いまの時代を生き抜くために、「社会の変わらなさ」を楽しむことが必要:アーティスト、マイカ・ルブテのインディペンデントな音楽活動の現在地

「社会の変わらなさ」に直面するなかでも、新しく生まれる命のために未来を少しでも豊かなものにしていきたいんです──。アーティスト、マイカ・ルブテのミニアルバム『mani mani』には、いまの時代を生きる上での希望や葛藤が純度高く表現されている。「音楽は人の心持ちを変える力をもつメディア」と語る彼女が本アルバムに込めた想いをひもとく。
いまの時代を生き抜くために、「社会の変わらなさ」を楽しむことが必要:アーティスト、マイカ・ルブテのインディペンデントな音楽活動の現在地
PHOTOGRAPH : TIMOTHEE LAMBRECQ

「社会はわたしたちの意志や願いとは無関係に進んでいくのかもしれません。それでも、よりよい未来に向けた自分なりの答えを常にもっておきたいんです」

そう語るのはシンガーソングライター/プロデューサー/DJのMaika Loubté(マイカ・ルブテ)だ。先進的なエレクトロニックミュージックを基調としつつも、ポップなメロディを歌い上げ、生活のなかでの希望や葛藤、不安を純度高く表現する──。そんな彼女のスタイルは世界中から評価を得ており、これまで台湾・中国・韓国・タイ・フランスでのライブパフォーマンスを成功させてきた。

少人数のマネジメントチームとともにインディペンデントに活動する彼女は、そうとは思えない規模感で活躍を続けている。例えば、2020年リリースの「Show Me How」はマツダの新型車「MX-30」のテレビCMに起用。そのほか、agnes b.・SHISEIDO・GAPなどのブランドとのコラボレーションも果たしている。2022年には、Spotifyが運営する音楽におけるジェンダーの公平性を促進するプログラム「EQUAL Japan」に選出され、New York Times Squareの看板広告を飾っている

さらには、電子音楽やオーディオ・ビジュアルアートの分野におけるアーティストの創造的な活動の支援を目的とした国際的な団体「MUTEK」が主催するイベント「MUTEK.JP 2020」でもパフォーマンスを披露するなど、実験的な表現を追求する側面もある。

23年10月18日にはミニ・アルバム『mani mani』をリリース。そこには、いまの時代をどのように生き抜いていくか、現時点での彼女なりの答えが記録されているという。

「いまの時代を生きるうえで人は誰しも無力感を抱えていると思うんです。環境問題から生成AIとクリエイティブに対する議論まで、自分の手では変えられない社会の大きな流れがある。そんなときに無力感に打ちひしがれずに、ポジティブな未来に向かうための術をアルバム制作過程で模索してきました」

PHOTOGRAPH: Timothee Lambrecq

長期的な視点で見れば、社会はよい方向に向かっている

──今回リリースしたミニ・アルバムのタイトル「mani mani」は、古語の「まにまに」から着想を得ているそうですね。なぜいまこの言葉に立ち返ろうと思ったのでしょうか?

古今集にも登場する「神のまにまに」──その表現がいまの心境にぴったりだったんです。人生のなかには自分たちの力ではどうにもならないことがたくさんあると思います。

わたし自身、アルバムの楽曲制作中に出産を経験したのですが、子どもが元気で生まれてくるのか、生まれたあとに幸せな人生を歩むことができるのか、と不安と期待が入り乱れる日々でした。自分の手ではどうにもならないことってあるんだな、と身をもって実感したんです。

そんな生活を送るうちに、自分でもどうにもならない「大きな流れ」を一度受け入れたうえで、その状態をどうポジティブなエネルギーに変えていくかが大切だと思うようになったんです。今回のアルバムには、成り行き(まにまに)のままに社会を生き抜くことに楽しさや喜びを見出していきたいという想いを込めました。

──「成り行きを受け入れる」というのは一見すると受動的な生き方のように思えますが、ルブテさんの楽曲や言葉からはよりよい未来を実現しようという力強さを感じます。

楽曲を制作するなかでは、「自分が感じた、あるがままをどのように表現していくか」を考えていて、社会に向けてメッセージを発信しているという意識はあまり強くないかもしれません。

それでも母親になって改めて思うのは、子どものためにも未来をよりよいものにしていきたいということ。ただ、その気持ちが大きくなるにつれて、社会の変わらなさに打ちひしがれることもあります。こうして話している間にも、インターネットやテレビでは不穏なニュースが次から次に報道されていますよね。そんな葛藤を重ねてたどり着いたのが、未来を豊かにするためのひとつの答えとしての「まにまに」なんです。

確かに日々を生きるなかでは暗いニュースばかりが目立つけれど、戦国時代とかと比べるといまの社会の状態はよくなっていると思うんですよね。だから短期的に見ても意味のないと思えることでも、よりよい未来に向けて行動を続けていけばどこかで突破口のようなものが見つかるはず──。わたしは「音楽は人の心持ちを変える力をもつメディア」だと思っているからこそ、そんなポジティブなエネルギーが人々に少しでも伝わっていけばうれしいなと思っています。

PHOTOGRAPH: Timothee Lambrecq

流された先にも「希望」はある

──コンセプトアルバムのような構成も本アルバムの特徴ですよね。アルバム全体で「mani mani」というコンセプトを表現しているように感じました。

すべての曲がこの構成通りというわけではないんですが、アルバムには各楽曲に対応したストーリーとして「氷が溶けて(Ice Age)、川になり(Melody Of Your Heart)、水面から鏡になる(Inner Child)、そして鏡が割れてミラーボールへと変化する一途をたどる(A+B=C)」というものがあります。

──前作の「Lucid Dreaming」でもそうであったように、「水」のメタファーを多く使われていますよね。

今回のアルバムは『Lucid Dreaming』の延長線上にある作品なんです。Lucid Dreamingのなかの楽曲「Nagaretari」は宮沢賢治の詩「ながれたり」から着想を得ています。川の水に人々が流されていき、屍になるものや怒るものがいる。それでも川の水は軽やかに光っている。怖い内容の詩ですよね......。初めて読んだときにかなり衝撃を受けて、前作ではそこにある「諦め」のようなものを表現していました。

ただ、今作では川の水に流された先には希望の光があるのではないかというポジティブな解釈から楽曲をつくっていったんです。例えば「Inner Child(水面から鏡になる)」では、大きな流れに乗った結果、望まぬ結果にたどり着いたときに、そこからどう立ち直るかを描いています。

わたしの場合はそれが子どものころの純粋な楽しさ(Inner Child)──音楽の純粋な楽しみに立ち返ることでした。受け入れがたい現実のなかでも未来に向けたアクションを続けていくことで、人々は鏡の破片に反射する光のように輝いていくはず。

続く「A+B=C(鏡が割れてミラーボールへと変化する一途をたどる)」では、そんな個々の輝きは集まっていき、次第にミラーボールのように一つひとつの鏡が向いている方向が違ってもフロア全体を照らす光になるはずだと歌っています。

PHOTOGRAPH: Timothee Lambrecq

生成AIとどう向き合う?

──「mani mani」のアートワークはルブテさん自身が生成AIを用いてつくっているんですよね。

そうなんです。心臓のサーモグラフィーをAIに学習させて、それをもとに新たな心臓のサーモグラフィーを出力させています。人々のハートが無数に集まることで生まれた新たなハート。その誕生過程には自らの意志で踏み込むことはできないけれど、生まれた作品を見るとなぜか心が躍ってしまうんですよね。自分たちの力ではどうにもならないことを楽しむという点で、『mani mani』のコンセプトに一致すると思ったんです。

──ルブテさんは創作のなかで生成AIの活用をどのように位置づけているのでしょうか? 例えば、雑誌『WIRED』US版の表紙も飾ったアーティストのグライムスはロイヤリティの50%をシェアすれば生成AIで自分の声を自由に使っていいという仕組みを構築するなど、アーティストによってそのスタンスは多様だと感じています。

確かに生成AIとは慎重に向き合っていく必要があります。Spotifyが生成AIを用いた数万の楽曲を削除したことがニュースになったように、本人不在でその声を学習させる楽曲制作は、アーティストにとっては大きな不利益になる可能性もあります。

例えば、今後も生成AIによる楽曲とアーティストによる楽曲が同じプラットフォーム上に並び続ければ、アーティストの楽曲再生数に応じた収益は減少していくわけですよね。このような問題に対して裁量権を多くもつのはプラットフォームで、アーティスト個人にできることは限られます。

ただ、そんな厳しい現状にあるなかでも、生成AIの活用を単なる賛成や反対で片付けるのではなく、グライムスのように「仕組み」を提案することで、問題の解決に向けてアプローチすることが大切だと思っています。

同時にわたし自身がプラットフォームを運営する人々や音楽事務所、生成AIの開発者など、生成AIをめぐる問題の当事者と積極的にコミュニケーションを重ねることで、よりよい業界のあり方を模索していければとも考えています。

PHOTOGRAPH: Timothee Lambrecq

インディペンデントな音楽活動のために

──いまルブテさんのように少人数のチームでインディペンデントに活動しながらも、大手のブランドや企業とタイアップしたり、大人数に楽曲が届いたりするアーティストが増えていますよね。そうした個を中心とした経済圏は「クリエイターエコノミー」と呼ばれたりしますが、ご自身の制作や活動環境についても教えていただけますか?

各種SNSやディストリビューションサービスなどを利用することで、メジャーレーベルや大手事務所と契約しなくとも音楽活動を続けていける環境は整ってきたと感じます。それまでは、大手のレーベルや事務所に所属しないと楽曲をリリースすることも難しい状態でしたが、いまでは常に自身が主導権を握った状態で楽曲の制作からリリースといった音楽活動を続けられるようになりました。

活動のなかではタイアップの話をいただく機会も増えてきたのですが、結局は少しずつ実績を積み重ねていって共感してくれる人が増えていった結果だと思うんですよね。飛び道具を使ってもどこかで破綻してしまう。緩やかに活動の幅を広げていくこと、信頼できるメンバーや仲間を少しずつ見つけていくことが、活動を長く続けるためには重要だと思っています。

──今後、チームの規模を大きくすることは考えているのでしょうか?

毎日が試行錯誤で常にバタバタとしている感じなので、よい機会があればチームを大きくしていきたいなと思っています。ただ、関わる人数を増やせば増やすほど信頼関係を築くのは難しくなっていきます。また、経済性の観点からもより多くの収益を得ることが重要になってきます。

音楽活動を続けるなかでいちばん難しいのって、経済性と音楽性のバランスをうまくとっていくことだと思うんですよね。たとえば、サブスクリプションにせよ、SNSにせよ。活動やリリースの頻度が高いアーティストのほうがトップページに表示されやすいといったアルゴリズムがあると思います。

そんなときに、一年間じっくりと制作期間をとってアルバムを出そうといった活動スタイルをとりづらく、不特定多数の人の気持ちを汲み取って発信し続けるといったことが求められます。

いまは、わたしの音楽活動を自分ごととして捉えてくれるような仲間が周りにいるからこそ、そういった悩みを汲んでもらったうえでの音楽活動ができる。信頼関係のあるチームに支えられているからこそ、いまのチーム感やバランス感は引き続き大切にしていきたいなとも思っています。

──最後に、今後の展望として挑戦したい表現や取り組みはありますでしょうか?

音源をつくる上で妥協は一切ありませんが、後から振り返るとどこかに後悔が残るんですよね。やっぱりこの音を使えばよかったとか、ここのアレンジは違うんじゃないかとか。

ただ、それが次の音楽活動の原動力になっていたりもします。ライブはそんな後悔を払拭する場でもありますし、楽曲を聴いてくれた人からのフィードバックを受けて新たな気付きを得られることもあります。楽曲の制作と発信を繰り返していくことで、自身の表現をどこまでも磨いていければと思っています。

PHOTOGRAPH: Timothee Lambrecq

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