脳神経データによって会話の科学が解き明かされる──特集「THE WORLD IN 2023」 

人類のコミュニケーションは、複雑なしぐさや無意識での合図をもとに成り立っているとされる。会話というダンスの構造がいま、最新科学によってひも解かれようとしている。
脳神経データによって会話の科学が解き明かされる──特集「THE WORLD IN 2023」
ILLUSTRATION: ELIOT WYATT

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世界中のビジョナリーや起業家、ビッグシンカーがキーワードを掲げ、2023年の最重要パラダイムチェンジを網羅した恒例の総力特集「THE WORLD IN 2023」。英国の神経科学者ソフィー・スコットは、機能的近赤外分光分析法(fNIRS)を使うことで、会話中に脳でいったい何が起こっているのかを解明できると言う。


人間の会話を研究することは容易ではない。互いの発言がぶつかり合うことのないように、あるいは長い沈黙が生まれないように、人は会話をしながら非常に緊密な連携をとり合っている。自然発生的でありながら、しっかりと構造化されている会話は、まるで振り付けも音楽もないダンスのようだ。

この連携を強めるために、人々は会話をしながら自分たちの呼吸、視線、会話のメロディー、身振り手振りのジェスチャーを調和させている。そうした複雑さは、研究室でコンピューターの画面を見ながら被験者を観察する従来の心理学実験では解明しきれない。神経反応や生理反応を捉えることができる最新の測定技術を使って、実世界で人々がどのように自然に振る舞っているかを研究することが不可欠なのだ。

脳神経データによる解明

先ごろユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの神経科学者であるアントニア・ハミルトンは、聞き手が話し手に注意を向けていることを示す非常に素早いうなずきのパターンをモーションキャプチャーで特定し、こうしたさりげないシグナルが会話の進行をよりスムーズにしていることを明らかにした。この身体的シグナルの驚くべき点は、肉眼では識別できないにもかかわらず話し手には知覚されている点だ。

2023年には、人が動き、会話をしている際の神経データを取得できるようになるだろう。ただし、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)をはじめとする脳機能イメージング技術は、12tもある大型スキャナーに被験者を入れる必要があり、簡単に利用できるものではない。この技術を使った最近の自閉症患者のコホート研究とその論文は間違いなく素晴らしい功績だったが、より小型で携帯可能なfMRI技術が出てくるまでは、聞き手と話し手が交わすしぐさや発言パターンと神経データの関連性を理解することは不可能なのだ。

一方、頭皮に光を当てて反射光を分析する「オプトード」と呼ばれる光検出型化学センサーを通じてfMRIと同じ神経活動指標を測定する機能的近赤外分光分析法(fNIRS)は、人の自然な動きを妨げることなく使用できる。実際、ロンドンの中心部にある屋外で被験者たちに事前に定めたタスクをこなしてもらい、その様子をfNIRSで測定したところ、動作データや音声データと並行して神経データもこの方法で収集できることが証明された。

自らを知る会話の科学

これにより23年には、最大で5人ほどからなる会話の参加者全員の相互作用と神経データの関連性を理解できるようになるはずだ。会話は終わりも決めずに自由でフレキシブルなものになるので、研究者にとっては大きな挑戦になることは言うまでもない。だが被験者の脳がどのように互いのタイミングを合わせながら見事な会話のダンスを生み出しているのかを解明したければ、避けて通れない道である。

これらのブレイクスルーによって、人間の会話の科学的研究という興味深い分野は大きく前進するだろう。少し見方が偏っているかもしれないが、わたし自身は何十年にもわたり人の音声知覚と音声生成を研究するなかで、会話とは言語的、社会的、感情的な脳のプロセスがひとつになる場所であると考えている。

会話は人と人との社会的なつながりを可能にする主要な方法であり、人類にとって普遍的なものだ。わたしたちの精神的・身体的な健康にも大きくかかわっている。会話の科学を完全に解明できれば、わたしたちはようやく自分自身を理解できるようになるだろう。

ソフィー・スコット | SOPHIE SCOTT
英国の神経科学者でユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの認知神経科学教授。発話知覚や発話生成、発声感情などといった人間のコミュニケーションの認知神経科学を研究している。著書に『The Brain: 10 Things You Should Know』がある。

(Translation by OVAL INC./Edit by Erina Anscomb)

雑誌『WIRED』日本版VOL.47 特集「THE WORLD IN 2023」より転載


雑誌『WIRED』日本版VOL.47
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