終わりを迎えた“アップルカー”の夢、その決断から見えた明らかな理由

アップルが水面下で進めてきた自律走行車の開発に関して、プロジェクトを終了する方針が示されたことが明らかになった。その背景を探ると、テック企業が単独で自動車を開発・生産することの難しさが改めて浮き彫りになってくる。
アップルの自律走行車のテスト車両。カリフォルニア州サニーベールで2023年5月に撮影。
アップルの自律走行車のテスト車両。カリフォルニア州サニーベールで2023年5月に撮影。Photograph: Andrej Sokolow/picture alliance/Getty Images

アップルが「プロジェクト・タイタン」として進めてきた自動車開発プロジェクトについて、継続しない方針を2月27日(米国時間)に従業員に伝えたようだ。約10年にわたる数々の噂や秘密裏に進められた開発、幹部の就任や退任、そしてたび重なる方針転換を経た末での出来事である。

電気自動車(EV)自律走行車のような“古い”テクノロジーに携わってきたアップルの従業員たちは、いま注目の最先端テクノロジーである生成AIに注力することになると報じられている。今回のプロジェクトの縮小についてはブルームバーグが第一報を伝えているが、TechCrunchの記事によると、プロジェクト・タイタンの再編には人員整理も含まれるようだ。

「プロトタイプは簡単につくれる。大量生産は難しい。キャッシュフローの黒字化は至難の業だ」──。テスラの最高経営責任者(CEO)のイーロン・マスクは数年前、そうツイートしている。この教訓はテスラに限らず、将来的な自動車事業への参入を狙っている企業なら幾度となく味わっているものだ。

アップルは約10年の歳月をかけてもなお、最初の段階にさえ至らなかった(もっとも、中途半端なプロトタイプの公開をよしとしないアップルは、自社の自動車プロジェクトに関与した他の企業を守秘義務契約で囲い込んでいることが報じられている)。

数々の提携の噂が浮上したが……

自動車の設計・製造は複雑なプロセスだ。このプロセスを完遂するために、世界的な自動車メーカーは通常はハードウェアやソフトウェアの部品を個別に担当する何千社ものサプライヤーと関係を築いている。しかしアップルは、こうした“頭痛の種”はないほうがいいとの結論に達したようだ。

自動車業界への参入を目指すテック企業には必ず「パートナーシップが必要になる」と、非営利研究機関である米国自動車研究センターのシニアバイスプレジデント兼チーフ・イノベーション・オフィサーを務めるK・ヴェンカテーシュ・プラサードは語る。また、生粋のテック企業との競争を目指す自動車メーカーにも同じことがいえるという。

“アップルカー”をめぐる顛末と、現在も自動車プロジェクトを公に進めているほかのテック大手の足跡とを比較してみると、アップルの試みが失敗したのはこの辺りが原因かもしれない。

アップルの自動車開発に向けた提携の噂は後を絶たなかった。例えばパートナー候補として、カナダの大手自動車部品メーカーであるマグナ・インターナショナル、バッテリーを手がける韓国のLGエレクトロニクス、中国で配車サービスのソフトウェアや自律走行ソフトウェアの開発を手がける滴滴出行(ディディチューシン)、そして米国のEVメーカーであるCanooなどが浮上していた。

韓国の自動車メーカであるヒョンデ(現代自動車)は2021年、アップルと自動車を共同開発すべく初期段階の交渉を進めていることを認めている。それが実現していれば、アップルカーはジョージア州にあるヒョンデ傘下のキア(起亜自動車)の工場で生産されていたかもしれない。また、この1月には、アップルの自動車担当者が欧州の複数の自動車メーカーと会談したことが報じられている

しかし、いずれもパートナーシップを正式に締結するには至らなかった。

パートナーシップの不在や業界の変化という難題

これに対して他社が手がける“ハイテクカー”の構想においては、パートナーシップが重要な鍵を握っている。例えば、ソニーはホンダと合弁会社を設立してEVのプロトタイプ「AFEELA(アフィーラ)」を開発しており、最初のモデルは2026年の出荷を目指している。

ソニーCEOの吉田憲一郎は『ウォール・ストリート・ジャーナル』の取材に対し、オハイオ州にあるホンダの組立工場で部品関連や溶接、塗装といった工程の施設を視察したことで、共同事業がエレクトロニクス企業にとって正しい選択であると認識したと説明していた。「それらを自分たちだけでこなそうとしても難しいでしょう。パートナーが不可欠であると実感しました」と、吉田は語っている。

また、中国のスマートフォンメーカーは低迷するスマートフォン販売を支えるべく、自動車分野への参入に積極的だ。そしてその多くは、従来の自動車メーカーとタッグを組もうとしている。

シャオミ(小米)は23年末に同社初のEVを発表すると同時に、中国国有の大手自動車メーカー・北京汽車を傘下にもつ北汽集団(BAIC Group)の製造支援を受け、世界トップクラスの自動車メーカーを目指す意向を表明している。バイドゥ(百度)は浙江吉利控股集団(ジーリーホールディンググループ)と共同でEVの開発を進めている。通信大手のファーウェイ(華為技術)と自動車メーカーの奇瑞汽車(チェリー)は昨年11月、新ブランド「Luxeed」からEVを発表した

こうした企業はいずれも、アップルが10年前に見抜いた点を生かそうと試みた。つまり、新型の自動車に内蔵され始めたソフトウェアやコネクティビティによって、テック企業は従来の自動車メーカーより一歩先を行くことができたのだ。しかし、こうした優位性が常に成果に結びついているわけではない。

プロジェクト・タイタンには、ほかにも多くの難題があった。テック業界出身の大物幹部も、テスラをはじめとするテック系の自動車メーカーも、伝統的な自動車メーカーも例外なく、アップルのプロジェクトに加わっては離れていったのだ。それは、プロジェクトのタイムラインや目標が次々と変更されることにいら立ちを募らせたことが原因だと報じられている

一方で、自律走行車の業界は取り巻く状況の変化も大きい。テック業界のムーンショットとしてもてはやされた時代の寵児は、技術や規制の面で逆風に直面し、難題の多い工学上の問題児へと変わってしまったのだ。

アップルがプロジェクト・タイタンの打ち切りを決めるころには、その野望は本格的な自律走行車の開発ではなく、運転支援の自動化機能を搭載したEVの開発にまで大幅に縮小されていたと、ブルームバーグは報じている。こうした機能は、テスラやゼネラルモーターズ(GM)、フォードをはじめとする自動車メーカーが何年も前から実用化しているもので、いまやおなじみになっている。

しかし、アップルがカリフォルニア州当局に提出した報告書によると、こうした“下方修正”にもかかわらず、アップルは23年に自律走行車のテスト走行距離をこれまでになく伸ばしたという。アップルはコメントの要請に応じていない。

ゲームは「終わり」ではない

一方で、アップルは自動車用インフォテインメントシステム「CarPlay」の存在によって、自動車業界において依然として確固たる足場を築いている。多くのドライバーは、自動車メーカーがゼロから構築したテクノロジーよりも、iPhoneとの車載連携を支持しているのだ。

実際のところ、米国で年内にもリリースされるとみられる次世代CarPlayへの期待は高まるばかりである。この新しいCarPlayはアップルによる自動車用UIを劇的に改善しており、マルチスクリーンのコントロールやカメラとの連携、車両モニタリング、空調コントロールに加えて、車両の平均速度や燃費、エネルギー効率といった運転関連データを豊富に提供するという。

22年の開発者向けカンファレンス「WWDC」でアップルが新しいCarPlayの大幅な機能拡張を発表した際には、世界中の自動車メーカーは完全に意表を突かれた。多くのメーカーがソフトウェアの新機能についてコメントすることも、自社製品への導入について明言することも避けたほどである。

それにもかかわらず、現在はほとんどの主要な自動車ブランドがCarPlayへの対応を表明している。例えば、BMWやアウディ、キャデラック、ビュイック、奇瑞(チェリー)、シボレー、フォード、ホンダ、ジープ、フィアット、ジャガーランドローバー、ルシッド・モータース、メルセデス・ベンツ、トヨタ自動車といった企業やブランドだ。

自動車メーカーにとってのCarPlayの重要性は、ヒョンデでモビリティ部門の社長を務めるソン・チャンヒョンの発言からもうかがえる。彼はアップルとマイクロソフトの元エンジニアで、ヒョンデのソフトウェア開発部門を率いている人物だ。

ソンは今年1月の「CES 2024」の会場で取材に応じた際に、21年に着任した後の初仕事が、ヒョンデのクルマがCarPlayにワイヤレスで対応していない問題を解決することだったと明かしている。これにより、傘下のキアの新たなフラッグシップEVである「EV9」において、ついにアップル製品との自在な連携が実現することが確実になった。

「(アップルにとって)これは終わりではなく、ゲームはまだ始まったばかりです」と、米国自動車研究センターののプラサードは指摘する。「今回の決断は、さまざまな意味で極めて興味深い再出発といえるでしょう」

WIRED US/Edit by Daisuke Takimoto)

※『WIRED』による電気自動車(EV)の関連記事はこちらアップルの関連記事はこちら


Related Articles
A white SUV outfitted with autonomous driving technology driving on a street on a sunny day
アップルが水面下で進行中とされる自律走行車の開発に関して、2023年にも試験走行を加速させていたことが明らかになった。記録データによると、試験走行の距離は前年比で約4倍にも達している。
Three electric vehicles in a collage
電気自動車の世界販売台数が1,000万台に迫るなか、2023年はテスラとBYDが主要なプレーヤーの座を争った。そうして迎えた2024年、注目すべき18モデルを紹介しよう。

雑誌『WIRED』日本版 VOL.51
「THE WORLD IN 2024」は好評発売中!

アイデアとイノベーションの源泉であり、常に未来を実装するメディアである『WIRED』のエッセンスが詰まった年末恒例の「THE WORLD IN」シリーズ。加速し続けるAIの能力がわたしたちのカルチャーやビジネス、セキュリティから政治まで広範に及ぼすインパクトのゆくえを探るほか、環境危機に対峙するテクノロジーの現在地、サイエンスや医療でいよいよ訪れる注目のブレイクスルーなど、全10分野にわたり、2024年の最重要パラダイムを読み解く総力特集。詳細はこちら