若返りのヒントが幹細胞の“ごみ置き場”にあった:研究結果

細胞の働きのなかで生じる“ごみ”を、そのまま蓄えておく機能は年齢とともに低下する──。マウスの幹細胞を観察した研究からこのような実態が見えてきた。加齢により発生する問題を把握できれば、それに起因する疾病と闘う対策も立てやすくなる。
blood dripping on petri dish
Photograph: Mariya Borisova/Getty Images

ロバート・シグナーは人間の細胞の“整備士”を自認する人物だ。カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)の再生医学教授である彼は、人間の血液中に存在する幹細胞の名状しがたい神秘性に魅せられている。

幹細胞は赤血球、白血球、血小板を体内に補給する一種の“若返り物質”であり、人体の健康を保つ役割を果たしているが、その働きは加齢とともに衰える。幹細胞の減少は血液がん、貧血、凝血疾患、免疫障害を招く可能性がある。シグナーの仕事はその仕組みの解明だ。答えは幹細胞の“ごみ処理法”の周辺にあると彼は確信している。

人間の細胞は、それぞれ独自の働きをする約20,000種のタンパク質をうまく組み合わせることで、乳製品の消化から腫瘍の破壊まで人体のあらゆる営みを可能にしている。しかし、そのすべてが完璧というわけではない。細胞がミスを犯すと、結果的に“ごみ”が発生する。ここで言うごみとは、アミノ酸が欠落したり過剰に含まれていたり、鎖構造のなかに間違ったアミノ酸が紛れ込んでいたりするタンパク質のことだ。

こうしたタンパク質は変形したり異常な動きをしたりするだけでなく、さらに深刻な事態を招くこともある。「タンパク質はやがて互いに引き寄せ合い、凝集体と呼ばれる塊になります」と、シグナーは言う。

凝集体は人体の機能を鈍らせる。折り畳み構造に異常をきたしたタンパク質は人体にとって有害になることもあるのだ(研究者の間ではタンパク質の凝集体とアルツハイマー型認知症の関連が指摘されてきた)。

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成人の血液細胞や免疫細胞の大半は活発に動き、なかなか死なない。次々にタンパク質を量産することでさらに強くなり、エラーの発生も成長過程のひとつと考えられている。一方、幹細胞の一生はゆっくり進む。

「タンパク質の生成がわずかに増えるだけで最悪の結果につながる恐れがあります」と、シグナーは言う。幹細胞がミスを犯した場合、発生するごみが細胞の働きを鈍らせ、そのことが新たなごみを生む。従って、幹細胞が長生きするには“適切なごみ処理”が不可欠なのだ。

健康な幹細胞はタンパク質の生成と破壊を厳しく管理しているが、研究者たちが「タンパク質のホメオスタシス(恒常性)」と呼ぶものの維持に欠かせないこの能力は加齢に伴い衰えていく。「わたしたちが介入することでそれを阻止するか、あるいは幹細胞の能力を高めてタンパク質のホメオスタシスを維持できるようになれば、幹細胞の機能低下を防ぐとともに、細胞の変化に起因するさまざまな疾患を予防できるかもしれません」とシグナーは語る。

若い細胞は“ごみ置き場”をつくる

幹細胞の“管理能力の高さ”は生物学者たちの間ではかなり前から知られていたが、その仕組みは解明されていなかった。そうしたことからシグナーのチームは、さまざまな年齢のマウスの幹細胞の内側で何が起きているのかを詳細に観察した結果を、2023年3月の学術誌『Cell Stem Cell』で発表するに至ったのだ(「自動車のボンネットを開けてみたことのない人が腕のいい整備士になれるはずはありませんからね」とシグナーは言う)。

その観察結果に彼らは仰天した。それまで生物学者の間では、幹細胞はごみが出るとすぐに分解し、そのなかのタンパク質をアミノ酸に変えて餌として速やかに再利用することで整った状態を保っていると考えられていた。ところが、実際にシグナーたちが目撃したのは、血液中の幹細胞が折り畳み構造に異常が生じたごみを別の場所にためておき、必要なときだけ再利用しているという事実だった。同じ現象を目にした科学者は過去にもいたが、それは細胞が極度のストレスを受けた場合に限って起きるまれな事例と考えられていたのだ。

シグナーはいまや、これは健康な幹細胞の基本行動であり、自らのペースで環境を管理し続けるための手段なのだと確信している。しかし、マウスを使った実験データにより、この極めて優れた機能が、加齢とともに衰えていくことがわかった。

この発見は、人間がなぜ老化するのか、加齢に起因する疾病と闘うために維持すべき重要な細胞の働きとは何かといった課題に新たな知見をもたらしたと、カタルーニャ先端技術研究所(ICREA)の幹細胞生物学者であるマリア・カロリナ・フロリアンは語る。彼女はUCSDの研究には関与していない。今回の発見は、幹細胞がもつこうした管理能力を持続させる薬の開発の可能性を示すものだとフロリアンは考えている。このことは非常に大きな意味をもつだろうと彼女は言う。「なぜなら、若返りに的を絞った新薬開発の可能性が見えてきたからです」

シグナーの研究室は、マウスの骨髄から採取した血液幹細胞の研究を進めていた。博士課程研究員のバーナデット・チュアは、始めに生後6~12週の若いマウスの骨髄を採取し、幹細胞、血液細胞、免疫細胞といった種類別に分けて成長の初期段階を観察した。細胞の特定の成分に引き寄せられる蛍光分子を使い、それぞれの細胞がごみを処理する様子を観察したのだ。

細胞は、プロテアソームというタンパク質複合体に含まれる酵素を利用して“折り畳み異常”のタンパク質を速やかに分解している。しかし、シグナーらは、若いマウスの血液細胞は神経幹細胞と同じように、プロテアソームの働きにさほど依存していないことをすでに突き止めていた

今回の新たな実験でチュアとシグナーが発見したのは、幹細胞が折り畳み異常のタンパク質をすぐに分解せずにほかの場所にためておき、小さな“ごみ置き場”のようなものをつくっているということだった。その後、幹細胞はアグレソームと呼ばれる別のタンパク質複合体を使ってたまったごみを分解していたのだ。

「折り畳み異常のタンパク質を1カ所に蓄えておくことで、必要なときに使える資源を確保していると考えられます」と、シグナーは言う。ごみの山をいくつも蓄えておくことで、細胞はペースを調整しながらそれらを再利用できる。そのおかげで成長のスピードが過剰に早くなったり遅くなったりせずに済んでいるのかもしれない。

しかし、次に生後2年になるマウスの骨髄を調べたチュアは、そのごみ処理機能が驚くほど低下していることに気づいた。年長のマウスはアグレソーム生成機能をほぼ完全に失っていた。若いマウスの幹細胞はこの能力を70%以上維持していたが、高齢のマウスには5%しか残っていなかったのだ。

逆に高齢のマウスがプロテアソームを消費する量は増えていたが、シグナーはこの現象を、年代物のクルマにスペアタイヤをつけて走らせているようなものだと説明する。「本当に驚きました」と彼は言う。

加齢によるごみ処理機能の変化は、幹細胞にとっては悪条件でしかない。ごみを蓄えられないよう遺伝子操作を施されたマウスは、老年期に入ると骨髄中の幹細胞の数が正常なマウスの4分の1に減ったという。遺伝子操作前に比べて細胞が老化し、寿命を迎えるスピードが速くなったことが理由と考えられる。

プロテアソームとアグレソームにここまではっきりした違いがあるとは信じがたい気もするが、これまでの推測に真っ向から対立するものであることから、アンチエイジングの治療に幹細胞を利用する取り組みに重大な影響を及ぼしかねない。「例えば、幹細胞を人工的につくり出して再生医療に利用したがっている人がいるとしましょう」と、スタンフォード大学のシステム生物学者のダン・ジャロシュは言う。彼は今回の研究には関与していない。「この研究論文を読む前なら、プロテアソームの活性化は本当に素晴らしい試みだと思えたかもしれません」

若く健康な幹細胞が、ごみをすぐに使ってしまわずに“貯蔵庫”にためておくことで成長のペースを調整しているという発想は「非常に面白い」と、ジャロシュは続ける。「タンパク質の特性をコントロールすることが老化にどう影響するのか、これまでとは違った観点から理解することが求められているのだと思います」

加齢により変化する細胞の形状

老化した幹細胞がそれまでとは違う動きをする理由はまだ解明されていない。ICREAのフロリアンは、加齢に伴い細胞の形状が変化することと関係があるのではないかと見ている。健康な細胞は成分が均一に分布していないので、概していびつな形をしている。この非対称な形状は“極性”と呼ばれる。ところが、幹細胞は加齢とともにこの極性を失い、そのことが貯蔵庫にごみを運ぶ能力に影響を及ぼしていると考えられる。

フロリアンが所属するICREAの研究室は、細胞の極性を維持する薬の開発に取り組んでいる。彼女が22年に発表した論文によると、細胞の極性を乱す酵素の過活動を抑える処置を施したところ、マウスの幹細胞を若返らせることに成功したという。幹細胞治療によって免疫不全のマウスの平均寿命は10%延び、12週間以上も長生きしたというのだ。

「幹細胞治療が血液に与える影響は絶大です」と、フロリアンは言う。「要するに、血液を若返らせてやればマウスは健康になり、長生きできるのです」 (フロリアンは若返り技術の開発を専門とするMogling Bioというスタートアップの諮問委員を務めている)。

一方、シグナーが思い描くのは、幹細胞が将来の再利用に備えて折り畳み異常のタンパク質を“堆肥化”し続けられるようにする薬の開発だ。どんな薬かはまだわからないが、今回の実験が研究者たちに着眼点のヒントを与えたことは確かだろう。

幹細胞のごみ収集システムが細胞の老化とともに衰えることが確認できたことは、重要な意味をもつとシグナーは言う。加齢により発生する問題をピンポイントで把握できれば、今後どのように解決策を探ればいいかもわかるからだ。

シグナーもフロリアンも、細胞の若さと活力の維持を目的とする薬にはある程度の発がんリスクがつきまとうことを認めている。細胞は成長するにつれて遺伝子を活性化して腫瘍の発生を防ぐとともに、幹細胞の働きを抑制する。幹細胞が老化しても長生きできるようにすることで、がん細胞も延命させてしまう可能性があるのだ。

「それでも、別の可能性はあると思っています」と、シグナーは言う。幹細胞が時間をかけて着実にごみを処理できるようにしてやることで、がんのような病気につながる一連の現象を予防できるかもしれないからだ。「そうした変調をいくらかでも防げれば、加齢に伴うさまざまな疾患を予防できるかもしれません」

WIRED US/Translation by Mitsuko Saeki/Edit by Mamiko Nakano)

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