ウクライナの人々の恐怖と希望の1年が、「Google 検索」のデータから見えてきた

ロシアによるウクライナ侵攻が本格化してから約1年。ウクライナの人々が「Google 検索」で入力したキーワードを分析すると、現代の戦争の過酷さに翻弄される人々の恐怖と希望の1年が浮き彫りになってきた。
Ukrainian civilians cross a rushing river next to a destroyed bridge
2022年3月7日のロシア軍による侵攻を受け、首都近郊の都市イルピンから避難する人々。Photograph: Chris McGrath/Getty Images

人は密かに不安に思っていることや、いますぐ知りたいことをGoogleの検索ボックスに入力する。1年を超えて続く戦争に疲れ切ったウクライナ国民が恐れ、熱望するものは、少なくともウクライナの人々の検索ワードを見る限り、紛争が始まったころから大きく変わってはいない。

グーグルの検索トレンドデータベースによると、ロシアが本格的な侵攻を開始した2022年2月を境に、ウクライナの人々は「Google 検索」で防空壕のつくり方や空襲警報の受信方法を調べるようになった。23年3月上旬の数週間のデータを見ると、身を守るための建造物や武器が依然として人々の最大の関心事であることがわかるが、これは絶えず砲撃の危険に晒されているせいだろう。

紛争に導入されている最新技術を理解しようとするウクライナ国民の欲求も、いまだに強い。22年初めには、西側諸国が経済制裁としてロシアのアクセスを遮断した銀行決済システム「SWIFT」について知ろうとするウクライナ人が多かったが、現在は「弾道ミサイルの軌道とは?」のような兵器に関する検索が増えている。

こうしたなか、過去1年間にわたり常にトレンド入りしている検索フレーズがある。「ウクライナ戦争はいつ終わるか?」という質問だ。

戦争終結に関する検索:ロシアが攻撃を開始すると、「ウクライナ戦争はいつ終わるか?」を意味するウクライナ語の質問がウクライナ国内で急増し、その後もトレンド入りを続けている。

元ジャーナリストで、現在はグーグルで各メディアを支援しながら検索トレンドを分析する取り組みのリーダーを務めるサイモン・ロジャースにとって、ウクライナから得られるデータは特別な意味をもっている。インターネットが普及した近代国家が長期的な紛争の犠牲となった初めての事例だからだ。

グーグルのデータを見ると、この1年のウクライナの人々にとってインターネットは便利な道具であり、現実逃避の手段でもあると同時に、自分たちを守り、不安をまぎらせてくれる存在でもあったことがわかる。

インターネットが果たした新しい役割

ウクライナ国民はロシアの攻撃にどう反応し、時間がたつにつれて人々の感情はどう変化したのか。その全体像は、米国やウクライナの歴史学者たちがこれから保存していく映像やTelegramのチャットログをはじめとするオンラインデータから浮かび上がってくるだろう。初期のデータからも、現代の戦争の過酷さに翻弄されながら、恐怖を乗り越えて行動しようとする市井の人々の様子がうかがえる。

22年2月24日にロシアの侵攻が始まると間もなく、歴史学者や軍事専門家たちは大規模な戦争のなかでインターネットがこれまでにない役割を果たしつつあることを指摘し始めた。

ロシアはソーシャルメディアを利用してウクライナやその支援国に向けたプロパガンダ活動を世界規模で展開した。ウクライナの人々は、ロシアのさまざまなソーシャルメディアの画像データを学習させた顔認識技術を駆使して戦死した兵士の身元を特定したり、Google マップや衛星画像を使って一般市民が敵軍の動きを追ったりすることが可能になった。また、クラウドソーシングが盛んになったことや、ソーシャルメディアでの“攻撃”が横行し始めたことで、ロシアからの撤退を決める外国企業が増えた。

「これは歴史上で初めて、Wi-Fiの電波がすべての戦場に行き渡ったなかでの戦争なのです」と、サンフランシスコで販売管理ソフトウェア開発のスタートアップPeople.aiを創業したウクライナ人のオレグ・ロギンスキーは言う。「戦争のスタイルは第1次世界大戦当時の塹壕戦から変わっていないのに、上空には3,500基ものスターリンクのインターネット衛星が浮かんでいるのです。兵士の一人ひとりがコンテンツ制作者であり、生み出されるコンテンツの数は計り知れません」

研究者たちは機を逃さず行動した。ハーバード大学のウクライナ研究所は22年3月、この戦争に関するニュースや、TwitterやTelegramの投稿を含むデジタルアーカイブの編集作業に着手した。共同体をつくり、ウクライナから届く音声や映像のデータを集めている人権団体や人道主義団体の人々もいる。

その目的は戦争犯罪の存在を証明することのほかに、「この戦禍を生き抜くとはどういうことかを、ありのままに世界に伝える」ことでもあるという。Data(データ)とBattalion(軍隊)を組み合わせた「Dattalion」を名乗る女性中心のグループは、ロシアによる残虐行為を写真や動画に残すことで、人々の記憶にとどめたいと語る。

Telegram上の会話を保存する計画も進行中

こうした目的のほかにも、各種のデジタルデータベースを駆使することで、紛争に巻き込まれたウクライナ国民が戦争にまつわるどんなことに関心を寄せているかがわかるかもしれない。

ウクライナ西部のリビウにある「東中欧都市史センター(Center for Urban History of East Central Europe)」でデジタル史プロジェクトのリーダーを務めるタラス・ナザルクは、東欧の人々に人気のチャットアプリTelegramでのさまざまな会話をダウンロードする作業を進めている。こうして得られた政府関係者や多数派組織による投稿からは、戦争がウクライナの人々の日常に及ぼした影響が、より生々しく伝わってくるはずだ。

同センターのプロジェクト担当者によると、多くのウクライナ国民がTelegramを頼りに行方不明の親族を探し、兵士の身元を特定し、ロシア軍の動きや戦争犯罪の動向を追い、物資や武器はおろか、ハッキング技術の提供までも呼びかけたという。また、ガソリンを買える場所や、空いている住宅の情報がTelegramで共有された。ロシア占領下での生活、そしてそこから脱出する方法を伝え合うために、人々はTelegramへの投稿を繰り返したのだ。

一方で誤報も拡散された。同センターの初期の調査によると、攻撃を仕掛ける前にウクライナ国民が逃げ出さないよう、「列車はすべて運休している」というデマをロシア側のプロパガンダ担当者が流したこともあった。ほかにもロシア当局がTelegramで運営する複数のチャンネルで、ロシアがウクライナ国民の生活向上に努めているとの誤情報が流されていたという。

このプロジェクトは、現時点では主にデータの収集と保存に力を入れている。1年前と比べると会話の内容を分析する作業は進んでいないが、23年中にはTelegramのアーカイブをまとめたものがいくつか公表される予定だ。「ウクライナにおける戦時下の現実の多様な側面を伝える貴重な情報源になるはずです」と、ナザルクは言う。

データから浮かび上がってくる共通点

侵攻から1年の節目に当たり、ごく自然にウクライナ国民の検索履歴を見直すことになったのだと、グーグルのロジャースは語る。こうしたデータは、紛争に巻き込まれた人々が真っ先に求めるものをありのままに映し出していると彼は言う。ソーシャルメディアへの投稿とは異なり、人々は特定のイメージを思い浮かべて検索ワードを入力しているわけではないからだ。

ロジャースによると、ウクライナ国民による検索ワードの傾向は、彼のチームがこれまで見てきた新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)や米国のアフガニスタンからの撤退といった、ほかの危機的状況のパターンとよく似ているという。「わたしたちはデータから浮かび上がってくる共通点を常に探しています」と、彼は言う。「そこに科学的な根拠があると言うつもりはありませんが」

その共通点とは、理解、計画、そして希望だ。誰もが状況を知りたがっており、すぐにでも行動を起こしたいと思っている。Googleの検索トレンドデータには誰でもアクセスできるが、最も検索回数の多い質問フレーズが公開されているわけではない。グーグルが「ブレイクアウト」と呼ぶ、トラフィックの急増がある程度長く続いた検索ワードが表示されるだけだ。ロジャースのチームはこうしたブレイクアウトのうち、急増するスピードが突出して速い検索ワードをモニタリングしているという。

ウクライナ語による23年1月のGoogle 検索では、「弾道ミサイルの軌道とは?」のほかに「戦車部隊の数は?」や「ブロバルイで死んだのは誰?」といった質問がトレンド入りした。後者はキーウ近郊のブロバルイでヘリコプターが墜落し、ウクライナ内務大臣を含む14名が死亡した事故に関する質問だ。事故の原因については現在も調査中だという。

戦争が始まると「またたく間に国中の人々が軍事や救急処置の知識を得ました」と、ウクライナ人起業家のロギンスキーは言う。「それ以来、国全体が武装を解いていないのです」

失速する他国からの関心

23年に入り、ウクライナの人々は停電やスターリンクのインターネット衛星への接続方法のほか、「ウクライナで地震が起きるのはいつか」を心配し始めた。2月にトルコで45,000人を超える死者を伴うマグニチュード7.8の大地震が発生すると、その直後からこの質問がGoogle 検索で急増したのだ。

エンターテインメントや希望を感じさせる検索ワードもトレンド入りしているようだ。ハリー・ポッターの新作ゲーム「ホグワーツ・レガシー」が2月に発売されてからしばらくの間、ウクライナではこの賛否両論あるビデオゲームのタイトルが、戦争関連のワードを上回る検索数を記録した。グーグルのロジャースによると、ウクライナでは23年に入ってから「幸福」に関連する言葉が「ブレイクアウト検索トピック」に上がるようになったという。

ウクライナ大統領のウォロディミル・ゼレンスキーは、ロシアとの紛争再開から1年が経過した日の演説で、前向きな言葉を発している。「わたしたちは明日、何が起きるかわからない日々を過ごしてきました。しかし、そのなかでわたしたちは確信したのです。どんな明日であっても、そのために戦う価値があると」

ウクライナ国民が戦争関連のニュースにいつまで関心をもち続けるかはわからないと、ロジャースは言う。人々の安心と安全が最大の関心事であることに変わりはないだろう。しかし、紛争の今後の進展によっては、比較的早く元の暮らしに戻れる住民も出てくるかもしれない。

Googleのデータによると、ウクライナ戦争に対する他国の関心は一気に高まったものの、戦闘が始まった直後から徐々に失速し、その後は当初の勢いを取り戻すことはなかったという。ウクライナの人々の検索やメッセージ、投稿は、その内容を問わず今後数年のうちに記録され、分析されていくだろう。

WIRED US/Translation by Mitsuko Saeki/Edit by Daisuke Takimoto)

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