富裕層が自分たちへの増税を望む理由

英国や米国の一部の大富豪たちが、自分たちに「富裕税」を課してほしいと主張している。もっと税金を払うことができれば、経済格差の大きい社会の安定が促される。そうなれば富豪にとってもプラスになるはずだというのが、彼らの主張だ。
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Photograph: Dmytro Lastovych/Getty Images

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2017年の夏、ジェンマ・マクガフは失業していたが、英国の上位1%の富裕層の仲間入りを果たしたところでもあった。自らが経営する企業「Product Compliance Specialists」を売却し、大富豪になったため、二度と働かなくて済む境遇になった。

その後マクガフは、資本主義が気候に与える影響を論じたナオミ・クラインの『This Changes Everything』(邦訳『これがすべてを変える 資本主義VS.気候変動』)を読み、その内容に共鳴した。「考え方が大きく変わりました」とマクガフは言う。「ポルシェを売ってテスラを買いました。ポルシェの911なんて時代にそぐわないものは手放さなければ、と」

19年、マクガフは「Eleos Compliance」を創業し、透明性と社会や環境に配慮した企業に与えられる「B Corp認証」も取得した。彼女は新会社から給料を受け取ることにしたものの、収入の大半は投資、債券、賃貸不動産などの資産収入が占めるようになった。

すると突然、マクガフのもとに、節税のために法の抜け穴を利用する方法を指南する不穏な文書が複数の会計士から山のように届いた。そこでマクガフは給与所得に課される税率と比べて、資産売却による所得に課される税率が低いのはなぜかなのか分析した。

マクガフはふたつの結論を得た。ひとつは英国の税制は不公平だということ。もうひとつは、自分はもっと納税して社会に貢献できるはずだ、ということだった。

慈善活動は根本的解決にはならない

マクガフは20年以上も毎日長時間働いた結果、最初の事業を立ち上げた。しかし、多くの人々は身を粉にして働いてもなお「住宅ローンを抱え、さらに長時間働かなければならない」のである。

マクガフは慈善活動にも携わったが、それでは物足りなかった。主として森林再生、熱帯雨林の保護、土地の戦略的購入といった目的のために、過去3年間で約40万ポンド(約7200万円)を夫とふたりで寄付してきた。「慈善活動は素晴らしいことですし、寄付できることは光栄です」とマクガフは話す。「とはいえ、システムレベルで改革が必要な場合、慈善活動は根本的な解決にはならないのです」

そのためマクガフは21年に、英国のほかの“資産家”3名とともに、自分たちにさらに課税するよう求める大富豪の団体「Patriotic Millionaires(パトリオティック・ミリオネアズ)」英国支部の創立メンバーになった。Patriotic Millionairesは10年に米国で創立され、メンバーは現在240名である。同団体の英国支部「Patriotic Millionaires UK」はメンバーが増え、20名になった。

Patriotic Millionaires UKのメンバーは月例会に出席し、WhatsAppを使ってメディア活動を調整し、純資産への課税を議会で事あるごとに主張している。同団体のメンバーは、企業の創業者、最高経営責任者(CEO)、巨額の資産を受け継ぐを気まずく感じている人、シティバンクのトレーダーから経済格差を論じるユーチューバーに転身したゲイリー・スティーブンソンなど、さまざまだ。

Patriotic Millionairesは、メンバー各自の人脈、金融や税務の専門知識、地位、コネクションを持ち寄っている。エンターテインメント業界大手ディズニーの共同創業者の孫アビゲイル・ディズニーら著名人数名も同団体のメンバーである。

俳優のマーク・ラファロは、1月に開催された世界経済フォーラムの年次総会(ダボス会議)で提出された「極端な富による犠牲」という公開書簡に署名した。英国人の元コンサルタント兼エンジニアのフィル・ホワイトはダボスに出向き、昔ながらのキャンペーン戦略を展開した。「富裕層に課税せよ」と書いたボール紙を掲げたのだ。

またPatriotic Millionaires は、ドイツ、オーストリア、スイスの「Taxmenow(タックスミーナウ)」、コペンハーゲンを拠点とする「Millionaires for Humanity(ミリオネアズ・フォー・ヒューマニティー)」との連携も強めつつある。

米国でも英国でも、Patriotic Millionairesのメンバーは並外れてオープンで率直なことで知られている。例えば、米国のPatriotic Millionairesの代表で、かつては投資会社ブラックロックのマネージングディレクターだったモリス・パールは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック(世界的大流行)で以前よりもさらに裕福になったという。そのおかげで銀行の預金残高を気にする必要がないため、残高照会をしていないと語っている。

公平性と常識を貫くための手段

富豪たちは激しい競争を勝ち抜いて富を手に入れたにもかかわらず、なぜ「富裕層に課税せよ」と声を上げるのだろうか? マクガフはは、自分は「経済的に困窮している」労働者階級の出身なので、いまの資産で「もう十分」と思いがちなのかもしれないと語る。

マクガフは16歳で退学して最初の仕事に就き、「ノートPC2台と連絡先のリスト1枚」だけで元夫とともに最初の会社を立ち上げた。運とタイミングが功を奏し、マクガフのRFコンプライアンス企業は成長産業の一端を担うほどになった。そして欧州連合(EU)出身の労働者を雇用できたこともマクガフの成功につながった。

Patriotic Millionairesのメンバーは、健康で教育を受けた労働者人口を維持し、可処分所得がある中間層の消費者の双方を支えるためには、富裕税が役立つという経済的な根拠を示したいと考えている。裕福な実業家がより多くの税金を支払うことで、社会の安定性も高まるため、彼ら自身のためにもなると主張しているのだ。

だがマクガフは、経済格差が拡大し公共サービスが劣化している時代に、公平性と常識を貫くための手段として富裕税を捉えている。英国人の富裕層の1%は、最貧困層の70%が有する資産の合計よりも多くの資産を保有している。「社会全体が機能不全に陥っていても関係なく暮らせる大金を、富裕層が保有していることが問題だと思います」とマクガフは述べる。「国は、大富豪にしかるべき税負担をしてもらうべきです」

海外に移る富豪は実は多くない

そうなると肝心な問題は、富裕税はいくらになるのかということだ。

Patriotic Millionairesは、富裕税と経済格差に関する調査に基づき、現実的な観点を加味した提案を行っている。「相続税は決して変わりません」とマクガフは言う。同団体は英国の1,000万ポンド(約18億円)を超える資産に対して、年間1~2%の富裕税を求めている。

ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)とウォーリック大学の専門家らでつくる富裕税委員会の分析によると、この税の対象となるのは20,000人ほどだが、年間220億ポンド(約4兆円)の税収をもたらすという。これは公共部門全体でインフレ率に応じた昇給を行うのに十分な金額だという。

富裕税は新しいアイデアではないが、その大半は1980年代、90年代に廃止された。現在、純資産に対する富裕税は欧州のわずか4カ国すなわちスペイン、ノルウェー、スイス、ベルギーで、特定の資産に対する富裕税はフランスやイタリアで課されている。

富裕説への反対論は、マクガフがよく聞かされると話す「もう十分に税金を払っている」という意見から、管理コストの増加、資本逃避のリスク、租税回避や脱税が増える可能性までさまざまだ。70年代の英国でハロルド・ウィルソン政権が富裕税導入を見送ったのは、市場への信頼の危機が生じるとの懸念や官僚的な問題が原因だった。

資本逃避に注目すると、増税を受けて富裕層の一部が国外に移住したり、資金を国外に移動させたりする可能性は考えられるだろう。ただしスタンフォード大学社会学部のクリストバル・ヤング准教授の分析によると、富裕税を課税される富豪の大半は国内にとどまると見られる。大富豪のうち5%はロンドン、スイス、熱帯地域の租税回避地で暮らすなど、国境を超える生活をしているが、残りの95%は生まれた国や教育を受けた国、そして事業を始めた国で暮らしているのである。

緊急税として導入された歴史

いまはまだ、Patriotic Millionaires UKのメンバーのなかに超富裕層に該当する富豪はいない。しかし、意識の高い富裕層という立ち位置を生かし、公平は課税制度を求める団体「Tax Justice UK」と連携しながら、議員連盟に直接、新たな富裕税の導入を提唱している。

Patriotic Millionaires UKは2023年に、税、投資、社会的流動性に焦点を当てたいくつかのイベントを実施する予定だ。とはいえ、Patriotic Millionaires UKは私的なロビー活動によって富の影響力を政治に及ぼすことや、民主主義への信頼を損なうことには基本的には反対しており、英国議会への召喚は必要悪と見なしている。

富裕層が富裕税実現のために自ら動くという現象は、利己主義がビジネス以外にもまん延しているしるしなのだろう。豪華な地下シェルターをつくる大富豪がいる一方、米国のPatriotic Millionairesのメンバーでもある投資家のニック・ハノーアーやカレン・スチュワートらは、マリー・アントワネットやロマノフ家の人々に突きつけられた批判の矢や、彼らがたどった運命を思い浮かべて憂慮している。Patriotic Millionairesの訴えは、富裕層自らが提起しているからこそ、さまざまな困難を乗り越えて実現できるかもしれない。

21年にキングス・カレッジ・ロンドンとスイスのザンクトガレン大学の研究者らは、45カ国において、1880年以降の富裕税の歴史を調査した。その結果、民主化や近代化が生じたときでも、それどころか戦争が勃発したときでさえ、富裕税導入が早まることはまずなかった。むしろ富裕税は主に国家が経済危機という打撃に直面したときに緊急税として用いられてきた。マクガフのビジネスでの成功と同様、タイミングがすべてなのかもしれない。

WIRED UK/Translation by Madoka Sugiyama/Edit by Mamiko Nakano)

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