「Vision Pro」によるアップルの参戦で、メタバースを巡る戦いがいよいよ本格化する

アップルが発表したMRヘッドセット「Vision Pro」からは、メタ・プラットフォームズとの方向性の違いがくっきりと浮かび上がった。そしてメタバースを巡る競争の本格化も意味している──。『WIRED』エディター・アット・ラージ(編集主幹)のスティーヴン・レヴィによる考察。
Illustration of the shape of virtual reality goggles split by Apple brand and Meta brand colors
Illustration: Jacqui VanLiew; Getty Images

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アップルが入念に計画した複合現実(MR)ヘッドセット「Vision Pro」の紹介がひと段落したところで、新しい“現実”の分野における前線の様子が明確になってきている。大手テック企業各社と一部の新興勢力は、原始的な感覚器官で人々が知覚している世界をデジタルに拡張、あるいは置き換えるヘッドセットなどのガジェットを開発中だ。しかし、各社の考えるMRデバイスが果たす役割については、哲学的な違いがある。

そしてこの違いが、いまになって重要なものになった。人工知能(AI)が人々の代わりに小論文を書き、人類を滅ぼす可能性に人々が執着していなかった1年前まで、大手テック企業はメタバースに夢中だった。どの企業もやがて到来する新たなパラダイムにまつわる戦略を立てているかのようだったのである。しかし、業績不振と生成AI(Generative AI)の台頭によって、この議論は鳴りを潜めてしまっていた。

ところが、アップルがこの分野へと華々しく参入したことで、人々の興味は再燃した。そしてアップルの発表は、かつてメタバースの分野の“無敵の王”だったマーク・ザッカーバーグがMRを追求する姿勢と対抗するものだったのである。

この分野のほかの企業も、どちらかの道を選ぶことになる。マイクロソフトのような大手企業さえもだ。先日、マイクロソフトの最高経営責任者(CEO)のサティア・ナデラと話したとき、「プレゼンス(リアルな存在感)」の追求に投資すると認めていた(とはいえ、その後の話題はAIでもちきりだった)。

VRを推進するメタ・プラットフォームズ

ザッカーバーグが仮想現実(VR)ヘッドセット「Oculus VR」でVRを体験したのは9年前のことである。このとき「Oculus VR」は、クラウドファンディングサイト「Kickstarter」に掲載されていた最低限の機能しかもたない製品だった。

それでも、このときの体験は電撃に撃たれたかのような衝撃をザッカーバーグに与えた。その瞬間、ザッカーバーグはデジタルに生成された現実が未来のプラットフォームになると確信したのである。そして、世界で広く使われているソーシャルメディア企業の創業者として当然のことながら、新技術はソーシャルなものになると考えたのだ。

その後、ザッカーバーグは14年に「Oculus VR」を開発したスタートアップを20億ドルで買収している。進歩は遅かったものの(ザッカーバーグが当初設定したおよそ10年に及ぶ計画はあらかた過ぎようとしている)、ザッカーバーグはVRの可能性を信じ続けた。この領域に注力する姿勢を反映するために、社名をメタ・プラットフォームズに変えたほどである。

ザッカーバーグの長期的な目標は、SF作家のニール・スティーヴンスンが名付けた新たなデジタル世界の概念「メタバース」の実現に向けて、人々をこことは違う現実へと転移させ、そこで交流するためのツールを提供することだ。

目標の達成には、まだ時間がかかる。「Meta Quest」と名付けられたメタのヘッドセットは最も人気のVRの装備となったが、まだ広く普及しているわけではない。

ザッカーバーグはこの目標の実現に向けてゲームやフィットネス、そして人々がアニメ調のアバターとして登場するVRのソーシャルスペースといった没入型の体験を構築している。一見すると滑稽に見えるかもしれないが、こうしたアバターを通じて他者とのリアルに近いつながりの感覚を育めるわけだ。

しかし、メタの主要なソーシャルアプリである「Horizon Worlds」はまだ扱いづらく、使うには労力がかかる。メタの幹部は昨年、社内会議にアプリを使っていない社員を叱責していたほどだ。いずれにしろ、メタは自分たちの手法が正しいという確信の下に、テクノロジーを改良する研究に何十億ドルも投資している。

「空間コンピューティング」の実現を目指すアップル

これに対してアップルは、3,500ドル(約50万円)のヘッドセット「Vision Pro」で違う道を歩むことを選んだ。

「Vision Pro」はメタの「Meta Quest」より軽量で洗練されている。このデバイスを使った印象を伝えた6月上旬の記事で説明したように、アップルは「Vision Pro」のOSである「visionOS」を、グラフィカルインターフェースのみならず、コンピューターの入力装置であるマウスやタッチスクリーンといった自然なコンピューティングインターフェースの次の進化の過程に位置づけている。

「Vision ProをMac Proの後継機と考えたほうが理に適います。複数の画面をひとつのデバイスや現実と統合して使える製品に魅力を感じるような、高品質なコンテンツ制作者向けなのです」と、ジャーナリストでメタバースに関する新著を発売したばかりのワグナー・ジェームズ・アウは指摘する。

アップルは発表イベントで「メタバース」という言葉を一度も使わなかった。その代わりに、言葉を巧みに操るアップルの経営幹部たちは、このデバイスを「空間コンピューティング」を実現するものだと表現していた。

「Vision Pro」は主にひとりで仕事をしたり、映画を観たりするためのデバイスである。最もソーシャルな要素は、現実世界で誰かがユーザーに近づいたときに知らせてくれる機能だ。例えば、「ホッチキスを取って」と言いながら近づいてくる人がいれば、ユーザーの意識を占めているデジタルディスプレイが十分に暗くなり、その存在を認識できるというわけだ。

両社のビジョンには重なる部分もある

どちらの企業も、それぞれが掲げるビジョンの実現にだけ注力しているわけではない。アップルのデモには標準的なVRの体験も含まれていた。これには山と山の間に張られたロープの上を綱渡りするような、現実離れした場面にユーザーをまるごと転移させるものもあった。メタも複数のディスプレイを使用できるデジタルオフィスの構築を目指している。

しかし、アップルが働き方の再定義と、例えばユーザーの呼吸と内なる魂をリラックスさせるマインドフルネスのツールといった人気アプリの拡張に焦点を当てていたことは明らかだろう。平面ディスプレイに映る癒しの映像で心を落ち着かせる代わりに、花弁の形をした物体が緩やかに動いてユーザーを包み込み、ヨガの瞑想のような心地よい気分を全身で体験できる仕組みを用意していたのだ。また、アップルの職場向けの体験は、再現性の高いグラフィックスと驚くほど直感的に指の動きで制御できる無数のディスプレイに溢れていた。

一方で、ソーシャル機能の魅力はやや劣る。唯一のソーシャルな機能は、友人や同僚の姿を再現したビデオ通話機能「FaceTime」だけだったのである。そして、その映像は「不気味の谷」を感じさせるものだった。

これとは対照的に、職場向けにVRを訴求するメタの取り組みは停滞しているようだ。メタが1,500ドル(日本では15万9,500円)で販売している高価格帯のヘッドセット「Meta Quest Pro」(魅力には欠けるが職場向けソフトウェアを使える)の次世代モデルの開発は、どうやら中止となったようである。

現実を離れる準備はできているか?

どちらの現実が人々を引き込むことになるのか、あるいは本当にそのようなことになるのか非常に楽しみである。人類が数万年にわたって体験してきた「現実」を離れてメタバースに飛び込む、あるいは元からある感覚を「Vision Pro」に置き換える準備はできているだろうか?

「そんなのはいやだ! 現実の世界のほうがいい! ここには本物の木がある!」と、あなたは直感的に思うかもしれない。しかし、ティーンエイジャーやベンチャーキャピタリストたちとダイニングテーブルを囲んだことはあるだろうか? こうした人たちは、食事の味や香りを堪能したり会話に熱中したりするよりも、スマートフォンを見つめてスワイプすることに夢中なのである。

いまよりさらに人々の注意を吸い上げる手ごろなデバイスが登場すれば、人々がガジェットを使うさまざまな理由はさらに強化されることになるかもしれない。すぐに現実になることはないかもしれないが、賢い大手テック企業各社はこの未来の実現を阻む要素を取り除くことに何十億ドルもの資金を投入しているのだ。

これが成功すれば、わたしたちの知る現実に勝ち目はない。そうなったときに「プレゼンス」という言葉は、逆の意味で使われるようになるだろう。

WIRED US/Translation by Nozomi Okuma)

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