AI規制を声高に求めるテックリーダーたち、その中身の合意がまったく取れない理由

サム・アルトマンをはじめとするテック企業の経営陣は、米国政府にAIの規制を求めていた。しかし、そう主張する人たちの間でもAIをどう規制するのかについて合意は取れていない。欧州のようなAI規制法をはたして実現できるだろうか。
Illustration of a large AI head tied down by ropes. A hand with a gavel is hammering a stake into the ground and another...
Photo-illustration: Jacqui VanLiew; Getty Images

先日、プレス関係者向けの会食に参加した。このイベントは企業向けサービスを提供するBoxが主催したもので、DatadogとMongoDBの代表も招待されていた。企業の経営幹部たちはこうした会食に参加する際、かなり慎重に振る舞うことが多い(今回のように記録に残されてしまう場合は特にそうだ)。

だからこそ、Boxの最高経営責任者(CEO)を務めるアーロン・レヴィの話には驚いた。その夜ワシントンD.C.に向かう予定があるので、デザートが振る舞われる頃には出なくてはならないと話したのだ。レヴィが向かうのは、「TechNet Day」と呼ばれる特定の分野に関心のある業界人と政府関係者が集まるハッカソンのようなイベントだ。ここでシリコンバレーの経営陣が数十人の議員とスピードデートのように交流し、(その場に招待されていない)一般の人たちが従わざるをえない政策をかたちにするのである。レヴィはどのような規制がほしいのだろうか。「なるべく少ない方がいいと思っています」と彼は答えた。「政府を止める責任は、わたしひとりの肩にかかっているんです」

EUの規制は「経験的に間違い」

もちろん、この発言は(少なくともある程度は)冗談だ。例えば、ディープフェイクといった人工知能(AI)の明らかな濫用の規制は理にかなっているものの、政府公認の“AI警察”に大規模言語モデル(LLM)を提出させたり、チャットボットのもつ偏見やインフラをハッキングする能力を検査させたりすることを検討するのは時期尚早だと、レヴィは主張している。

彼はやってはいけない事例として、AI規制をすでに導入している欧州連合(EU)の現状を引き合いに出した。「欧州がやっていることはリスクが非常に高い」とレヴィは話す。そして「EUは最初に規制をすることでイノベーションが促進される雰囲気をつくれるはずだと考えていました」と指摘し、こう続けた。「それは経験的に間違いであることが証明されました」

規制すべきことが調整できない

レヴィの発言は、サム・アルトマンをはじめとするシリコンバレーのAIエリートたちが表明し、一般的となっている立場とは反対のものだ。「規制してほしい」とアルトマンらは言っている。一方で、具体的に何を規制すべきかについては合意がとれていないと、レヴィは指摘する。「テック業界は、自分たちが何を求めるべきなのかをわかっていません」とした上で、「5人以上のAI関係者が集まる会食で、AIを規制する方法について意見が一致したことはありません」と付け足した。

それはそれとして、米国で包括的なAI法案を成立させるのは難しいとレヴィは考えている。「よいニュースは、米国ではこのようなことを実現するための調整ができないことです。米国でAI法は成立しないでしょう」

レヴィは率直な物言いで知られている。だが、今回はほかの企業のリーダーたちの本音を代弁しているだけだ。AI企業の関係者の多くが「規制してください」という立場をとっているが、これは“相手”を疲弊させるための、洗練された戦略のひとつにすぎないのである。

既存の法律でほぼ対応できる

わたしの知る限り、TechNet Dayにおける唯一の公開イベントは、AIのイノベーションについてのパネルディスカッションをライブ配信したものだ。これにはグーグルの国際問題担当プレジデントを務めるケント・ウォーカーと、米国の元最高技術責任者であり現在はScale AIの経営幹部であるマイケル・クラツィオスらが参加していた。政府はAI分野における米国の主導権を守ることに焦点を当てるべきだと、パネリストらは考えているようだった。AIにはリスクがあることを認めながらも、既存の法律が潜在的な問題にほぼ対応できる、と主張していたのだ。

グーグルのウォーカーは、一部の州が独自のAI規制を進めていることを特に警戒しているようだった。「カリフォルニア州だけでも、現在53件の異なるAI法案が審議されるのを待っています」と彼は説明していた。これは自慢のために言っているわけではなかった。また、ウォーカーはいまの議会は政府を回すことで手一杯であることを知っている。そして、両院が選挙の年にこの注目されている問題をうまく扱うのは、グーグルがトランスフォーマーの論文を書いた研究者8人全員を再び雇用するくらい難しいこともわかっている。

AI企業に報告義務を課す法律

米国議会にはすでに法案が提出されており、新しいものも次々と提出されている。なかにはさほど重要ではないものも含まれているだろう。この4月、カリフォルニア州の民主党議員アダム・シフは、「Generative AI Copyright Disclosure Act of 2024」と呼ばれる法案を提出した。この法案は、AI企業が米国著作権局に、LLMの「訓練データのセット内で使用されている著作物の十分な詳細をまとめて提出する」ことを義務付けるものだ。「十分な詳細」が、具体的に何を意味するかは明確ではない。「オープンウェブを単にスクレイピングした」と記すのは問題ないのだろうか。シフのスタッフは、EUのAI法案の措置を採用していると説明していた。

シフが4月中旬に開催された委員会で「第一歩」と言及したこの法案にまつわる最大の謎は、AIの訓練に著作権で守られている作品を使用することが合法かどうか、誰も知らない点にある(とはいえ、シフが上院での議席の確保を目指しており、この法案がハリウッドのすべての組合と業界団体に支持されているという点を考えると、謎とは言えないかもしれない)。

AI企業に報告義務がないにもかかわらず、AI訓練のデータセットで自分たちの作品が含まれていることを特定したクリエイターは、AI企業に対して多数の訴訟を起こしている。(わたしはシフの法案を支持する全米作家協会の理事を務めており、OpenAIとマイクロソフトに対して訴訟を起こしている多くの原告のひとりであることを情報開示する必要がある。とはいえ、ここでの意見はわたし個人のものだ。)これらの訴訟の結末は、AI企業が著作権法のフェアユースの範疇を超えたデータの使い方をしているかどうかを決める、裁判所の判断にかかっている。

AI時代のフェアユースとは

裁判所がどのような判断をするにせよ、それは世界中の文章や画像を吸い上げることができるAIの登場を想定していない頃につくられた著作権法に基づくものとなる。議会の仕事は、AI時代におけるフェアユースの意味を明らかにすることだ。世界を一変させるイノベーションが登場したときに、立法者が取り組まなければならない難しい問題である。そしてこれは、プライバシーにまつわることをはじめとする、テクノロジーに起因するほかの問題と同じように、21世紀の立法者が向き合うことをうまく避けてきた課題なのだ(シフのスタッフは「フェアユースの問題を裁判所がどのように判断するかを注視しています」と話していた)。

従って、ワシントンD.C.でのイベントの翌日にレヴィに電話をしたとき、彼が成り行きにかなり満足していると言ったことは不思議ではなかった。「議会の全体的な方向性は、『正しく進めよう、急いで進めることにメリットはあまりない』というものでした。『“規制をしている”と言うためだけに急ぐ』のではなく、よく考えた上で取り組もうとしているのです」。結局のところ、政府を止める大役は、レヴィひとりが担っていたわけではなかった。政府はすでに、自らブレーキをかけていたのだ。

(Originally published on wired.com, translated by Nozomi Okuma)

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