“金属の小惑星”の謎を解き明かせるか? 探査機「サイキ」が打ち上げ前の最終調整へ

大部分が金属でできている小惑星プシケの謎を解き明かすべく、 探査機「サイキ」の打ち上げに向けた準備がほぼ最終段階に入った。プシケは惑星になる前の「微惑星」の核の一部という可能性もあることから、研究者たちは期待と緊張をもって打ち上げに臨もうとしている。
Psyche
PHOTOGRAPH: NASA/JPL-CALTECH 

惑星になる前の「微惑星」と呼ばれる小さな天体が何十億年も前に形成された仕組みについて、リンディ・エルキンス=タントンが数人の同僚と論文を書いたのは2011年のことだった。そして彼女は、そうした微惑星の残骸がいまも小惑星帯を周回しているかどうか思索を巡らせたのである。

その後、カリフォルニア州パサデナにある米航空宇宙局(NASA)のジェット推進研究所(JPL)から、エルキンス=タントンに声がかかった。「あなたの仮説を検証するミッションを提案しませんか」というのだ。

「『なんですって?』というのが、わたしの率直な反応でした。そんなことは思いもよらなかったからです」と、エルキンス=タントンは言う。それから11年後、彼女の研究は小惑星へと向かう新しい宇宙探査機へとつながった。その探査機が、いま発射台に向かっている。

いざ、打ち上げへ

フェニックスにあるアリゾナ州立大学の惑星科学者であるエルキンス=タントンは、いまNASAの新しいミッション「サイキ(Psyche)」を率いている。この名前は、ギリシャ神話に登場する魂の女神にちなんだ目的地の小惑星「プシケ(Psyche)」と、探査機「サイキ(Psycheの英語読み)」の名称に由来している。

探査機はその小惑星を訪れ、それが何からつくられているのかを調査して形成過程を解明する。そして、太陽系の岩石惑星がどのようにつくられた可能性があるのかを知る手がかりを探るのだ。

エンジニアたちは今週、JPLで探査機の最終テストを終えた。トラックと飛行機でフロリダ州ケープカナベラルへ輸送中で、4月29日(米国時間)に到着する予定だ。そこでスペースXのロケット「Falcon Heavy(ファルコン・ヘビー)」の先端に太陽電池パネルとともに取り付けられ、8月1日に予定されている打ち上げに備える。

探査機の組み立て作業は、JPLの宇宙船組立施設内にあるクリーンルーム「High Bay 1」で1年以上かけて進められてきた。そこでエルキンス=タントンらのチームは、探査機が打ち上げに伴う激しい揺れに確実に耐えられるようにするため、電磁気、熱真空、振動、衝撃、音響などの厳しい試験を課すなどして、機器類の微調整と試験を続けてきたのである。

このクリーンルームは、ほこりや指紋によって繊細な機器類の機能が妨げられたり、地球上の汚染物質がほかの世界に持ち込まれたりすることのないように設計されている。部屋に入るには、髪と靴のカバー、スモック、手袋などで構成される無菌のバニースーツ(気密作業服)を着用してから、漂いやすいほこりを捕らえる粘着性の床マットの上を歩き、着衣に隠れているかもしれない残りの粒子をすべて吹き飛ばす空気ジェットを備えた電話ボックスサイズの部屋を通らなければならない。

探査機は箱型で乗用車ほどの大きさがあり、その上部に設置された大きな円盤型の高利得アンテナを使って地球との間で信号を送受信する。今年4月に取材のためクリーンルームを訪れたときは、まだそれらのテストが進行中だった。

数本の支柱と「サイキ:金属世界への旅」と書かれた看板が、黒色と灰色の探査機から訪問者を一定の距離で隔てており、探査機では技術者たちが底面にあるチューブ状の送受信機の作業にとりかかっていた。

機体の側面には穴が開いており、後でここにそれぞれ4枚の太陽電池パネルで構成されるふたつのソーラーアレイが取り付けられる。サイキの大部分は環境制御されたコンテナに入れられ、球根のような形をしたC-17輸送機でケープカナベラルに輸送される。太陽電池パネルは別に輸送され、打ち上げが近づいてから再び探査機へ取り付けられる。

天体の“内部”が見えてくる?

小惑星プシケは、探査のターゲットとしては非常にユニークだ。幅140マイル(約225km)のジャガイモのような形をしたこの天体は、大部分が岩や氷ではなく金属でできており、火星と木星の軌道の間で太陽の周りを回っている。

「太陽系最大の金属小惑星です。これまで地球から広範な研究が進められてきましたが、どのように生まれ、どのように進化して現在の姿になったのかはわかっていません」と、アリゾナ州ツーソンにある惑星科学研究所の天文学者のフアン・サンチェスは言う。サンチェスはプシケを研究しているが、今回のミッションにはかかわっていない。

こうした成分組成は、プシケが単に金属のユニークな組み合わせをもつ世界というだけではない可能性を意味している。太陽系が生まれてから数十億年間の激動の時代に、ほかの小惑星との大規模な衝突によってその外層が粉砕された後に残された、惑星の赤ちゃんの核の一部かもしれないのだ。

実際のところプシケが微惑星の核なのであれば、現存する岩石惑星の金属でできた内部と似ている可能性がある。「核を見ることができたら、すごいことでしょうね。SFの世界は別として、地球の核に行くことはできませんから。それらの天体の内部に何があるのかを研究するチャンスなのです」と、アリゾナ大学の天文学者のヴィシュヌ・レディは言う。レディはサイキではなく、ほかの小惑星ミッションに携わってきた経験がある。

プシケが鉄やニッケルなど、地球型惑星の核で見つかる成分と同じ金属の合金でできていることは間違いないと、エルキンス=タントンは考えている。また、微量の銅やプラチナのようなより価値の高い金属も含まれている可能性が高く、いつか宇宙採掘会社が興味をもつことになるかもしれない。

小惑星の写真はすべて世界に公開

今回のミッションでは、2026年1月に探査機を小惑星の軌道に乗せ、少なくとも21カ月はそこにとどまらせる。そして、この天体の地図の作成や写真撮影、内部構造の調査などをリモートで実施する予定だ。

軌道周回中は、デンマーク工科大学とマサチューセッツ工科大学(MIT)の科学者が開発した磁力計を用いることで、惑星の赤ちゃんの核である証拠とみなされるかもしれない残留磁場が残っていないか測定する。

また探査機には、サンディエゴの企業Malin Space Science Systems製の撮像装置も搭載されている。探査機が撮影した写真は、JPLが管理する巨大アンテナの国際システム「ディープ・スペース・ネットワーク」経由で地球に送られる。

地球と小惑星帯の間は距離があるのでリアルタイムでは届かないものの、画像が届けば30分以内に公開される予定だ。「編集するつもりはありません。検閲もしません。世界中の誰もが同時にそれらを見て、それが何であるのか考えることができます。宇宙ミッションは全員のためのものですから」と、エルキンス=タントンは言う。

探査機には、ジョンズ・ホプキンス大学応用物理学研究所でつくられた、ガンマ線と中性子を検出する装置も搭載されている。科学者たちはこれを使って、この小惑星の表面にどの程度の量の鉄やニッケルなどの成分があるか割り出すことができる。

最後に、電波通信システムを使って重力を測定することもできる。金属は岩石の2倍の密度があるので、これらの装置を使えば、プシケが本当にほとんど金属の世界なのか、それともこれまで考えられていたよりも多くの岩石が混ざっているのか判断することも可能だ。

これらすべての機器が取り付けられる探査機本体について、NASAはコロラド州ウェストミンスターのMaxar Technologiesと提携している。同社は今回初めて深宇宙ミッションに携わり、既製の通信衛星の筐体を応用することでコストを削減した。

また、十字型の大きなソーラーアレイも製作し、宇宙で展開すると探査機の長さがテニスコートほどに伸びる。これらの太陽電池パネルは、地球の近くでは太陽から20kWのエネルギーを集めるものの、プシケに到着すると2kW程度に低下してしまう。

この探査機のミッションには、深宇宙光通信(DSOC)と呼ばれる技術の実証実験も含まれている。プシケを含め、月よりも遠い深宇宙のミッションはすべて通信を電波に頼っているが、レーザーを使えばより多くの情報をコード化できる。これは将来の火星ミッションでの通信能力を向上させ、動画のストリーミング配信さえ可能にするための第一歩となる。

最終調整という緊張の段階

今回のミッションは、太陽系を形成する力のひとつとなった物質について理解を深めるために、彗星や小惑星に接近して調査する一連のプロジェクトの最新のものだ。欧州宇宙機関の探査機「ロゼッタ」が2014年に着陸機の彗星着陸を成功させる前に金属小惑星「ルテティア」に接近飛行しているが、プシケはより集中的な研究の対象となる。

また、NASAの探査機「ドーン」は2015年に太陽系最大の小惑星ベスタと、小惑星帯の準惑星ケレスを訪れている。18年には日本の「はやぶさ2」とNASAの「オシリス・レックス(OSIRIS-REx)」が炭素質の地球近傍小惑星リュウグウとベンヌで、それぞれサンプルを採取した(「はやぶさ2」は、すでにサンプルを地球に持ち帰っている)。NASAは昨年にも、重力に捕らえられて木星と同じ太陽軌道を回るトロヤ群小惑星に接近飛行する探査機「ルーシー」を打ち上げている。

だが、いまのところNASAの主な仕事はサイキをフロリダへと運び、梱包を解いて打ち上げの準備をすることだ。サイキがケープカナベラルに到着したら、チームは3カ月にわたって地上支援装置のセットアップや、すべてが適切に輸送されたことを確認するためのテストの実施、そしてハードウェアの最終調整を進めると、JPLでサイキのプログラムマネージャーを務めるヘンリー・ストーンは言う。

また、ディープ・スペース・ネットワーク経由でコマンド送信とデータ受信を実行するための通信システムもテストする。一度に多くの仕事を完了させなければならないので、ストーンは興奮と不安の両方を感じているという。「プロジェクトでいちばん緊張する段階です」

エルキンス=タントンは、クリーンルームでできることはすべてテストしたと感じている。そしてついに、本当のテストが宇宙で実施されることになるのだ。

「これまで機器に神経を使いながら何年も過ごしてきましたが、いまは本当に自信があります」と、エルキンス=タントンは言う。「打ち上げのことはあまり心配していません。それよりも、予想外のことが起こらないか心配です。とても複雑なシステムですから」

WIRED US/Edit by Daisuke Takimoto)

※『WIRED』による宇宙の関連記事はこちら


Related Articles

毎週のイベントに無料参加できる!
『WIRED』日本版のメンバーシップ会員 募集中!

次の10年を見通すためのインサイト(洞察)が詰まった選りすぐりのロングリード(長編記事)を、週替わりのテーマに合わせてお届けする会員サービス「WIRED SZ メンバーシップ」。毎週開催のイベントに無料で参加可能な刺激に満ちたサービスは、無料トライアルを実施中!詳細はこちら