中国発「50万円EV」は、世界市場に飛躍できるか:話題の「宏光MINI EV」を分析して見えてきたこと

中国発の「50万円EV」として話題になった「宏光MINI EV」。中国で大ヒットしたこの小型で低価格なEVを試乗して分析したところ、世界市場に低価格EVを展開していく上での課題や条件が浮き彫りになってきた。
Wuling's Mini EV
PHOTOGRAPH: WULING

中国製の電気自動車(EV)である「宏光MINI EV」の新車価格は、2022年モデルは32,800元(約65万円)からとなっている。つまり、宏光MINI EVを現金で購入するよりも、ロールス・ロイスのグローブボックス内の葉巻保管用ヒュミドールのオプション購入や、フェラーリの新車をアップルのCarPlayに対応させるコストのほうが高いということだ。

上汽通用五菱汽車(ウーリン)の宏光MINI EVは、極めて大きな成功を収めている。なにしろ中国の自動車メーカーが次々にコピー車を開発し、五菱もオープンカーや“長距離”の走行に対応したモデルなどの開発に追われるほどなのだ。

そんな宏光MINI EVは、中国の国外では販売されていない。だが、今回は宏光MINI EVの「Macaron(マカロン)」と呼ばれる上級グレードを中国で試乗して評価することで、より手ごろな価格のEVを生産する方法について欧米のメーカーが学べることは何かを探ってみた。

GMと上海汽車の合弁で誕生

ここで言う「上級」とは、あくまで相対的な概念である。宏光MINI EVの基本モデルほどベーシックなクルマを話題にする場合は、なおさらそうだろう。

名古屋大学教授の山本真義らは日本に取り寄せた宏光MINI EVを2021年に分解し、これほど安価に生産できる理由を調べている。その結果、電子部品には自動車専用ではなく、家庭用電子機器などに使う汎用品を転用していることが明らかになった。つまり、宏光MINI EVは問題が発生しやすい一方で、修理費用を安価に抑えられるということでもある。

宏光MINI EVは、3社の合弁事業によって生まれたクルマだ。五菱は上海汽車集団が最大のパートナーとして50.1%の株式を保有している。上海汽車は21年の販売台数で2位だった中国最大手の自動車メーカーで、欧州では英国の自動車メーカーの老舗であるMGの新たなオーナーとして最もよく知られているはずだ。

自動車業界についてそこまで詳しくなければ、五菱の株式の44%を保有する2番目のオーナーがゼネラルモーターズ(GM)だと知って驚くかもしれない(なお、残りのわずかな持ち分は五菱自身が保有している)。

なお、GMと上海汽車は24年にわたり提携関係にある。03年には一時的に中国がGMにとって2番目に大きな単一市場となったほどだ。05年にGMは「ビュイック」ブランドの中国向けモデルを発売し、「シボレー」のブランドを中国市場に導入している。

色鮮やかな外装色

宏光MINI EVのマカロンモデルには、ユニークなパステルカラーのボディカラーが採用されている。この点で、標準モデルとは一線を画している。今回の試乗車はアボカドグリーンだったが、ほかにもレモンイエローやホワイトピーチピンクも用意されていた。

これらのボディカラーは色見本で有名なパントン(Pantone)とのコラボレーションであり、それが多くを物語っている。宏光MINI EVはカルト的な人気を誇っており、マカロンのターゲットは明らかに若くてクールな層なのだ。

Cピラーの一部はブラックで、運転席側には「Macaron」のロゴが配されている。カラーコーディネートされたホワイトの屋根とホイールが特徴だ。

PHOTOGRAPH: WULING

マカロンの内装には、外装色とマッチした色がドアトリムに配され、操作系にも散りばめられている。ユーザーインターフェイスは、エアコン用のダイヤル3つとラジオ用の非常に小さな液晶ディスプレイが備わるだけで、非常にシンプルだ。また、2つのUSB Type-Aポートが備わっており、音楽の再生やデバイスの充電ができる。

ディスプレイの部品が低コストであることを示していそうなのが、メーターパネルがフルカラーの液晶ディスプレイになっていることだろう。ディスプレイには速度や航続可能距離、電力消費量などの基本的な情報に加えて、宏光MINI EVのスタイリッシュな3Dレンダリングイメージが表示される。マカロンモデルにはバックカメラが装備されており、ディスプレイにはカメラの映像も映し出される。

全長3m未満でも「4人乗り」

最も驚くべきことは、ボディの全長が3mに満たない(正確には2,917mm)サイズの宏光MINI EVが「4人乗り」であることだろう。とはいえ、大人が後部座席に詰めて座るとなると、あまり快適ではない。

一方で全高は1,621mmで、幅よりも高さがあるので頭上のスペースは十分と言える。ISOFIX対応のチャイルドシートも装着可能で、後部座席は子どもにはぴったりだ。大人にとっては、ヘッドレストもないので長旅になるとつらいだろう。

PHOTOGRAPH: WULING

宏光MINI EVはハッチバックタイプなので後部の荷室ドアが開く構造になっているが、「トランク」と呼べるほどのスペースはない。非常に薄手の荷物なら収納できるかもしれない容量だが、充電ケーブルが床のスペースを占めてしまっている。

ただし、後部座席は左右分割して畳めるようになっているので、荷物を運びたい場合に便利だ。後部座席を倒した状態では、荷室の容量は741ℓとなっている。

装備が簡素であることを考えれば、素材が実用性重視であっても驚きではない。車内のあちこちには硬質プラスチックが多用されており、ドアハンドルの部品をドアに固定するネジは露出している。ただし、標準モデルとマカロンとの多くの違いのひとつとして、重要な安全装備であるエアバッグが運転席側に搭載された。

走りは一般道なら不自由なし

中国では低速EV(LSEV)が産業として急成長している。LSEVとは、言ってみればゴルフカートのような四輪のEVだ。

宏光MINI EVは、LSEVから一歩進んで日本の軽自動車に近づいたクルマと言える。制限なく一般道を走行できるが、ホイールサイズはわずか12インチで、最高速度は時速100kmまでしか出せない。それでもボディサイズが小さいので、幹線道路への合流などはそれなりに快適だろう。

ただし、操縦については決して快適とは言えず、正確性に欠けることが多い。時速50km程度を超えると、とにかく一直線に進みたがるクルマと格闘するはめになるのだ。

また、これほど小さなタイヤでは、路面のあらゆる衝撃を感じることになる。しかも座席のクッション性が低いので、なおさらだ。

走行中には電気モーターから特徴的なキーンという高音が聞こえてくる。これほど低価格なので、騒音対策は考慮されていないのだ。幸いなことに宏光MINI EVで時速80km以上を出す可能性は低いので、その点はあまり大きな問題にはならないだろう。

驚くべきことに、宏光MINI EVのハンドルの裏側には「エコモード」と「スポーツモード」を選択できるボタンがある。後輪に動力を供給する電気モーターは最高出力が20kW (27hp)、最大トルク85Nmを発揮する。

試してみると、スポーツモードのほうが優れているように感じた。アクセルのレスポンスがわずかに優れているだけでなく、ブレーキによる回生の性能もより高いことがわかる。

車両重量がわずか700kg程度だからなのか、回生ブレーキによる減速には時間がかかりすぎる。このためワンペダルでの運転は実際のところ可能とは言えなそうだ。五菱は加速性能の数値を公表していないが、電動でトルクが瞬時に立ち上がるので、街中なら加速に困ることはないだろう。

航続距離は“街乗り向き”

バッテリーの容量は、9.3kWhと13.8kWhが選べる。航続距離は、甘めの傾向があるNEDC基準で前者が120km、後者が170 kmだ。充電時間は220Vの電源なら前者が6時間半、後者が9時間となっている。

急速充電には非対応なので、宏光MINI EVは街乗りでの使用に限定されるだろう。それでも今回の市場で感じたさまざまな“弱点”を踏まえれば、街乗り限定になるのは必ずしも悪いことではない。それに家族で乗れる安価なEVと考えれば、スクーターやオートバイよりはるかに安全で優れている。

宏光MINI EVを中国以外で購入することはできないが、『WIRED』の製品レビューの評価基準で寛大に点数を付けるなら、10点満点中の5点だろう(優れた点:EVとしては破格の値段、スクーターより安全、4人乗り、そこそこ優れたデザイン。悪い点:街乗り限定、乗り心地がよくない、不十分な安全装備、不安定な操縦性)。スコアが4点でない主な理由は、大きな価値が提供されている点にある。とはいえ、安全装備の不足を無視することは困難だった。

価格に関して詳しく説明すると、宏光MINI EVの低価格モデルの販売開始時の価格は28,800元(当時のレートで約45万円)である。試乗したバッテリー容量13.8 kWhのマカロンは、最近まで43,600元(約86万円)で販売されていた。

しかし、バッテリー価格が上昇したことで、宏光MINI EVの各モデルの価格は約1,000ドルの値上げとなっている。驚くべきことに、五菱が1台の宏光MINI EVを販売して得られる利益は、14ドル(約1,800円)未満であると報じられている

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欧州展開が見直しになった理由

利益がほとんど出ないにもかかわらず、五菱とサブブランドの「宝駿(バオジュン)」は、同じような手法でクルマを生み出し続けてきた。五菱は昔から地方の農家と商用ユーザーに向けた軽バンを生産していたので、宏光MINI EVの生産に踏み切ったのは意外な動きだったいる。

これに対して宝駿は乗用車を扱う五菱のサブブランドで、メルセデス・ベンツの「スマート」に似た「宝駿 E100」や「宝駿 E200」の発売によって、五菱より早く軽EV市場に参入した。これらはどちらも2人乗りで、E200の改良版としてより強力なモーターを搭載して航続距離を伸ばした「五菱NanoEV」も発売されている。

これらは2人乗りなので売れ行きはあまりよくないが、「E300(別名はKiWi EV)」には宏光MINI EVとの類似点が多くある。ただし価格が約2倍で、いかついロボットのような外観をもつ点や、急速充電などの魅力的な機能を備える点が異なっている。

五菱としても、新たに投入する「Air EV」で宏光MINI EVの成功を再現したいと考えている可能性がある。Air EVの発売は、より高価なモデルの生産・販売に移行し、海外市場への参入を目指す同社の意向を示しているとも考えていい。

防弾装甲仕様のSUVで知られるラトビアの自動車メーカーのDARTZは、宏光MINI EVを欧州で「FreZe Nikrob EV」という名称で販売しようと計画していたが、どうやら変更されたようだ。「Nikrobは一時的かつ中間的なステップでした」と、DARTZの創業者のレオナルド・ヤンケロビッチは語る。「宏光MINI EVの名称を変更してNikrobブランドのクルマとして売るのではなく、FreZe(旧Frese)のブランドに合わせて車体を一新して売り出すつもりです」

車体の設計を見直すというDARTSの決断は、中国車を欧米市場で販売する際の明らかな問題のひとつを浮き彫りにしている。それは安全性確保の問題だ。例えば欧州の安全基準「Euro NCAP」では横すべり防止装置(ESC)の装備が義務づけられているが、宏光MINI EVには搭載されていない。

世界市場に羽ばたけるか

五菱の主要株主であるGMは、この非常に低価格なEVの生産から得た教訓を、少なくともほかの市場に適用できるのだろうか。中国の自動車産業に特化した分析企業のSino Auto Insightsの創業者でマネージングディレクターの涂楽(トゥ・ルゥ)によると、ふたつの可能性があるという。

宏光MINI EVは中国で若い購入者の心を掴んだ。これに対してGMは、米国や街乗り用の軽自動車が人気を得やすい新興市場で、同じように若い購入者をターゲットにできると涂は考えている。

あるいは、異なるルートをたどる可能性もあるという。「ビジネスモデルによる制限がなければ、乗用車の走行が禁じられた都心部で利用できるシェアカーや配車サービス用のクルマを、データを活用して開発できます。こうした動きは拡大しつつあり、永続的に定着するかもしれないトレンドになっているのです」と、涂は話す。

化石燃料の価格が急騰していることを考えれば、多くの市場でより安価なEVが求められているのは当然とも言える。「世界で最も安い自動車」として有名なタタ「ナノ」は、EVバージョンの発売が噂されてきた。ナノは発売時の価格が2,000ドル(約27万円)を少し上回る程度だったにもかかわらず、意外にも悪くない評価を得ている

こうしたなかGMは、北米の「キャデラック」ブランドのバイスプレジデントのマフムード・サマラをGMヨーロッパの社長に任命したと21年12月に発表した。サマラはGMが掲げる主要な目標について、「欧州での事業を機敏なモビリティスタートアップに変える」ことだとしている。

サマラは当時、次のようにも語っている。「GMは2025年までに世界規模でEVVと自律走行車に350億ドルを投資し、市場ごとに顧客が何を求めているのか、またEVと自律走行車の分野への国際的な投資をどこで活用するのかを見極め、競争力をつけて市場を勝ち取ることを目指します」

中国で販売されている宏光MINI EVを国外では合法的に手に入れられないとしても、GMがこの安価なEVの生産から得られたノウハウを活かして10,000ドルを下回るEVを米国や欧州向けに発売する可能性はわずかながらある。

米国市場では日産「リーフ」のエントリーモデルの価格が(7,500ドルの税控除を適用した場合)20,875ドル(280万円)で、依然として最も安いEVとなっている。つまり、それほど低価格なEVを実現できれば、付加機能が一切なくても、より広い市場に手ごろな価格でEVを提供できる可能性があるということなのだ。

WIRED US/Edit by Daisuke Takimoto)

※『WIRED』による電気自動車(EV)の関連記事はこちら


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