シェアリングエコノミーにも残る希望。自由な生き方を模索する者たちが切り拓く新しい経済:starRo連載『Let's Meet Halfway』

グラミー賞リミックス部門に日本人として初めてノミネートされた音楽プロデューサーのstarRoが聞き手となり、芸術と資本主義のスキマを埋めようとする人々を訪ねる連載。第6回では、「人々の生き方や働き方を変える」と歓迎されたギグワークが搾取と格差の象徴になりつつあるなか、シェアリングの価値をもう一度考えるべく、ギグワークやシェアリングエコノミーの研究で知られるジュリエット・B・ショアーに訊いた。
Social distancing.
Social distancing.PHOTOGRAPH: ARTUR DEBAT/GETTY IMAGES

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「会社への依存」から抜け出した人々

──今日の取材をとても楽しみにしていました。というのも、ぼくがギグワーカーだからです。会社員からアーティストに転身し、いまは音楽制作の仕事以外に、ライターやフードデリバリーなど、いくつかの仕事を掛け持ちしています。ですから『After The Gig』に載っているさまざまな人々のライフストーリーやギグワークから見える社会課題などに共感したし、「こう感じているのは自分だけじゃない」という勇気をもらいました。ぼくは個人的な事情からギグワークの分野に入っていったのですが、ジュリエットさんはどうしてこの分野に興味をもつようになったのでしょうか。

わたしの最初の興味は、日本でも大きな問題である「過労」でした。日本でも翻訳されたわたしの著書『働きすぎのアメリカ人 : 予期せぬ余暇の減少』では、過労が人々のライフスタイルに組み込まれている現状に迫りました。

また2010年には、オルタナティブなビジョンとして『プレニテュード――新しい〈豊かさ〉の経済学』という本をまとめたんです。そこで提唱したことのひとつが、まさにstarRoさんが実践している「企業に所属し長時間にわたって拘束される働き方から、働き口を複数のポートフォリオに分散させていく」というものでした。当時はギグワーカーという名前では呼ばれてはいませんでしたが、多様な収入機会をもち、“理論上では”人々に自主性をもたらし、環境負荷も低くできるライフスタイルを選ぶ人々に興味をもち、研究することにしたんです。

──米国では、ギグワーカーという存在が一般化してすでにそれなりの歴史がありますが、日本ではそれほど広まっていませんでした。変わったのは、新型コロナウイルスの世界的流行です。特にフードデリバリーは、都市の中心地から地方都市やその周縁へと提供地域を広げています。

今回のパンデミックはシェアリングエコノミーに大きな変化をもたらしました。しかし、変化の仕方はさまざまです。消費者需要の観点では、日用品やフードデリバリーの需要は大幅に増えた一方、UberやLyftといったライドシェアサービスは減りました。Airbnbなどの民泊サービスは、パンデミックの初期こそ落ち込みましたが、人の移動が少しずつ戻るにつれ好調に転じています。ホテルよりも人との接触回数が少ないからです。

ギグワーカーの状況もさまざまです。ライドシェアサービスのドライバーは大きく収入を減らし、とにかく仕事にありつかねばと、フードデリバリーなどに転じた人も少なくない。フルタイムからパートタイムへと変更されてしまった人が、収入の穴を埋めるために新しく始めたケースも多いでしょう。

──ギグワーカーに傾向や特徴はあるのでしょうか。

初期段階では、高学歴で若い白人、テックに精通しているようなタイプが多く、クールでカッティングエッジなイメージがありました。しかし、いまではクールなイメージをもつ人はあまりいないかもしれません。賃金相場が下がるにつれ、背景も理由もさまざまな人々が集まるようになったからです。

サイクリングカルチャーの強いヨーロッパではいまでも若い男性のサイクリストが多いですが、ライドシェアサービスでは50歳以上の移民がほとんどを占めています。

また、パンデミックによってコンタクトレス化が極端に進みました。昔はギグワーカー同士やギグワーカーと顧客との間にフレンドリーでウェットな人間関係もありましたが、いまはドライなコミュニケーションしか残っていません。

──現状のシェアリングエコノミーの課題について、どのようにお考えですか。

大きく分けて2つの課題があります。まずは労働者からの搾取です。現在この分野に参入している企業の多くは労働者に対して非常に冷淡です。労働者の低賃金や労働者を誤解させるようなキャンペーン、法をすり抜け、ときに法を犯していることもある。ジャーナリストや専門家はたびたび指摘していますし、政府も認識していますが、ロビー活動などもあって抜本的な解決には至っていません。

もうひとつの問題は、地球環境や地域の経済などのエコシステムへの悪影響です。そもそもライドシェアの拡充は、消費エネルギーを軽減すると言われてきました。しかし、現実は逆です。その利便性ゆえに、公共交通機関を使っていた人がクルマでの移動を選択し、交通量は増えています。それが燃料消費や渋滞、環境汚染を引き起こしている。

民泊も問題を引き起こしています。安価に宿泊できる選択肢が増えたことで人の移動を促進させますし、自宅を貸したホストも旅に出てしまう。人が移動すれば、エネルギーが消費されます。また、ジェントリフィケーションも引き起こし、不動産価格に影響を与えています。シェアリングエコノミーの弊害の多くは、それがもたらした利便性そのものに原因があることがほとんどです。

Juliet B Schor|ジュリエット・B.ショアー

1955年米国生まれ。マサチューセッツ大学大学院で賃金変動の研究により博士号を取得。ハーバード大学経済学准教授、女性研究センター主幹を経て、現在、ボストン大学社会学教授。環境保護団体「ニュー・アメリカン・ドリーム・センター」の共同代表。

新しい生き方を模索する人々は、主体的にギグワークを選んだ

──課題があることは承知の上で、ギグワーカーという生き方に可能性や価値も感じているんです。ぼくは一般的な考えや事情が優先される会社員の世界に理不尽さを感じて、ミュージシャンの道に飛び込みました。それはそれで一般的な規範から外れた場所で生きる厳しさがある。特にミュージシャンは、世界のほとんどの場所で社会的なセーフティネットからも外されていて、経済的に非常に不安定です。そんなぼくらミュージシャンにとってのギグワークは、自分に適したライフスタイルを探せる現実的な選択肢なんです。

なぜ音楽だけでは生計を立てられないミュージシャンが存在するのかを経済学の観点から説明すれば、社会の需要よりもミュージシャンが多く存在し、供給過多になっているからです。しかし、ミュージシャンは需要があるから音楽をつくっているわけではありません。そういったアーティストやクリエイターの都合に、確かにギグワークは適しています。そもそもギグワークの「ギグ」は、音楽業界で使われていた言葉ですよね。

──著書で紹介している、通常のビジネスではなかなか味わえないパーソナルな関係を求める人の存在や、一般的には無駄と言えるような技術や発明(distance from neccesity)をあえてシェアし合うプラットフォームなど、シェアリングエコノミーに魅力を感じて新しい価値を生み出している人もいますね。

そうですね。もちろん仕方なく選んでいる人もいますが、経済性よりも柔軟性や自由を求めて主体的に選んでいる人もいます。また、そういった生き方が許される社会をつくるために社会的な責任を感じている人もいます。本来であれば、どんな仕事にも柔軟性や自由度があるべきだと思いますが、会社には法律もルールもあるので、一人ひとりがやりたいようにやるのは難しいですから。

つまり、ギグワーカーのなかには、リスクを積極的に引き受けながら、新たな価値観をもち、生き方の可能性を広げる・模索する場としてシェアリングエコノミーを考える人もいるわけです。

プラットフォームをワーカーで共同経営する

──シェアリングエコノミーの本質や価値が健全に発揮されるためには、何が必要になるでしょうか。

いま、シェアリングエコノミーには新しい動きが生まれつつあります。例えば、ワーカー、もしくは消費者とワーカーがプラットフォームを共同で所有するといったものです。言ってみれば「デモクラティックシェアリング」ですね。

テクノロジーの進化のおかげで、マネージメントに必要な機能やワーカーの評価など、多くのシステムはすでに自動化されています。ですから、ワーカーだけで共同経営するプラットフォームは十分に実現可能なのです。特に最近はCo-ops(協同組合)という組織形態が増えています。

とはいえ、ビッグプレイヤーの独占を許している現在の状況では、Co-opsで運営するような組織には市場競争力がありません。ビッグプレイヤーは法律を軽視しながら参入してきて、マーケットで十分な影響力を確保したら今度は法律を破ったり変えたりするからです。

ですから、民主的に選ばれた政府による法や規制も欠かせません。実際、国や行政区の規制に阻まれ、Uberが営業撤退している地域もありますから。こういった方法で、ある程度の制御を効かせることも必要になるでしょう。

──ビッグプレイヤーの存在を許容しながら、デモクラティックシェアリングは実現可能なのでしょうか。

ビッグプレイヤーたちはすでに膨大な量の顧客と労働者を抱えており、そこから得られるマーケットデータも貴重です。短期的にはまだまだ強い影響力をもち続けるでしょう。しかし、中長期的にはわかりません。

なぜなら、そこから集めているデータは今後AI開発のために重宝されるはずだからです。人の空いているリソースを有効活用するまでもなく、自律走行車やドローンが配達や移動手段を担うようになってしまうでしょうから。

社会はいま「シェアリングとは何か?」に立ち返るとき

──著書で「このセクターの仕事は、これまで分業化されてきた経済の頭からお尻までのプロセスを、一人で全部やるようなものだ」といったギグワーカーの言葉を引用していますね。ぼくもまったくその通りだと思います。ギグワークは個々人の細分化された視点を全体へと拡げ、新しい気づきを得たりしながら、社会や環境に対してどう貢献できるかを考える機会にもなるはず。

現在、シェアリングエコノミーにはさまざま要素がひも付いてしまっていますが、もう一度「シェアリング」というコンセプトに立ち返るべきだと思います。

例えば、ヨーロッパで普及している長距離乗合いプラットフォームのBlaBlaCarでは、空いているシートに座ってくれる人を募集し、割り勘の母数を増やすことでお手軽な移動を実現させています。Airbnbには、住居を失った災害などの被害者に寝床を提供するホストがたくさんいます。また、フードバンクがあるおかげで、食料を余らせている人と食料を必要としている人をあらゆる地域でつなげています。

シェアリングエコノミーは、現代ではすっかり忘れられている「シェアする醍醐味」を人々に思い起こさせてくれるのです。

そもそも、シェアリングエコノミーはコラボレーティブコンサンプション(協調的消費)と呼ばれていました。アイドリング状態になっているリソースを効率的に利用することが本来の目的です。どのみち空き状態になっているクルマの座席、家や部屋、食料などを、マネタイズせずにただシェアするというのは、いわゆる資本主義的に定義された社会関係からは逸脱した発想ですよね。

本質的なシェアリングエコノミーを推し進めるのであれば、マネタイズとは違う原理原則で突き動かされたものでなければ、おそらくうまくいかないでしょうね。

starRoによる取材後記

今回、シェアリングエコノミーについて取り上げたのは、それがアーティストにとって「活動による収入」を埋めるための柔軟性の高い働き口だからというだけではない。アーティストとシェアリングエコノミー。その両者が挑戦していることには、根本的な共通点がある。

世の中に物があり余っていても、新たに物がつくられて消費され続けたほうが経済効果は上がる。消費者は絶え間なく提供され続けるモノやサービスに満腹感を覚えないよう、メディア・広告を通して消費意欲を刺激し続けるメカニズムを社会を挙げて構築し、そのなかで生きることによる安心感を選択する人が社会の大多数を占めている。しかし、われわれは相変わらず心をもっており、内在的なところから自然発生する個人的なニーズが消えることはない。この個人的なニーズを強く感じると、ときとしてわれわれはいまの社会のあり方に違和感を感じることがある。

ぼくがこの連載を通して取り上げる「アーティスト」は、内在的なニーズを音楽というかたちで表現する人々であり、常に経済的価値を軸にした社会に受け入れられたいという外在的なニーズとの狭間で葛藤している。これと同じようにシェアリングエコノミーの原点は、ジュリエット氏が指摘するように、経済社会の合理性によってビルドアップされた人工的なニーズとそれを支える社会基盤のなかでアイドリング状態になっているリソースの本質的価値を見出し、それらを有効利用したいという内在的動機によって突き動かされるところにある。

こうした内在的動機で動くもの同士はとかく点在しており、ローカルで小規模なムーブメントでとどまることが多い。そのため大きな資本によって乗っ取られてしまうことを歴史的に繰り返してきた。しかし、インターネット社会がWeb3に移行するなかで、テクノロジーの恩恵によって、アーティストや協調的消費など、資本主義的な原理原則から逸脱するような関係性における需要と供給の点を結び、可視化することが容易になってきている。Web3が可能にするDAO(分散型自律組織)も「デモクラティックシェアリング」の重要なバックボーンになるだろう。

テクノロジーによって結び付けられた、人間的なニーズの輪がより拡張していくことによるボトムアップ的な社会変革と、ジュリエット氏が指摘する行政による適度な保護がうまく組み合わされば、行き過ぎた消費社会やアーティストが生きづらい社会が本当に変わるかもしれないと期待するのは、ぼくだけだろうか。


starRo

横浜市出身、東京を拠点に活動する音楽プロデューサー。 2013年、ビートシーンを代表するレーベル「Soulection」に所属し、オリジナル楽曲から、フランク・オーシャンやリアーナなどのリミックスワーク、アーティストへの楽曲提供なども行なう。16年に1stフルアルバム『Monday』をリリースし、The Silver Lake Chorus「Heavy Star Movin’」のリミックスがグラミー賞のベスト・リミックス・レコーディング部門にノミネートされるなど、オルタナティブR&B、フューチャーソウルなどのシーンを中心に注目を集める。13年間のアメリカ生活を経て19年に日本へ帰国。音楽活動の傍ら、自身の活動経験、海外経験を活かし、インディーズ支援団体「SustAim」を立ち上げ、執筆やワークショップを通して日本のインディーズアーティストの活性化のための活動にも従事している。UPROXX誌いわく、「恐らく本当の意味でグラミーにノミネートされた最初のSoundCloud発プロデューサー」。


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