遺伝子操作による「炭素隔離」や微生物による「窒素工場」など、ディープテックが生態系を再生する:特集「リジェネラティブ・カンパニー」

光合成の効率を上げて炭素吸収量を増やし、微生物を活用して「窒素工場」や「炭素隔離」を実現するなど、最先端の科学とエンジニアリングを駆使した自然の再生が始まっている──未来を再生する次世代カンパニーを紹介する『WIRED』日本版の総力特集。
遺伝子操作による「炭素隔離」や微生物による「窒素工場」など、ディープテックが生態系を再生する:特集「リジェネラティブ・カンパニー」

遺伝子操作で炭素吸収力を高める──Living Carbon

二酸化炭素を減らすために木を増やすという手法は一般的だ。しかし、サンフランシスコ拠点の公益法人(PBC)であるLiving Carbonは、通常よりも早く成長する樹木を生み出すことによって、より多くの炭素を貯蔵しようとしている。

同社は、植物の光合成の効率を大幅に上げ、成長速度や炭素隔離量を向上させる形質を開発した。この形質をポプラなどの植物にもたせることで、遺伝子操作を施していない苗よりも35〜53%多くのバイオマス(葉や茎)をもち、1エーカーあたり2倍以上の炭素を貯留できるようになったという。オレゴン州立大学との4年にわたる提携の結果、同社は光合成を効率化させた樹木をこれまで600本以上植えており、米国南東部やアパラチア山脈などの私有地にプロジェクト用の敷地を確保しているという。

なお、同社の技術が生態系に与える影響はまだ完全にはわかっておらず、第三者による検証も控えている。それ故、同社のプロジェクトで現在使われているポプラの木はすべて雌木で花粉をつくらないよう配慮されているという。また、すでに天然の樹木が生育している原生林ではなく、廃坑などほかの植物がうまく育たない土地での植林を行なう。目標は、樹木が生育していない土地で1ギガトンの炭素を取り込むことだ。

Living Carbon
Headquarters_ U.S.
Founded_ 2019
Representative_ Maddie Hall (CEO)


小さな「窒素工場」の革命──Pivot Bio

植物の成長にとって重要な栄養素である窒素。大気の80%を占めるが、植物はこれをそのまま利用することはできない。それ故、化学肥料を生産する際には窒素をアンモニアなど植物が利用できるかたちに工業的に変換している。この技術は1940~60年代の「緑の革命」を支えたが、一方で生産に大量のエネルギーを消費し、供給過多で使われなかった養分が海や河川に流れて生態系に悪影響を与えたり、土壌の劣化を招いたりといった問題も引き起こした。

そんな化学肥料からの脱却を目指しているのが、Pivot Bioだ。同社の技術は、空気中の窒素をアンモニアに変換するDNAを潜在的にもつ微生物を特定し、再活性化することで微生物を小さな「窒素工場」に変える。これを種と一緒にまくことで、根の近くで微生物が窒素を植物に送り込む。なお、生産された窒素は外に流れず植物の根の付近にとどまるという。

同社がこの技術を応用して発売した液体および粉末のトウモロコシ用肥料「Pivot Bio PROVEN ® 40」は砂糖と水だけで生産され、生産過程においても二酸化炭素をほとんど排出しない。同社はさらにソルガム(もろこし)や小麦用の製品も販売しており、今後も対応する植物を増やしていく予定だ。

Pivot Bio
Headquarters_ U.S.
Founded_ 2011
Representative_ Karsten Temme (CEO)


種子コーティングで土壌を回復──Loam Bio

植物が光合成によって炭素を固定することはよく知られているが、微生物のなかにも炭素固定をする種がいる。ここに目を付けたのが、元農家など4人が共同創業したオーストラリアのLoam Bioだ。

オーストラリアと北米で何千もの菌類を収集・解析してきた同社は、微生物の力を利用した種子コーティングを開発。農家が播種前にこのコーティングで種子を覆うと、植物と微生物が一緒になって炭素を土壌に固定し、コーティングをしなかった場合よりも多くの炭素を土壌にとどめておけるという。Loam Bioいわく、同社のアプローチは農家にもメリットをもたらす。土壌に炭素をはじめとする有機物が増えると土壌の健全性が高まり、作物の栄養価が向上したり、収穫量が増えたりするからだ。

こうした土壌の健康を高める方法には不耕起栽培や被覆作物の利用といった方法もあるが、その大規模な導入は農家の負担になることもあるという。一方、Loam Bioは「コーティングを施すだけ」と手軽だ。また、同社は農家がカーボンクレジット市場に参入するためのプラットフォームも開発している。現在、オーストラリアの一部の農家と炭素貯留のプロジェクトを進めているほか、カナダやブラジルなどでも試験を開始するという。

Loam Bio
Headquarters_ Australia
Founded_ 2019
Representative_ Guy Hudson (CEO)


海藻でウシが排出するメタンを抑制──Volta Greentech

ウシなどの反芻動物の消化を助ける微生物の活動は、メタンを多く発生させる。微生物が発生させる水素と二酸化炭素が酵素によって結合され、メタンとなるからだ。おならやゲップといったかたちで動物の体外に放出されるメタンは二酸化炭素の約25倍の温室効果をもつという。

この問題の解消に、藻類とウシという一見かけ離れたふたつの生物をつなげることで挑んでいるのがVolta Greentechだ。同社が紅藻を使って製造する家畜用のサプリメントは、水素と二酸化炭素を生成する酵素を抑制し、メタンの排出を最大約90%削減する。その効果と安全性は、同社が6年かけて続けてきた研究によって証明されているという。紅藻の養殖には再生可能エネルギーや近隣の工場から出る廃熱が利用されている。また、同社が研究中の「Volta Factory 01」では温度、光、栄養素を自動で最適化し、紅藻の大規模生産を目指す。

しかし、どれだけ効果があったとしても、消費者がメタン排出の少ない牛肉や乳製品を望んでいることを証明できなければ、農家や食品業界、政治家は動かないだろう。そこで同社は自社ブランド「LOME」を立ち上げ、スウェーデン国内の20の店でひき肉やサーロインなどを販売。消費者の行動変革も促している。

Volta Greentech
Headquarters_ Sweden
Founded_ 2018
Representative_ Fredrik Åkerman (CEO)


※雑誌『WIRED』日本版 VOL.49 特集「THE REGENERATIVE COMPANY」より転載。
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