マイクロソフトによるアクティビジョン・ブリザードの買収を英当局が阻止、クラウドゲームの“覇権”という野望が揺らぎ始めた

ゲーム大手であるアクティビジョン・ブリザードの買収を目指していたマイクロソフトに対し、英国の規制当局が買収を承認しないと発表した。これにより、クラウドゲームで“覇権”を目指すというマイクロソフトの野望は後れをとることになる。
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Courtesy of Activision

ロンドン中心部のオックスフォード・サーカスにあるマイクロソフトの旗艦店のショーウィンドーには、実物大を超えるサイズの全地形対応車が展示されている。人気ゲーム「Halo」を手がけたベセスダ・ソフトワークスの親会社であるゼニマックス・メディアを、マイクロソフトが75億ドルで買収したことを象徴するものだ。

この買収の完了から1年後、マイクロソフトはさらに野心的な動きに出た。「コール オブ デューティ」「World of Warcraft」、そして「The Elder Scrolls」などゲーム業界で屈指の価値を誇る知的財産を保有するアクティビジョン・ブリザードを、690億ドルで買収しようとしたのだ。

この買収額はテック業界で最高額であった上に、その構想も単にゲームタイトルの権利を買って「Xbox」の販売台数を増やそうというだけにとどまらない。ある意味でゲーム機というハードウェアメーカーの範疇を超え、「ゲームのNetflix」に成長していくというマイクロソフトの戦略の布石でもあった。顧客を単一の端末にしばらず、クラウド上のゲームエコシステムに誘い込むという戦略である。

しかし、その先にもさらなる目標があった。マイクロソフトの最高経営責任者(CEO)のサティア・ナデラは、この買収はマイクロソフトのメタバースプラットフォームにおいて「鍵になる役割」を担うことになるだろうと期待を語っている。つまり、マイクロソフトは単なるゲームを超えて、さまざまな仮想世界への進出を計画しているのだ。

「アクティビジョン・ブリザード(のゲーム)をプレイできるようにする技術があれば、石油精製技術者がバーチャルの石油精製所の内部を歩き回ってパイプを回し、さまざまなレバーを動かして、何が起きるのかを確認するようなこともできるようになります」と、カリフォルニア大学バークレー校の情報学部で教授を務めるスティーヴン・ウェバーは言う。「つまり、ゲーム分野での強みをつくれれば、メタバース分野での強みにできるのです」

ところが、この買収が英国の規制当局によって阻止された。競争について監督する政府機関である英国の競争・市場庁(CMA)が、買収を承認しないと4月26日に発表したのである。その理由とは、この合併が実行されることでマイクロソフトがクラウドゲーム市場であまりに独占的な地位を得て、「急速に成長中のクラウドゲーム市場の未来を変えてしまい、イノベーションが減速したり英国のゲーマーが選べる幅が狭まったりすると考えられる」からだという。

この判断が下されたからといって、必ずしもこの合併が頓挫するわけではない。しかし、この判断はマイクロソフトがクラウドゲームやその先を見据えて抱いている野心をくじくことには変わりない。マイクロソフトとアクティビジョンは、どちらも異議申し立てを計画していると発表している。

異例の判断の根拠

今回のCMAの判断は、反トラスト関連の判断において異例のものになった。なぜなら、まだ誕生から間もない業界にとって、今回の買収が実施された際にどんな影響が生じるか、という観点に基づく判断だったからだ。

調査会社のOmdiaによると、クラウド機能を導入したサービスの市場規模は22年に51億ドル(約6,800億円)だった。従来型の家庭用ゲーム機用ゲームの市場規模が350億ドル(約4兆6,000億円)近くだったことを考えると、まだ市場規模は小さい。

これに対してCMAは、クラウドゲーム市場は急速に成長しており、マイクロソフトのように規模も力もある企業なら極めて優位なポジションから始められることになると指摘している。そしてすべてのアクティビジョンのタイトルをマイクロソフトのプラットフォームでしかプレイできないようにする強い金銭的なインセンティブが生じ、競争が阻害されることになる、というわけだ。

この判断が下されるまでマイクロソフトは、アクティビジョンを買収しても「コール オブ デューティ」などの大人気タイトルがマイクロソフトのハードウェア限定になる事態は起きないことを示そうとして、その他のより小規模なクラウドゲーム企業と契約を結んできた。マイクロソフトは以前、その最大の競合となるソニーと任天堂のハードウェアに対しても、「コール オブ デューティ」を提供することに同意していた。しかしソニーは、マイクロソフトのこうした約束を信頼できるか疑問を呈している

状況を見守ってきた人たちのなかからは、この判断を歓迎する声も上がっている。規制当局はこれまで、テック企業が買収によって規模を拡大し、あまりに強大になることを許してきたというのだ。

「10年を超えて、規制が行き届いていない状況が続いてきたと感じています」と、シンクタンクのOpen Marketsで欧州の責任者を務めるマックス・フォン・トゥーンは指摘する。過去にフェイスブック(現在のメタ・プラットフォームズ)がワッツアップやインスタグラムの吸収合併を許してきた判断を意識してのコメントだ。「マイクロソフトがアクティビジョンの製品群を手に入れれば、ほかのクラウドゲームサービスが太刀打ちできないような優位性を確立してしまうのではないかと懸念しています」

これに対して当然ながら、マイクロソフトを含め今回の判断に異議を唱える向きもある。CMAはクラウドゲーム業界の構造を誤解しているというのだ。

「CMAの判断は、競争についての懸念を払拭する現実に即した道のりを拒絶し、英国における技術革新と投資を妨げるものです」と、マイクロソフトの副会長兼社長のブラッド・スミスは声明を出している。スミスによると、CMAの判断は「この市場についての誤解、そして関連するクラウド技術の実際の仕組みについての誤解」に基づいたものだという。

ユニバーシティー・カレッジ・ロンドン教授でテクノロジープラットフォームを研究しているヨースト・リートヴェルドは、ひと口にクラウドゲーム市場といっても実際には非常に多様な市場であると論じる。「さまざまな企業がクラウドゲームを千差万別の方法で使っており、各企業がターゲットとする顧客層も非常に多様です」と、リートヴェルドは言う。「CMAは、こうしたさまざまな製品やサービスをひとまとめにしています。それに、この市場の各企業が互いに積極的に競争しているのかも不明です。またCMAは、マイクロソフトによるアクティビジョンの買収が承認された場合に消費者に損害が生じるといいますが、一概にそのような損害が生じるかどうかも不明なのです」

平坦ではない道のり

マイクロソフトによるアクティビジョンの買収は、日本とブラジル、南アフリカの規制当局によってすでに承認されている。欧州連合(EU)は今回の合併について、まだ議論を進めている段階だ。

これに対して米連邦取引委員会(FTC)は、この合併を阻止することを目指した訴訟を22年8月に起こしている。訴訟では今年8月に予備審問が始まる予定だ。テック業界には、CMAによる今回の動きが権限を誇示するある種のパワープレイであるとの見方も上がっている。

CMAの判断の数日前には、英国政府がCMAの権限を拡大すると発表していた。現地の競争関連の規則を破った企業に対して、全世界の収益の最大10%の罰金を科せるようにするという内容である。同時に英国のテック分野において消費者を保護して競争を促進する目的で、CMA傘下の専門家機関として「デジタル市場ユニット」も新設された。

こうした動きに対してテック業界では、いくらか警戒が広がっていた。「CMAは過去数年、特に英国がEUから離脱してから、世界でますます力をもつ競争関連の規制当局になってきました」と、弁護士事務所のMacfarlanesでパートナーを務めるリチャード・ペッパーは言う。「買収の管理がアグレッシブではないかとの見方がますます強まっています。なかでもマイクロソフトによるアクティビジョンの買収は、阻止したなかでも最大規模になっているのです」

この判断によって、マイクロソフトのクラウドゲームへの進出が終わるわけではない。だが、進出に遅れが生じる可能性は高い。

マンチェスター・メトロポリタン大学の上級講師でゲーム業界を専門とするダニエル・ジェームズ・ジョゼフによると、ここ数年の大規模ゲーム企業は、しばしば買収を通じて成長を目指してきたという。「すでに大きな企業がもっと大きくなるという合併・買収の力学が、ほぼ毎年どのデータからも見てとれます」と、ジョゼフは説明する。「最近この業界では、例えばイノベーションなどではなく、買収こそが成長の鍵と考えられるようになっているのです」

今後もマイクロソフトは成長できるだろう。しかし、その道のりは、アクティビジョンの買収に成功した場合と比べて平坦ではなくなる。

「マイクロソフトのクラウドゲーム分野の野望については、今回の判断でアクティビジョンを買収できなくなったとしても、その他の多くの方法で進出していけます。例えば、より小規模なゲームパブリッシャーを買収するといった方法です」と、オックスフォード大学サイード・ビジネス・スクールのマネジメント・プラクティスを専門とするシニアフェローのアレックス・コノックは言う。

クラウド分野での地位を固められるか

しかし、マイクロソフトは、ゆっくりと規模を拡大していくことなど望んでいないかもしれない。

マイクロソフトがクラウドゲーム分野への進出を目指したのは、単にエンターテインメントビジネスを構築するためだけではなかった。クラウドインフラは規模がものをいう分野である。だからこそ、クラウドインフラ企業は大きくなる必要があり、その後も大きくなり続けなければならない。自社のサービス、例えばゲームなど大量のデータを必要とするものをクラウドで提供できるかどうかは、重要なポイントなのだ。

すでにマイクロソフトは、「Microsoft Azure」を通してクラウドコンピューティングの大手となっている。英国の通信関連の規制当局が4月に発表したレポートによると、クラウドインフラサービスではマイクロソフトとアマゾンの市場シェアを合わせて60〜70%にもなるという。

カリフォルニア大学のウェバーは、マイクロソフトがクラウドゲーム分野に進出すればクラウドサービスへの需要を高められ、市場での地位を固められるかもしれないと指摘する。「需要が大きければ、それだけ事業として成功します」と、ウェバーは言う。「クラウドゲームは、すでにクラウドインフラに需要を呼び込む大きな要因になっています。その傾向は今後さらに顕著になっていくでしょう」

WIRED US/Edit by Daisuke Takimoto)

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