月探査ロケットの打ち上げ延期を、NASAは「人類を再び安全に月に送る」ために決断した

月探査計画「アルテミス」の最初のミッションとなる新型ロケットの打ち上げが延期された。ロケットのエンジンにトラブルが発生したことが理由だが、これは人類を再び安全に月に送るために避けられない決断だったという。
SLS rocket with the Orion spacecraft
Photograph: Joel Kowsky/NASA

米国を中心とした月探査計画の最初のミッション「アルテミス1号」の実施が期待されていた2022年8月29日、米航空宇宙局(NASA)は新型ロケット「スペース・ローンチ・システム(SLS)」のエンジンの1つに問題が生じたとして打ち上げを延期した。

予定外だった打ち上げの保留が発表されたのは、フロリダ州のケネディ宇宙センターで打ち上げまでのカウントダウンが残り40分になったときのことである。SLSのロケットのコアステージに70万ガロン以上の液体水素と液体酸素を積み込み、約マイナス253℃度とマイナス183℃まで過冷却したときに問題が発生し、これを技術者が調査するためだ。

問題は右側の固体ロケットブースターの隣にあるエンジンのひとつ、3番目の「RS-25」エンジンにあった。エンジン内部への液体水素の流れがうまくいかず、推進剤が適切な温度範囲になかったのである。

NASAは6月にカウントダウンの練習とテストを含むリハーサル「ウェット・ドレス・リハーサル」を実施しており、その際にエンジニアは今回の問題をチェックリストに含めていた。そして燃料注入と打ち上げ29秒前までのカウントダウン・シーケンスを練習していたが、テストの際には液体水素が漏れており、うまくいかなかったのだ。

今回の打ち上げではベントバルブの不具合も見つかり、さらに暴風雨と落雷の危険もあった。1時間以上にわたるトラブルシューティングの後、打ち上げディレクターのチャーリー・ブラックウェル=トンプソンは、「打ち上げ延期」を発表した。

NASAの関係者たちは29日午後1時(米東部時間)過ぎに開かれた記者会見で、次の打ち上げの具体的な日程については明言しなかった。アルテミスのミッション・マネージャーであるマイク・サラフィンは次の打ち上げ候補日である「9月2日」に言及し、「金曜(9月2日)はまだ間違いなく可能性がある」と語っている。報道陣から2日の打ち上げの可能性について具体的に聞かれたとき、彼は「可能性はゼロではない」と答え、会場にいた人々の笑いを誘っていた。2日が難しければ、次の打ち上げ予定日は9月5日となる。

NASAのビル・ネルソン長官やジム・フリー副長官(探査システム開発ミッション担当)も含め、より長い遅延とより深刻な修理が必要かどうかについては、どの関係者もまだ言及できていない。「わたしたちは今日、すべてのデータとその意味を知ることはできません。それでも、わかっていることをみなさんと共有する義務があると思いました」と、フリーは語っている。

打ち上げ延期が発表された直後にNASAのライブストリーミングに出演したネルソンは、すべての問題を解決する必要性を強調していた。「わたしたちは“正しい状態”になるまで打ち上げを実施しません」と、ネルソンは言う。「これは非常に複雑なシステムであり、すべてのものが機能しなければならないことを物語っています。準備が整うまでろうそくを灯したくはないのです」

そしてネルソンは、1986年の24回目のスペースシャトルの打ち上げの事例を挙げ、「完璧なミッション」の実行までに4回も延期が繰り返されたことを説明した。

人類を月に再び安全に送り出すために

アルテミスの最初のミッションは、乗組員なしで実施される。打ち上げ後、3体のマネキンを乗せたカプセル型の宇宙船「オリオン」は42日間のミッションに出発し、月の周りを数周してから月の外側を40,000マイル(約6,437km)にわたって周回し、地球に戻ってサンディエゴ近くの太平洋に着水する予定だ。再突入の際には、新しい熱シールド素材「AVCOAT(アヴコート)」がテストされてミッション期間中の性能測定が実施されるほか、マネキンが装着するセンサーからの放射線データが収集される。

NASAとその国際パートナーや商業パートナーは、米国主導で進む月探査計画「アルテミス」が前進するなか、今回のミッションをさまざまなミッションのスタート地点にすることを目標としている。24年半ばには2番目のミッション「アルテミス2号」が実施され、宇宙船オリオンに4人の宇宙飛行士を乗せて月周回軌道で同じような取り組みをする予定だ。

その後、25年か26年に「アルテミス3号」が実施され、女性初の月面着陸を含む宇宙飛行士を月面に“再上陸”させる。27年の「アルテミス4号」では、月の軌道上で組み立てられる新しい宇宙ステーション「ルナ・ゲートウェイ」の居住棟が運ばれる。将来のミッションに参加する宇宙飛行士は、このステーションを増設する予定だ。

今回のミッションでは、NASAが打ち上げに使用するSLSの設計に多くの問題が発生していた。SLSの開発には多くの遅延と予算超過があり、一時は飛ぶかどうかもわからない状態にあったのである。

NASAがSLSを「ウェット・ドレス・リハーサル」のために発射台まで運び出した6月には、ヘリウムチェックバルブの不具合と液体水素の漏れに対処するために、ロケットの修理が必要であることが判明した。このためロケットは8月18日に発射台に戻され、その4日後になって「SLSは飛行準備審査に合格した」との宣言が出されている。

ところが、今回はカウントダウン開始から40分でエンジンの問題が明らかになり、技術者たちは打ち上げ延期が決定するまでに問題に対処することができなかった。

「打ち上げの中止は、今回のプログラムの一部にすぎません」と、NASA長官のネルソンは語っている。「宇宙飛行のようなリスクの高いビジネスではリスクを減らすことが重要です。だからこそ、可能な限り安全なものにするのです。当然のことながら、それは今回の宇宙飛行でも必須です。厳しいテストを繰り返すことで、アルテミス2号のミッションで人間を乗せるときに可能な限り安全であることを確認するのです」

WIRED US/Translation by Daisuke Takimoto)

※『WIRED』によるアルテミス計画の関連記事はこちら宇宙の関連記事はこちら


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