サンフランシスコの鉄道システムは毎朝「フロッピーディスク」で起動されている

1998年からいま現在に至るまで、「ミュニ・メトロ」の自動列車制御システムには5.25インチのフロッピーディスクが使われている。システム全面刷新には、あと6年ほどかかるとみられている。『Ars Technica』によるレポート。
サンフランシスコの鉄道システムは毎朝「フロッピーディスク」で起動されている
PHOTOGRAPH: NTMW/GETTY IMAGES

サンフランシスコには、「ミュニ・メトロ」の名で親しまれる地下鉄兼路面電車がある。それを運営しているサンフランシスコ市交通局(SFMTA)は、フロッピーディスクで起動される現行の列車制御システムを、米国で初めて採用したと主張している。

SFMTAはようやく、5.25インチのフロッピーディスクに頼るのをやめようとしている。それに必要なのは、たった数百万ドルと6年ほどの時間だけだ。

1998年から「5.25インチ」

最近SFMTAは『ABC7ベイエリア・ニュース』の取材に応じ、毎朝5.25インチのフロッピーディスクを使っていると説明した。1998年に、マーケット・ストリート駅でインストールされて以来、そのフロッピーディスクがミュニ・メトロの自動列車制御システム(ATCS)の一部を構成している。ATCSはいくつかのコンポーネントからなる。「推進と制動をつかさどる車載コンピューター、セントラルサーバーとローカルサーバー、通信インフラ、ループケーブル信号ワイヤーなどです」と、SFMTAのスポークスパーソンであるマイケル・ロッカフォーテが『Ars Technica』に話してくれた。

ロッカフォーテによると、セントラルサーバーを動かすソフトウェアをフロッピーディスクから読み込む必要があるそうだ。

「列車が地下路線に入ると、車載コンピューターが列車制御システムにつながり、列車が自動走行モードに切り替わります。そこからは運転士が監視するなか、列車が自動で走ることになります。地上に戻ると、ATCSとの接続が切れ、路上での手動運転に切り替わります」

ロッカフォーテによると、フロッピーディスクとの決別も含むATCSの全面刷新が2018年に始まった。しかし、それが終わるのは当初の完了計画から10年後になると予想されている。コロナ禍の影響で18カ月の中断があったこともあり、いまでは29年から30年ごろの終了が見込まれている。SFMTAは25年初頭までに請負業者を決定したのち、詳細な実施計画を発表する予定だ。

「最終的な目標は、鉄道網全体を網羅するひとつの制御システムを手に入れることです」。SFMTAの運輸部長であるジェフリー・タムリンが『ABC7ベイエリア・ニュース』で語った。

年を経るごとにデータが劣化するリスク

「壊れていないものに手を加えるな」とよく言われる。フロッピーディスクに依存する列車制御システムはいまのところうまく機能しているが、そのような古い技術を使い続けることには困難も伴う。この事実を、SFMTA自身が証明してきた。

同局によると、現行の列車制御システムは20年から25年の使用をめどに構築されているという。つまり、2023年が限度というわけだ。ミュニ信頼性作業部会(地元と全国の交通専門家で構成しているとされる)は2020年、5年〜7年以内に交通制御システムを刷新するよう勧告した

フロッピーディスクからアップグレードすることがどれほど「差し迫った」問題なのかと問われたタムリンは、『ABC7ベイエリア・ニュース』に対して、問題はそのリスクにあると指摘した。

「このシステムは、いまのところはうまく機能していますが、年を経るごとにフロッピーディスク内のデータが劣化するリスクがあり、それがある時点で大惨事を引き起こすかもしれません」

以前、SFMTAは、ATCSの保守が年々難しくなり、コストもかかるようになったと発表していた。また、時代遅れのシステムを使うノウハウを知るスタッフを探すのが難しくなったとも主張してきた。

「現行のシステムを動かし続けるには、90年代のプログラミング言語に精通するプログラマーが必要で、つまり、わたしたちは数十年前から技術的負債を抱えているのです」と、23年2月にサンフランシスコのKQED放送でタムリンは語っている

20年、SFMTAのスポークスパーソンが『サンフランシスコ・クロニクル』に語ったところによると、当時、SFMTAの交通管制官トレーニングの卒業率は40%から50%だったそうだ。

フロッピーディスクを廃止すると雇用が失われるかどうかを尋ねると、ロッカフォーテは『Ars Technica』にこう答えた。

「新しい列車制御システムが導入されても、[いまの]スタッフにはやることがたくさんありますし、新しいテクノロジーを習得するトレーニングも行なわれるでしょう。わたしたちのプロジェクト戦略の基本は、いまいるスタッフのためにスキルセットとトレーニングを開発することです。加えて、新しい列車制御システムをサポートする人員として、シグナルエンジニアなど、より高いスキルを必要とするポジションを新たに採用する必要もあるでしょう」

アップグレードなしでも問題なかった

20年、タムリンは『サンフランシスコ・クロニクル』に対して、同システムの更新が必要であることを07年に知ったが、以後アップグレードされなくても、「危機は迫ってこなかった」とも述べている。「ええ、このシステムは5.25インチのフロッピーディスクから読み込まれるDOS上で走りますが、問題なく動いています」

列車制御刷新プロジェクトの広報を担当しているマリアナ・マグワイアは『ABC7ベイエリア・ニュース』の取材に対して、システムが更新されれば、ATCSは「自動操縦の力を借りて、街の列車の動きや運行状況をいままでよりも容易に追跡できるようになると同時に、人的な要素も強化される」と語った。

しかし、予算の問題で、計画はスケジュールどおりに進みそうにない。ロッカフォーテの言葉によると、SFMTAの刷新計画は、フロッピーディスクの廃止にとどまらず、「現行の列車制御システムならびにそれに伴うコンポーネント、例えば車載コンピューター、セントラルサーバーとローカルサーバー、通信インフラなどのすべてを完全に置き換える」ことを目指している。

この意味では、時代遅れのフロッピーディスクよりも、システムが使っているループケーブルのほうがはるかに重要だ。そのケーブルがセントラルサーバーと列車のあいだでデータを運んでいるのだが、ロッカフォーテによると「昔のAOLのダイヤルアップ・モデムよりも帯域幅が狭い」そうだ。

SFMTAのウェブサイトには次のように書かれている。「ループケーブルはもろく、通信が乱れやすいため、地下鉄の保守を困難にする原因になっています。そのため、地下鉄の外に拡張することもできません。それが、地上では現在も列車の自動制御を行なっていない理由です」

ロッカフォーテによると、SFMTAは「光ファイバーやWi-Fiのような最新技術」へのアップグレードを検討しているそうだ。

タムリンの話では、SFMTAは、ATCSの刷新に必要となる費用の「大部分」を「州と連邦からくる補助金」でまかない、残りを「急速に目減りしているミュニの内部資本」で支払うことを望んでいる。システムの刷新にこれまでどれほどの費用をつぎ込んできたのかという『Ars Technica』の問いに対して、SFMTAは回答を拒否した。

SFMTAは、あと数年は古きよきフロッピーディスクに頼ることができる。貨物航空会社やカスタム刺繍のデザインに携わる人など、フロッピーディスクを頼りにしている団体は、まだほかにもあるのだ。

(Originally published on Ars Technica, translated by Kei Hasegawa/LIBER, edited by Mamiko Nakano)

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