英語圏の国では、QWERTY配列のキーボードが一般的だが、ふと不思議に思うこともある。そこに改良の余地はないのだろうか? この配列は本当に効率的なキーボードの頂点なのだろうか? Work Louderは従来の配列を使わず、カスタマイズ性の高いキーボードCreator Boardをつくることで、この疑問に挑んだ。これは万人受けするキーボードではないが、それでいいのだ。
Work LouderのCreator Boardは、モジュラー式の、オルソリニア(格子配列)40%キーボードだ。ショートカットを多用するコンテンツ作成ツールを日常的に使う、主に動画や画像編集者などのデジタルコンテンツ・クリエイター向けのアイテムだといえる。キーの並びはQWERTYの順番だが、碁盤の目のような配列になっているのが特徴だ。通常のQWERTY配列だと、YはHの真上にはなく、HもNの真上にはない。オルソリニアのキーボードでは、これがまっすぐ一列に並んでいる。40%とは、スペース節約のためにキーボードの数字の列を排除し、ほかのキーの大きさを変えていることを指す。
カスタマイズ可能だが、複雑さはない
キーボードの構成は非常にシンプルだ。まずはプリント基板、そこに背が低いロー・プロファイル・スイッチがハンダ付けされており、メインとなるドーターボードにつながり、ポリカーボネートのプレートにネジで固定されている。カスタマイズ可能で、六角ドライバーさえあれば、ほんの数分でキーボードを分解し、レイアウトをアレンジし直すことができるだろう。
タイピング体験自体は、予想したとおり奇妙だった。使い始めて最初の数回は、完全に方向感覚を失った状態だった。タイピングスピードは1分間にたったの25ワード。その後、60ワードまでだんだんと上がり、練習を重ねたのち最終的には90ワードまであがった。とはいえ、自分の通常スピードである毎分115ワードには程遠かった。レイアウトに慣れたあとも、キーの打ち間違えや、タイプの手をとめて考える回数、手元をみてキーを確認する回数が、いつもよりずっと多かった。
スイッチ(Kailh Choc Brownのロー・プロファイル・スイッチ)の感触は、メカニカルキーボードというより、ノートPCのキーボード感が強い。キーストロークは3mmで、キーを押し込んだときのひっかかり(タクタイル)もほとんどなく、ほんの少しこすったかな、という程度の印象だ。このスイッチはタイピングには効率的だが、従来型のメカニカルスイッチのような快適さはない。
一方で、オルソリニアのキーボードには、一部愛用者がいるのも事実だ(Reddit掲示板のr/olkbを見るとよくわかる)。このレイアウトには独特の学習曲線があり、慣れるには時間と熱意が必要である。
どれだけトライしても、どうしても馴染めないことがあった。スペースバーだ。キーふたつ分の幅なのだが、スイッチはひとつ。つまり、スペースバーのちょうど真ん中を叩かない限り、タイピングをうまく認識してもらえないのだ。このキーボードを使っている間、これには言葉でうまく表現できないほどイライラさせられた。1段落につき最低1回はスペースバーのスイッチをうまく捉えられなかった。キーがまるで整備されていないシーソーのように傾いてしまい、入力が認識されなかったのだ。
この問題への解決策は2つある。1つはキーキャップの変更だ。キーキャップのサイズは「u」で表すので、通常の数字や文字のキーのサイズは1uということになる。Creator Boardのスペースバーは2uだ。そこで、スペースバーを1uサイズのキーキャップに変更し、両側に0.5uの隙間を設けた。根本的解決にはならないが、押しても認識しない場所にキーがなくなったことで、親指で押すべきポイントを捉えやすくはなった。
2つ目の解決策は、このキーボードのカスタマイズ能力の高さを利用することだが、これは最大の欠点も暴いてしまうことにもなる。それは、スペースバーひとつを外して、通常キーふたつに置き換え、ふたつに分かれたスペースバーとして使用することだ。確かに問題解決にはなるのだが、わざわざ自分でつくり出した弱点を「カスタマイズで解決」というのはモヤモヤする。ちなみに、Work Louderはスペースキーにスタビライザーを追加するかどうか、検討中ということだ。いいね。それなら、買うのはスペースバーの問題が解決されてからにしたい。
キーボード2台もちになる
大切なのは、このキーボードがマルチメディア編集作業にどれほど効果的なのかということだ。率直に言えば、カスタマイズする時間さえあれば、非常に効果的だ。キーボードは、通常の40%レイアウトの状態で届くので、開封後は、いま最もパワフルなキーボード・カスタマイズツールであるVIAソフトを使って好きに変更すればいい。
VIAを使えば、どんなものにも変更可能だ。全キーをショートカット化させるセカンドモードも、ダイヤルを使ってブラシサイズでスクロールするのも、Adobe Lightroomのプリセットの自動適用機能を特定キーにもたせることだってできる。一定のマウスの動きとキーを押す一連の動作として認識されるコマンドならば、なんでも設定可能だ。
日常的に使用する個人的に好きな機能は、ダイヤルを使ったズームIN/OUT、ウィンドウの切り替え、システム音量の調整だ。このすべてを、同時に異なるダイヤルにマッピングして割りふっておけるなんて! Work Louderは、オーディオ制作に特化したモジュールなど、さらなるモジュールをCreator Boardに追加するそぶりを見せているものの、まだ公式には発表されていない。
上記のことを踏まえると、Creator Boardはこれひとつですべてがまかなえるキーボードではないことがわかる。目的特化ツールである以上、それ以外の場所にははまらないのだ。数字列がないので、数字を多用する作業にはまったく向かない。制限付きデザインのため、ゲームにも不向きである。つまり、Creator Boardユーザーは、キーボード2台もちになるだろうということだ。
ここで、きっと多くの人が気になっている点についに触れよう。価格だ。デザイン、個性、Teenage Engineering的なニッチな機能もあれば、価格もそれなりになる。Creator Boardの価格は259ドルから。アドオンをつけると、409ドル(今回レビューしたのはこれだ)。さらに、ナンバーパッドがついたXLモデルになると559ドルだ。高いと言っていいだろう。
ここで紹介したような機能を求める人にとっては、Creator Boardは市場では数少ない選択肢のひとつになる。もちろん、モジュラー式も、オルソリニアも、カスタマイズの幅が広いキーボードもほかにはある。しかし、そのすべてをひとつにまとめたキーボードはCreator Boardだけなのだ。このキーボードが意図する専門的用途でこれを使うのであれば、素晴らしいと思う。このキーボードを見て、「これこそ自分に必要なものだ」と思えるなら後悔はしないだろう。Creator Boardは、その目的に応じた役割を忠実に果たす。たとえ万人受けしないとしても、それはいいことだ。
◎『WIRED』な点
VIAソフトウェアを使って広範囲なカスタマイズができる。効率的なモジュラー式。マルチメディア編集やクリエイティブ系の作業に最適。ユニークなつくりのわりに難点は少ない。スタイリッシュで個性的。
△『TIRED』な点
レイアウトに慣れるには相当の練習が必要。スペースバーにイライラする。タクタイルスイッチの感覚がイマイチ。値段が高い。ゲームや数字を多用する作業向けには、別のキーボードが必要になる。
(WIRED US/Translation by Soko Hirayama/Edit by Mamiko Nakano)
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