顔認識技術でネズミを検知、AIを用いた監視カメラが離島の生物多様性を“侵入者”から守る

カリフォルニア州の離島に住む在来種を守るべく、顔認識技術を搭載した監視カメラが試験導入された。外部から入り込むネズミのような侵入者を撮影し、生物多様性が破壊される状況を未然に防ぐ試みだ。
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Photograph: Nature Conservancy

水温上昇やマイクロプラスチック汚染、魚の乱獲といった溢れんばかりの問題を抱えているカリフォルニア州南岸沖の真ん中に、およそ250平方キロメートルに及ぶ自然保護のサクセスストーリーがある。かつてサンタクルス島には、野生化したブタや外来種のアルゼンチンアリが大繁殖しており、環境保護団体「ザ・ネイチャー・コンサーバンシー(TNC)」は組織的な駆除活動を実施した。このおかげで愛すべき在来種のアイランドキツネは、間一髪のところで絶滅の危機を脱したのだ

闘いには勝利したものの、戦争は終わっていなかった。TNCはいま、この島を新たな侵入者から守る必要に迫られているのだ。

その侵入者とは、ネズミである。島のあらゆる場所に出没する嫌われもののネズミたちは、ひとたび上陸すると猛烈な勢いで繁殖し、在来植物の種子、鳥や爬虫類の卵、人々が育てる作物など、自分たちの通り道にあるものをほとんど食い尽くしてしまう。

ニューヨーク州のマンハッタン島を筆頭に、鋼とコンクリートでできた都市部の島々にももちろんその害は及んでいる。いったんネズミに居座られてしまえば、駆除することは極めて難しい。ガラパゴス諸島のセイモウル・ノルテ島(ノース・セイモア島)では、環境保護活動家たちがドローンで殺鼠剤を散布しなければならなかったほどだ

ネズミを自動判別する監視カメラが誕生

これを受けTNCは、サンタクルス島で監視システムを実験している。ネズミが島に上陸したことを知らせるこのシステムには、野生動物を自動撮影するカメラトラップ(センサーを搭載した設置型カメラ)のネットワークと、画像内の人間の顔を見分ける技術と同じ人工知能(AI)技術が使われているという。

多くの科学者たちは、あらゆる種類のカメラトラップを100年にわたって使用してきた。こうしたなかTNCが導入したシステムは、カメラの視界に入ったネズミなどのげっ歯動物を自動的に検知し、環境保護団体に警告メールを送信する仕組みとなっている。「ネズミ専用のスマートドアベルのようなものと考えていいでしょう」と、今回のプロジェクトを指揮したTNCのソフトウェア開発者であるナサニエル・リンドローブは語る。

これはテスト映像だ。幸いなことにサンタクルス島のカメラは、いまのところネズミを検知していない。

Video: Nature Conservancy

こうした新技術は、サンタクルス島の現状が必然的に生み出したものだ。従来の方式では、生物学者が数カ月おきにカメラトラップの設置場所に通い、メモリーカードの回収やバッテリー交換をする必要があった。

そのたびに徒歩で熱帯雨林に分け入ったり、この島の場合はマンハッタン島の3倍の面積の岩山の周りを歩いたりしなければならないのだ。カメラのある場所にたどり着くころには、ネズミがそこにいたときからすでに何カ月も経っているかもしれない。これでは迅速な対応は望めないだろう。

待機中のカメラにシカやクマが一撃を加える可能性もある。あるいはレンズの前で風になびく草の葉のせいで、大量の写真が高速撮影されてしまうかもしれない。何もない空間の写真が何千枚もカメラに収められることもあるだろう。

「撮影した画像の90~95%に何も写っていない可能性さえあるでしょう」と、カルガリー大学のコンピュータ科学者であるソウル・グリーンバーグは語る。彼はカメラトラップ用の画像認識技術の開発に従事しているが、今回の新たな取り組みには関与していない。「画像認識のことは忘れてください。写真に何も写っていないのであれば、カメラトラップの利用者にとっては喜ばしいことなのですから」

TNCのリンドローブが新たに開発したシステムは半自律的に機能し、意味なく写り込んだ草の葉をほぼリアルタイムで“除草”できるという。ソーラー充電式のカメラは無線で互いにつながっており、ネットワークを形成している。

そのうち1台が何かを検知すると、自動撮影された画像がネットワーク内の次のカメラへ、また次のカメラへとリレー送信される。最終的に画像はインターネットに接続された基地局に送られ、クラウド上にアップロードされるのだ。

監視こそが最善の手段

「撮影された画像は、まずシステムに取り込まれます」と、リンドローブは語る。「そして一連のコンピュータービジョンのアルゴリズムを用いて解析し、画像に写っているものを判別しようとするのです」

このアルゴリズムは、アイランドキツネのような先住の野生動物とげっ歯類を見分けるよう訓練されている。だがいまのところ、その精度はげっ歯類を“おおまかに”見分けられる程度にすぎず、島の在来種であるシカネズミと外来種のネズミを区別するには至っていない。

少しでもネズミに似たものが目撃されるたびに、システムからリンドローブたちにメールが送られてくる。人間の目はその違いを難なく見分けられるのだ。いまのところサンタクルス島でネズミの姿は確認されていない。

それでも、この最新式の監視システムが必要であることに変わりはない。この島ではボートに乗った人々の来訪が許可されているからだ。“密航ネズミ”のつがいが1組でも上陸してしまえば、TNCは深刻な問題を抱え込むことになる。

エクアドルのプラタ島で撮影されたこの写真のように、外来種のネズミは鳥の卵にはっきりと痕跡を残している。

Photograph: Island Conservation

外来生物から島を守ることは難しい。在来生物の多くがこうした捕食動物の存在に慣れておらず、天敵との関係を通じて進化する「共進化」を経験していないので、自衛手段を知らないのだ。

結果として「島々では世界のどんな場所より多くの種が失われています」と、非営利団体「アイランド・コンサベーション」のイノベーション部門長を務めるデイヴィッド・ウィルは指摘する。同団体は外来種の根絶に取り組み、TNCと共同で新しい監視カメラ装置をテストしている。

ネズミは、ブタやネコと並んで在来種の絶滅の大きな原因となっている。「侵略者であるこうした生き物を駆逐できれば、島は見事に復活するはずです。生物多様性を守るためにできることのなかで、最大級の効果が期待できるでしょう」と、ウィルは続ける。

人間の介入はまだ必要

おかしな話に聞こえるかもしれないが、島々は無防備であるが故に管理しやすい環境なのだ。大陸である程度の面積の土地を外来種から守ろうとすると、繰り返し侵入を図る外来種を境界付近で撃退し続けなければならない。外から入ってくる動物を食い止めるものがないからだ。その点、海水に囲まれている島は、生態系への侵入を遮断しやすい。

それでも、島内の監視を怠るわけにはいかない。人がボートで訪れるような島では特にそうだ。「このような土地にとって、リアルタイムの監視が可能になるシステムの設置は、間違いなく有効な手段になるはずです」と、ウィルは語る。

いまだ侵入を免れている島々にとっても、予防的な対策となるだろう。この技術は理論上、人間を配置する旧式の監視方法に比べて安価なうえ、手間も少ない。また、野生化したネコのようなほかの外来種を検知できるよう、アルゴリズムを訓練することも可能だ。

チリ沖に位置するこのロビンソン・クルーソー島のように、カメラトラップを設置して監視を続けることが、外来種の侵入を察知するためには不可欠だ。しかし、大陸から離れているせいでカメラ同士の通信ネットワークを維持することが難しくなっている。

Photograph: Island Conservation

そこで環境活動家たちは「環境DNA(eDNA)」を検査する方法で、島の守りをさらに固めようと研究を進めている。土や水のサンプルを採取し、げっ歯類などの外来種のふんや尿に残されたDNAの痕跡を探るのだ。

ほかにピーナッツバターを塗りつけた「チューブロック」と呼ばれる小さなプラスチック片を地面にまいておく方法も考えられるだろう。ネズミの歯形がブロックに付いていると、トラブルが発生したということだ。「リアルタイムのカメラトラップ装置、チューブロック、eDNAといった手段は環境の安全を監視し、外来種根絶の活動が順調であることを確認するために有効と考えられます」と、ウィルは語る。

総合的に優れたシステムではあるが、完全に自動化されてはいない。カメラトラップは自力でネズミを検出できるが、その正体を確認する作業は人間の目に委ねられているのだ。eDNAやチューブロックといった手法にも、あらゆる面で人間の手が必要になる。

こうした技術はあくまでツールであり、それだけで外来種根絶の決定打にはならないとウィルは言う。「機械学習が人々の問題をすべて解決し、人の目で写真を確認する必要はなくなると期待されていました」と、ウィルは言う。「ところが、特に環境の安全確保の観点からは99%の精度でネズミを検知することが望まれていますが、現実では常に人間の介入が欠かせないのです」

WIRED US/Translation by Mitsuko Saeki/Edit by Naoya Raita)

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