薬の飲み忘れがなくなる? 複数回分の投薬効果がある「注射する微細なカプセル」が慢性疾患の患者を救う

慢性疾患の患者は薬を定期的に飲み続ける必要があるが、決められた通りに摂取できないことも少なくない。そこで、1回の注射で複数回分の投薬効果が続く手法の開発が進められている。鍵を握るのはポリマー製の微小なカプセルだ。
Sealed microparticles containing colored dye are shown inside the narrow opening of a standardsized hypodermic needle
皮下注射の針から着色された色素を含むポリマー製の微粒子が見える。これら一つひとつが薬を含むカプセルとして時間差で作用する。Photograph: Brandon Martin/Rice University

慢性疾患の患者は、処方された治療薬の摂取方法を平均約50%しか守れていない。これは問題である。は適切な量を定期的に、それも時間通りに摂取しなければ効果を発揮せず、病状は悪化する可能性があるからだ。

患者に薬の処方に従う意志がないことが問題ではない。問題は、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)の薬など一部の薬は継続的に摂取しなければならないことにある。また、インスリンのような必須医薬品が非常に高価であることも問題だろう。さらに、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)によって、鮮度を保たなければならない追加摂取分のワクチンを冷蔵による輸送手段がない地域に届けることの難しさも明らかになった。

「わたしたちは薬とワクチンから最大限の効果を引き出せているのでしょうか?」と、ライス大学の生物工学者であるケビン・マクヒューは問う。「一般的なその答えは『ノー』です。ときには多くの効果を失っているのです」

例えば注射薬のベバシズマブは、失明の原因となる黄斑変性の治療に使用する薬だ。ところが、効果があるにもかかわらず処方の順守率は著しく低い。「眼に注射を打つことを患者は嫌います」と、マクヒューは説明する。「そのことを責めることはできません。避けたがったとしても無理はないでしょうから」

薬が放出される時間を制御できる微粒子

マクヒューの研究室は薬効に関する研究をしている。研究の目標は、患者が望んでいる手間の軽減と同時に、患者に必要な一貫した投薬を受けられるようにすることだ。

研究室の答えは、薬を内包した微粒子を注射することだった。この微粒子が、内包した薬を数日から数週間の決められたタイミングで放出する仕組みだ。「この投薬システムが理想の世界だけでなく、現実の世界でうまく機能するよう開発しているところです」と、マクヒューは語る。

科学誌『Advanced Materials』の6月号に掲載された論文で、マクヒューの研究チームはこのシステムがどのように機能するのかを説明している。

まず、少量の薬を内包する数百の微小なマイクロプラスチック粒子を注射するところから始まる。これらの微小なカプセルは、体内で安全に分解されるポリマーである乳酸グリコール酸共重合体(PLGA)でつくられている。それぞれのカプセルに使用するポリマーの分子の量を調整することで、ポリマーが分解されて薬が放出されるまでの時間を制御できるというわけだ。今回の研究では、1回の注射に注射後10日、15日、17日、36日に薬を放出する4つのグループの微粒子を混ぜて実験している。

「長期にわたって効果を発揮する投薬方法には大きなニーズがあります」と、カリフォルニア大学ロサンゼルス校とDoheny Eye Instituteの眼科医であるスリニヴァス・サッダは言う。サッダは今回の研究には関与していない。

サッダの患者の多くは高齢者だ。家族の助けがなければ移動することが困難で、ほかの健康問題で病院に足を運べないことがある。「転倒して腰を骨折して診察に来られないようなことがあります」と、サッダは言う。「しかし、診察に来られないことは大問題なのです。治療が途切れ、病状が悪化するかもしれません。必ず回復できるとも限らないのですから」

体内の薬の濃度を細かく制御することは難しい。その理由の一端は、ほとんどの薬は投与後に一気に作用するからだ。

イブプロフェンや抗うつ薬を飲むと、薬は素早く消化管を通過して体内での薬の濃度が急上昇する。持続放出性の錠剤は薬の効果が長いが、それでもピーク時からは濃度が減少する。それに、次の投薬を遅らせるために1回の投薬量を増やすこともできない。なぜなら、インスリンのような薬は有益な用量と有害となる用量の間の「治療濃度域」が狭いからだ。

皮肉なことに、新しく先進的な薬はこの問題をより難しくしている。21年に米国で最も販売された10品目の薬品のうち7品目がバイオ医薬品で、これにはタンパク質、ホルモン、遺伝子療法が含まれる。バイオ医薬品は小分子であるイブプロフェンのような薬よりも扱いづらく、経口摂取で効果を発揮するものはあまりない。しかし、薬は効果的だ。

「抗体のようなタンパク質でできた薬の効果と特異性は非常に大きいのです」と、マクヒューは説明する。「問題は、どのようにしてその効果を長持ちさせるかということなのです」

コストと大量生産面での課題

約6年前、マサチューセッツ工科大学の博士研究員だったマクヒューは、薬を包み込むポリマーをつくる実験をしていた。そしてマクヒューのチームは、PLGAを使用して薬物を内包する微粒子を発明したのである。PLGAを使用したのは、このポリマーが1989年に米食品医薬品局(FDA)に承認されて以来、臨床の場で使用されてきたからだ。

ポリマーの分子の量を変えることで、ポリマーの分解とそれに伴う薬の放出を変更できることはわかったが、この技術は高価で大量生産が困難だった。重要な用途としてワクチンが想定されるが、その場合はコストを相当に抑える必要がある。

「低所得・中所得国向けにワクチンを開発して提供しようとする場合、こうした技術のコストは数セントほどに抑える必要があります」と、マクヒューは語る。「さらに、これを何十億個とつくるにはどうすればいいかという問題もあります」

そこでマクヒューがライス大学で自身の研究室を開いたとき、製造の工程を顕微鏡で細かく調べることにした。以前の方法では微細なPLGAのバケツをつくり、その中を薬で満たし、ポリマーでできた平らな蓋を付けていた。そして、バケツと蓋を専用の顕微鏡の下で並べて互いに押し付け、熱を加えて密閉する。工程が多すぎると、マクヒューは考えた。

そこで、まだ密封していないいくつかの粒子を溶かしたPLGAに浸すことで蓋を付けられないかと、マクヒューはプロジェクトを率いる博士課程の学生のタイラー・グラフに相談した。興味をもったグラフはこれを試してみたが、うまくいかなかった。個々のバケツをPLGAの塊から切り離せず、きれいな蓋ができなかったのである。

ピザをひと切れ取るときにチーズが伸びるように、容器を取ろうとするとポリマーが細長く伸びてしまったのだ。「これでは明らかに使えません。注射針を通れない余分な材料が入ってしまうからです」と、マクヒューは説明する。

この結果を受けてグラフは、この工程をまるごと省けないかと考えた。そして、肉眼ではほぼ見えない密封前のバケツが点在するスライドガラスをホットプレートの上に裏返して置いたのである。すると各バケツの上部が塞がって密封された。「少しだけ運がよかったのです」と、マクヒューは言う。「そこで初めて、これが期待のもてる技術だと思いました」

密閉されていない微粒子と密閉された微粒子。

COURTESY OF MCHUGH LAB/RICE UNIVERSITY

現在は研究所用のロボットを使ってカプセルに薬品を詰めているが、マクヒューらはすべての工程を自動化しようと取り組んでいる。この工程は「Particles Uniformly Liquified and Sealed to Encapsulate Drugs(薬を包含する均一に液化し密閉された微粒子)」の略称である「PULSED」と呼ばれている。この自動化によってコストを削減し、大量生産が可能になるとマクヒューは考えているのだ。

また、カプセルの材料の配合を微調整したことで、「PULSED」の粒子は予測可能な時間にぴったり分解されるようになった。分解の期間は数日から1カ月以上の間で調整できる。

薬が溶け出す速度が実験で見えた

マクヒューのチームの最近の研究では、これらのカプセルが生物の体内でどれくらいの速さで分解するのかを突き止めるため、試験管とマウスでの分解のタイミングを比較している。この実験では、薬の代わりに微小な蛍光分子を微粒子に充填した。

マウスを使った実験群では、皮膚の下に少量のカプセルを注入し、カプセルが分解して蛍光分子が拡散する様子を追った。これに対して試験管では、体温と同じ温度に保った食塩溶液にカプセルを入れ、蛍光分子が漏れ出すタイミングを検証した。

その結果、どの状況でも蛍光分子が広がるタイミングは一致していた。つまり、実験室で検証した薬品が放出されるまでの時間は、生物の体内でも同じである可能性が高いことを意味している。

また、微粒子がバイオ医薬品の効果を損なわずに体内に届けられるかについても検証した。この実験では、黄斑変性症やがん治療にも用いられる抗体であるベバシズマブを使用した。この薬品をいくつかの安定化のための化学物質とともに微粒子に充填したが、18日後でも90%以上の効力を保っていたのである。

マクヒューの研究チームは、異なる投与期間に対応する微粒子をそれぞれ設計することを目指している。患者に応じて日次、週次、月次、あるいはその間の期間を設定できるようにだ。

例えば新型コロナウイルスのワクチンは、通常なら1回目のワクチン接種から3週間か4週間後に2回目を摂取する。新型コロナウイルスのワクチンでこのシステムの有効性は検証していないものの、今回の研究で説明されたカプセルは、こうした投与のタイミングに合わせて設計できるということなのだ。

継続的な薬の摂取に有用

「制御され、継続的な薬物投与において非常に重要な方向性です」と、ウェスタンオンタリオ大学のバイオメディカルエンジニアであるキブレット・メクアニントは語る。メクアニントは今回の研究には関与していない。とはいえ、現状の微粒子は1日に複数回の投与が必要な薬には理想的ではないと指摘する。これらの微粒子の溶解速度は、それほど早くないのだ。

ほかの注射剤やゆっくりと薬が効く内服薬に比べて、今回の微粒子の結果は「非常に期待がもてます」と、ノースカロライナ大学のポリマー化学者であるラヒマ・ベンハブールは話す。ベンハブールはマクヒューのチームとのかかわりはない。「ここでの重要なポイントは、バイオ医薬品の安定性です。この点は本当に優れていると思います」と、ベンハブールは言う。

ベンハブールの研究チームはPLGAを使うことで、摂取直後の体内の薬品濃度が急上昇せず、ゆっくりと安定した速度で薬品を放出するインプラントを作成している(注射による体内の薬品濃度は、通常は急上昇してから減少する)。これはHIVの曝露前予防内服(PrEP)に不可欠で、感染のリスクを減らすには血流中の薬物濃度を常に一定水準に維持する必要がある。

ベンハブールのチームは、これに関する論文を2月に発表している。サルの一種であるマカクで実験した結果、このインプラントはヒトの場合も5カ月以上にわたってPrEPの濃度を維持できるというのだ。

1回で注射できる量や薬の安定性が課題

ただし、1回の注射でどれだけの微粒子を注入できるかは明らかではないと、ベンハブールは警告する。ヒトへの皮下注射の最大容量は1.5ミリリットルだ(マクヒューが実験でマウスに与えた量と同じである)。これは複数回の投与、特にPrEPのような1回の分量が多い薬の場合は十分な容量ではないかもしれない。「わたしの唯一の疑問は、薬の用量に十分に対応できるかです」と、ベンハブールは言う。

毎日の投与が必要な効果の弱い薬を1年分、注射器に詰め込むことは難しいだろうとマクヒューは認めている。しかし、眼のような小さな部位にのみ月1回の投与が必要な効果の高い薬なら、対応できるいう。

眼科医のサッダは、一部の黄斑変性症患者は1カ月に1回のベバシズマブの注射、またはそれ以下で済んでいると説明する。「この手法が受け入れられるには、少なくとも3カ月分、できればそれ以上に対応できるようになることが重要だと思います」と、サッダは言う。

薬が放出されるまでの時間を延長する取り組みは、すでに進められている。ライス大学の研究チームがこれまでに設計した最短の放出時間は12時間で、最長は36日だ。

「6カ月間にわたって毎日、薬を放出する微粒子を設計したいと考えています」と、マクヒューは語る。「それが目標なのです」

より分解に時間がかかる種類のPLGAを使用すれば、1年先に薬品を放出する微粒子もつくれるのではないかと、マクヒューは考えている。また、微粒子をより多くの薬品に対応できるようにする計画も立てている。

ベバシズマブは薬の安定化に役立つ特別な配合にしたおかげで、カプセルに入れても効力が落ちることはなかった。しかし、これの実現には多くの試行錯誤を必要とした。

だからこそ、マクヒューは免疫療法からワクチンまで、幅広いタンパク質を安定して使える化学物質やポリマーを見つけ出したいと考えている。「それを見つけることができれば、使いたい薬品を入れるだけで済みます。その薬の安定化のための調合を見つけるために多くの時間を費やす必要はなくなるのです」

工学的な細かい問題を解決すると同時に、マクヒューはこのようなツールが治療の役に立つほかの病状を探している。「腕に毎月1回していた注射が1カ月半ごとになるだけでは、あまり大きな違いとは言えません」と、マクヒューは言う。

この技術を使って手の届きにくい腫瘍を治療できれば、大きな違いをもたらすことができるとマクヒューは考えている。例えば、脳や膵臓、肝臓などの組織に到達する複数回分の薬を1回の注射で投与できるようになるといったことだ。

また、この技術を遠隔地に住む人々のワクチン摂取を効率化するためにも活用できるという。「何を変えるかによるのです」と、マクヒューは語る。

WIRED US/Translation by Nozomi Okuma)

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