ワイヤレスイヤフォン「Nothing Ear (stick)」のデザインと音の再現性は優れているが、装着感は人を選ぶ:製品レビュー

英国のNothing Technologyがワイヤレスイヤフォン「Nothing Ear (stick)」を発売した。本体とケースのデザインは美しく、大型ドライバーのおかげで音質も優れているが、独特の形状ゆえに装着感は人を選ぶかもしれない。
Nothing Ear レビュー:優れたデザインと音質だが?
PHOTOGRAPH: NOTHING

「無(Nothing)からは何も生まれない」──。ウィリアム・シェウクスピアが放った言葉は、必ずしも事実ではないだろう。シェイクスピアは人の心情に対する鋭い洞察がほかのどの作家よりあったかもしれないが、消費者向けのガジェットの世界では通用しないのだ。

「Nothing」は意味をもち始めている。Nothing Technologyは創業時に型破りなことをし、現状に満足している既存の一流ブランドを「破壊」あるいは揺るがし、喝を入れると宣言した。しかし、Nothingが現時点で展開している製品が1機種のAndroidスマートフォンと2組のワイヤレスイヤフォンであることを考えると、この宣言は戯言にしか聞こえないだろう。

それでもNothingの製品がシンプルかつ魅力的で、比較的手ごろな価格であることは認めざるを得ない。そしてこの業界において「それなりに興味をそそる」ことには間違いなく価値がある。

従って、ロンドンのソーホーに実店舗を出店することがこのブランドの最も型破りな手ではないとしたら、どうだろうか。ここはNothing Technologyの普通さを議論する場ではない。新しい製品「Nothing Ear (stick)」について語る場だ。

独自の美的な要素

NothingはEar (stick)の設計を「ハーフインイヤー型(半分耳に入る形状)」と説明している。シリコン製のイヤーチップを使わず、人間工学に基づいた形状でイヤフォンを耳に固定するという全体の設計は、アップルの初代「AirPods」を彷彿とさせるものだ。

もちろんアップルは、自社のさまざまな革新的な技術の多くを独創性の乏しいメーカーに臆面もなく流用されることに慣れている。だが、これまで誰もAirPodsの設計を真似してこなかった。それは「全員にぴったりのサイズはない」ことを体現する設計の製品は、クパチーノに本社を置く企業の最高傑作ではないことが理由と考えてほぼ間違いないだろう。

Ear (stick)の利点は、より一般的である侵襲的な(正直に言うと、より安定した)インナーイヤー型の設計よりじゃまにならないことだ。片方のイヤフォンの重量はわずか4.4gで、寸法は30×19×18mmと、確かに装着の負担は少ない(所定の位置にとどまる場合の話だ)。

「デザイン」は、Nothingのアイデンティティで大きな位置を占めている。そこでEar (stick) は、化粧品業界から着想を得た筒状の充電ケースに入れて持ち運べる仕様を採用した。

上部にはUSB Type-Cのポートと、Bluetoothでペアリングするためのボタンがある。この上部をひねり、ふたを回転させることで、筒に入ったイヤフォンを取り出せる仕組みだ。

イヤフォンの本体と同様に、ケースも透明なプラスチックを多用している。これがNothingの独自の美的な要素として確立しているのだ。

個性的でありながら、何の製品かすぐにわかるものをつくることは簡単ではない。だが、Nothing(そしてクリエイティブ集団のTeenage Engineering)が、それをEar (stick)のケースで実現した点は賞賛に値する。

PHOTOGRAPH: NOTHING

申し分ないスペック

とはいえ、優れたデザインは評価の一部でしかない。真のハーフインイヤー型ワイヤレスイヤフォンには、やるべきことがある。幸いなことに、NothingはEar (stick)の技術的な性能を、同じ価格帯の主要な競合製品にほぼあらゆる面で太刀打ちできる水準にしている。

ワイヤレス接続はBluetooth 5.2を採用。Bluetoothの主なプロファイルにすべて対応しているが、コーデックの互換性はSBCとAACのみである。aptXに対応している同社のスマートフォン「Nothing Phone (1)」をもっている人はがっかりするだろう。

イヤフォン本体のバッテリーの駆動時間は、7時間程度と申し分ない。透明の充電ケースで、さらに3回までフル充電が可能だ。ワイヤレス充電の機能はないが、USB Type-Cで10分ほど電源につなげば、数時間の再生ができるほど充電できる。

イヤフォンはそれぞれの軸部分にある圧力センサー(タッチ式ではない点を強調したい)で操作でき、コントロール用アプリ「Nothing X」も用意されている。アプリからセンサーの機能を設定したり、ソフトウェアの更新をしたり、いくつかのプリセットとカスタム設定をひとつ保存できる機能を備えたイコライザーの整ったグラフィックインターフェイスを利用したりできるわけだ。

Nothing Xでは、Nothing Phone (1)の使用時にゲームの体験をより快適にする「低遅延モード」を起動したり、イヤフォンが見当たりないときに音を鳴らしたり、「インイヤー検出」機能のオン/オフを設定したりできる。最後の機能はイヤフォンを外したときに音の再生を一時停止するもので、オンにすると「Bass Lock(低音ロック)」機能の利用も可能だ。

これは、ハーフインイヤー型イヤフォンでは避けられないと思われがちな音漏れを防ぐことを意図したものである。低音域の情報の漏れを検知して、それを補うようにイコライザーのカーブを調整するソフトウェアを導入することで、これを実現しているのだ。

また、Ear (stick)は音源のプレイヤーに搭載されている音声アシスタントにも対応している。それぞれのイヤフォンには3つのマイクが搭載されており、音声アシスタントとのやりとりに対応しているほか、通話の妨げになる周囲の雑音を拾って除去するうえで役立つ。また、IP54に準拠した防塵・防水性能を備えている。

音を耳に届けてくれるのは、各イヤフォンに搭載された12.6mmのフルレンジ・ダイナミックドライバーだ。 このドライバーは最も感度の高い設計を採用しているとNothingは主張しているが、感度に関する実際の数値は公表されていない。とはいえ、イヤフォンの基準で言えば大きなドライバーであり、特にこのような比較的小型な設計では大きいものだと言えるだろう。

PHOTOGRAPH: NOTHING

フィット感はどうか?

お気づきかもしれないが、Ear (stick)のフィット感は装着する耳によって異なる。家族4人の耳で試したところ、3人はイヤフォンのフィット感や快適さに問題を感じなかった。最後の1人におけるイヤフォンの唯一の問題は、着用者が思春期前の子どもだったことに起因していることは、ほぼ間違いないだろう。

それでもEar (stick)は定位置に収まらないという同僚から、かなり強力なフィードバックがあった。大半の製品は、サイズや素材の異なるイヤーチップでフィット感を調整できる。ところがEar (stick)の場合は耳に合わなければ、独特な形をしたユーザーの耳の問題でどうしようもないということになる。

このようにフィット感に比較的大きな問題があることと、それぞれのイヤフォンに搭載された操作部を使おうとすると装着後の安定性に影響が出てしまう点は残念だ。 Ear (stick)の操作部はタッチセンサーではなく、表面を触るだけで操作できるわけではない。 操作部をしっかり強く押さなければならないのだ。

親指で軸の背面を支え、人差し指でつまむように前面を押して再生を指示すると、イヤフォンを適度に安定させられることがわかった。また、この動作は家族からちょっと変な目で見られるということもわかった。とはいえ、この方法で操作したときのEar (stick)の反応には何も問題はなかった。

PHOTOGRAPH: NOTHING

音の再現性もまずまず

Ear (stick)をテストするためにBluetoothで接続した端末は、iPhone 13Nothing Phone (1)だ。もちろん同時に接続したわけではない。音楽配信サービスの「Qobuz」と「TIDAL」およびスマートフォン本体に保存してある曲を再生した。

何よりもまず、Nothingのイヤフォンの音質はワイヤレス接続した端末による違いはなかったことを記しておこう。もちろん、高価な携帯音楽プレイヤーに接続して音を再生すれば、より優れた音を楽しめる。だが、こうしたプレイヤーには高価なヘッドフォンが付属していることが多い。

それに、聴きたい音楽の種類によって音に違いが出ることもなかった。ニック・ドレイクの「Pink Moon」から聴こえる密なギターと声の楽曲から、ジャイアント・スワンの「Do Not Be Afraid of Tenderness」の鼻血が出そうなほど激しい電子音、Szun Wavesの「Exploding Upwards」の抽象度の高い複雑な音、アレサ・フランクリンの「Don't Play That Song」の暖かく包容力のある音まで、Nothingはそれぞれの特徴を少しも変えずに再生できていたのだ。

Ear (stick)を適切な音源と合わせて使用することで、どのような状況でも広がりがありながら、統一感のあるしっかりとした音を聴かせてくれる。音像定位は力強く一貫しており、非常に複雑で音圧のあるミックスでもそれぞれの音を適度に際立たせており、一つひとつの音に振り分けられた空間上の位置感覚も適切だ。

高音域の鮮明でよく制御された音の出だしであるアタックから、深くきれいにかたちづくられて印象的な質感を持つ低音域まで、説得力のある自然な音調を再現している。中音域ではボーカルの個性、技術、感情など大まかなものから、細かなニュアンスも余すことなく表現されているのだ。

リズムの表現は、やや迫力に欠けることがある。心よりも腰に響くような音楽は、最高峰のイヤフォンが再現しているダンスフロアで得られるような力強さが欠けてしまう。また、音の強弱の変化についても若干ではあるが、確かにもの足りない。楽曲の重要な部分である静かな音から大きな音への変化がやや乏しく、独奏楽器で顕著な細かい音の変化も表現しきれていないのだ。

とはいえ、Ear (stick)は安心して音楽を楽しめる。また、ハイファイな音楽に少し光沢を与えるのと同じように、安価で荒い、あるいは質の低い機材でつくられた音楽も問題なく扱えているのだ。

Giant Swanのようなやぼったい音の再生に困惑するヘッドフォンは価格帯を問わずたくさんあるが、Ear (stick)はそれらとは違う。荒々しく録音された音楽の再生を歓迎しているわけではないが、冷たいまなざしを向けているわけでもない。

このイヤフォンは比較的オープンな設計にもかかわらず、パッシブノイズアイソレーション機能が搭載されている(前提としてあなたの耳にフィットしなくてはならない)。また、ワイヤレス接続も優秀だ。プレーヤーからかなり離れていても、粘り強く接続を維持できる。ほかの競合製品はこの点について、Nothingから学べることがいくつかあるだろう。

当然のことながら、Ear (stick) は革新的な製品ではない。ビジネス界が好んで使う「破壊的」な製品ではないのだ。

とはいえ、設計と価格の点で目を引く製品ではある。誰にでも合う装着感という点ではいくつか決定的な短所がありながらも、この製品が提供する音には明確な長所もある。つまり、この製品には何らかの価値があるということだ。

◎「WIRED」な点
独創的な設計。競争力のある性能。軽くて快適(耳の形に合えば)。ワイヤレスの接続性は盤石。整った広がりのある音。

△「TIRED」な点
万人にフィットする形状ではない。音にダイナミックさやリズムの強さが足りない。操作のインターフェイスが、装着後のイヤフォンの安定性に影響を与える位置にある。

WIRED US/Translation by Nozomi Okuma/Edit by Naoya Raita)

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