ロシアが仕掛けたサイバー戦争は、ウクライナの民間人への苛烈な攻撃の予兆だった

ロシアによるウクライナへの攻撃は明確に民間人を標的したものになりつつあるが、その予兆はずっと前からあった。ウクライナのインフラを混乱に陥れるハッキング行為が、2015年ごろから相次いでいたのである。
Illustration of a city grid electric tower and people handing boxes of supplies to each other
Illustration: Yazmin Monet Butcher; Jacqui VanLiew; Getty Images

ロシアは隣国であるウクライナへの冷酷かつ破壊的な侵攻を開始する2022年2月より8年も前から、攻撃目標を絞った戦争をウクライナ東部で繰り広げていた。争いの場は交戦地帯にとどまらず、ロシアはウクライナ各地の重要インフラに次々にサイバー攻撃を仕掛け、同国東部の国境地帯を混乱に陥れていたのだ。

ロシアの苛烈な攻撃ぶりを見れば、一連のハッキング行為がいずれウクライナ以外の国にも拡大されることは間違いないと、世界中の軍事とサイバーセキュリティの専門家の多くが警告を発していた。そして、警告は間もなく現実のものになった。全米各地の病院から18年の平昌冬期オリンピックに至るまで、あらゆるものがサイバー攻撃の標的にされたのである。

一方で、ウラジーミル・プーチンがウクライナを徹底攻撃してきた約1年を振り返ると、かつてロシアがウクライナで展開したサイバー戦争が前兆のひとつだったことがわかる。ロシアがウクライナを相手に物理的な攻撃を本格的に実行し、サイバー戦争とは比べ物にならない膨大な数の犠牲者を生み出す未来をはっきりと暗示していたのだ。

22年に始まった戦争では、かつてのデジタル世界における猛攻撃と同様に、ロシアの真の目的は民間の重要インフラに対する非情な爆撃行為であることが証明された。ロシア側の戦術的意図はただひとつ、前線地帯から数百マイルも離れた場所で戦力を誇示し、ウクライナに打撃を与えることだったのだ。

執拗に狙われるウクライナのインフラ

ウクライナの送電網は22年後半、ロシアの執拗な爆撃に晒された。国の電力インフラの半分が破壊され、国土の大半がたびたび停電に陥っている。

戦闘が続くドンバスから西に200マイル(約320km)以上も離れた首都キーウでも、ウクライナ人たちは発電機を探し求め、食べ物を傷まないよう屋外に保存している。そして、1日のうちまともに電力が使える数時間にスマートフォンやコンピューターを充電し、停電中に人が閉じ込められた場合に備えてアパートのエレベーター内に予備の食料と水を置くような行動を強いられている。

水道を使えなくなったり、鉄道の電気系統が全国でまひ状態に陥ったりすることもある。国全体でごく一部の暖房設備しか機能しない状態で冬を過ごすようなことも、いまだに見え隠れしている状況だ。

電力網に対するロシアの攻撃は、「人体でいえば中枢神経系が狙われるようなものです。そこに混乱が生じるとシステム全体が故障してしまいます」と、シンクタンク「Defense Priorities」のディレクターで、キーウでの視察を終えて米国に戻ったラジャン・メノンは説明する。「不便な思いをするだけでなく、莫大な経済損失を強いられます。ロシア側は一般の人々を苦しめることで、ウクライナ政府に国民を守るだけの力がないことを見せつけようとしているのです」

一方でメノンは自身のコメントについて、かつてウクライナのインターネットを次々に襲ったロシアのサイバー攻撃にことごとく符合するとも指摘する。ロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)のハッカー集団によって5年前に投入され、数百に及ぶ政府機関や銀行、空港、病院、さらにはチェルノブイリの放射能監視施設までも機能不全に陥れたマルウェア「NotPetya」もそのひとつだ。

「そうした攻撃の一つひとつは専門的に言えば別ものですが、目的はすべて同じです」と、メノンは言う。「人々の士気を奪い、とことん打ちのめそうとしているのです」

繰り返されてきた民間への攻撃

ミサイルや迫撃砲を駆使して民間施設を攻撃するロシアのやり方は、すっかり悪名をとどろかせている。5月にはマリウポリの劇場を空爆して600人の命を奪い、10月にはクリミア半島とロシアを結ぶケルチ橋を破壊された報復として、キーウ中心部の複数の施設を爆撃した。

ウクライナ軍に反撃され、領土の奪略と保持に繰り返し失敗したことで、ロシアの狙いは脆弱で非軍事的な標的へとますます傾いているように見える。ウクライナ国防大臣のオレクシー・レズニコウが22年11月末に発表したところによると、ロシアによる16,000回のミサイル攻撃のうち、実に97%が民間施設を狙ったものだったという。「わたしたちはテロリスト国家を相手に闘っているのです」と、レズニコウは語っている。

しかし、過去8年間にわたってロシアのサイバー攻撃からウクライナを守ることに従事してきた人々の目には、ロシアが軍事施設よりも民間施設を優先的に狙っていることはすでに明白だったと、ウクライナ国家特殊通信・情報保護局(SSSCIP)サイバーセキュリティ部門幹部のヴィクトール・ゾラは言う。

14年にウクライナの中央選挙管理委員会(CEC)がロシアの妨害を受けた事件の対応を、自身の経営するサイバーセキュリティ専門企業が担当したことをきっかけに、ゾラは政府機関の一員となった。彼は過去8年間にロシアがウクライナに対して実行した主なサイバー攻撃を、以下に列挙している。

ウクライナの選挙体制を無力化し、選挙結果をねじまげることを目的とした選挙関連機関への集中的な侵入。15年と16年の年末に停電を引き起こした電力施設へのサイバー攻撃。ウクライナの国庫、鉄道、財務省に対するデータ破壊攻撃。そして17年には、ついにウクライナ全土のあらゆるネットワークにNotPetyaを無差別投下して世界中に拡散させ、100億ドル(約1兆3,000億円)を超える損害を与えた。

こうしたサイバー攻撃の標的がすべて民間施設であったことを考えると、ロシアが現実世界の戦争においても同じパターンを繰り返すことは容易に想像できたとゾラは主張する。「戦闘地帯で目立った成果を得られなかったために、ロシアが戦術を完全なるテロ行為に切り替えたことがわかります」とゾラは言う。「ロシアはウクライナの民間インフラへの攻撃を続けています。程度の差はあれ、これは彼らのサイバー攻撃の傾向と似ています」

民間施設に対するこうしたサイバー攻撃は収まっていないとゾラは訴える。より広範囲にわたる破壊的かつ致死性の高い物理的攻撃の陰に隠れて、注目されずにいるだけだというのだ。彼によると、ウクライナ政府が22年中に確認した同国のエネルギー、通信、金融関連施設への侵入行為は数百件に上るという。

ロシアが民間人を狙う目的とは?

ロシアはサイバー空間と現実世界の両方で民間人を標的としている。その目的のひとつは、国家としてのウクライナ人の強い意志をくじくことであると、ウクライナのサイバーセキュリティ企業ISSPの創業者であるオリー・デレヴィアンコは指摘する。「人々が現状に不満を抱くように仕向け、ウクライナ政府に圧力をかけて交渉の場につかせたいとの思惑があるのです」

ところが、この戦略はまったく逆効果であり、ロシアの脅威に対するウクライナ人の団結をかつてないほど強める結果になっていると、デレヴィアンコは言う。一方でロシア軍としても、何らかの行動に出て戦果を得よとの圧力に応えようとしているのだろうと、彼は主張する。

「上層部の命令に対し、何がしかの成果を報告する必要に迫られているのです」と、デレヴィアンコは言う。「戦場にいるロシア軍兵士たちもいら立ちを募らせており、そのことが民間人への攻撃につながっているのでしょう」

これに対し、SSSCIPのゾラはさらに大胆な見方をする。民間人に対するロシアの攻撃は、目的を達成するための手段というよりも、それ自体が真の目的ではないかというのだ。

ロシアは単にウクライナ軍を破って戦争に勝利し、戦地ドンバスを制圧しようとしているわけではない。ウクライナの人々を徹底的に痛めつけ、抹殺しようとしているのだとゾラは指摘する。

国全体を絶滅させようという意志を感じる、ともゾラは言う。彼によると、ウクライナ国民を直接的な攻撃対象とする動きは、両国の最近の紛争やサイバー戦争よりはるか以前の関係の歴史のなかに、すでに見られる。

その一例が、1930年代初めに起きた「ホロドモール」と呼ばれる人為的な飢饉だ。当時のソビエト連邦政権がウクライナの穀物を没収したり、強制的に倉庫に保管させて腐らせたりすることで、数百万に及ぶウクライナ人を餓死に追い込んだのである。

「ジェノサイド(大量殺戮)の続きが進められています」と、ゾラは言う。「再び訪れたこの機会に乗じて、ロシアはウクライナ人の絶滅とソビエト連邦の復活を実現し、世界の序列を変えようとしているのです」

WIRED US/Translation by Mitsuko Saeki/Edit by Daisuke Takimoto)

※『WIRED』によるサイバー犯罪の関連記事はこちらウクライナ侵攻の関連記事はこちら


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