テイラー・スウィフトの新アルバムに起きた“楽曲流出”の騒動と、「AIによる生成説」も飛び出すファンダムの熱狂

テイラー・スウィフトの新アルバム『THE TORTURED POETS DEPARTMENT』の楽曲データが、公式発売前にネット上に流出した。これを熱狂的なファンの一部が「AIが生成した」と主張するなど、ファンダムのさまざまな側面も浮き彫りになっている。
Photo of Taylor Swift
Photograph: Neilson Barnard/Getty Images

テイラー・スウィフトが4月18日(米国時間)、実にテイラー・スウィフトらしいことをした。最新アルバム『THE TORTURED POETS DEPARTMENT』からのファーストシングル「Fortnight」を購入するためのリンクを、Instagramのストーリーに投稿したのだ。

わざとらしくも感じることだし、もしかしたら不必要なことだったかもしれない。なにしろテイラー・スウィフトは、世界で最もビッグなレコーディング・アーティストのひとりなのだ。

スウィフトは今年2月、前作『Midnights』でグラミー賞の最優秀ポップ・ボーカル・アルバム賞を受賞した際に、今回のニューアルバムを発表した。スウィフトは昨年、米国だけで1,900万枚のアルバムを売り上げている。新しいシングルについてInstagramのストーリーを投稿する必要などない。しかし、彼女はまるで1989年であるかのようにインターネットを熱狂させた。

一方で、スウィフトがInstagramに投稿していたころ、ほかの“何か”が彼女の巨大なファン層を興奮させていた。『THE TORTURED POETS DEPARTMENT』の楽曲データが流出し、どうやらネットに出回ったGoogle ドライブのリンクのおかげで拡散したのである(海賊版が帰ってきた!)。

すると、ほとんど即座にふたつの陣営ができた。ひとつは、真のファンなら金曜深夜にこのアルバムが公式リリースされるまで待つとした者たち。もうひとつは、待ちきれずにとにかく再生ボタンを押した者たちだ。

後者のグループからは、さらに別の陣営へと分かれていた。流出した楽曲(少なくともその一部)は、人工知能(AI)の産物だと考える者たちである。

新曲データの流出の顛末

「AIに違いない」という主張はさまざまなところから飛び出しているが、その多くは今回のアルバムのタイトル曲の一節に端を発しているようだ。曲のなかでスウィフトは、このように歌っている(とされる)。

「You smoked then ate seven bars of chocolate / We declared Charlie Puth should be a bigger artist.(あなたはタバコを吸って、チョコレートバー7本を食べた/チャーリー・プースはもっと評価されるべきだって、ふたりで話したね)」(噂によると、これは元彼のマティ・ヒーリーのことを歌った一節ではないかとされている)

その後、流出したオーディオファイルは著作権違反で削除された。ところが、あるXユーザーがその断片をネットに投稿したところ、AIによって生成されたものであることを示唆する意見がすぐに広がったのである。

アルバムが公式にリリースされると、この曲が実在することを誰もが知った。そして事前に出回っていた楽曲は、収録曲のほんの一部であることも明らかになった。スウィフトが4月19日の午前2時(米国時間)に再びInstagramに投稿し、このアルバムが実は「秘密のダブルアルバム」であることを明かし、合計31曲が収録された『THE TORTURED POETS DEPARTMENT: THE ANTHOLOGY』のリリースを発表したのだ。しかし、「AIに違いない」という反応は、依然として複雑なものである。

ネット上の生活は、AIが生成した“偽物”で溢れている。LLM(大規模言語モデル)革命が始まって数年が経過しており、自分の目が“嘘をつく”ことを信じないようにする必要があって当然だろう。“嘘をつく耳”も同様である。

さらに大きな問題がある。ネットで情報を得る際に猜疑心をもち、事実確認することは一般的に常にいい考えとされてきた。ところが、AIがあまりにも普及したことで、それが「責任逃れの言い訳」にもなりうる。自分の正直な目で見たものが気に入らなければ、AIだと自分に言い聞かせよう──というわけだ。

ファンダムの熱狂がもたらすこと

この状況をさらに厄介なものにしているのは、AIの進化が『THE TORTURED POETS DEPARTMENT』のような作品を生み出す可能性が、あり得なくもないところまで進んでいることだろう。AI版のジョニー・キャッシュはすでにスウィフトの「Blank Space」をカバーしている。AIが生成した2023年の曲「Heart on My Sleeve」は、ドレイクとThe Weekndが実際につくった曲と衝撃的なほど似ており、プロモーションの一環ではないかと考える人たちもいたほど本物に近かった。

『THE TORTURED POETS DEPARTMENT』をめぐる熱狂が最終的に収まるとき、この騒動も雑音くらいに思えるようになっていることだろう。しかし今回の騒動は、ネット上のファンダムに関する不快な実態を物語ってもいる。自分のお気に入りが批判されると、たとえそれがもっともであっても、躍起になって擁護しようとする人々が非常に大勢いるのだ。

すでに『WIRED』の記事で指摘しているように、ビヨンセのインターネットは必ずしもユートピアではない。スウィフトのTikTokには、特に彼女の曲がTikTokに戻ったことで楽しい展開が見られる。だが、彼女の才能について人々が言い争うさまを見ることは、そのひとつではない。

そのような状況には特にうんざりする。ビヨンセやスウィフトのようなアーティストとインターネットとの相互依存関係が、かつてないほど高まっていることを再認識させられるからだ。いろいろな意味で、ふたりともネット上の大勢のファンが自分たちの評判を守り、音楽を宣伝してくれることを本当に必要としているかといえば、そうではない。

ふたりは国際的に有名なスーパースターだ。彼女たちのツアーや、NetflixやDisney+で配信されているコンサート映像は、たとえ本人たちの発するすべての言葉がバズらなかったとしても、人々は自分で見つけることだろう。

だが、バズっている様子を観ること自体が“娯楽”になっている。スウィフトのイースターエッグ(そして奇妙なSpotifyのポップアップ企画やサプライズのダブルアルバム)や、ビヨンセのアートディレクションされたキャプションのないInstagram投稿のようなものが、定期的にニュースになるのだ。

そして、おそらく関心がない人たちも、誰もがツイートしている理由を知るためだけに集まってくる。これは現代のポップミュージックのウロボロス(自分の尾に噛みついているヘビ)だろう。

こうした悪評が、一部の選ばれたアーティストを大金持ちにすると同時に、一連の問題も引き起こしている。確かにビーハイブ(ビヨンセのファン)やスウィフティー(スウィフトのファン)は熱狂的なことがあるが、彼女たちを中傷する者もいるのだ。

スウィフトの場合、そうした人々が数え切れないほどの間抜けな陰謀論を喧伝している。そのほとんどは、スウィフトを2024年の米大統領選挙に影響を及ぼす政府の工作員とするものだ。彼女のプライベートジェットは、いまや公共の関心事になっている。

一方で、スウィフトのファンは結集して行動を起こす。1月に彼女のディープフェイクポルノ画像がソーシャルメディアで拡散されたとき、ファンたちは集団で「Protect Taylor Swift(テイラー・スウィフトを守れ)」のハッシュタグを投稿して、それをかき消そうとした。スウィフトのツアー「THE ERAS TOUR」のチケットが最初に発売されたとき、チケットを販売したTicketmasterがしくじったように見え、ファンは米国議会の議員たちが注目するほど騒ぎ立てたのだ。

こうしてメタ・プラットフォームズの監視委員会が4月16日、自社のプラットフォーム上のディープフェイクをより詳しく調査すると発表した。同じ日に『ウォール・ストリート・ジャーナル』は、米司法省がTicketmasterの親会社であるLive Nationを独占禁止法違反で提訴する計画であると報じている

もし誰かがAIのテイラーを「本物」と偽ろうとしたら、いったい何が起きるのか──。見てみたい気もする。

(Originally published on wired.com, edited by Daisuke Takimoto)

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