AIによる戦争が現実化する時代に向け、米軍での「高度IT人材」の不足が深刻化している

戦争におけるAIの重要性が高まる一方で、米軍は高度なIT人材が不足していることで軍事AIの実装に遅れをとっている。こうしたなか専門家たちは、国防総省の意識改革や民間企業の連携を強化する必要性を指摘している。
Kathleen Hicks deputy secretary of defense
米国防副長官のキャスリーン・ヒックス。米軍ではデータサイエンティストなどの高度なIT人材の採用を増やしているのだという。PHOTOGRAPH: SAMUEL CORUM/BLOOMBERG/GETTY IMAGES

ロシアによるウクライナ侵攻が始まって以降、米国防総省は押し寄せる紛争の情報を理解するために機械学習と人工知能(AI)の専門チームに助けを求めた。

「データサイエンティストの人員を増やしています」と、米国防副長官のキャスリーン・ヒックスは語る。こうした分野の技術者がコードと機械学習のアルゴリズムを創出し、「兵站部隊の複雑な状況を総合的に扱うために特に有用な」システムを構築したと、ヒックスは言う。

ウクライナで実行している作戦は機密性が高く、データチームの行動内容の詳細は明かせないとヒックスは説明する。だが、この詳細は国防総省の内部におけるヒックスらのかねての主張が正しいことを証明するという。その主張とは、テクノロジーが戦争の本質を根本的に変えつつあり、米国は優位性を保つためにテクノロジーに適応する必要があるということだ。

「小さな情報も銃弾と同じくらい重要だと言いたいのです」と、ヒックスはソフトウェアやデータ、機械学習の重要性について語る。テクノロジーがより早く、多様な方法で進歩しているのみならず、米国はAIなどの新興分野で新たな国際競争にも直面しているのだ。

米国にとってロシアはあまり技術的な脅威ではないかもしれないが、中国は米国の侮りがたい新たなライバルとして台頭している。「中国政府がAI分野への進出に前のめりになっていることは、さまざまな文書による声明から見てとれます」とヒックスは言う。

軍事AIの実装に遅れ

現在も戦争が続いているウクライナでは、AIのアルゴリズムが使われている。これは傍受したロシア兵の無線通信の会話を書き起こして解読したり、ソーシャルメディアに投稿された動画を基に顔認識技術を用いてロシア兵の身元を特定したりすることが目的だ。探知や航行に既製のアルゴリズムが使われている低価格のドローンは、既存のシステムや戦略に対抗する強力な新兵器にもなっている。

ロシアに対する前例のないハッキング作戦は、サイバーセキュリティのスキルをもつことが国民国家の敵に対する強力な兵器になったことを浮き彫りにした。米国がウクライナ軍のために専用のドローンを開発したことが5月上旬に明らかになったように、いまや新兵器は凄まじい速度で開発されている。一方で、米空軍の最新戦闘機「F-35」は20年以上前から開発が続いており、その生涯コストは推定1兆6,000億ドル(約204兆1,544億円)にもなるという。

米国は資金援助のほか、通常兵器や新たなテクノロジーの提供を通じて、ウクライナがロシアと戦えるよう支援している。ところが、米国防総省の内外には将来の戦争がもたらす課題に適応する力がないことを懸念する人々がいる。

「大企業はどこも同じ問題を抱えています」と、技術開発および技術獲得の近代化に携わった米空軍のチーフアーキテクトを4月末に辞任したプレストン・ダンラップは指摘する。ダンラップはこの状況を、成功した大企業が技術革新やより抜け目ない競争相手によって衰退しかねない様子になぞらえて、ハーバード・ビジネススクール教授のクレイトン・クリステンセンが「イノベーションのジレンマ」と呼ぶ現象になぞらえている。

ダンラップは公開した辞表のなかで、国防総省がより迅速かつ実験的で、技術を重視する文化を受け入れるためにとるべき措置を提案している。ダンラップいわく、技術的な混乱やより抜け目ない競争相手に直面している企業と同じように、米軍には多くの人員や制度、習慣化された方法を包含していることから、方向転換に苦労しているという。

ダンラップは、ヒックスのような改革主導者にできることには限りがあると記している。「わたしが心配しているのは、兵器のオペレーターが利用可能な技術なくして紛争に身を投じなければならないことです」と、ダンラップは指摘する。「わたしはそんな状況は望んでいません」

国防長官と国防副長官に対して技術導入を提言する有識者会議「Defense Innovation Board」が発表した2019年の報告書は、ソフトウェアとその開発が米軍の重要な戦略的課題になっていると警告する。また、国防総省がソフトウェア開発者に提示する給与はテック企業を大きく下回っていることも、報告書に記されている。

民間企業との連携が急務

米国防総省はAIに特に重点を置き、技術の質を向上させるべく多くの措置を講じてきた。国防総省は米軍の異なる分野にわたるAIを連携させる「Defense Innovation Unit 」(DIU)を15年8月に立ち上げている。

AIにまつわる米国防総省の最近の動きとしては、同省初となる最高デジタル・AI責任者を4月25日(米国時間)に発表している。起用されたのは、ライドシェア事業を展開するLyftの機械学習部門を率いていたクレイグ・マーテルだ。国防副長官のヒックスは技術の導入と利用を促進するため、マーテルを任命した。

米国防総省が必要とするソフトウェアエンジニアやデータサイエンティストの採用人数や、アウトソーシングできる業務の量に関しても議論がある。

防衛業界における雇用の見通しは、ソフトウェア重視になりつつあることが求人広告から明らかになっている。求人情報の調査企業Emsiの分析によると、37万件にのぼる防衛産業の求人広告のうち33パーセントは、ソフトウェア開発やデータサイエンスのスキルに言及しているという。その数は17年から91パーセント増加している。

AIなどのテクノロジーが米軍にメリットをもたらす方法は、情報収集や分析の支援、兵器のスマート化のほかにも数多くある。例えば、兵站の管理機械の故障時期の予測退役軍人のケアの向上に役立つことが、小規模な試験によって実証されている。

だが、変化するテクノロジーの状況を評価すべく米国防総省が主導している米人工知能国家安全保障委員会(NSCAI)は、中国に先を越されないよう新たなテクノロジーへの投資を増やし、民間企業とさらに緊密な連携をとる必要があると警告している。

深刻な人手不足

こうしたなか、米国防総省は省内での人材不足から民間企業に支援を求めている。ところが、シリコンバレーと緊密に連携して技術者を増やそうとする試みは難航している。

「Project Maven」というテック企業と協働する空軍の取り組みは、航空画像分析用の技術開発を決定したグーグルに対して19年に従業員が抗議する事態となり、論争が巻き起こった。マイクロソフトの従業員も同年に、政府と結んだ軍事契約に対して異議を唱えている。米国防総省は一部のシリコンバレー企業と連携を続けているが、注目される軍事プロジェクトを巡り一部の技術者から抵抗を受ける可能性は依然として高い。

元空軍次官補で18年から21年にかけて空軍の調達を監督したウィル・ローパーは、「民間企業で使われている技術が軍で使われることはないでしょう」と指摘する。彼はテック業界のアジャイルソフトウェア開発の手法を用いて、軍用機へのAIの迅速な展開という画期的な実験を率先して進めたにもかかわらずだ。

国防総省がより多くの技術的な専門知識を利用できるようになるまでは、恐らく技術者にボランティアとして時間を割いてもらうことになるだろう。「なぜいまだに国防総省は人材面で振るわないのでしょうか」と、ローパーは言う。

従来型の民間との関係に疑問符

国防総省は民間企業との既存の関係を一新すべきだと指摘する専門家もいる。急速な技術革新についていけなくなるからだ。国防総省はロッキード・マーティンやレイセオン・テクノロジーズ、ノースロップ・グラマンといった企業に数十億ドルの契約を発注しているが、技術開発に何年もかかっており、ほとんど役に立っていないと専門家は主張している。

仮想現実(VR)やAIなどシリコンバレーで生まれた技術を導入した多様な防衛システムを扱う軍事テック企業のアンドゥリル(Anduril)の最高戦略責任者(CSO)のクリス・ブロースは、新たな技術はより迅速に開発・反復される必要があると言う。

VRの先駆者であるパーマー・ラッキーが共同創業したアンドゥリルは、従来とは異なる方法で既存の秩序を変革しようとする新たな防衛関連企業のひとつだ。「不透明性や複雑性、同業者のみに通じる専門用語をすべて取り払えば、これは極めて単純な創造的破壊の物語なのです」とブロースは語る。

WIRED US/Translation by Madoka Sugiyama/Edit by Naoya Raita)

※『WIRED』による軍事関連の記事はこちら


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