Netflixの「レンタルDVD」発送サービスの終了と、勝利したアルゴリズムの功罪

ストリーミングの巨人であるネットフリックスが宅配DVDレンタルの“最後の1枚”を発送し、そのサービスを終了した。映画を愛する人々のためにあったサービスの終わりはアルゴリズムの勝利でもあり、その功罪も改めて認識させられる。
Red Netflix envelopes in a bin of other mailing envelopes
Photograph: Justin Sullivan/Getty Images

Netflixを利用している映画ファンたちが一斉に、または一人ひとり個別に嘆いている。X(旧Twitter)で、解説記事で、そして個人的な瞬間に、あの赤い包装のDVDが二度と郵便受けに届かないことを知って一斉にため息をついているのだ。

DVDの郵送レンタルサービスを始めたNetflixの登場は、ビデオやDVDをレンタルするチェーン店「ブロックバスター」と個人経営の店を壊滅させた。それから25年にわたり、真にマニアックな映画をパッケージで手に入れる最高の場所がNetflixだったのである。しかし、それも過去のものとなってしまう。Netflixは9月29日(米国時間)、最後のレンタルDVDを発送したのだ。

こうなることは確かに運命づけられていた。創業初期の日々、ネットフリックスの共同創業者兼最高経営責任者(CEO)のリード・ヘイスティングスは、人々によく言っていた。「わたしたちがこの会社を『DVD-by-Mail.com』と呼ばなかったのは理由があります」と。

Netflixは常にストリーミング界の巨人を目指して突き進んでおり、必要なものはそのために十分な通信帯域幅を確保することだった。それは人々が人気ドラマ「The Office」のようなひと昔前の作品を改めて視聴したり、最終的にはオリジナルコンテンツを視聴する場所になったが、それより前は「ロストボーイ」の特別版DVDやニッチなシアターキャンプドキュメンタリー「Stagedoor」など、多くの目立たない外国映画を手に入れる場所でもあったのだ。

アルゴリズムの功罪

NetflixのDVD郵送レンタルサービスの終了と、最後の瞬間までそれを利用し続けた映画愛好者たちについて書いた記事がニュースサイト「Slate」に掲載されたのは、先週のことだった。この記事でSlateのシニアエディターのサム・アダムスは、Netflixでストリーミングされている作品は常に4,000本ほどあるが、それはディスクを介して提供できていた作品のほんの一部でしかないと指摘している。

アダムズの主張は、Netflixが築いたひとつの時代の終焉が、かつて『WIRED』US版編集長だったクリス・アンダーソンが提唱した「ロングテール理論」(デジタル配信と少量生産によって、小さな映画やニッチなファッショントレンドが収益を上げられる規模の顧客を見つけることで大企業を凌駕できるという理論)の死を示しているというものだった。

この考えは、アルゴリズムによって人々がそれまでまったく知らなかったものとつながり、それをつくった人々も生計を立てられるようになるというものだ。最終的にアルゴリズムはこれを実現したが、作品を細分化していけばいくほど、視聴者は選択肢の多さに圧倒され、すべての映画への需要が減少していった。そしてストリーミングサービス事業者たちは、ヒットに固執するほうがいいということに気づいたのである。

簡単に言えば、アルゴリズムはうまく機能したが、それはほとんどの人々が思っていたかたちではなかったのだ。

「成長か、死か」

ここでいい事例のひとつとして、「The Office」の例を紹介しよう。これはもともとNBCで放映された番組だが、その米国版は一時はNetflixで最も人気のある番組となり、「フレンズ」の人気をも上回った。

NBCユニバーサルはアルゴリズムによるこのような成功を目にし、のちに番組の権利を得るためにNetflixを上回る5億ドル(約745億円)という金額を支払い、いまでは「Peacock」として知られる独自のストリーミングサービスで配信した。「フレンズ」も同様の軌跡をたどり、HBO Max(現在の「Max」)の目玉番組となった。

Netflixのアルゴリズムは、隠れたホームコメディファンの長い“触手”を発見するうえで大きな効果を上げた。このためほとんどのネットワークはNetflixにライセンス供与していた番組の権利を取り戻し、独自のサービスを始めるしかなかったのだ。いまや視聴者が選ぶべきストリーミングサービスは多すぎていて、需要も減少しており、さらなる合従連衡を招く可能性がある。

こうした結果は必然ではない。Netflixがこのかたちを望んでいたのかどうか判断することは難しい。契約者数の減少が始まる前のストリーミングサービスの絶頂期には、Netflixでは実際にインディ系コンテンツの復活を推進していた。その幅広さとリーチのおかげで、例えば「オレンジ・イズ・ニュー・ブラック」のような本来ならニッチな番組を人々の目にこっそりと晒すことができたのだ。

それはテレビが力をもつ時代において、重要な役割を果たした。「サンダンス映画祭」のような映画祭にスカウトを送り、独立系の映画製作会社の作品を発掘し、世界中の家庭に配信した。この取り組みは成功して大きな収益を上げた(皮肉なことに、ときには利益がDVDを下回ることもあったが)。そしてディズニーやワーナー・ブラザース、ディスカバリー、NBCユニバーサルといった企業も、みなそれをやりたがったのだ。

ビジネスの世界は「成長か、死か」だ。投資対効果が高くない「コンテンツ」にネットフリックスが大金を投じ続けることができなかったのは、それが理由だろう(この手法はご存じだろう。作品がヒットしたら2シーズンは継続し、そして終了する。それから少しでも多くのサブスクリプション契約をとろうと別の作品にとりかかる)。

いまや同じような傾向がディズニーやワーナー・ブラザース、ディスカバリーにも現れており、コスト削減のために番組を終了させることすら始まっている。「ウエストワールド」も、そう長くは続けられなかったようだ。

ある無名の作品について思うこと

90年代末、当時たくさんあった個人経営のビデオレンタル店のひとつで働いていたことがある。これはポップカルチャー分野のジャーナリストとして成功を収めるためのマスタープランの一部であり、またそれは90年代に存在したビジネスでもある。

このような店舗は小規模経営で、近くの大手チェーン店との競合も避けられなかったが、選択肢としては悪くなかった(店舗ではアダルト作品も提供しており、これが収益に貢献したていた)。かなり長くそこで働いていたので、最終的には取り扱うべき作品を提案できるようにまでなったが、提案したのはいつもサンダンス映画祭で話題になったようなもの(ケヴィン・スミス、クエンティン・タランティーノや、その他の白人男性監督の絶頂期の作品)だった。

もちろん、その店はもうずいぶん前に閉店している。その店が入っていた建物はもともとは精肉店だったが、最後に地元をクルマで通り過ぎたときには別の肉屋になっていたと思う。

過去の思い出をたどる旅について書いているわけでははないが、仕事明けの夜に持ち帰っていた作品名などはいまでも簡単に思い出すことができる。この記事を書いている間に、そのうちのひとつを調べたいという衝動に駆られた。『Live Nude Girls』というあまり知られていない作品で、キム・キャトラルが出演しているものだ。

以前のような輝きを失ってはいまいかと心配で観る勇気がないのだが、いい知らせがある。それを見つけることはもうできないということだ。この作品をストリーミング配信しているところは、もうどこにもないのである。

WIRED US/Edit by Daisuke Takimoto)

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