ウクライナ占領地域で通信サービスを提供、ロシアの国番号を使う携帯電話会社の正体

ロシア軍が占領したウクライナの一部地域を対象に、通信サービスを提供する通信事業者が登場した。いずれもロシアの国番号を使用しており、占領地の併合を進めるための作戦のひとつと見られている。
Cellular phone SIM card placed on the ground next to rocks and debris
Photograph: Cludio Policarpo/Getty Images

ロシア軍に占領されたウクライナの都市に住む人々は、この6カ月にわたって「ロシアの支配」という闇のなかで生活してきた。ウクライナの南部と東部では、ロシア大統領のウラジーミル・プーチン率いる軍が一時的な支配を正式なものしようとしている。

新たに実施された住民投票は、占領地域のロシア連邦への併合を目指すものだ。市民にはすでにロシアのパスポートが渡された。また、ロシア軍はインターネットを乗っ取り、人々をクレムリンの強力な“検閲マシン”に従わせようとしている。

こうした動きの一環として、占領下のウクライナにロシアの携帯電話とインターネット通信の会社が2社、どこからともなくこの数カ月の間に現れた。“解放された領土”に携帯電話の通信サービスを提供すると謳っている。

専門家によると、ドンバス地域の分離主義者の拠点地域にあるロシアの通信会社は、携帯電話の通信範囲の拡大を発表したという。これらはウクライナの一部地域をロシアのインフラに取り込み、支配下に置こうとする最新の動きの一部だ。そして2014年にロシアがクリミアを併合したときの作戦と類似している。

「これらはすべて、ロシアがこれらの地域に通信と平和、解放をもたらしているという印象を顧客に与えるためのあからさまな施策に見えます」と、ニューヘブン大学の国家安全保障の専門家で、新たに登場した携帯電話会社について調査しているオレナ・レノンは語る。

「使われている言葉は非常にプロパガンダ的で、人々を誘導しようとするものです」と、レノンは指摘する。レノンはウクライナ東部の出身だ。そしてこうした行動は軍事力ではなく、自国の価値観や文化によって相手国の支持を得ようとする“ソフトパワー”の行使と変わらないと、レノンは語る。

占領地域にとどまるというロシアの意志表示

例えば、携帯電話会社の7TelecomとMirTelecomは22年6月頃から目撃されている。占領下のウクライナで初めてブランド表記のないSIMカード販売されている状況を人々が目にしたのだ。

両社とも携帯電話にロシアの国番号である「+7」を使用しており、ウェブサイトもロシアのドメインを使用している。両社はウクライナのヘルソン、メリトポリ、ザポリージャの地域の町や都市を対象に携帯電話サービスを提供していると主張している。

7Telecomのサービスを利用するには身分証明書を持参の上、拠点に足を運んでもらう必要があると同社は説明している。MirTelecomの携帯電話の料金表を確認したところ、ロシアの電話番号にかけるよりウクライナの電話番号にかけるほうが高かったと、ニューヘブン大学のレノンは説明する(ウクライナのインターネット企業は、通信サービスを運営するための設備をロシアの占領軍が占拠したことを伝えていた。ロシアの手に設備が渡らないように、通信会社の社員が意図的に設備を破壊したこともある)。

新しいロシアの携帯電話会社は、両社とも対象地域で2Gと4Gの通信規格による通信サービスを提供すると謳っている。この方法は理にかなっていると、2社について調査しているモバイルセキュリティ企業のEnea AdaptiveMobile Securityの最高技術責任者(CTO)のカハル・マクデイドは語る。2Gの周波数帯は通信を広範囲で可能にし、4Gの周波数帯は対象範囲でならデータ通信でインターネット接続を利用できる。

こうした動きは、これらの地域をしばらく占領できるというロシア軍の想定を示していると、マクデイドは指摘する。「通常なら紛争地域に2〜3社の新しい通信事業者が進出してくることはありません」と、マクデイドは言う。「これはロシア軍が、しばらくの間この地域にとどまることを想定している証拠だと言えるでしょう」

また通信ネットワークは、ロシア軍が使用するためにつくられた可能性もあるとも、マクデイドは指摘する。

通信ネットワークによる支配

22年初めに現れて以来、両社はサービスを拡大している。両社のウェブサイトには数十の拠点が掲載されている。これにはSIMカードやインターネット通信を購入できる店舗も含まれる。7Telecomのウェブサイトの投稿では、ヘルソン地域の採用マネージャー、秘書、営業マネージャー、ITスペシャリストを募集していた。

これらの通信ネットワークが、どれだけ普及しているのかは明らかではない。携帯電話の電波が届く地域を示す地図の真偽も、7Telecomの加入者が10万人を超えているというロシアのメディアの報道の真偽も確かめられない。MirTelecomと7Telecomのヘルソン地域での採用活動の連絡先となっているGmailのメールアドレスに問い合わせたが、回答は得られなかった。

インターネットで両社のポスターやチラシの投稿が散見されるが、どれだけ広まっているのかは不明である。7TelecomはMirTelecomよりソーシャルメディア上での存在感がある。ロシア版Facebookのようなソーシャルメディア「VKontakte(フコンタクテ)」での7Telecomのアカウントのフォロワー数は、約8,600人だ。

両社ともメッセージアプリ「Telegram」に、SIMカードをチャージできる会社と連携する非公式のチャンネルがある。しかし、参加者はそれぞれ数十人程度だった(とはいえ、それでも通信状態が悪いという苦情は寄せられている)。

どれだけ普及しているのかは不明だが、MirTelecomも7Telecomも、14年のロシアによるクリミアの併合後に誕生し、同地域の長期的な占領に寄与している携帯電話会社とのつながりがあるとみられている。

「ロシアの主要な通信事業者は、これらの地域で商業的な活動をしていません。これはクリミアのときと同じです」と、Enea AdaptiveMobile Securityのマクデイドは説明する。クリミアでもドンバスでも、ロシア軍は新たなインターネットプロバイダーを設立した。この数カ月でドンバスに以前からあるロシアの携帯電話会社は、ウクライナのいくつかの地域を新たにサービスの対象範囲に加え、それを示す地図を更新したとマクデイドは語る。

マクデイドは9月末に開催されるセキュリティ関連のカンファレンスで発表する分析結果を共有してくれた。この分析結果によると、MirTelecomと7Telecomは、それぞれクリミアの携帯電話会社であるKrymtelecomとK-Telecomとの関連がある。MirTelecomが公開した情報やロシアのメディアによる報道が、そのような関連を示していた(KrymtelecomとK-Telecomにコメントを求めたが、回答は得られなかった)。

インターネットを支配できれば、占領軍は人々が読むもの、見るもの、聞くものを制限する力を得る。ロシア軍が支配するウクライナの一部では、表現の自由の取り締まりを強化しているロシアよりもインターネットの検閲が厳しくなっているという報告がある。

携帯電話の通信ネットワークを支配し、「新しい行政に対して抵抗したり抗議したりする意欲を失わせる」ことで、ロシア軍が地元住民を“なだめる”ことに成功する可能性もあると、ニューヘブン大学のレノンは説明する。

通信も“奪還”するウクライナ

一方で、ウクライナでの戦争の潮目は変わりつつある。ロシア軍は全面的な侵攻を開始したときほど成果を上げられなくなり、ウクライナの反撃が成功し、ロシア軍を国境付近まで押し返しつつあるのだ。

ウクライナ大統領のウォロディミル・ゼレンスキーは、後退するロシア軍は「明らかにパニックに陥っていた」と語っている。とはいえ、ロシア政府関係者は後退を大ごとであるとは捉えていない。

ウクライナ軍はハルキウの大部分を奪還し、ルハンスクでも成果を上げている。ヘルソンでも長いこと待たれていた反撃を開始した

ウクライナの勝利は、多くの死者とロシアによる潜在的な戦争犯罪を明らかにした。それと同時に、ウクライナが支配権を取り戻すための小さな一歩を示すものでもある。例えばウクライナは、占領地に派遣されていたロシア人教師を逮捕したと伝えている。

ウクライナが占領地を奪還したことで、モバイル通信とインターネット接続の一部が復活した。ウクライナ最大のインターネットプロバイダーであるKyivstar(キーイウスター)が、ハルキウ州のバラクリア市で「通信が回復」したと発表したのは9月11日のことである。

その後、イジュームとチカロフスキの両都市と、奪還した地域の複数の町や村で同社のエンジニアが通信を復旧させたとツイートで報告している。1週間でひとつの地域にある195の基地局を復旧したことを投稿し、さらに「ウクライナ軍が向かう先々にわたしたちも向かいます!」とツイートした

通信が復旧したことで、一部の人々が愛する人と再会したり、生きていることを伝えられたりできた。その一方で、新たに設立されたロシアの携帯電話とインターネット通信の会社は、占領地におけるサービスの対象地域をいくつか消している。

MirTelecomのウェブページには9月中旬まで、携帯電話のサービス対象範囲の地図にヘルソン、ザポリージャ、ハルキウの3つの地域を掲載していた。その後、ウクライナ軍がハルキウを奪還している。MirTelecomはハルキウを対象地域から削除し、残るはふたつの地域のみだ。

また、MirTelecomは同社のウェブサイトからお知らせのページも消している。MirTelecomのハルキウ支社のディレクターを紹介するページは閲覧できず、同地域の「最初の営業所」に関する記事も消えている。ウェブアーカイブには、同社が「国境をなくす」ために存在すると書かれていた。

WIRED US/Translation by Nozomi Okuma)

※『WIRED』によるウクライナ侵攻の関連記事はこちら


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ウクライナに侵攻したロシアが南部の都市で制圧を宣言し、実効支配を進めている。これらの都市ではインターネット接続やモバイル回線までもがロシア経由へと強制的に切り替えられ、プロパガンダや検閲の対象になり始めた。

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