ゆっくりとマイペースに昇っていく
2月のストックホルムの太陽は、なかなか昇らない。北緯59度33分という高い緯度は、夏に白夜をもたらし、冬に長い夜をもたらす。朝といっても7時半くらいからゆっくりと東の空に赤みが差して、それでもしばらくは姿を現さない。しかしいつの間にか強い光が差し込んで、それからはあっという間に街の隅々までを照らした。
まるでOUR LEGACY(アワー レガシー)の19年間みたいじゃないか、とは正直そのときは思わなかった。しかしヨックム・ハリンとクリストファー・ニインが2005年に設立し、その2年後にリカルドス・クラレンが加わったブランドの成功譚(と言っていいはずだ)のことを考えれば考えるほどに、あの都市の冬の太陽のように思えてくる。
止まっているかのようにスロウだが、実は着実に上昇していたという点で。あるいは一度その姿を現せば、たちまち強烈な光を放ったという点で。
いずれにしても、アワー レガシーはこの3年間で急速な成長を遂げた。メディアにおいてそう報じられる場合は、ビジネスやセールスにおいてというのが多いかもしれない。しかし明確にしておこう。クリエイションやそれ以外の何か重要な部分においても、彼らはスケールを大きくしている。
例えばこの取材から1週間ほど前。彼らの2024年秋コレクションは、ミラノで開催されたメンズファッションウィークでプレゼンテーション形式で発表された。「Feast」(響宴)をテーマにしたそれは、ずいぶんとシックだった。
見るからに構築的なジャケットやチェスターフィールドコート。シワのないドレスシャツ、ネクタイ、タイトなカットとモノトーン。「Snow in April」を掲げる24年春のルックにあった若々しさや、遊び心はずいぶんと後退している。
どちらがこのブランドらしいのか、ということではなく、その両方をモノにしているということが重要だ。いい意味で、つまり独自のヴォイスをもつという点で、その名残はあるけれど、ひと昔前の「若い世代に人気のカルトブランド」という形容は、ますますふさわしくない。アワー レガシーをリードする3人のなかで、メインのコレクションを主導しているのがクリストファー。地下のアトリエで、彼に話を訊いた。
──アワー レガシーのコレクションは一貫性があるようにも、捉えどころがないようにも感じます。それが魅力でもあると思うのですが、なぜ可能なのでしょう?
クリストファー・ニイン(以下:C.N) ひとつ言えることがあるとすれば、コレクションにおけるインスピレーションは、常に事実だけに基づいているということ。ぼくやクリエイティブチームの誰かが本当に経験したことだけが、プロダクトやコンセプトの発火点になる。そして、そのインスピレーションをミニマルなタッチで表現していく。ほんの少しだけ入れるんだよ。
何かが頭に浮かんで想像上は「いいかもな」と思っても、経験したことがないのであれば、それは使わない。過去にはそれで、うまくいかなかった経験もあるからね。だからぼくはいつも新しい何かを探しているし、服づくりの新しい技術に触れようともしている。常に好奇心は絶えないね。
──先日のコレクション(24年秋)は「Feast」というテーマのためか、ひとつのコミュニティのようなムードがありました。これもあなたたちのブランドのユニークさではないですか?
C.N そう思ってくれるのは、うれしいよ。なかにいるとよくわからないものだから。でも実際、そうなんだと思う。自分たちにとってひとつのコミュニティであることは、とても大事。というか何でもそうだけど、ひとりでやるのはイヤだよね? 大勢でやったほうが楽しいし、もっとハッピーになれる。
──ひとつのコミュニティのような感覚はクリエイティブにも表れて、特に若い世代がアワー レガシーを好きになる、あるいはその一員になりたいと思う理由にもなっているのかもしれません。
C.N それについてはブランドでもよく話すことがある。もし自分たちが若い世代を引きつけているのであれば、それは喜ばしいことだけど、実際のところ、ぼくらとしては特定の世代を目的にしたことはないんだよ。まずプロダクトに注力するからね。そしてコンセプトを重ねていく。
若々しいヴァイブスがないときもあるし、事実、24年秋冬コレクションはマチュアだしね。そこはプロダクトによって変化するんだ。24年春の「Snow in April」は、ホラー映画を参考にしていて、あえて子どもっぽい、成熟していないムードともいえるかもしれない。けれどどちらもプロダクトの質やインスピレーションという点では、ぼくらのものだよ。
──そのような服やコレクションとの向き合い方は、どうやって身につけたのでしょう? あなたもヨックムもリカルドスも、専門的なファッションの教育は受けていないはずです。
C.N いまになってみればファッションの勉強をしたほうがよかったのかもしれないけど、ぼく自身は若いころは彫刻を学んでいて、アートの仕事をするようになっていた。で、それからしばらくしてようやく気づいたんだ。テキスタイルや染めの工芸が、どれだけ好きかということに。
衣服の歴史も好きだしリスペクトしているよ。フランスの19世紀の服、ヴィンテージミリタリー、制服、漁業用の作業服とか。いまでもあらゆる種類の服に興味がある。ストリートでみんなが何を着ているのかと同じくらいにね。
そうやってぼくたちは独学してきたんだよ。もちろん失敗をしたこともあるし時間もずいぶんかかったけど、それをずっと続けてきたから、服をつくることと自分たちの背景にあるアートやポップカルチャーが自然とひとつになっていったんだ。
もうひとつのアワー レガシー
アトリエからクルマで10分弱。ストックホルムの中心部から少し離れた住宅街を目指す。そこにあるのが「アワー レガシー ワークショップ」だ。16年にスタートしたプロジェクトベースの店舗で、元はブランドの草創期から倉庫に眠っていた残布を使い新しい服をつくるための場だった。
さらにコレクションのインスピレーションになった古着や、過去のシーズンのアーカイブ、ペイントや染色を施したカスタムへと拡がり、さらに他ブランドとのコラボレーションへと拡張していった。いまやメインラインとも比肩するほどの存在感がある。このプロジェクトを率いるのがヨックムだ。彼にも訊きたい。
──残った服や生地を無駄にしないというサステナビリティが目的なら、例えばリサイクルに出してもいいはずです。しかしあなたたちは新しいアイテムをつくります。なぜですか?
ヨックム・ハリン(以下:J.H) 倉庫に残された布を前にして、ぼくたちが考えるのは「この限られた資源から、どんな美しいものを生み出せるだろうか?」ということ。確かにメインコレクションと比べて制約は多いけれど、その制約によってぼくたちのクリエイティビティは加速していく。例えばウールの布がふたつあれば、おもしろいスーツがつくれるかもしれないなとかね。
ここで大事なことは、それが本当に好きなものかどうか。無理してつくっても、誰のためにもならないと思う。つまりワークショップは、ぼくたちのアイデアを自由に素早く拡張し、いろんなことを試すためのプラットフォームだよ。
──実際、ワークショップの服はどのようにつくるのですか?
J.H 少ないロットのものならワークショップでつくる。洗濯機があるからTシャツを染めることもできるし、ミシンを使って1着だけ特別なものを仕立てることもあるね。一方でコラボレーションのような大きなプロジェクトの場合は、ポルトガルのファクトリーを使うこともあるよ。ぼくたちには最高のチームがいるから、いろんなことができるんだ。
──エンポリオ アルマーニとコラボレーションしましたね。
J.H そう。去年(2023年)末のリリースだった。エンポリオ アルマーニがコラボレーションを行なうのは稀なことだし、意外な組み合わせのようにも見えるから、みんなを驚かせたかもしれないね。でも実はクリスは昔からヴィンテージのアルマーニのファンだし、そのデッドストックの生地を使うことは素晴らしい経験だった。
コラボレーションをするときに大切なのも、お互いが好きであること。信頼関係はそこから始まるんだよ。今回でいえば猫のイラスト、プロモーションビデオ、アイテムのデザインについても、ぼくたちが主導できたのはそういうことだと思う。
──ブランドを始めたころ、こうした状況は夢見ていましたか?
J.H いや、まったく(笑)。ぼくたちの夢は美学にまつわるようなものだったし、大金を稼ぐことも大物になることも目指しているわけではなかったから。ブランドを続ける原動力になったのは、こういう服をつくりたいとか、こういうコレクションにしたいとか、目の前の課題に挑むことだったんだよ。
ブランドのことを信じてくれた人たちがいて、その積み重ねの結果なのかもしれないし、アワー レガシーのヴァイブスが、多くの人にとって急にしっくりきたからかもしれないし。ぼくらは変わらず同じようにやってきただけで、何かを変えたわけじゃないんだよ。
──クリスも同じようなことを言っていました。
J.H ほら言ったでしょう(笑)? ぼくらは古くからの友人で、やってきたことはいまも変わらない。グッドスピリットを保ちながら、お互いを大切にして、チームでいい仕事をする。最高のチームなんだよ。
およそ20年。ずいぶん時間はかかったけれど、きっとそのぶん長く昇り続けるはず。アワー レガシーというマイペースな太陽の子午線はまだまだ先にある。
※雑誌『WIRED』日本版 VOL.52 特集「FASHION FUTURE AH!」より転載。
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雑誌『WIRED』日本版 VOL.52
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ファッションとはつまり、服のことである。布が何からつくられるのかを知ることであり、拾ったペットボトルを糸にできる現実と、古着を繊維にする困難さについて考えることでもある。次の世代がいかに育まれるべきか、彼ら/彼女らに投げかけるべき言葉を真剣に語り合うことであり、クラフツマンシップを受け継ぐこと、モードと楽観性について洞察すること、そしてとびきりのクリエイティビティのもち主の言葉に耳を傾けることである。あるいは当然、テクノロジーが拡張する可能性を想像することでもあり、自らミシンを踏むことでもある──。およそ10年ぶりとなる『WIRED』のファッション特集。詳細はこちら。