大規模な人員削減に追い込まれたテスラが直面する困難と、アイデンティティ危機の深刻度

テスラが過去最大規模となる全従業員の10%の人員削減を発表した。中国メーカーとの競争激化などの困難に直面してアイデンティティ危機に陥るなか、完全自動運転の時代を見据えた次の一手が求められている。
Red Tesla vehicle displayed in a showroom
Photograph: Sjoerd van der Wal/Getty Images

今週はテスラにとって最悪の1週間となった。テスラはセールスアドバイザーからエンジニアに至るまで、過去最大規模のレイオフとなる全従業員の10%を削減したのである。さらに、公共政策・事業開発担当バイスプレジデントのローハン・パテルと、パワートレイン・エネルギー担当シニア・バイスプレジデントのドルー・バグリノが退社することも発表した。

今回の人員削減はテスラの厳しい財政状況を背景にしている。米国と欧州で電気自動車(EV)の需要が落ち込むなか、中国での競争が激化し、欧州では労働者が反旗を翻した。過去6カ月でテスラの株価は35%下落し、投資家は不安を抱いている。

多くの従業員にとって、解雇は不意打ちだった。ジョージア州でテスラの顧客への直接販売を担当していたアンジェラの場合は、4月12日に上司に仕事ぶりを褒められていたという。ところが、その3日後にアンジェラは即時解雇された。

「テスラにはもっといいやり方で、せめて1〜2週間前に通告してくれることを期待していました」と、アンジェラは言う。アンジェラは再びテスラで働く機会が訪れたときのために、仮名を希望している。アンジェラによると、所属するチームの40%が解雇されてショックを受けているという。

今回は約14,000人の従業員が、「事業の急成長により職務の重複が生じた」とする同じメールを受け取っている。「わたしたちは組織を徹底的に見直し、世界全体で人員を削減するという難しい決断を下しました」と、そのメールには書かれていた。

かつてない困難に直面

テスラは需要の鈍化と中国メーカーとの競争激化、スウェーデンで続く労働者のストライキ、さらにはドイツの気候活動家による妨害行為など、世界中でかつてない困難に直面している。

今月初めにテスラは投資家に対し、金利の上昇が需要を抑制しているとして、今年の成長率は低下する見込みであると警告した。2023年第4四半期には、テスラは世界で最も売れたEVメーカーの座を失っている。中国メーカーのBYD(比亜迪汽車)が、世界販売台数でテスラを40,000台上回ったのだ。

「(テスラの)主な目標である『EVを誰もが手の届くものにする』ことは、実際にはほかの企業によって実現されるでしょう」と、英国のウェールズにあるカーディフ大学の教授で輸送の電動化を専門とするリアナ・シプシガンは語る。

25,000ドル(約390万円)の低価格EVを発売するというテスラの目標は、すでにBYDによって達成されている。このことは、かつてEV業界の先駆者であったテスラにアイデンティティの危機をもたらした。もはや安価なEVの普及がテスラの役目ではないとしたら、その役目とは何なのだろうか?

世界におけるテスラの運命は、いまや主要な競争相手となる中国と絡み合ったものになっている。テスラは2019年にわずか168日で上海工場を建設した。いまや世界最大のEV市場となっている中国市場を独占することを、マスクは望んでいたのである。

ところが、テスラの工場には「ナマズ効果」もあったのだと、北京に拠点を置くメディア「China Auto Review」の元エディターでアナリストのレイ・シンは言う。ビジネスにおける「ナマズ効果」とは、大きな魚(競争力のある企業)を水槽に入れることで、小さくて弱い魚に競争力をつけさせることを指す。

それが中国の意図だったとすれば、功を奏したことになる。テスラが上海に進出してから5年間で、中国のEV販売台数は500%も急増したのだ。

「中国では、もはやテスラ優位ではなくなりました」と、シンは言う。米国や欧州でのEV需要が伸び悩むなか、これは特に重要なことだ。2011年のブルームバーグの有名なインタビュー映像は、中国のEV産業がどれほど進歩したかを物語っている。当時、マスクはBYDの努力を嘲笑し、「BYDのクルマを見たことがありますか?」と鼻で笑っていたのだ。

「それはずいぶん前のことです」と、この映像が改めて注目された23年5月にマスクは発言している。「BYDのクルマは最近、非常に競争力があります」

これに対してテスラは、いまや中国の競合メーカーと比べて元気がないように見えると、シンは指摘する。シンは昨年7月に発表されたBYDとメルセデス・ベンツの合弁による電気SUV「騰勢(DENZA)N7」を例に挙げた。それから9カ月後、DENZAは新機能を追加したモデルを低価格で発売している。「業界では通常は2~3年ごとにモデルチェンジがあります。テスラは2022年以降は新モデルを発表していません」と、シンは言う。

波紋を呼んだ方針転換

その理由のひとつに、テスラがムーンショット(野心的な計画や目標)を成功させることで知られるイーロン・マスクに率いられていることが挙げられる。

マスクがテスラに参画したのは、世界をより持続可能な交通手段へとシフトさせるためであり、普通の自動車メーカーでシェアを争うためではないのだ。一方でテスラの従業員の多くは、まさに「出来るだけ早く大衆市場に高性能な電気自動車を導入することで持続可能な輸送手段の台頭を加速する」という、その壮大なミッションに引かれたのである。

テスラは現在のEV市場の創造に貢献した。ところが4月上旬のロイターの記事によると、テスラは厳しい低価格競争に直面し、低価格モデルの開発計画を破棄したという(その記事に対し、マスクはXで「ロイターは(また)嘘をついている」と投稿している)。

テスラの共同創業者であるマーティン・エバーハードも、この方針転換を嘆いていた。「テスラが低価格モデル『モデル2』の計画を遅らせたり、とりやめたりしたのであれば……残念なことですが、それは中国に実際にシェアを拡大できるチャンスがあるという兆候です」と、エバーハードは語っている。

代わりにマスクは別の問題に引き付けられており、テスラの焦点を自動運転と自動運転タクシーにシフトさせている。この転換は、マスクが2016年に発表した「マスタープラン パート2」で示されたもので、「革新的なEV企業」としてのテスラのイメージを強化するうえで役立つだろうと、ドイツの自動車研究センター(CAR)ディレクターのヘレナ・ウィスバートは言う。「これに対して特に自動運転の分野では、テスラの約束は現実と一致していないという批判的な声も多く上がっています」

マスクは2019年、1年以内に100万台以上のテスラが「完全自動運転のハードウェア」を搭載し、路上を走るだろうと投資家たちに語っていた。ところが、それは現時点で実現しておらず、テスラの「フルセルフドライビング ケイパビリティ(FSD)」機能は依然としてドライバーの監視を必要としている。またテスラは昨年12月、自動運転機能の不具合を修正するために、米国で約200万台をリコールした。

テスラの株主は今年6月の投票において、マスクの500億ドル(約7兆7,000円)の報酬パッケージと、テキサス州への登記移転を承認するかどうかを決める予定だ。この投票は事実上、マスクのリーダーシップと自律走行車に注力するテスラの新しいアイデンティティに対する審判となる。

テスラはEV業界を変革したが、次に何をすべきなのか、そして何より中国に遅れをとらないようにするにはどうすればいいのかを考えなければならない。

(Originally published on wired.com, edited by Daisuke Takimoto)

※『WIRED』によるテスラの関連記事はこちら


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