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フードイノベーションの脱未来:SZ Newsletter VOL.232

スペインのビルバオで開催された食のグローバルカンファレンス「FOOD 4 FUTURE」を訪れた今週、日本のフードイノベーションのポテンシャルを世界に投げかけたことで、改めて食の脱未来とは何かを問うSZメンバー向け週末ニュースレター。
編集長からSZメンバーへ:「フードイノベーションの脱未来」SZ Newsletter VOL.232
MARIOGUTI/GETTY IMAGES, WIRED JAPAN

“フードテック・ネーション”を掲げるスペインで開催されるカンファレンス「FOOD 4 FUTURE」(F4F)に参加するためにバスクのビルバオを久しぶりに訪れている。美食で知られるバスクでも名高い都市といえばここから100kmほど東に位置するサンセバスチャンだが、近年、このビルバオも食産業に相当力を入れていて、フードテックセンターであるAZTIや食品産業のイノベーションを促進するBasqueFood Cluster、それに起業家創出やイノベーションを促進するBATMTA(モンドラゴン⼤学起業創出センター)、 さらには細胞生物学と分子生物学に特化した研究開発センターCIC BIOGUNEといった重要拠点が連なり、いわゆる産業の「クラスター」づくりが進んでいる。「FOOD 4 FUTURE」もその一環というわけだ。

ビルバオで最も有名であろうフランク・ゲーリー設計のグッゲンハイム美術館ビルバオで開催されたF4F主催の晩餐で日本はパートナー国として顕彰されるなど、今年もジャパン・パビリオンの設置をはじめ食のイノベーションに関わるスタートアップから大企業、農水省など100人近くが日本から参加して、熱量はかなり高い。2日目のJapan Sessionでは、『WIRED』のPodcast「Tokyo Regenerative Food Lab」でもおなじみUnlocXの田中さんと岡田さんがホストとなり、味の素グリーン事業推進部 の二宮大記さん。三菱UFJ銀行で食領域を推進する小杉裕司さんと一緒にぼくもトークセッションに登壇した。

「Japan x Foodtech 6.0 – Co-Creating Future Food EcoSytem Beyond Borders」と銘打ったそのセッションでは、日本発のフードイノベーションへの可能性を「ホリスティック」というタームでまとめ上げたUnlocXによる膨大な情報量のスライドを起点に、大企業、金融も巻き込んだ「エコシステム」の醸成と、さらにEcosystem of Ecosystem(network of network=インターネット、を想起すればいいだろう)の創出を会場に投げかけた。実際に当日の朝、UnlocXは前述のAZTIとMOU(基本合意書)を結び、日本で開催されるSKS JapanとこのF4Fとのさらなる交流を基盤にした事業創出を目指すことを発表していて、今後の展開がますます楽しみだ。

一方、ぼくがそのセッションでプレゼンしたのは「リジェネラティブ・カンパニー」についてだ(英語の記事もわざわざ用意した)。もちろん、特に欧州ということもあって、今回のF4Fでもさまざまなセッションで「regenerative」という言葉を耳にすることは多い。でも「リジェネラティブ・カンパニー」という定義やその3つの原則がこの日本(の『WIRED』)から生まれてきていることは、グローバルに見ても面白いしとても意義のあることだから、ぜひF4Fで世界に紹介してほしい、とUnlocXのおふたりに何度も背中を押してもらったことで今回実現した次第だ。『WIRED』が考える「リジェネラティブ」の定義、そのコアな価値観である「生成+再生」、つまり、自らの経済的アクティビティが拡がれば拡がるほど自然もローカルも豊かになる、そんな事業を生み出すことが真のクリエイティブである、というメッセージがどれだけ伝わったのかは(拙い英語もあって)はなはだ心もとなくはあるけれど、例えば今回のジャパン・パビリオンにはそんなスタートアップが集結していた(「リジェネラティブ・カンパニー」特集で紹介した50社のひとつ、シーベジタブルもそのひとつだ)。

ちなみに、ささやかながらF4Fで「リジェネラティブ・カンパニー」の世界デビューが成った一方で、来週22日の「地球の日」には、グローバルに展開されるアースデイの日本版であるアースデイ東京と『WIRED』日本版のコラボレーションというかたちで「THE REGENERATIVE COMPANY ROUNDTABLE」が開催される。これは聞いた話だけれど、これまで環境問題の「啓発」的な意味合いが強かったアースデイのイベント(今年も先週末に代々木公園で大々的に行なわれている)を、今後は解決策の「実装」により重きをおいたフェーズを変えていくという大きな流れのなかで、「リジェネラティブ・カンパニー」という具体的で実行力をもつアクターたちの存在は、まさにドンピシャだったのだという。歌手やインフルエンサーらの「エコセレブ」が集まるお祭りから、社会実装をグローバルの最前線で手掛けていく人々の連帯へと進んでいくのは歓迎すべきことだと思う。ラウンドテーブルはまだ残席ありなので、興味をもたれたSZメンバーの参加をぜひお待ちしている。

というわけで今週は「フードイノベーションの脱未来」について考えてみたい。今回のF4Fでも、ビルバオがそもそも工業都市であった文脈もあって、食の工業化やサプライチェーンのオートメーションといった分野のスタートアップの比重が大きかったのが特徴だった。そもそもこれまでUnlocXのおふたりと2020年から続けてきた「フードイノベーションの未来像」では、ややもすると食の工業化やデジタライゼーション、その結果としてのパーソナライゼーションといった側面にだけ光が当たる食の未来に対して、人文科学をはじめとするさまざまな専門領域の知見を加えることで未来の多元化(futures)を試みてきた。改めて、フードイノベーションを脱構築すること、予測される未来をde-futuring(脱未来化)するとはどういうことだろうか?

これはもちろん、難しい問いだ。食といっても土壌から食卓、あるいはその先の分解のサイクルまで多様であり、また機能的、生物学的な視点から社会的な観点までと、扱う領域を数え上げるだけできりがない。だからこそ、「食こそが都市をかたちづくるプラットフォームである(Food shapes the city)」という前提に立ってPodcast「Tokyo Regenerative Food Lab」も始めたわけだ。そこで、de-futuring(脱未来化)/re-futuring(再未来化)のフレームワークを生成AIに設定し、壁打ち相手になってもらいながら、いくつかの方向性を検討してみた(やり方のヒントについてはぜひ、先週のPodcastをチェックいただきたい)。ここでは3つを挙げてみよう。

食べるという行為はデジタルに変換できず、オンラインの世界がいかに拡がろうとも、食は物理的世界に留まり続けるし、生身の人間としての最後の砦のひとつとなる、という考えに立てば、この30年、インターネットは「食べる」という行為になんら影響を与えなかった、という言説にたまに出くわすことがある。でも、あなたのスマートフォンの写真アーカイブを見てみれば、食やそれを取り巻く風景を写したものがいくつも見つかるだろう。それをSNSでシェアしたこともあるかもしれない。最終的に食事を口に運ぶという行為は太古の昔から何ら変わっていなくても、それ以外の、食を取り巻くあらゆる情報空間は大きく変わった(例えば、食べ物そのものではなく情報を食べているんじゃないか、という場面はいまやどこでも見られる)。今後、ヴァーチャルリアリティや空間コンピューティングが前景となる世界においても「食だけは変わらない」と思っているならば、調理や外食、食材選びから好みの味まで、あなたの食体験が近年どのようにかたちづくられいるかをもう一度振り返ってみるといい。

地球環境への配慮もあって、代替プロテインをはじめとする食品エンジニアリングへの注目度は高まるばかりだ。だが、例えば「牛肉」や「豚肉」の代わりとなるものの再現性をひたすら求めるようなフードイノベーションの未来は、どこかで転換点を迎えるかもしれない。本当にイノベーティブなのは、味がそっくりな代替牛肉でも代替豚肉でもなく、これまで地上に存在したことがない肉、もはや肉と呼べるのかどうかも定かではない、そんな新たな食材が生まれ、かつそれが抜群に美味しい、未知の体験となることだとケヴィン・ケリーはかつて言っている。「代替」食材を求めるのは、もしかしたら馬車の代わりにクルマではなく内燃機関と鉄でできた鉄馬を求めていることなのかもしれない。

これは何も代替肉に限らない。今月、深大寺にあるMarutaという焚き火料理の素晴らしいレストランを訪問する機会があった(リジェネラティブな取り組みによって日本や世界で活躍する若い人々が集ってお店を貸し切ったのだ)。そこで供された衝撃の味のひとつが、「ドクダミと生だこのリキュール」だった。どんな味かを想像するのはきっと難しいだろう(あるいは想像したくないかもしれない)。でも見過ごされた食材でつくられたこれこそ、文字通りこの地上でいまだ体験したことがないようなクリエイティブな味だったのだ。

環境再生型農業(リジェネラティブアグリカルチャー)から(Marutaのような)リジェネラティブなレストランまで、いまや壊れかけた食農領域のシステムを立て直そうとする試みは世界の各所で試みられている。ただし、今回のF4Fに参加しても感じたのは、その取り組みが生産や加工流通から小売や飲食店まで、それぞれ分断してしまっていることの弊害だ(だからこそジャパン・セッションでも「ホリスティック」が掲げられた)。一方で、バスクのフードクラスターのような、産官学を巻き込み地域に根ざしたエコシステムづくりに大いに可能性を感じたのが、今回のプログラムの成果だと言えるだろう。例えば、食の生産、分配、消費、分解のすべてについて、あらゆるステークホルダー(つまりわたしたち一人ひとりまでも)が意思決定に参加するような仕組みはいかにして可能だろうか? それはコミュニティが管理するコモンズのかたち、あるいはビジネスエンティティが連合するクラスターのような形態から発展していくのだろうか? 鈴木健さんが『なめらかな社会とその敵』で提示した「複雑な世界を複雑なまま生きることを可能にする新しい秩序」は、食の未来こそを決定付けるものになるだろう。

『WIRED』日本版編集長
松島倫明

※SZ NEWSLETTERのバックナンバーはこちら(VOL.229以前はこちら)。


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