シマウマの「しま模様」は、なぜハエを寄せつけない? 本物の毛皮で実験を重ねて見えた新事実

シマウマ特有のしま模様には、ハエなどを寄せ付けない効果があることが知られている。そのメカニズムを解明すべく研究者が“本物の毛皮”で実験を重ねたところ、新たな事実が浮かび上がってきた。
A row of zebras
Photograph: Bastian Zehrmann/Getty Images

赤道から北へ30マイル(約48km)ほどのケニア中央部の野外で、カイア・トンバクら研究者たちはプレキシガラス製の箱のそばに立っていた。動物の社会行動の進化について研究するトンバクは、サバンナの強烈な日差しを避けるため、淡い色の長袖シャツに長ズボンという服装だ。

すぐ近くでは、ハエの一群が騒がしい羽音を立てている。トンバクはストライプ柄の服を着てくるべきだったかもしれないと、思いを巡らせていた。

まさにこのことが、トンバクの研究チームがここにいる理由だった。ストライプ柄がもつとされる“ハエよけ効果”を調査するために、彼女たちはこの地を訪れたのである。

箱の中には、この付近で見つけた動物の死骸から切り取った幅60cmほどの毛皮2枚が吊るされていた。1枚は褐色のインパラの毛皮、もう1枚はシマウマの毛皮である。2枚の毛皮の中間に置かれたペトリ皿には、20匹ほどのハエが閉じ込められている。

チームのひとりが糸を引っ張り、ペトリ皿のふたを開ける。すると一斉に飛び出したハエたちは、あっという間に新たな着地場所を見つける。そこにいる全員が予想した通り、シマウマの毛皮にたかるハエはいなかった。「シマウマのハエよけ効果は本物です」と、トンバクは言う。

従来の仮説を覆すふたつの事実

サシバエと呼ばれる吸血性のハエは、サバンナに住む動物たちの血を吸って生きている。単に不快なだけでなく、最悪の場合には病気を媒介することもあるハエだ。

ハエがシマウマのストライプ模様を嫌うことは科学者の間では1980年代から知られている。この恩恵を得るために、シマウマは進化の過程で独特のしま模様を手に入れたのだと考える科学者も多い。

しかし、あのしま模様になぜハエよけ効果があるのかについては、まだよくわかっていない。何らかの“錯視”が起きているのではないかとの説が優勢だ。

ひょっとするとサシバエは、あの模様を間近に見ると感覚を狂わされて、シマウマの動きを把握できなくなるのかもしれない。あるいは遠くから見たときに、あの模様のせいでシマウマの体の輪郭がぼやけてしまうのかもしれない。

トンバクたちにとって、このことは食物や交配相手を探すための戦略としてではなく、ハエのような厄介者によって動物の進化が促されることがあるのかもしれないという、たまらない魅力をもった命題なのだ。

2022年11月の学術誌『Scientific Reports』に掲載された論文でトンバクの研究チームは、ケニアでの実験から従来の仮説を覆すふたつの事実が判明したと説いている。研究チームは錯視の存在を認めながらも、ハエたちの行動範囲は幅120cmの箱の内部に限られていたことから、錯視のメカニズムはしま模様を遠目ではなく近くから見た場合にのみ起きているはずだと主張している。また、ストライプの幅が狭くても広くても、ハエよけ効果に違いはないこともわかった。

「これには驚きました。過去の研究ではストライプの幅によって差がありそうだと言われていたからです」と、トンバクは言う。彼女は現在、ニューヨーク市立大学ハンター校の博士研究員として活動している。

本物の毛皮とハエの実験で見えてきたこと

そもそも、シマウマにストライプ模様があること自体が驚くべきことだ。緑、茶、青、黄といった色が溢れるアフリカの風景のなかで、大きな尻を黒と白のしま模様にくっきりと塗り分けるなど、まるで自殺行為だろう。

進化上のいかなる利点があって、シマウマは自らの体をここまで目立つように変化させたのか──。生態学者たちは長年にわたって頭を悩ませてきた。「肉食動物を混乱させるためかもしれませんし、シマウマ同士で互いを認識し合うための“社会的適応”の一種かもしれません。あるいは、体温調節効果があるのかもしれません」と、トンバクは言う。

正解はひとつではないのかもしれない。しかし、1981年に発表された研究論文でシマウマのこの“特殊能力”が初めて紹介されると、一躍「ハエよけ説」が注目され始めた。その後の数々の実験により、屋外、研究室内しま模様の敷物プラスチック模型、しま模様にペイントしたウシといったさまざまな条件下において、ストライプ柄にハエを追い払う効果があることが証明された。

「この現象について確証が得られたと言えるところまで来ました」と、トンバクは言う。ところが、「本物の動物の毛皮を使った実験はあまりされていないのです」とも、彼女は言う。

かつてプリンストン大学で博士号取得を目指していたトンバクらの研究チームは、現在の研究につなげるためにストライプの幅について調べたいと考えていた。ストライプの幅が狭いほどハエに嫌われることがわかれば、シマウマの種類による模様の違いを、進化上の利点に関連づけて説明できるかもしれないと考えたのだ。

また、錯視は遠くから見た場合にしか起こらないという可能性を排除するため、実験空間を狭くして、ハエと毛皮の距離を近づけた。プレキシガラスの箱が使われたのは、そのためである。

この箱の作製と実験の準備は、研究室に所属する学部生のリリー・ライシンガーが担当した。実験では毎回、箱の中に2種類の毛皮を洗濯ばさみで吊るし、ハエを放して1分間にわたって自由に飛び回らせた。そして、それぞれの毛皮に止まったハエの数を数えた。

まず、インパラの毛皮と幅広のしま模様をもつサバンナシマウマの毛皮の比較、次にインパラとストライプの幅が狭いグレビーシマウマが比較され、最後にサバンナシマウマとグレビーシマウマを比べた。実験はペアごとに、それぞれ100回ずつ繰り返された。

その結果、ハエがインパラの毛皮を選んだ回数は、サバンナシマウマとグレビーシマウマを合わせた数の4倍に上った。また、実験を100回繰り返すなかで、ストライプの幅の違いによる顕著な差は認められなかった。

“理髪店の看板柱”のような錯覚

それにしても、なぜストライプ柄にはハエよけ効果があるのだろうか?

まず、ハエと人間では見ている世界が違うことを知っておくべきだろう。ハエは何千という光受容体からなる“複眼”をもっている。丸みを帯びた目の表面から少しずつ異なる方向に向けられたこの光受容体に映る情報を、ひとまとめにして受け取っているのだ。

色彩に対するハエの知覚は限られている。また、ハエは物の動きや偏光(一定の規則性をもつ光波)を感知し、受け取ったイメージを人間の目の10倍の速さで処理できるが、その解像度は非常に低い。

そしてハエたちも、理髪店の看板柱による“サインポール錯視”には、人間と同じようにまんまとだまされる。らせんを描きながら無限に上昇しているように見える、あの赤色などの斜めの線だ。

「理髪店の店先に置かれたあのクルクル回る看板のストライプは、どこまでも上っていくように見えます。でも、回転しているだけですよね」と、トンバクは言う。あの看板は運動の向きやスピードに対する感覚を狂わせる。シマウマのストライプ柄も同じように動きに対する感覚を狂わせるので、ハエたちは着地のタイミングや速度をうまく計れないのではないかと、彼女は考えている。

「飛行中のハエの目には、無数の物体がものすごい速さで通り過ぎるように見えているはずです」と、トンバクは言う。そう考えると、着地しようとするハエの目の前で、“理髪店の看板柱”のような錯覚が起きていても不思議はないだろう。

ストライプの幅が狭いほど、トンバクが言う「より速く感じさせる効果」によって“看板柱”のような錯覚の度合いが増し、ハエに嫌われやすくなるはずだ。ところがトンバクによると、ストライプの幅に関する調査例は過去に数件しかなく、本物のシマウマの毛皮を使った例はほとんどないという。

なかには実際のシマウマのストライプよりかなり広い5インチ(約12.7cm)幅にペイントしたしま模様を使った実験例もあるという。これに対してトンバクは、チームの研究結果が示す通り、「シマウマが生まれながらにもつストライプの幅の範囲であれば、サイズによる大きな違いはない」と断言する。

ストライプの幅が異なるという謎の答えは?

これだけでは、なぜシマウマの種類によってストライプの幅が異なるのか──という疑問の答えには、もちろんならない。しかし、カリフォルニア州立大学ロングビーチ校の進化生態学者であるテッド・スタンコヴィッチに言わせると、重要なのはシマウマの毛皮がストライプ柄であるという事実のみということになる。スタンコヴィッチはトンバクらの研究には関与していない。

ストライプの幅の違いは、遺伝的ドリフト(遺伝子頻度が偶発的に変動すること)によるもの、あるいは捕食動物を混乱させるための個別の適応手段だったのかもしれない。「しま模様を獲得したことで、ついでにハエよけ効果も手に入ったというわけです」と、スタンコヴィッチは言う。「ほかに多くの手段があったはずですが、この毛皮が選ばれたことによってシマウマの外見は、これほどまで特徴的なものになったのです」

トンバクの示すエビデンスによって、シマウマのストライプ柄が遠くから見た場合に何らかの錯覚を起こさせている可能性が消えるわけではないと、心理学者のアナ・ヒューズは指摘する。ヒューズは英国のエセックス大学でシマウマのストライプ模様を捕食動物がどう認識するかを研究している。

間近に見たときと遠目に見たときの両方で、それぞれ違うかたちでカムフラージュ効果が発揮される例は珍しくないと、ヒューズは言う。「2段階方式で身を守る生き物が存在するという考え方は、すでに定着しています」

例えば猛毒をもつヤドクガエルは、遠目には周囲の景色に紛れて見え、近づいてみるとその鮮やかな体色によって捕食動物に「手を出すな」と警告を発していることがわかる。「シマウマについても、これと同じことが起きているとしたら面白いですね」とヒューズは語る。

進化論的な観点から考えると、シマウマたちにとって錯視の利用は得策と言えるだろう。ハエを追い払うために尻尾を振ったり足を踏み鳴らしたりして、無駄に体力を使わずに済むからだ。

「この研究のおかげで、進化を促す原動力としてのサシバエの価値をより強く感じられるようになりました」と、トンバクは語る。「フィールド生態学者として野外で活動するたびに思い知らされるのは、虫に刺されると気が変になるくらいイライラしてしまうということです。もし自分が動物で、人間たちのように避難場所も与えられず常に野外にいるとしたら、本当につらいでしょうね」

「しま模様効果の謎」は完全には解明されていないと生物学者たちは口を揃えるだろうが、少しずつ答えに近づいていることは確かだ。カリフォルニア州立大学のスタンコヴィッチは、トンバクらの実験を「自分が知る限り最も自然に近いかたちでの調査」と評する。そして研究を進めるには動物の毛皮を携えて野原に立ち、ハエに囲まれるようなこともときには必要なのだと断言する。

「日がな一日、適応変化に関する仮説を考えて過ごすこともいいでしょう」と、スタンコヴィッチは言う。「でも、シマウマのストライプ柄の問題のように、実際に野外に出て実験してみなければ決して真の役割を知ることができない事柄もあるのです。それを実践する人たちがいることを知って、とてもうれしく思っています」

WIRED US/Translation by Mitsuko Saeki/Edit by Daisuke Takimoto)

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