世界のサプライチェーンを揺るがす上海のロックダウン、いま現地で起きている「危機」の深刻度

新型コロナウイルスの感染拡大が2022年になって加速したことで、「ゼロコロナ政策」を維持してきた中国が深刻なロックダウンに見舞われている。なかでもサプライチェーンの主要なハブの上海は大規模な生産停止や物流停滞が続いており、その影響が世界規模に拡大する危険性が指摘されている。
ClosedLoop
PHOTOGRAPH: RICHARD DRURY/GETTY IMAGES

新型コロナウイルスの感染拡大が2022年になって加速し、中国・上海がロックダウン(都市封鎖)に突入したのは3月28日のことだった。ジョイスは上海に住む多くの人々と同様に、それから何週間も家に閉じこもって過ごしてきたという(ソフトウェア会社の経営幹部であるジョイスは、当局に目を付けられないように、自分は英語のファーストネームだけで呼んでほしいと要望している)。

いまジョイスたちは食料不足に苦しんでおり、彼女が住んでいる地区の住民たちは「団購」という手段に頼っている。団購とは、複数名がそれぞれ担当する商品を決めて、それを共同体のために可能な限り多く調達する団体購入の仕組みを言う。

「多くの人々が家に閉じ込められた状態で悪戦苦闘しています。なぜなら、誰もが文字通り収入がまったくない状態だからです」と、ジョイスは打ち明ける。「(団購は)普段の価格と比べて3倍か4倍、あるいは5倍以上も高価格です。そして上海の物価は安くはありません」

政府が企業の“再始動”を支援

このような悲惨な状況に直面し、北京の中央政府は上海の産業部門の再始動を優先することにした。副首相の劉鶴(リュウ・ハァ)は4月中旬、国内のサプライチェーンの安定化を目標に、新型コロナウイルスによって深刻な影響を受けた666社の上海での事業再開を政府が支援すると発表したのである。

パンデミックが始まってから最悪となる新型コロナウイルスの流行に上海が直面するなか、サプライチェーンの安定化はとてつもない難題となるかもしれない。さらに言えば、仮にできたところで、今後数週間、または数カ月にわたって世界のサプライチェーンで発生が予測される混乱を抑えられないかもしれないのだ。

こうしたなか中国政府は、上海地区で事業を営む約50,000社から4月15日付で事業再開を支援する企業を選び、「ホワイトリスト」として発表した。リストに含まれていたのは、サプライチェーンにとって重要な製品を供給している国内外の企業である。例えば、半導体や自動車の部品、医薬品メーカーなどだ。

報道によると、テスラの上海工場の従業員は、外界から閉ざされたバブルのような「クローズドループ」の内部にとどまるかたちで、すでに作業を再開している。だが、多くの部品サプライヤーがいまだに休業しているなか、生産ラインがどれだけ稼働しているかは不明だ。

工場内に住み込みで働く人々

たとえ上海での感染状況がいまだに完全に収束したと言えない状態でも、産業活動を始動させるほかないと中国政府は考えているのかもしれない。中国国家統計局が4月18日に発表した経済データによると、2022年第1四半期の経済は21年同期と比べて4.8%の伸びを見せたものの、3月に上海やロックダウン対象となったほかの都市における経済活動は減速していた。

ジョイスによると、産業の再開について「この街の人々は複雑な感情を抱いている」という。その理由として、産業の再開には“広報活動”の側面もあると見ているからだ。「多くの企業は人々に対し、工場の敷地内に住むよう求めるでしょうね。でも、工場に住むなんてどうやればいいのでしょうか? 従業員たちは家に帰ることを許されない可能性があります」

一部の工場は、労働者たちを「クローズドループ」の内側に閉じ込めたまま操業することで、新型コロナウイルスの感染爆発のリスクを最小限に抑え、操業を続けることができている。つまり、労働者たちは数日間、場合によっては数週間にわたって工場にとどまり続け、食事もそこでとらなければならないことを意味する。報道によると、床の上で寝なければならない場合さえあるという。

多くの労働者たちは、自分たちが住んでいる場所を離れる際に許可を必要とするようになる。また、自宅に戻ることが許されなくなるリスクも抱えることになる。一部の工場経営者たちは、労働者たちが出勤してくるかどうか自信をもてないでいるようだ。

上海のある電子機器工場の経営者(当局を刺激するリスクを冒したくないという理由で匿名を希望)によると、これまでのところ彼の工場のクローズドループ方式は成功しているという。だが、新しいシフトごとに十分な数の労働者を見つけることは難しくなるかもしれないと心配している。

困難に直面する企業たち

中国の投資会社であるNorthern Light Venture Capitalの共同経営者で上海在住のフィオナ・ユーによると、ロックダウンは困難だが、乗り越えられるものだという。人々が手にする食料は完全に好みのものではないにしても、十分な量を確保できていると彼女は考えている。「ほとんどの人々、特に若い人々は働きに出たがっていると思います」と、彼女は語る。

一方で、ユーの投資会社が投資した企業のうち何社かは困難に直面しているという。一部の企業は部品不足の影響で操業を停止しなければならなかった。重要な生物工学の実験が中断されないよう、研究所での寝泊まりを強いられてる経営者も数名いるという。「こうした人々は苦しんでいますが、やり抜いています」と、ユーは語る。

上海は自動車と電子機器の分野で主要な部品の極めて重要な生産地であり、また海運業の中心地でもある。工場の再開は一部の労働者に収入をもたらすだろうが、最大の恩恵は世界に製品が供給されるようになることだ。

サプライチェーンのデータを提供しているEverstream Analyticsによると、政府が再開を決定している666社のうち、少なくとも249社は自動車関連のメーカーだという。

深刻化するサプライチェーンの停滞

中国は現在、政府による施策としては世界最大級に過酷な状況を経験している真っただなかにある。感染力の高い新型コロナウイルスのオミクロン株に対し、「ゼロコロナ政策」を維持すべく苦闘しているからだ。

中国では多くの都市や地区が一部か完全にロックダウンとなったが、なかでも積極的な対策をとる前に新型コロナウイルスが広がってしまった上海の状況は厳しいものとなった。上海は中国で最も豊かであり、国際的な都市のひとつに数えられる都市である。その都市の住民が飢え、重病の治療を病院から断られているというのだ。

公式の数字(一部の専門家からは疑問を投げかけられている)によると、上海における新型コロナウイルスの感染者数は40万人を超えているが、これは中国にしては膨大な数である。一方で、死者数はわずか17人と公表されている。

ロックダウンは上海の市民を苦しめるだけでなく、工場の閉鎖や輸送ルートの縮小を招くことにもなった。何百もの航空便がキャンセルされ、トラック運転手が検査と厳しい検疫のルールに従わなければならなくなったことで道路は閑散とし、輸送コンテナは海上で立ち往生することになったのだ。

海運データの照合と分析を手がけるWindwardによると、4月上旬の時点で世界中のコンテナ船の5隻に1隻が混雑した港の外で待機しており、そのうち30%近くが南の上海から北の北京に至るまでの中国の港への入港を待っているという。ブルームバーグのデータによると、4月11日までの時点で上海および寧波の外にいる船の数はおよそ197隻で、1カ月前と比べて17%増となっている。

上海が窮地に陥ることで、世界中で製品不足が引き起こされる可能性がある。これにパンデミックによって起きた前例のない製品需要、米国と中国の間の貿易紛争、そしてロシアによるウクライナへの侵攻といったさまざまな要因が絡み合うことで、すでに大打撃を受けている世界のサプライチェーンの緊張がさらに高まる危険性がある。

不安定な状況はいつまで続く?

政府が対策を打ったとしても、世界の電子機器産業は上海の状況によって特に被害を受ける可能性が高い。「最も現実的な可能性として、主要な電子機器サプライヤーによる生産が完全に通常に戻るのは、4月下旬以降から5月上旬にならないと無理でしょうね」とEverstreamのCEOのジュリー・ガードマンは指摘する。

「(上海郊外の)崑山は長年にわたり、中国で操業する台湾企業の拠点になっています」と、ハーバード大学教授で中国の製造部門をウォッチしてきたウィリー・シーは語る。アップルやHP、デルといった多くの電子機器メーカーが、これから数週間にわたり製品不足を経験することになるかもしれないという。

また、たとえ工場の生産能力を完全に取り戻すだけの十分な数の労働者が見つかったとしても、新型コロナウイルスがさらなる混乱をもたらす可能性がある。各工場は労働者を長期間にわたって施設内にとどめ、定期的な検査を実施し、入念な衛生処置をとろうとするだろう。だが、一部での感染爆発の発生は止められないかもしれない。

「誰をクローズドループに入れて、誰を入れないのかどうやって決めるのでしょうか?」と、シーは問いかける。「そのうち(おそらく早々に)ループの外から何かを入れる必要が出てくるでしょう」

「とても、とても不安定な状況にあります」と、中国のメーカーと取引がある海運マーケットプレイスであるFrieghtosのCEOのツビ・シュライバーは指摘する。「完全に閉じたループなんて、実際は存在しません。新型コロナウイルスから完全に逃れることはできないのです」

工場を再開するには、工場内に閉じ込められてウイルスに晒されるリスクを冒すという困難をいとわない人々に頼る必要がある。法律によると、工場が休業している間は労働者たちに給料が支払われることになっているが、常にそれが守られているとは限らない。

「物事が好転していくことを願っています。特に恵まれない人たちにとってです」と、ジョイスは語る。彼女によると、上海の人々の多くにとって「唯一わかるのは家にいなければならないこと」だけなのだという。

WIRED US/Edit by Daisuke Takimoto)

※『WIRED』によるサプライチェーンの関連記事はこちら中国の関連記事はこちら新型コロナウイルスの関連記事はこちら


Related Articles
Rubber Bands
新型コロナウイルスのパンデミックに続いてロシアによるウクライナ侵攻が起き、さらに中国での市中感染が広がったことで歴史的な物流危機が訪れている。サプライチェーンの再建と最適化を迫られるなか、こうした危機が発生する原因を予測したり、問題を追跡したりする技術への関心が高まっている。
article image
深刻な半導体不足が止まらない。スマートフォンやPCの心臓部である高性能なチップのみならず、自動車や家電製品、ネットワーク機器などに用いられるICやセンサーまで、部品不足の影響は拡大する一方だ。こうした悪循環の背景には、実はさまざまな要因が絡んでいる。

毎週のイベントに無料参加できる!
『WIRED』日本版のメンバーシップ会員 募集中!

次の10年を見通すためのインサイト(洞察)が詰まった選りすぐりのロングリード(長編記事)を、週替わりのテーマに合わせてお届けする会員サービス「WIRED SZ メンバーシップ」。毎週開催のイベントに無料で参加可能な刺激に満ちたサービスは、無料トライアルを実施中!詳細はこちら