ハワイの山火事を制御不能にした「突風」は、こうして街を焼き尽くした

マウイ島の森林火災を制御不能にしたのは、山から吹いた突風や、火災そのものが起こした上昇気流だった。風がどのように火災を拡大させ、鎮火を困難にするのか。そのメカニズムを解説する。
fire damage in Lahaina with dense clouds overhead
Photograph: Matt McClain/Getty Images

青く輝く海に囲まれた、標高6,000フィート(約1,800m)に迫る壮大な西マウイの山々は、ハワイを象徴する景観のひとつだ。しかし8月8日、この山々から吹き下ろす風が、ラハイナの町に地獄のような被害をもたらした。雪崩のような突風は、時速60マイル(約96km)まで加速し、下降するにつれてどんどんと乾燥していった。ラハイナの草はすでに干上がっていたのだが、わずかに残っていた水分も風が吸い取ってしまった。つまり、火が着けばすぐに燃え広がる状態になっており、どこからか火花が出たことで大火災に繋がってしまったのだ。

「時速60マイルの風が吹いている状態で、火災を食い止めるのは単純に不可能です」と語るのは、ハワイ・コミュニティカレッジで火災科学のプログラムコーディネーターを務めるジャック・ミナシアンだ。「今回の火災が終息したのは単に、火が海に到達して燃料切れになったからです。時速60マイルの風が吹いていたら、住人を避難させる以外にできることはありません」

しかし、避難できなかった人も多い。今回の火災による死者数は115人で、マウイ郡は388人の行方不明者の名前を8月24日に公表した。米国本土では近年、カリフォルニア州パラダイス町を焼失させ、85人の命を奪った火災「キャンプ・ファイア」や、同州サンタローザの街を燃やしたタブス火災など、深刻な火災が発生しているが、南国ハワイにとっても他人事ではなくなってしまった。

近年の山火事が深刻化している原因はひとつではないが、共通しているのが風の影響だ。風は山火事の原因となりうるさまざまな要因のうち、わたしたちが対策を講じられない要素でもある。

乾燥した土地と風の影響

8月8日に突風がラハイナを襲うはるか昔の18世紀後半、ヨーロッパ人がハワイの島々にやってきてサトウキビやパイナップルを栽培するプランテーションを形成した。このとき、外来種の草も持ち込まれ、結果としてマウイの土地を燃えやすくした。

これらの草は際限なく増殖し続け、いまでは州全土の4分の1を覆うまでになった。廃墟となったプランテーションや、道沿い、家屋同士の間に茂っている。雨季に入ると急速に成長し、乾季に入るとすぐに枯れてしまう。現在マウイは乾季にあり、干ばつの被害も深刻だ。

気候変動もまた、風によって引き起こされる火災を深刻化させている大きな要因だ。一般的に、気温が高くなればなるほど大気中に保持される水分量が増し、植生から多くの水分を吸い上げる。植生は乾燥すればするほど火災の燃料になる。科学者たちは、気候変動がラハイナの火災にどの程度寄与したかを調査している最中だが、大きな要因のひとつであったことは間違いないだろう。温暖化が進んだ地球では干ばつの発生数が増え、その被害も深刻化している。1920年から2012年までの記録を見ると、ハワイの90%は乾燥化の傾向にあることがわかる。

つまりラハイナ周辺の植生はかなり燃えやすい状態にあったのであり、そこに乾燥した風が吹いたことで、たった数時間のうちにわずかな水分さえも蒸発してしまった。例えるなら、風呂上りにしばらく自然乾燥させていた髪に、一気にドライヤーを吹きかけたようなものだ。このような状況は、山火事が大惨事を引き起こしているカリフォルニアでも発生している。シエラネバダ山脈を下ってきた風が、もともと乾燥していた土地に吹き荒れるのだ。

ラハイナの火災において何が発火の原因となったかはいまだ調査中だが、最も怪しいのは電力インフラだ。突風が吹くと送電線同士がぶつかり、乾いた植生に火花を降り注がせることがある。パラダイスやサンタローザで発生した火災をはじめ、近年の火災の多くはこれが原因となっている。

風の動きは予測不能

時速60マイルの風は火災を広げるだけでなく、新たな火災を引き起こす原因にもなる。火災の発生地から何マイルも先まで燃えさしが飛んでいき、風下で新たな火災が発生してしまうのだ。米国本土の山火事に対処する消防士たちにとって悩みの種となっているこの現象は、ラハイナでも発生したと考えられ、火災を完全に鎮火することを不可能にしてしまった。「ほとんどの火災は、燃えさしが溜まっていくことで発生したと考えられています」とミナシアンは語る。「いくつかの写真を見るとわかる通り、至る所に燃えさしがあります」

風は非常に複雑な現象であるため、風の影響で火災がどこへ広がるかを予測するのは困難だ。風向きは地形によって細かく変化していくので、草原の上を吹く場合と、木々の間を縫って森林地帯に吹く場合では、その動きはまったく異なる。「風がふたつの木の間を通るときの進路はどのようになっているのか? 信じられないかもしれませんが、これは非常に複雑な問いなのです」と語るのは、カリフォルニア大学アーバイン校の大気科学者で、風の山火事への影響を研究するティルタ・バナジーだ。「これは火災の広がりにも影響しています」。風はラハイナの町に到達すると、建物の間を複雑な進路をとって吹き抜けた。そのせいで火災の広がりを予測することはますます困難になってしまった。

気候変動によって気温の上昇と厳しい干ばつが起こり、山火事の被害も深刻化してしまう。科学者たちは現在、気候変動が風の流れ方にどのような影響を及ぼすかを解明しようとしている。「風は非常に局所的な現象であり、地表の状況が少しでも異なるとパターンが変わってしまいます。予測しようと思っても不確定要素が多いのです」とバナジーは語る。「山岳地帯の地形が、局所的に小さな再循環を発生させ、予測不能なパターンで火災を広げてしまうのです」

山火事が発生した際の炎の広がり方は、気候変動、“燃料”の蓄積量、そして風向きの3要素の組み合わせによって、ますます混沌とする。山火事の鎮火は困難になるばかりだ。

「発生当初は容易に鎮火できる程度だった火災が、強力で不規則な風が吹くことで、町を消失させてしまうほど強力な火災に変わってしまう例が多く観測されています」と語るのは、非営利のニュース組織であるClimate Centralで気象科学のシニアリサーチアソシエイトを務める山火事の専門家、カイトリン・トゥルデュだ。「多くの消防士にとって非常に困難な状況が続いています。消防士たち自らが炎に包囲されてしまうこともありました。そのような状態をつくりだす風が吹いているからです」

山火事が大規模で強烈なものになると、火災そのものが風を起こす。火災によって熱された空気は上昇気流となり、炎の竜巻のような火災旋風や、火災積乱雲を生み出すことがある。火災積乱雲は雨をもたらす一方、雷を伴うこともあり、それが新たな火災の原因となることもある。熱せられた空気は、上昇していく際に周辺の空気を取り込みながら動くので、その度に新たな風が生じる。

「火災が一方的に風の影響を受けているわけではありません。火災自体も、その熱によって風のパターンを変えているのです」と語るのは、パシフィックノースウェスト国立研究所(PNNL)の気象学者であるルビー・リャンだ。「こうした現象により、風の進路を予測することが非常に複雑になっています」

被害を最小限に抑えるためにできること

風を完全に制御することはできなくとも、火災の原因となるほかの要素に対策を講じることはできる。長期的には、二酸化炭素の排出量を減らして気候変動に歯止めをかける必要がある。短期的には、計画的に火入れをすることで、伸びすぎたり枯れていたりする草をうまく管理し、山火事が起きた際に制御不能になるほど広がる原因になる“燃料”を減らす必要がある。時速60マイルの風や途切れた送電線からの火花は止められないかもしれないが、“燃料”を減らせば小規模な炎が街を焼き尽くす大火災に発展することを防げる。

「山火事シーズンはどんどんと長期化しており、火災のパターンもどんどんと複雑化しています」とミナシアンは語る。「火災の鎮火はますます困難になっています。わたしたちは避難計画や防災施設などを含め、コミュニティと住人たちが山火事の脅威を最小限にするようにするには何ができるのか、考え始める必要があります」

WIRED US/Translation by Ryota Susaki/Edit by Mamiko Nakano)

※『WIRED』による火災の関連記事はこちら気候変動の関連記事はこちら


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