スローダウン。まるで時間の流れそのものを味わうような余白、時間の浪費、つまり“暇”を、生活のなかに生み出すことはできるだろうか。その実感を得ていなければ、人里離れた大自然への退却も、どうやらおぼつかないようだ。リトリートの可能性をライフスタイルに取り入れていく営みを続けていこう。
そのためには利便性や効率からの退却が、あるいは必要かもしれない。思い出してほしい。各種デバイスによってわたしたちの暮らしが便利でスムーズになるほどに、心配事(ペアリング不調、ファームウェアのアップデート、バッテリー残量!)とマルチタスキングを増やしていった。なるほど時間に追われるわけだ。
とはいえ、煮炊きをかまどでするわけにもいかないし、テクノロジーが生み出した利便性は享受したい。つまり、優れたツールの出番だ。ポイントは例えば、じっくり待つこと。あるいは何もしない心地よい時間をつくること。そして、よりよい睡眠を手に入れること。加速する日常からわずかなあいだ、退却(リトリート)するためのツールとアイデアがある。
01. Analyze Sleep Time
maker_BRAIN SLEEP item_Sleep Tracker
睡眠はただの休息ではない。記憶の整理、定着などを行ない、神経回路をクールダウンさせる。つまり脳の機能を回復し、次の覚醒に備える意識の退却(リトリート)といってもいいかもしれない。そして近年明らかになりつつあるのは、睡眠は極めて個人的な営みであるということ。つまりわたしたちの生活の質はパーソナルな分析にこそ意味がある。
そこで注目したいのは「ブレインスリープ コイン」。米国・スタンフォード大学で長年睡眠の研究を行なってきた、西野精治が創業者兼最高研究顧問を務める、ブレインスリープが開発した。もとより先進的な研究とユニークなプロダクトで知られるブランドで、このアイテムの技術的背景にも、長年の研究によって蓄積されたデータと、それをもとに独自開発したアルゴリズムがあるという。
使用法は簡単で、専用のアプリと同期して、スリープウェアのウエストにシリコン製のクリップを留めるだけ。それなのに睡眠のステージやリズム、寝姿勢や寝床内の温度を計測し、いびきや環境音を録音。さらに、これらのデータをもとにして、睡眠の深度や効率を分析しスコアとして可視化する。おまけに眠るたびにコインが獲得でき、さまざまな特典と交換が可能だとか。これはまさしくSleep to Earn。この新しいコインによって、どうやら睡眠は更新される。
02. Time for Spinning
maker_NEXT item_Seimitsu Koma
映画『インセプション』でレオナルド・ディカプリオが演じる主人公、コブが持ち歩いていた「トーテム」を憶えているだろうか。いまいる世界を判断するために持ち歩くツールで、彼の場合は高精度のコマだった。指先で弾くようにして回し、その世界が夢の中であるかどうかを判断する。回り続ければ夢、やがて止まれば現実。物語のキーファクターのひとつとして、観客の目を何度かスクリーンに釘付けにした。
さて、ここに超高精度のコマがある。「NEXT-CHRONUS」。長野県岡谷市を拠点とする12の精密機器メーカーや精密加工事業者が1994年に協力して立ち上げた、ネクストが手がけたものだ。コマ自体を大きくすれば加工も容易になり、回転している時間も延ばしやすいようだが、直径20mmという指先くらいのサイズにこだわり、100分の1mm単位の精度を追求。ステンレスを削り出し、直径1mmのステンレス焼入れ鋼球を先端に圧入して完成させている。
果たして、その安定精度ははっきり言ってすさまじい。出荷時には6分以上は回転し続けることを確認しており、同グループの公式記録としては、11分23秒という記録がある。回転の安定度は、まるで夢の中のトーテム。超現実的な精度により、わたしたちは不思議な時間の流れを味わうことになる。
03. Clothing Not Specified
maker_Tokyo Design Studio New Balance item_New Collection
TOKYO DESIGN STUDIO New Balanceはウェアコレクションを大胆にアップデートした。「Uni-ssentials(ユニセンシャルズ)」というニューバランスのグローバルコンセプトを反映し、さらに強化するような意欲的なラインナップだ。
ちなみに「ユニセンシャルズ」とは、世代やジェンダーの境界を取り払い、あらゆる人にとって快適なフィッティングやスタイルを提案することを目指したもの。TOKYO DESIGN STUDIOでは、そのインクルーシブな思想を発展させている。
象徴的なのは従来のパターンを見直して新しい規格を生み出し、性別を問わない0〜3のサイズのみを展開し、自由に選べるということ。かつてあったような「正しいサイズ」がないのは心地よく、ニュートラルなカラーリングやプレーンなデザインも魅力的だ(1型のみのシューズにも、もちろん反映されている)。
素材は上質で、例えばフーディには型崩れしにくいコットンとコーデュラナイロンの混紡素材を、ショーツにはリモンタナイロンを、そして1型のみのトレイルシューズにはヴィブラムソールを使用している。日常をスローダウンするようなときに身に着けるべきなのは、あるいはこういう何にも拘束されない服なのかもしれない。
04. A Little Silence
maker_loop item_Ear Plugs
イヤープラグの「Loop Quiet」は、2016年に設立されたベルギー・アントワープのスタートアップ、ループが開発した。シリコンゴムを素材に、3Dプリントのテクノロジーを生かして成形されている。ドーナツのようなシェイプがユニークだが、これは音を完全に遮断するのではなく、27dBほどナチュラルに減退させるという機能の反映だ。
-27dBがどの程度かというと、1mほど離れたところにある掃除機の稼働音や、運転中の車内(EVではない)で耳にする騒音が、ささやき声や図書館の環境音のレベルにまで下がるようなもの。生活に静けさをもたらし、入眠・睡眠時の不快な雑音も和らぐはず。
質感はとてもソフトで耳への負担も少なく、水洗いができるのもいい。イヤーチップは4サイズ(XS〜L)が付属する。
05. Chazen- Ichimi
maker_Matchæologist item_Matcha Brewing kit
雑然とした日々の暮らしの中に身を置きながら、そこに美を見出し、敬い尊ぶ儀礼である」。20世紀初めに岡倉天心が著した『茶の本』には、茶道についてこのような一節がある。生活の雑然を前提としながら、美を見いだすフォーム。この態度はきっと、日常のなかのリトリートと重なるはずだ。
正統的な茶道に親しむのも素敵だが、気軽に始めてみるのもいい。例えば英国生まれの、抹茶オロジストでは、スターターキットを展開。茶筅や茶杓、茶碗、抹茶(京都宇治産)が揃い、いずれも職人技を生かしながら、いまの日常に適うよう設計されている。例えば抹茶と湯を混ぜるための茶筅は、マグカップでも使えるように長尺に、という具合。
なお、日本の伝統を英国より取り入れることに躊躇は必要ない。いまやMatchaは世界に知られている。岡倉の著作も初版は英語だ。
06. Kayu and Spoon
maker_Noda Horo item_Utility Enamel Pot
粥を炊く。米をよく研ぎ、充分に浸水させる。中火にかけ沸いてきたら優しく混ぜ、弱火にする。半時間ほどコトコトと炊いたら火を止めて、10分ほど蒸らす。仕上げに塩をひとつまみ。量や好みの柔らかさ、季節(夏と冬で浸水時間が変わる)によっても異なるが、完成までにおよそ1時間半から2時間くらいは要するだろうか。しかもその大半が、じっと待つことで過ぎていく。どうやら丁寧に炊く粥は、日常にぽっかりと空いた余白のような時間を生み出すのだった。生活はスローダウンし、もちろんおいしい。
その際、鍋の材質はホウロウをおすすめしたい。ガラスのコーティングによって、使い込んでも匂いがつきにくいという機能を備えるため、粥の繊細な風味を損なうこともないだろう。その点、野田琺瑯の「ココナベ」は粥づくりに最適だ。コンパクトなホウロウの万能鍋で、しっかりとした厚みがあるため、ガスコンロだけでなくIHにも対応。直径215mmでおよそ1ℓというサイズは、つくり過ぎを防いでくれそうだ(粥は冷たいのもつくり置きもおすすめできない)。
ちなみにさじは木のものがいいだろう。熱くなりにくく、口当たりも優しい。程よい木片を見つけたら、自作するのもいいかもしれない。英国・ロンドンの木工作家、バーン・ザ・スプーンが著した『Spon』は、伝統的なハンドメイドスプーンの多彩なバリエーションとつくり方を紹介している。
07. Light and Aroma for Time
maker_BRAIN SLEEP × CADO item_Body Clock Support Device
「ブレインスリープ クロック」はとてもユニークだ。円筒形のシンプルなデザインで、ディスプレイや時を刻む針もないが、“CLOCK”という名がついている。その理由は、フォーカスしているポイントが人の体内時計だからなのだった。わたしたちの生体リズムをつかさどり、睡眠にも大きく影響するといわれるメカニズムである。
目に見えず意識の外にあるものゆえ、物理的な時刻表示がないのは当然だ。その代わりにこのプロダクトは、光と音と香りという、感覚に直接作用する要素で時間を表現し、睡眠と覚醒のリズムを整える手助けをしてくれる。例えば入眠時間をセットすると、その20分前から暖色系の光が1/fで揺らぎながら、徐々に暗くなっていく。
さらにラべンダーのアロマが立ち上り、スピーカーからは焚き火や雨など穏やかな音が流れ、ユーザーを入眠へといざなっていく。一方の起床時間では、日の出のような暗から明への光の変化や、フレッシュなシトラスの香り、そして鳥のさえずりなどが聞こえるそうだ。
つまり風変わりかもしれないが、体内時計を整えることに対して、かなり誠実につくられている。手がけたのは睡眠の研究と製品やサービスの開発を行なうブレインスリープと、美しさと心地よさをデザインと技術によって表現するカドー。イノベーティブな両者だからこそつくり出せた、時間の新しい表現でもあるのだ。
08. Light Roll for Muscles
maker_Hyperice item_Foam Roller
先進的な技術と無駄のないデザインをかけ合わせた、高性能なウェルネスプロダクトを開発。2011年にカリフォルニアで設立されたハイパーアイスは、いまや世界のアスリートやスポーツ愛好家の支持を集める。
その「Vyper Go」はロール状のボディに、3段階のパワフルな振動機能を備えたニューアイテム。身体のさまざまな部分にフィットするように設計され、脚や肩、腕などに加えて、ガンタイプでは届きにくい背中や腰にも、ダイレクトに刺激を与えることができる。さらに長さ約28cm、重さ840gというコンパクトなサイズ感と約2時間のバッテリー容量で持ち運びも視野に入り、屋外でのウォームアップやリカバリーにも活躍するはず。
生活をスローダウンさせるなら、こわばった身体も緩めていきたい。これなら間違いなくサポートしてくれるだろう。
09. Quality CBD Supplement
maker_elixinol item_CBD Tincture
毎日のリズムを身体の中から整えていくために、大麻草から抽出されるCBDオイルを手にする人が各国で増えている。2014年に米国で設立(のちにオーストラリアで上場)されたエリクシノールは、その先駆けとなったブランドのひとつ。THCという陶酔作用をもたらす成分を含まない、安全で高品質なヘンプを原料にしたアイテムを展開する。
「CBD ティンクチャー 3000」は高濃縮のオイルドロップだ。使い方は簡単で、数滴を口に落としてゆっくりなじませ、あるいは飲料や食品に混ぜて摂取するだけ。CBDをはじめ、カンナビノイド、テルペノイドといった植物由来成分が口の中から浸透していく。
そもそもヘンプは古来人類が、食品や衣服の原料として親しんできた植物。そこから抽出するオイルによって、大地に横たわるような安らぎを感じるのも不思議ではない。
10. Sleep in Deep Woods
maker_BAUM item_Face Mask
木でできたふたを開け、指先ですくい、手のひらで顔全体にのばしていく。するとたちまちユーカリの爽やかな香りが拡がった。さらにシダーウッドの深く温かみのある木の香りや、大地を感じさせるベチバーのトーンが重なっていく。
まるで静かな森で深呼吸をしているような気分になるのは、樹木との共生をコンセプトとするバウムのプロダクトだからだろう。その「アロマティック スリーピングマスク」は、睡眠中に肌を整えるウォータリージェルだ。アロマオイルカプセルも含有するため、マスクのように油性美容成分によるベールが拡がっていき、一晩をかけてしっとりと潤ったヘルシーな肌へ導いていく。
さまざまな木々の恵みは当然、香りだけでなく、肌を整える成分にもなっている。例えばネムノキもそのひとつ。夜になると眠るように葉を閉じ、朝になれば葉を開く性質をもつことから、“眠りの木”とも呼ばれる落葉高木だ。その樹皮に含まれる潤い成分を生かしている。そのほかにもイチョウからは肌を健やかに保つ成分を、桜の葉からは肌の水分を保つ成分を、それぞれ抽出している。
つまり、多様な木々のパワーが宿ったプロダクトだ。肌への働きや香りの素敵さだけでなく、睡眠をより上質な体験にアップデートしていく方法としてもおすすめしたい。
(Hair&Make-up by Kyoka Susa / Edit by SATOSHI TAGUCHI)
※雑誌『WIRED』日本版VOL.48「RETREAT:未来への退却(リトリート)」から転載
雑誌『WIRED』日本版VOL.48
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