ロシアの宇宙開発計画が「深刻な危機」に瀕している

ロシアの宇宙船「ソユーズ」などで相次いで冷却水漏れが発生した。深刻な事故が相次ぐ状況は、ロシアの宇宙機関であるロスコスモスが国際的なパートナーシップと資金を失うなかで苦境に立たされている可能性を示唆している。
Soyuz docked at international Space Station
ロスコスモスは「ソユーズ」の打ち上げ収入の減少に加えて、国際宇宙ステーション(ISS)におけるパートナーシップの終了が迫るなど、多くの課題に直面している。Photograph: NASA

ロシアは戦争と制裁による疲弊状態にあり、ただでさえ困難な状況にあった宇宙プログラムが破綻しかけているという事実を突きつけられている。ロシアの宇宙機関であるロスコスモスは、過去3カ月だけを見ても2件の深刻な事故を解決するために奔走しているのだ。

まず、高い信頼性が売りだった有人宇宙船「ソユーズ」の1機で冷却水漏れが起きた。その後、同様のことが補給船「プログレス」でも起きている。

ロシアの宇宙機関は旧ソビエト連邦時代に民間宇宙プログラムの前身となった組織において、初めて人類を地球の周回軌道上に送り出したこともあった。それが国際宇宙ステーション(ISS)寿命を迎えつつあるいま、苦境に立たされている。

「わたしたちが目の当たりにしているのは、ロシアの民間宇宙プログラムが衰退の一途をたどる姿です」と、かつてモスクワの米国大使館で防衛駐在官を務め、現在は非営利の研究機関であるランド研究所で宇宙事業イニシアチブ部門の責任者を務めるブルース・マクリントックは語る。10年ほど前にロシアの指導者たちは、衛星技術や対衛星技術に焦点を当てた軍事宇宙プログラムを民間宇宙プログラムよりも重視することを選択したと、マクリントックは説明する。その結果は一目瞭然だろう。

ロシアの宇宙船で相次いだ冷却水漏れ

ロシアの宇宙艦隊は、そのほとんどが使い捨てを前提に設計されている。改良を重ねながらではあるが、一連のロケット「ソユーズ」と有人カプセル「クルー」(どちらも同一の名称を使用し続けている)の歴史はソビエト連邦時代にまでさかのぼるものだ。また、補給船プログレスの船体は、ソユーズロケットで発射される。こうした補給船、有人船、ロケットは、いずれも単発使用型の宇宙船だ。

独立系メディアであるRussianSpaceWebの制作者で発行者のアナトリー・ザクが推定するには、ロスコスモスでは年間2機のソユーズ宇宙船が打ち上げられている。1機の製造には約1年半から2年かかり、十分な数の予備機は確保されていないという。

ロスコスモス関係者は取材要請には応じなかったが、最近の技術的な諸問題については公表している。まずは2022年12月14日、ISSにドッキングされていた「ソユーズ MS-22」が冷却水漏れを起こし、宇宙飛行士が宇宙ステーションのロボットアーム「カナダアーム2」で点検した件だ。この事故により、予定されていたロシアの宇宙飛行士による宇宙遊泳計画は中止となり、ロスコスモスはこの冷却水漏れを小隕石の衝突によるものだと発表している。

また2月11日には、今度は補給船「プログレス MS-21」で冷却水漏れが発生し、減圧状態に陥ったことを報告している。ロスコスモスはこの冷却水漏れも「外的影響」が原因だと説明している。 この宇宙船は2月下旬にISSから切り離されたが、ロスコスモスはこの船体を廃棄し、太平洋上で燃え尽きさせた。

ロシアの宇宙プログラムの全面的な衰退を示唆?

小隕石の衝突は、誰が操縦しても、どんな形状の宇宙船であっても危険なものになりうる。しかし、専門家らはこれらの事故に関するロシア側の説明に納得しておらず、ロスコスモスがより深刻な問題を隠しているのではないかと懸念している。

ランド研究所のマクリントックはロスコスモスの説明は妥当であるとしながらも、事実確認がされていない点について指摘している。しかも、ロシアが不具合に見舞われたのは今回だけではない。18年にはソユーズの有人宇宙船にわずかな穴が開き、宇宙飛行士が補修している。その2カ月後には、それとは無関係の理由でソユーズロケットのブースターが故障するトラブルが発生した。

数年以内に3件もの漏洩事故が発生したという事実は、「ロシアによる民間宇宙プログラムが全面的に衰退していること示唆しています」と、マクリントックは語る。

RussianSpaceWebのザクは、地球周回軌道上での微小隕石の衝突は極めて稀である点について指摘する。このような短期間に隕石が2機の宇宙船の冷却システムを破損する確率は「限りなくゼロに近い」と、ザクは考えている。しかも、ISSには何の損傷もない状況でだ。

ロシアの新聞によると、ロスコスモスは現在ISSにドッキングしているソユーズを予定を早めて撤収させ、さらに別のソユーズと入れ替えることも検討しているという。これは水面下に技術的な懸念があることの証かもしれない。

NASAの脱ロシアの動きも影響

NASAはスペースシャトルの最終飛行から9年にわたり、宇宙飛行士のISSへの移送をロシアに任せてきた。ソユーズが宇宙への唯一の輸送手段になっていたのだ。

ところが20年以降、NASAはスペースXの宇宙船「クルードラゴン」を使用するようになった。そして間もなくボーイングも、有人宇宙船の提供を開始する。NASAは現在も一部の貨物輸送や宇宙飛行士の移送をロシアに委託しているが、その状況は近いうちに変わるかもしれないと、マクリントックは指摘する。「ロシアに頼らず宇宙ステーションへの補給や宇宙飛行士の移送を続けられるかどうかについて、NASAが同様の分析を進めている可能性は十分にありますし、それは賢明な選択だと思います」

NASAはすでにそのような方向に動いているのかもしれない。NASAは3月2日、スペースX、ノースロップ・グラマン、シエラ・スペースとの貨物輸送契約を延長した。この動きは、ただでさえ限られているロシアの宇宙からの収入を減らし、ロシアの経済的苦境に拍車をかけることになるだろう。ロスコスモスには自身を支える、あるいは頼ることができる商用宇宙プログラムが存在しないのだ。

ロシアは長年にわたり、有人機の打ち上げを隣国カザフスタンのバイコヌール宇宙基地に頼ってきた。しかし、カザフスタンは高額な年間使用料を課しており、3月には同国がロシアの宇宙港関連資産を押収したが、これはロスコスモスの負債が原因だと報じられている。

ロシアはバイコヌール宇宙基地への依存度を下げようと、ロシア東部の中国国境近くに新たな宇宙基地「ボストチヌイ宇宙基地」を建設しようとしているが、建設問題や遅延、汚職スキャンダルなどで、このプロジェクトは難航している。

新たな宇宙ステーションにも懐疑的な声

ロシアの民間宇宙プログラムは、打ち上げ場所や冷却水漏れといった問題とはまた別の問題に直面している。それは、ISSだ。

過去四半世紀にわたり、この宇宙ステーションは米国とロシアの宇宙プログラムをつなぐ重要な役割を担ってきた。しかし、その役割は消えつつあり、この巨大な構造物自体を引退させる計画も浮上している。

NASAは次世代の商用宇宙ステーションに投資しており、早ければ2030年にもモジュールが軌道上に到達する予定となっている。ロシアはこうした商業的構想にも、中国の新型宇宙ステーション「天宮」にも一切関与していない。

ロスコスモス社長のユーリ・ボリソフは22年7月、ロシアが独自の宇宙ステーションを打ち上げる2028年にISSから撤退し、ISSの役割を実質的に終了させると宣言した。そして今年2月に国営タス通信は、ロシアが28年までISSを支援する計画であることを明らかにしたが、その時期は 「新たなロシア軌道ステーション」の配備状況によるという。

中国・ロシア・ユーラシアを専門とするシンクタンクのジェームズタウン財団のシニアフェローのパヴェル・ルージンは、ロシアが新たな宇宙ステーションや有人宇宙船、打ち上げロケットを開発中であるとは把握しておらず、この計画に懐疑的な見方をしている。ロシアにとって2030年代に新たな宇宙ステーションを打ち上げることさえ容易ではないと、ルージンは説明する。

「ロシアは“ソビエト連邦”ではないのです」と、タフツ大学フレッチャー法律外交大学院の客員研究員でもあるルージンは指摘する。「ロシアは、いくつかの大型宇宙船やソユーズ宇宙船をつくり出せるようにはなるでしょう。いくつかの人工衛星も打ち上げられるようになるでしょう。しかし、最先端の宇宙大国にはなりえません。地球低軌道を超えた動きはとらないでしょうね」

中国との協力体制にも疑問符

しかし、新興宇宙大国の支援を受けながら、いまもロシアは月を目指した計画を立てている。中国とロシアの当局者は21年、2030年代に月の南極に研究ステーションを設立するために協力関係を結ぶと発表したのだ。

しかし、その基盤を建設するには課題が山積している。まず、中国は一連のロボットミッションに着手しており、データを収集するとともに着陸候補地について検討している。次回のこうしたミッションは「嫦娥6号」となる。これは着陸船とサンプル回収ミッションを伴なったもので、25年に予定されている。

一方、この計画におけるロシア初のロボットミッション「ルナ25号」は何年にもわたって延期されてきたが、ようやくこの7月に打ち上げられることになった。1980年代の後半以降、地球周回軌道を離れたミッションがほとんどなかったロスコスモスにとって、この着陸船は極めて重要な試練となる。ロシアの探査機はこれまで火星に焦点を当てたものが多かったが、地球周回軌道から離れられなかったり、目的地にたどり着かなかったりしている。

このような実績と中国の宇宙プログラムのたび重なる成功例とを比べてみると、中露の協力体制に疑念を抱かざるを得ないとザクは語る。「ロシアの宇宙プログラムが弱体化している時期に、中国がロシアに協力する必要はあるのでしょうか?」と、彼は問いかける。「技術力のミスマッチがあまりにも大きく、中国がこの協力体制から何を得られるのか見当がつきません」

中国にはロシアと協力する政治的理由があるかもしれないが、中国の宇宙プログラム自体にはロシアと協力することで得られるものはほとんどないと、ザクは指摘する。

衰退の始まり

民間宇宙プログラムが破綻しつつあるなか、ロシアは軍事宇宙プログラムに多大な投資を進めている。ロシアは21年11月の実験で軌道上に数千個のデブリを発生させたミサイルシステムなど、高度に発達した対衛星兵器を保有している国でもある(米国、中国、インドによる過去の実験でも同様にデブリが発生し、国際的な実験の一時停止が要請された)。

ロシアはまた、宇宙システムに対して電子兵器も使用したことがあり、人工衛星を攻撃できるレーザー兵器も実験している。ロシアは19年と20年にマトリョーシカ人形のような宇宙船「コスモス2543」で周回軌道上に子衛星を放出し、プロトタイプ兵器候補を実験したようだと、超党派シンクタンク「Secure World Foundation」のワシントンオフィス責任者のヴィクトリア・サムソンは語る。

ランド研究所のマクリントックと同様にサムソンも、ロシアが相次いで技術的な問題を起こしたことはロシアの民間宇宙プログラムにとって憂慮すべき兆候であり、近いうちに宇宙ステーションが消滅する可能性もあると指摘している。「宇宙プログラムを有する国は国威発揚効果を見込んでいます」と、サムソンは言う。

ソビエト連邦は人類を初めて宇宙に送り出したが、60年後のロシアは近い将来にもその力が失われる事態に直面している。「それは衰退の始まりなのです」と、サムソンは語る。

WIRED US/Edit by Daisuke Takimoto)

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