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リジェネラティブな農法で土壌を再生、台頭するカーボンファーマーたち

世界の農家はいま、土壌の健全性を向上させて収穫量を増やし、大気中の二酸化炭素を土壌に取り込むために、かつての非集約型の農法を復活させつつある。
牛の放牧を観察するため、再生農業技術を指導する「ソイル・ヘルス・アカデミー」に集まった牧場主と他の参加者たち(2022年6月1日、ニューメキシコ州シマロン)。
牛の放牧を観察するため、再生農業技術を指導する「ソイル・ヘルス・アカデミー」に集まった牧場主と他の参加者たち(2022年6月1日、ニューメキシコ州シマロン)。PHOTOGRAPH: MARIO TAMA/GETTY IMAGES

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パトリック・ホールデンは畑を横切り、ときおり腰をかがめてはマルハナバチやモンシロチョウ、ダンゴムシを指差した。頭上には広大な青空が広がっている。その下には、起伏に富んだ緑の丘、広大な生垣が拡がる。地平線を遮るものといえば、ウェールズのカンブリア山脈の先端を縁取るギザギザだけだ。太陽の光が心地いい。

「クローバーの上で働いているマルハナバチが見えますか?」 と、作業で息を切らしながらホールデンは尋ねた。「鳥類、昆虫類、蝶、小型哺乳類、コウモリ……。この土地の生物多様性は信じられないほどです」。こんなに多様な生物がいるのは、自然と調和した農法を実践しているからだと彼はいう。

この小さなオアシスの秘密は、彼がこの土地で営んでいる農法にあるという。ホールデンは従来の農法をやめ、土壌の健康と肥沃度を再構築するために「カバークロップ(被覆作物)」「最小限の耕起」「管理された放牧」「多様な輪作」などを実践している。こういった農家はいま、増えているという。これはある意味「逆革命」だ。重要なのは収穫量ではない。そして、工業化を標準としない。小規模農家でもひとつの作物に特化せず、さまざまな作物を育てていた昔の農業に立ち戻ろうというのだ。

ホールデンの主な生産物は、オート麦とエンドウ豆だ。土壌の肥沃度を高めるため、草地と輪作しながらこれらの種を撒いている。そしてこれらの生産物は、牧草飼育の牛と豚の追加飼料である「ミューズリー」に加工される。豚の糞尿は土地を肥沃にする。艶やかなエアシャー牛の乳は、搾乳後に凝縮させてこの農家独自の(受賞歴もある)チェダーチーズになる。すべてに共通するコンセプトは「自然と協働し、自然を模倣する」という意図だ。

その恩恵は計り知れない。健康な土壌は水と栄養素を保持し、生物多様性を支え、浸食を抑制し、栄養価の高い食物をつくり出す。そして、急速に温暖化が進む世界にとって重要な利点がもうひとつある。それは、この農法によって大気中の二酸化炭素が吸収され、土壌に取り込まれるということだ。つまり、ホールデンはチーズをつくるだけでなく、リジェネラティブな実践によって二酸化炭素を管理しているのだ。

リジェネラティブ農業の可能性

土壌が二酸化炭素を吸収する力は海に次いで高い。大気と地球上の全植物および森林の合計よりも多くの二酸化炭素を吸収できるのだ。しかし、何世紀にもわたる破壊的な工業型農業によって地球は枯渇してしまい、大量の二酸化炭素が空中に放出されてきた。

国連食糧農業機関によると、多くの耕作地では本来の二酸化炭素の50~70%が失われているという。また、ある統計によると、大気中の過剰な二酸化炭素のうち三分の一は、化石燃料の燃焼ではなく、地球上の土地の利用の仕方が変化したことで放出されたものだという。

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米国の土壌微生物学者であり、農家に土壌の再生を指導する団体「Soil Food Web」の創設者でもあるエレイン・インガムは、「余分な二酸化炭素はどこから生じたのかと尋ねる人がいますが、人間が土壌を破壊したことで生じたのです」という。二酸化炭素を地球の土壌内に閉じ込める有機化合物に関しても、「耕作のたびに土壌有機物の50%が失われます」という。

土壌がどれほどの量の二酸化炭素を保持できるかについては、正確な数字は見出されていない。また、リジェネラティブ(再生)農業の潜在的影響に関する推測値もさまざまだ。例えば、リジェネラティブ農業の非営利団体であるロデール研究所は、専門家の査読を経た研究と農学者の観察結果に基づき、「リジェネラティブ農業が世界中で導入されれば、年間炭素排出量の100%を吸収できる」と結論づけている。

しかし、もっと慎重に予測している専門家もいる。英国グラスゴー大学で戦略と技術分野の教授を務め、世界的な土壌健康プログラムの責任者でもあるジョン・クロフォードは、「原理的に可能なことと、実際に可能なことを見極めるのは非常に困難です」という。「何が『アフォーダブル(手頃)』なのか、農家がリジェネラティブ農業を行なえるようにするにはどんなインセンティブが必要かなど、不確定要素は山積みです」

しかし、それでも「リジェネラティブ農業が広く導入されれば、大きな影響を与えられる可能性があります」とクロフォードはいう。「現在、世界の二酸化炭素排出量の約20%を削減することは非常に難しいと考えられています」と彼は語り、重工業や航空業界などに言及した。これらの業界では、再生可能エネルギーによる脱炭素化は容易ではない。世界の土壌改善に向け、よりよい戦略が実行されれば、ゼロにすることが難しいこれらの排出量の約半分を賄うことができるとクロフォードは考えている。

二酸化炭素の管理人

農業においては、ささやかな改良も大きな利益につながる可能性がある。国連環境計画の元主任科学者であるジャクリーン・グレイドの試算によると、よりよい農法を導入し、世界の農地の土壌の半分があと1%余分に二酸化炭素を取り込むことができるようになれば、年間約31ギガトンの二酸化炭素を吸収できるという。これは、現在計画されている排出削減量と、地球温暖化を1.5℃以内に抑えるために2030年までに削減が必要だとされている量のギャップをかなり埋めることができる量だ。

土壌に取り込める正確な二酸化炭素量は不明確だが、別の利点もあるとクロフォードは考えている。彼は10年前、土壌がどのように機能するのか(つまり、どのような気候条件下で空気と水の混合状態を維持し、微生物や植物の生命を維持できるのか)を解明する研究を開始した。

そして、土壌の秘密が二酸化炭素にあることを突き止めた。土壌内に二酸化炭素が多く存在すればするほど、浸食、洪水、干ばつに対する回復力が高まり、農家の収穫量も増加するのだ。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)から国連での研究に至るまで、数多くの研究が、これを実現する最善策はリジェネラティブ農法であることを示している。「人々は何千年もの間、再生農法による農業を営んできました」と、クロフォードはいう。「再生農法の原理に従えば、土壌の健全性は向上します。わたしはそのエビデンスを目の当たりにしてきました」。ホールデンもこれに同意する。自分の土地を住処とする野生動物の繁栄を見てきているからだ。

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しかし、二酸化炭素を取り込む農法へと全面転換を図るとなると、かなり大がかりな作業となる。働き方を変えなければならない農家が大半だろう。ほとんどの農家は薄利経営で、気候変動や安価な食料需要に苦しんでいて、サプライチェーンの価格ショックの犠牲者となっている。そのため多くの農家にとって、大がかりな転換は依然として受け入れがたい。または、単純に実現不可能だ。

しかし、ホールデンには農法を転換させるための戦略がある。「お金を支払って、農家に二酸化炭素の管理人になってもらうのです。わたしがやっているような農業システムが大規模化しない理由が分かりますか? それは資金です」。現在、工業化された集約システムのほうが費用対効果が高いと彼はいう。従って、必要なのは農業と自然が共存できるように補助金を振り向けること、そして食品の品質、生物多様性、二酸化炭素取り込み量を向上させることによって「公共財」を産出した農家に報酬を与えるといった「毎年の均一かつ持続可能な監査」だというのだ。

「わたしの農場は51年間、有機農業を営んできました」と、ホールデンはいう。「土壌に二酸化炭素を取り込んできました。わたしの現在の農法は、二酸化炭素を削減しています。これを集約農法に切り替えれば、せっかくストックした削減分が理論的には打ち消されてしまいます。でも、二酸化炭素の管理をした報酬が支払われるのであれば、そんなことはしないでしょう」

いま必要なのは規模を拡大すること

しかし、これには別のハードルが存在する。「カーボンクレジット」分配に不可欠である「土壌の二酸化炭素含有量」を正確に測定するのは難しいのだ。さまざまな技術が存在するが、その精度や費用はまちまちだ。コンピューターモデルを採用している企業もあれば、農家の自己申告を採用している企業もある。

さらに、収穫量への影響も懸念事項だ。「ほとんどの研究において、再生農法に移行すれば3年ほど収穫量が減少することが示されました」と、クロフォードはいう。2014年に設立された組織「Carbon Underground」は、収穫量の測定を実施している。同組織の目的は、工業型農業のせいで荒廃した土壌を修復し、二酸化炭素を取り込む能力を回復させることで、気候変動を緩和することだ。

共同創設者のラリー・コパルドによると、収穫量が5%以上減少することはめったになく、通常すぐに回復する。収穫量の低下は、労働者不足が原因の場合もある。また、肥料や高価な機械の使用が少なくて済むため、投入コストが削減され、経済的損失が発生しないという。「多くの場合、農家の純利益は現状より向上します。さらにカーボンドローダウン(大気中の二酸化炭素量を減らすこと)による収益化が得られます」と、土壌に取り込んだ二酸化炭素に対する「カーボンオフセット(二酸化炭素相殺分)」の販売可能性についてもコパルドは述べている。

「いま重要なのは、解決策を見つけることではなく、規模を拡大することです」と、コパルドはいう。そしてそのためには、小規模農家に力を与えることが重要だと彼は確信している。「全食糧は工業型農業によって生産されていると思われがちですが、実は70%は小規模農家が生産しているんです」

クロフォードは、もっと大きな対策が必要だと考えている。大規模農家と小規模農家、およびそれらと協力するすべての人々による「バリューチェーン全体の変革」が必要だというのだ。彼には企業連合を立ち上げた経験があり、その連合は「全世界の農業土壌の60%を健全な状態に回復させる潜在能力、拡散力、統治力、資源」を有していたが、強い意志が欠如していたために失敗に終わったという。従って、彼の意見によれば「飴とムチ」が必要だという。つまり、農家に現金を支給する一方で、サプライチェーンの残りの部分は法律で強制的に従わせるというアプローチだ。

カーボンファーミングは、最終的には時間を稼いでくれるとクロフォードは考えている。世界は大気中から過去の排出量を除去し、現在の排出量を中和することで、2050年までにネットゼロを達成したいと考えている。「大気中の二酸化炭素を除去する既存の方法には、今後数十年に影響を与えられる速度で進められるものはありません」と、クロフォードはいう。だからこそ、自然ベースの解決策が重要なのだ。

「しかし、いずれ限界が来ます」と、彼は続ける。地球上の土壌が永遠に二酸化炭素を取り込み続けることは不可能だ。「二酸化炭素の取り込み量は、ある時点で限界に達します。その後は、土壌に二酸化炭素を入れ込んでも大気中に戻ってしまうだけです。しかし、ここが重要な点ですが、少なくとも今後20年間は代替手段が存在しないのです。わたしが探しているのは、この20年を何とかするための手段です。それを可能にしてくれるのは、土壌なんです」


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(Originally published on wired.com, edited by Michiaki Matsushima)

※『WIRED』による気候変動の関連記事はこちら


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