新型コロナウイルス感染の長期後遺症「ロングCOVID」の治療法を確立せよ:打開策を模索する研究者たち

新型コロナウイルス感染の長期後遺症である「ロングCOVID」の治療法を確立すべく研究が加速し、その実態が多様な疾患の集合である可能性が浮き彫りになってきた。万能の治療法がないと考えられるなか、研究者たちは打開策を模索している。
woman wrapped in blanket touching her forehead
Oleg Breslavtsev/Getty Images

新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)から3年を経て、混乱が落ち着きを見せつつある。ナイトクラブで互いに汗をかき、誕生日を祝うろうそくの火を吹き消し、固い握手を交わす日常に戻っているのだ。いまも新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は流行しているが、ワクチンと治療法のおかげで、大半の人々にとっては以前より対処しやすい問題になっている。

だが、以前より対処しやすくなっている状況は、COVID-19の長期後遺症である「ロングCOVID」には当てはまらない。ロングCOVIDとは、新型コロナウイルスの最初の感染後も続く致命的かつ謎も多い疾患の総称である。このロングCOVIDに苦しむ多くの人々が置かれている状況は、以前とほとんど変わっていないのだ。

「この疾患の患者の治療に役立つ確立された方法は、まだありません」と、スタンフォード大学の新型コロナウイルス感染症罹患後症候群(PACS)クリニックの共同ディレクターのリンダ・ジェンは言う。ロングCOVIDの患者数の推定値には幅があるが、最大6,500万人とされており、フランスの人口とほぼ同じだ。

見えてきた「ロングCOVID」の実態

パンデミックから3年を経て、ようやく「ロングCOVIDとは何か」についての共通認識が形成されつつある。その結果、ロングCOVIDはさまざまな病態であることがわかった。単一の疾患ではなく、多種多様な疾患が集合している可能性が高い。すなわちどの疾患にも効く万能の治療法もないと考えられる。

ロングCOVIDにかかる原因は、あなたとほかの人とでは異なるかもしれない。例えば免疫系が身体を“攻撃”している可能性で、いわゆる自己免疫という現象にあるとする説だ。あるいは最初の感染から長期にわたって新型コロナウイルスの破片が体内にとどまり、免疫系を過剰に活性化させて疲れ果てさせているのかもしれない。

別の説によると、新型コロナウイルスが特定の臓器や組織に長期に及ぶ損傷をもたらすという。このウイルスに感染すると、伝染性単核球症の原因となるエプスタイン・バー(EB)・ウイルスなどの体内に潜伏していたウイルスが再活性化するかもしれない。

どの説にも相応の根拠があり、互いに相容れないものではないようだ。人によっては、この種の現象が同時に発生している場合もある。ロングCOVIDにはさまざまな発症原因があるという考え方は、約200種類にも上るとされる驚くほど多様な症状を説明する一助になるだろう。

この考え方をもとに、研究者は“一石二鳥”を狙っている。ロングCOVIDの症状を緩和する治療法を試すと同時に特定の仮説を重視し、謎の多い症状を軽減しようとしているのだ。

「実は緊急性が高いので、このようなことを同時にこなす必要があるのです」と、スタンフォード大学のジェンは語る。「造船中の船で航海するようなものですが、人々が助けを必要としているのでそんな船で航海しなければなりません」

とはいえロングCOVIDはあまりにも症状が多いので、臨床試験の設計は極めて難しい。すべての患者がすべての症状を経験しているわけではなく、重症度や罹患期間も異なるからだ。

しかも、ロングCOVIDの診断法に関する統一見解がないのだと、カリフォルニア大学サンフランシスコ校の医師で感染症専門家のスティーヴン・ディークスは指摘する。「ロングCOVIDを診断できる驚異的なバイオマーカーもレントゲン診断法も、試薬もないのです」

このため、誰に臨床試験をするのかを見極めることも非常に困難だ。いまのところロングCOVIDの診断には、その症状がほかの疾患から生じるものだとは説明がつかないことを確定する「除外診断」が用いられている。このような厳しい状況にもかかわらず、科学者は研究にまい進しているのだ。

治療に向けた研究が加速

イェール大学の免疫学者である岩崎明子は、ロングCOVID患者100人を対象にランダム化比較試験を実施し、COVID-19の治療薬として開発されたファイザーの経口抗ウイルス薬「パクスロビド」(日本の製品名は「パキロビッド」)がロングCOVIDの治療に本当に有効なのか調査している。パクスロビドが有効であるという仮説の根拠は、患者が実際に経験した事例だ。

その合理的根拠とは、ウイルスリザーバー仮説である。この仮説は、患者の免疫の状態にかかわらず、体内に残留する新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の断片すべてをパクスロビドが根絶できる──というものだ。

パクスロビドがすべての人に有効であるわけではない点を、岩崎はすでに認識している。だが、今回の臨床試験によって、どのような人に有効なのかわかるはずだ。試験はランダムに実施されることから、異なる生物学的メカニズムによってロングCOVIDを発症している人々が必然的に被験者に含まれるだろうと、研究チームは期待している。

患者はふたつのグループに分けられ、一方のグループには15日間にわたってパクスロビドを投与し、他方のグループには同じ期間にプラセボ(偽薬)を投与する。研究者はT細胞の“疲弊”や新型コロナウイルスのスパイクタンパク質の循環など、ロングCOVIDの患者に特有の免疫の特徴を見逃さないようにする。

岩崎のチームは治療前、治療中、治療後の免疫学的バイオマーカーを測定し、治療で体調が改善された人々に共通するバイオマーカーはどれかを調査する考えだ。「何パーセントの人に有効なのかだけでなく、どのような人になぜ有効なのかを綿密に調べて解明することになります」と、岩崎は語る。

実施中のその他の臨床試験が対象とするメカニズムは、岩崎のチームが根拠とするメカニズムとは異なる。一部の研究者は、オピオイド依存症の治療薬として一般に用いられている低用量のナルトレキソンが体内の炎症を抑制し、ロングCOVIDを治療できるのではないかと考えている。

英国では国立衛生研究所(NIHR)が資金提供しているロングCOVIDの研究プログラム「STIMULATE-ICP」の臨床試験において、血液中の微小血栓を治療する目的で経口抗凝固薬リバーロキサバンの使用を検討している。こうした微小血栓が体内の組織への酸素供給を阻害することがロングCOVIDの原因であると、強く主張する研究者もいるからだ。

ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)の臨床データ科学の教授でSTIMULATE-ICPの試験を率いるアミタヴァ・バナージーによると、いま進めている試験では500人ほどの被験者を集めているが、研究チームは少なくとも2,000~3,000人の被験者を集めたい考えだという。

バナージーによると、試験中の薬剤はロングCOVIDを引き起こす基本的なメカニズムではなく、その主症状を引き起こすメカニズムに作用するものだという。その種の薬が治療するのは微小血栓であり、微小血栓の原因ではないのだ。

なおざりにされないために

自らが率いるチームが研究成果を上げれば、ロングCOVID以外の長らく見過ごされてきた慢性疾患の解明に役立つのではないかと、イェール大学の岩崎は期待している。「ロングCOVIDについて何かしら解明できれば、筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)や、それに関連する病気にかかっている人の役に立てるかもしれません」と、岩崎は言う。ロングCOVIDとそうした慢性疾患は発症のメカニズムが共通している可能性があるのだ。

重要なのは、ロングCOVIDがその他の多くの慢性疾患と同じ結果をたどり、ほとんど顧みられなくなる事態にならないようにすることだ。多くの慢性疾患は根本原因の解明が複雑なことも一因となり、しばしばなおざりにされている。

多くの人々はパンデミック前の通常の生活に戻りつつあるが、ロングCOVIDを忘れてはならないと、スタンフォード大学のジェンは言う。「まだとても大勢の人々がこの疾患で苦しんでいて、働くことも通常の生活を営むこともできずにいるのです」

WIRED US/Translation by Madoka Sugiyama/Edit by Daisuke Takimoto)

※『WIRED』による新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の関連記事はこちら


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