などに向けた宇宙探査の拠点としての活用も可能になるはずだ。月面にあるとされる水の氷から、燃料となる酸素を抽出するような取り組みも実現する可能性がある。ispaceの挑戦は、こうした一連の取り組みの始まりなのだ。
残された大きな成果
実際にispaceの袴田は、『WIRED』への寄稿で次のように記している。「23年はispaceにとってだけでなく、月面開発において新しい幕が開ける年になるでしょう。そして、より多くの方が月面産業開発にかかわる機会が増える年になればと願っています」
袴田は会見でも、次のように意気込みを語っていた。「わたしたちが言えることは、すでにミッション1は非常に大きな成果を残したということです。月面着陸のところまで通信を確立できていたので、着陸までのフライトデータを確実に得られたということ。次の使命であるミッション2とミッション3に向けてナレッジをフィードバックして、次の技術の成熟度を上げていきたい」
「わたしたちは歩み続けます。絶対に月への挑戦をあきらめません」──。会見で語った袴田の言葉は、宇宙開発に取り組むすべての人たちに向けたメッセージでもある。
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