次世代の“機械の目”になるか。「レンズのないカメラ」に対する日本発の新しいアプローチ

モニタリングや自動化技術の普及により、さらに需要が高まっているカメラ。このほど東京工業大学の山口雅浩教授が率いる研究チームが発表した「レンズのないカメラ」の新しいアプローチに関する論文は、わたしたちの身の周りで使われる“機械の目”を一変させる可能性を秘めている。
日本発「レンズのないカメラ」への新しいアプローチ:次世代の“機械の目”になるか?
PHOTOGRAPH: MirageC/GETTY IMAGES

スマートフォンの爆発的な普及とスマートフォンカメラの高機能化によって、わたしたちはデジタルカメラを持ち運ばなくてもいつでもどこでも写真や動画を撮影し、シェアできるようになった。

しかし、そんなカメラの高機能化の代償のひとつとして加えられたのが、背面に突き出したレンズを守るための醜いバンプ(背面の出っ張っている部分)だ。複数のレンズを重ねることで画像の歪みや偏りなどの収差は補正できるが、カメラに詰め込むレンズの数が増えれば増えるほど収納スペースが必要となり、スマートフォンは“かさばる”のである。

それならば、レンズなんか取っ払ってしまえばいい──。次世代イメージセンシングの技術は、進化した機械学習によって補うことができる。こうした発想から東京工業大学の山口雅浩教授率いる研究チームが発表した「レンズレスカメラ」に関する新しいアプローチは、レンズの制約のない近未来の画像取得技術の可能性を見せてくれるものだ。

レンズなしで、いかに撮影できるのか

レンズを用いた従来のカメラは、被写体から発せられた光をレンズシステムを通してセンサー上に集光し、その光を画像として認識して記録する。しかし、より明るくシャープで収差のない画像を得るには、大型化を必要とする複雑なレンズシステムに頼らざるを得なかった。

「レンズレスカメラは、従来のレンズシステムの代わりにイメージセンサーの前に置かれた薄い“マスク”で構成されています」。そう説明するのは、論文の著者のひとりで東京工業大学工学院情報通信系の博士課程にある潘秀曦(ハン・シュウギ)だ。

この特殊なマスクは、ピンホールカメラにヒントを得て開発されたものだ。ピンホールカメラはレンズの代わりに針の先で開けたような小さな穴を開け、そこを通った光が感光材料に像を形成する。ただし、レンズレス技術に使用するには、ひとつの小さな穴ではそこを通る光量が限られるので、このマスクはランダムに配置された複数の穴の配列として設計されている。

今回のレンズレス技術は、この小さな穴だらけのマスクをセンサー前に置いたものだ。これにより、センサーが測定するのは各ピンホールが形成する像の重ね合わせになる。こうして被写体を光学的に符号化し、センサー上にとあるパターンを投影するのだ。

レンズレス撮影の流れを表した図。最初にマスクを通してイメージセンサー上にパターンを投影し、数学的なアルゴリズムによって再び画像を構成する。PHOTOGRAPH BY Xiuxi Pan

「このパターンは人間の目には何を意味しているのか解釈できませんが、被写体の視覚情報を十分に含んでいます。うまく設計された数学的処理によって、このパターンを被写体に忠実な画像に再構成することができるのです」

レンズレスカメラは、画像データをどのように復号するかに関しても自由度が高い。この数学的アルゴリズムの手法に手を加えれば、将来的には撮影後にピントを変えて“リフォーカス”することや、画像データから3D撮影への応用も可能になるという。

また、画像を撮影する過程の一部を複雑なレンズシステムのような光学ハードウエア技術から数学的なコンピューテーショナル・イメージング(CI)技術に置き換えることで、撮影にまつわる光学的な負担を軽減する。こうして“かさばる”レンズシステムを簡素化し、超小型化、軽量化を可能にすることが、レンズレスカメラの狙いなのだ。

「スマートフォンのカメラは、レンズレスカメラの典型的な応用例です。コンパクトなレンズシステムのため、RAW(未加工)で撮影した画像クオリティは比較的低いのですが、撮影後の処理によって最終的に素晴らしい画像を得ることができます」と、潘は言う。

ただし、現状の技術ではスマートフォンのメインのカメラ並みの画質を達成するのは困難だ。それでも山口教授は技術的に潜在的な可能性はあると期待している。「将来、レンズレスカメラがスマホのカメラと同等の品質を達成する可能性はあると思います。そのためにはさまざまな課題があるので多くの研究が必要です」

光学実験に使われたレンズレスカメラ。PHOTOGRAPH BY Xiuxi Pan

次世代のセンシングツールとしての可能性

スマートフォンのカメラは、レンズレス技術の典型的な応用例になりうる。しかし、それ以外にもレンズレス技術にはさまざまな用途がある。

「最近はモニタリングや自動化作業のために視覚情報を収集する場面が増えています。このような用途では、小型化や軽量化、低コストを実現できるレンズレスカメラが十分な能力を発揮するのです」

レンズを用いるカメラが実用的ではない場面、例えばカメラの大きさや重さに非常に厳しい条件が課せられる場所や、レンズの製造が難しい不可視光イメージングが必要な場合には、レンズレスカメラは有望な、あるいは唯一の選択肢となりうる。

さらに、レンズレスイメージングは光学レベルの暗号化も可能となる。特殊マスクによって符号化されたパターンは、人間の目には意味のあるものとして映らない。このように暗号化された画像を再構成するには、それを解く“鍵”を知っている必要があるからだ。

また、意図的に画像を再構成せずに物体を認識する方法も開発されている。個人を特定できないようにしながら人の動きをモニターしたり、人数をカウントしたりといった用途が想定されているのだ。

今回発表された研究は、これまでレンズレスカメラが抱えていた処理時間やクオリティの限界などの画像再構成技術の課題を、ディープラーニングのような機械学習を用いれば解決できることを示したものだ。現在ほとんどの電子機器がネットワーク化されていることを考慮すれば、撮影後の画像再構成に必要な一連の演算処理をクラウドコンピューティングでこなすことも可能になると藩は言う。

「想像してみてください。メガネやクレジットカード、ペンなどの身近な日用品にレンズレスカメラを搭載するとしましょう。それは体の動きや顔の印象に影響を与える障害や病気を素早く自動診断し、救命信号を発信するようなこともできるのです」

ニッチな用途に対応できる、超小型で高機能のレンズレスカメラ。それは、わたしたちの生活のあらゆる場面で活躍する次世代の画像センシングのツールとなり得るかもしれないのだ。

※『WIRED』による機械学習の関連記事はこちらカメラの関連記事はこちら


Related Articles
Illustration of eyeball
二次元の画像を表現豊かな3Dのイメージに変換する新たな技術が、研究やビジネスの世界に衝撃を与えている。ヴィデオゲームやVR、ロボット工学を一変させる大きな力を秘めているこの技術により、将来的にはAIが人間並み以上の知性を身に付ける日が来るかもしれない。

毎週のイベントに無料参加できる!
『WIRED』日本版のメンバーシップ会員 募集中!

次の10年を見通すためのインサイト(洞察)が詰まった選りすぐりのロングリード(長編記事)を、週替わりのテーマに合わせてお届けする会員サービス「WIRED SZ メンバーシップ」。毎週開催のイベントに無料で参加可能な刺激に満ちたサービスは、無料トライアルを実施中!詳細はこちら