原油高騰で高まるEVの需要は、「最悪のタイミング」でやってきた

原油価格の高騰に伴いガソリン価格が上昇するなか、電気自動車(EV)の需要が高まっている。欧米が推進するEV化を加速するには好機となるはずだが、深刻化する半導体不足やサプライチェーンの停滞などが足を引っ張っている。
Charging of an electric car
PHOTOGRAPH: JACKY ENJOY PHOTOGRAPHY/GETTY IMAGES

ガソリンの価格を示すグラフが、まるで急な崖のような上昇線を描いている。

いま米国企業はホワイトカラーの従業員たちを再びオフィスに集め、ついに通勤の再開に向け動き出した。そして世界各国はロシアによるウクライナ侵攻に対する制裁として、ロシア産の天然ガスと原油の輸入禁止に踏み切っている。悪化の一途をたどる気候危機により、人類は大気中に排出する二酸化炭素量をできる限り抑える(さらには大気中から回収までする)必要にも迫られている。

それなのに、世界の二酸化炭素排出量のうち4分の1近くを運輸関連の分野が占めている。つまり、電気自動車(EV)を保有するなら、まさにいまがタイミングと言っていい。

実際、そう考える人は多いようだ。自動車関連情報サイト「Edmunds.com」では、ハイブリッド車やプラグインハイブリッド車、EVの検索数が、2月初旬からの1カ月で4割近く増加したという。3月の第1週だけでも18%増を記録している。

そして環境保護や安全保障を熱く訴える人々は勢いづいている。自然資源防衛協議会(NRDC)の上席弁護士は3月上旬、「ガソリン車を捨てよ」と米国の人々に呼びかけ、ウクライナで起きている有事の先を考えても「クルマに乗る人々はあまりにも長きにわたり、石油独裁者の気まぐれに左右される人質となってきた」と主張している。ロシアが起こした戦争により、米国のカーター政権(1977~81年)のかけ声だった「エネルギーの独立」が再び盛り返しているのだ。

需要に対して不足する供給

しかし残念ながら、クルマ、なかでもEVを購入するには状況が悪すぎる。新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)によるサプライチェーンの崩壊、生産ラインの停滞、EV関連補助金の方針を巡る議会の足踏みに加え、ロシアへの経済制裁に伴う新たな壁が立ちはだかっているのだ。

「現在のEVの需要に対してバッテリーも車体の生産能力も不足しており、絶好の機会を逃してしまっています」と、ニューカレッジ・オブ・フロリダの環境経済学者マーク・ポールは指摘する。さらに、ガソリン代の上昇に苦しめられている人たちにとって、EVへの乗り換えはなかなか手が届きそうにない。Edmunds.comによると、新たにEVを契約した場合のコストは2月の時点で平均60,054ドル(約740万円)で、自動車全体の平均コストより15,000ドル(約185万円)近く高い。

米国ではポストコロナの活動再開がもたらした需要増により、ガソリン価格はすでに高騰していた。一方で、世界の原油と天然ガス供給の鍵を握る国々は、パンデミックの影響で縮小した生産量の本格的な回復には踏み切っていなかった。

そこへ起きたのがロシアによるウクライナ侵攻だ。ロシアの産業に対する世界規模の制裁によって原油市場には甚大な圧力がかかり、世界中の原油価格を押し上げている。

米国の場合、原油の輸入に占めるロシアへの依存度は低い。それでもアメリカ自動車協会(AAA)によると、米国内のガソリン小売価格は3月11日に全米平均で1ガロン(約3.8ℓ)が4ドル33セントを記録した。カリフォルニア州では29日に5ドル91セントにもなっている。これは2008年の景気後退以来の高値だ。

深刻な半導体不足の影響

こうしたなか、ガソリン市場を襲った同じ災難が自動車産業にも襲いかかっている。

半導体はいまや玩具から電球、産業機械までありとあらゆるものに埋め込まれるようになり、その需要はパンデミック以前から拡大していた。自動車産業も例外ではない。最もベーシックなガソリン車でも、エンジンや安全システム、インフォテインメントシステムを動かすために100個程度はチップを必要とする。最新のEVなら1,000個を超えるだろう。

しかし、新型コロナウイルスのパンデミックによる供給不足の影響で、自動車メーカー各社は必要なチップの確保がますます難しくなっている。追い打ちをかけるように起きたウクライナ侵攻により、この危機にさらに拍車がかかるとアナリストらはみる。

半導体の製造にはレーザーの動力源としてネオンガスが必要だが、ウクライナはネオンガスの主要な製造国だ。米国は半導体の増産に努めているが、これから何年かは結果に結びつかないだろうと専門家はみる。

半導体不足が主な原因で、米国内の今年の自動車販売台数は例年を200万台下回る1,500万台程度にとどまるかもしれないと、自動車業界に長年かかわりサプライヤー向けのコンサルティングを手がけるウォーレン・ブラウンは分析する。「半導体不足はあらゆる方面に容赦なく影響します」

半導体不足はインフレとも連動する。米国の消費者物価指数は今年2月、前年同月と比べて7.9%上昇した。自動車メーカーの部品購入コストが上がれば、そのしわ寄せはおそらく買い手に及ぶと、ブラウンは言う。つまり、自動車の価格がすぐに下がることはないと言っていいだろう。

ウクライナ侵攻がもたらす混乱

ロシアによるウクライナ侵攻は、自動車関連のサプライチェーンにほかにも混乱を引き起こしている。ロシアはニッケルの主要生産国でもある。ニッケルはEVのバッテリーに欠かせない原材料で、各メーカーが1回の充電で走行できる距離の長い高性能車の開発に取り組むなか、その重要性はさらに増している。

ロシアからのニッケルの輸入は厳密には制裁で禁じられてはいないが、侵攻以降のニッケルの価格は世界的に高騰している。背景には、ロシア企業と取引を続ければ自社の評価が下がる可能性をメーカー側が懸念している側面があるのではないかと、国務省高官の経験があり、コロンビア大学で制裁措置について教えるエディー・フィッシュマンは言う。「連鎖的な影響が起きても不思議ではありません」

さらに米国の場合、EVの普及促進のための資金投入をこの先も進めるのか、進めるとすればどのようにするのかを巡る国レベルの議論が、業界全体の先行きを不透明にしている。

21年に可決された「インフラ法案」とともに議論された「Build Back Better(よりよい再建)」法案は、実現すれば最高12,500ドル(約150万円)の税控除が適用され、高額なEVの新規購入へのハードルがかなり下がると見込まれる。だが、同法案は上院で合意に至らないまま止まっており、今後の見通しには疑問符がつく。

EV化の理想と現実

EVを取り巻く危機は最悪のタイミングでやってきた。しかし、たとえ米国の生産ラインがEVを大量に世に送り出せたとしても、人々がすぐに購入する状態にはなかっただろうと、環境シンクタンクのブレークスルー研究所で気候・エネルギー担当ディレクターを務めるジーク・ハウスファザーは指摘する。

米国人は一般的に、15年から20年は同じクルマに乗る。「もし魔法の杖を使って、今日からガソリン車の購入を一切禁じたとしても、国内を走る自動車がすべてEVに置き換わるには15年ほどかかるでしょうね」

本来なら、EV化の動きは何十年か前から始めている状況が理想だった。市場が順応するには時間がかかるからだ。しかし現実世界をみると、米国のバイデン政権が掲げる目標は、30年の新車販売台数の4割をEVとするというものである。

いくつもの危機が同時に起きている現状を好転させるには遅きに失した感のある目標だが、それでも市場を動かすきっかけにはなる。「いまのさまざまなものの価格が示しているのは、市場は急には方向転換できないということだと思います。経済学者はよくモデルでそれが可能であるかのように示しますが、実際そうはいきません」と環境経済学者のポールは言う。「現実はもっとはるかに複雑なのです」

WIRED US/Translation by Noriko Ishigaki/Edit by Daisuke Takimoto)

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