Something Comes From Nothing: Unyokedという荒野の新しい選択肢

シドニー郊外の大自然に実装した1棟のオフグリッド型キャビンから、アンヨークドの歩みは始まった。2017年に設立したのはクリス・グラントとキャメロン・グラントという双子。彼らがこのサービスを通じて提供するのは、環境への負荷を徹底して抑えたシンプルな小屋と最低限の生活道具、あとはワイルドなヴァイブスくらい。それなのに、いやそうだからこそ、目指すべきリトリートのかたちが見えてくるような気がした。ふたりに話を訊いた。
Something Comes From Nothing Unyokedという荒野の新しい選択肢
PHOTOGRAPH: MITCH GAMBLE

>>Unyokedとは  2017年にオーストラリア・シドニーで設立された、“ネイチャー・スタートアップ”。都会から離れ、自然に没入するためのサービスを展開している。自然体験による心身への影響の研究にも積極的で、その一端はウェブサイトでも公開している。現在は同国を中心に、ニュージーランドや英国にも拡大しており、約75のロケーションを提供。多くのキャビンはコンクリートの基礎や、電源、上下水道がなくても設置可能なオフグリッド仕様になっている。宿泊料金はロケーションによって変動するが、1泊あたり200〜350AUD(約21,500〜32,500円)ほど。予約は2泊3日から可能。

PHOTOGRAPHY BY UNYOKED

大自然へのアクセスのメジャーアップデート

── アンヨークドは2017年に設立されたそうですが、どのような背景があったのでしょう。

Chris(以下:CH) いちばんの理由は、ぼくとキャメロンが小さいころから一緒にアウトドアで過ごしながら育ったことですね。大人になって、お互いに忙しい職場で働いていて、コンピューターに向かう時間や都会で費やす時間があまりに長過ぎたんです。ぼくたちが育ってきた時間と同じくらいアウトドアで過ごせていないと思ったのがきっかけで、自然がどれだけ人間の身体に影響するのかをリサーチするようになりました。それで、人間に自然がどれだけ必要なのかに気がついたんです。

── それまではどのような仕事をしていたんですか?

Cameron(以下:CA) 銀行の戦略部門でマネジャーをしていました。大学では国際関係学を学び、マドリードのオーストラリア大使館で働いていたこともあります。

CH ぼくはオーストラリアのリテールカンパニーでデジタルマーケティングをしていました。その後、ニューヨークで急成長している教育とテックのスタートアップに移り、シドニーやシンガポールのオフィスで働きました。オセアニアとアジアにおけるセールスを担っていたんです。

CA そうやって働いているときにも、ぼくらのラップトップスクリーンには、いつもふたつのウィンドウが開いていました。ひとつは銀行用のスプレッドシートで、もうひとつは『Cabin Porn』。素晴らしいロケーションにある小屋を紹介するウェブサイトです。山の上、川沿い、ジャングルの小屋。まさにそれが、共感できるアイデアでした。

── 参考にしたビジネスモデルはありますか?

CA パタゴニアのようなビジネスを築きたいと思うことはよくあります。ああいうのが本物なんだなとね。それから、「Headspace」「Warby Parker」にはとても強いブランドイメージがあり、優れたコミュニティと顧客エンゲージメントを獲得していると感じています。実際にいまぼくらがやっているようなキャビンのビジネスについては、参考にできるようなモデルはなかったですね。なぜならアンヨークドを始める前には、国立公園の荒野や人里離れた山の上に宿泊できるような小屋はほとんど存在しなかったから。そういった点では、別の側面からインスピレーションを受けたホテルを参考にしました。「Ace Hotel」などがそうです。感銘を受けた多くの要素を組み合わせて、ユニークなものをつくり上げたんです。

CH ひとつわかったのは、人々が自然を正しい方法で充分に活用できていないということ。だから人々へ自然についての教養を提供し、自然界で過ごすことを後押ししたいと考えました。いまでもそのためのフレームワークを採用している企業に注目しています。

キャメロン・グラント|CAMERON GRANT_left  1987年、オーストラリア・ダーウィン生まれ。現在はシドニーが拠点。大学では国際関係を専攻し経営戦略の修士号取得。スペイン・マドリードのオーストラリア大使館で国際マーケティング戦略の開発に従事した後、オーストラリアコモンウェルス銀行で経営コンサルティングを担当。2017年に双子の兄のクリスと「Unyoked」を設立した。

クリス・グラント|CHRIS GRANT_right  1987年、オーストラリア・ダーウィン生まれ。現在はシドニーが拠点。大学ではマーケティングと金融を専攻し卒業後は、オーストラリアのメガリテール企業でデジタルマーケティングに従事。その後、NYのEd-Tech関連のスタートアップでアジア太平洋地域での成長に携わり、2017年に双子の弟のキャメロンと「Unyoked」を設立した。

PHOTOGRAPHY BY UNYOKED

── ウェブサイトでは、自然の中に身を置くことで得られる身体への効果が丁寧にまとめられていますね。

CA ぼくらは自然が実際にどれだけ身体によいのかを、みんなに知ってもらいたいんです。自然の中で2日間過ごすと、創造力が最大50%向上するといわれていますが、何十年にもわたって日本で研究されてきたにもかかわらず、それに気がついている人はあまりいませんよね。生活や仕事にどのように役立つかを理解すれば、自分の人生に自然をどう組み込むとよいかにも気づけると思います。

ほかにも、自然の中へ出かけると、およそ15分でストレスホルモンのコルチゾールのレベルが下がるという研究結果があったり、パートナーとの関係がギクシャクしていたとしても、森や海などへ出かけてゆっくり会話をすれば、お互いの距離を縮められることが科学的に証明されていたりもする。そのような自然に対する知識を身につけて、健康的な習慣を獲得したり、生活習慣を改善したりしてほしかったんです。

CH そう。心身へのよい影響に関する情報は、自然へアクセスしやすくする、という事業のミッションに直結します。人々がなぜ自然のパワーを必要とするのかを考え、科学的なデータを明らかにする。そうすれば信頼性は高まるし、人々の理解を助けたり、考えを深めたりするきっかけにもなります。

── そのような科学的なアプローチは、独自の研究機関の設立や、共同研究にも発展していますか?

CA イエス。すでに科学諮問委員会を組織しているし、企業や大学などと協力して独自の研究も行なっています。両方とも重視しているし、もっと自然研究の分野を前進させたいと考えています。例えば世界有数の広告会社と共同で、自然がもたらすクリエイティブな効果を証明するための研究も始めているし、そのほかにもオーストラリアのBtoCのスタートアップと共同で、睡眠に関する研究を行なうことも視野に入れています。

CH ゲストに対して簡単なアンケートを実施して、定性的なフィードバックも得ており、およそ2、3万人から大量のデータが送られてくるようになりました。それによると、顧客の90〜95%が、自然の中で2日間過ごした後、気分がよくなったと答えてくれました。ぼくたちが事務局と提携して行なったアンケート結果では、1万人のうち8割が自然に触れる機会がないと答えていました。まだまだ解決しなければならない問題があるということですね。

どこまでも視界をさえぎるもののない荒野にシンプルなキャビン。屋根にはソーラーパネルがあり、広々としたウッドデッキや四方に大きくとられた窓からは、大自然のドラマチックな風景を楽しむことができる。通信手段は携帯電話となるが、電波の届き具合はロケーションによってまちまち。完全に隔絶されている場合は緊急用の固定電話が敷地内に用意されている。

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── アンヨークドのキャビンは太陽光発電とコンポストなどを採用したオフグリッドです。このことは、あなたたちのサービスにとってどれほど重要ですか?

CH ぼくたちにはサステナビリティへの並外れた熱意があり、オフグリッドであることは体験の重要な要素のひとつだと考えていました。キャビンにはソーラーパネルと主に電気式のコンポストトイレがあり、水については雨水や天然の湧き水がほとんどですね。新型のキャビンでは電力網に接続されているものもありますが、電気や水の使用量を示すダイヤルが設置されています。可視化によって都市生活では意識し難いことも、キャビンを通して考えてもらいたいんです。

つまりキャビンはゲストに提供するサービスでありながら、学びのような機能ももつんです。それに実用的でもあるんですよ。自然からの恩恵を実際に感じられ、没入できる野生的な場所を提供するには、人間が住む世界から切り離す必要があります。自然の本来あるべき姿が残されている土地を選ぶうえで、環境への負担を最小限に抑えるのは当然です。そのようにして素晴らしいロケーションを提供しているんです。

── キャビンはとてもシンプルですが、優れた合理性も感じられます。どのような点を重視して設計されたのでしょうか?

CH デザインには多くの意図があります。できる限りシンプルでありつつ、周囲を探検するのに最大限活用できる、ある種の“船”になることを目指して設計しました。新進の建築家たちと協力して、大きな窓や冷暖房などを設計し、過酷な気温の中でも快適に過ごせるようにしました。

CA サービスの目的は大自然の中で過ごすこと。つまり、キャビンはあくまでアンヨークドの体験の一部であることを念頭に置いたデザインになっているんです。ゲストのフィードバックに耳を傾け、よりサステナブルな素材を採用し、小さなことも調整とアップデートを重ねて、設計にはできる限りの工夫をしてきました。

食事は機能的なキッチンで自炊する。オーストラリアのトップシェフからの協力を得て、おいしい料理をつくるために必要なツール(2口のガスコンロ、ミニ冷蔵庫、ナイフ、木製スプーン、缶切り、カトラリー、ソースパン、ダッチオーブンなど)だけを揃えている。食材は自ら準備する必要があるが、アルコール類に関しては事前注文が可能。

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── キャビンを設置している場所は、「視界に人工物が見えないこと」を条件にしているそうですね?

CH それは本当に重要なことなんです。大自然に完全に没入し、身体と結びつけるためには、それまでの日常生活やストレスを思い出させるものなど、人工的な要素を排除することが必要です。これについては、ぼくたちが行なった研究でも明らかになっています。

CA アンヨークドで選ぶ場所の特徴は、誰にも会わず、誰の声も聞こえないということ。自然の中にいるのは自分たちだけで、人里離れたところにいるような感覚を生み出します。でも実は、多くのキャビンが位置するのは、ゲストの住む街からたった1、2時間だったりするんですよ。

── レコード会社の設立をはじめ、積極的に音楽にかかわっていますね。それはなぜですか?

CA それはシンプルに「楽しい」から(笑)。それに、自然の恩恵の一つひとつに対する意識を、もっと高めてほしいという理由もあります。何しろ音楽は人々が耳を傾け、自然とのつながりを感じられる興味深い方法ですから。

例えばアーティストとコラボレーションして行なっているフィールドレコーディングは、自然がもたらすクリエイティブな効果を実証するものです。だからこれまでアンヨークドではアーティストにキャビンの体験を提供して、楽曲を制作してもらっていますし、その音源はカセットテープとしてリリースもしていて、キャビンでも聴くことができます。

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── 「アンヨークド」は、これまでにおよそ4,000万AUドルの投資を得て、90%以上の稼働率で合計1万泊以上の予約を獲得してきました。成功を感じていますか?

CH ぼくたちは謙虚に、より多くの人々にもっと自然に触れてもらいたいという情熱を注ぎ続けるだけです。これまでの成功は素晴らしいものだけど、そのほかにも達成したいことはもっとたくさんあります。

CA 心から求めていたもの、探していたものを純粋に築き上げてきたことが、多くの人々にも必要とされていたという意味ではラッキーでした。日本でもキャンプの人気が高まり、アウトドアを楽しむ人口も増えているようですね。PCのスクリーンから離れられず、室内で立ち往生しているのはベストではないということに、どうやら世界の多くの人が気づき始めているようです。

CH 生活におけるテクノロジーの普及と加速は、スクリーンに向かう時間を飛躍的に増加させた一方で、自然の中で過ごす時間の大切さを意識させました。最近読んだ統計によると、人々は平均して1日6時間スクリーンに向かっているようなのですが、これはあまりにも多過ぎます。その時間を減らすべきだと思うんです。

CA それからもうひとつ。ぼくたちが目指しているのは、アウトドアや自然に親しむだけでも、テクノロジーを利用してハイパーコネクティッドに突き進むだけでもなく、両方のバランスを保つことなんですよね。

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ワイルドなヴァイブスというスイッチ

── ちなみにキャビンでどのように過ごしますか?

CA キャビンのあるロケーションには、絵になるような素晴らしい景色が拡がっています。巨大なゴムの木があったり、大きな山があったり、木々にぐるりと囲まれていたりね。だからキャビンに到着したら、一回バッグを置いて、バルコニーのデッキに腰を下ろして、外を眺めます。そうしてしばらくすると、まるですべてを受け入れたかのように、世界がスローダウンしていくのを感じます。心拍数も遅くなって、気持ちが落ち着いていく。こんなふうに、どのロケーションにも自分自身に没入できる環境があるので、まずはそれをじっくりと体験しますね。

── 近年のオーストラリアでは歴史的な山火事や干ばつに見舞われています。あなたたちがコンセプトに掲げる「Wilderness Vibes」にも影響がありますか?

CH 自然火災は壊滅的な被害をもたらす現象で、近年は特にひどい事態になりました。けれどオーストラリアには、山火事に明確に反応する野生生物も多く存在します。例えば、長年土の中で休眠していた未確認の種が花を咲かせて、新たに発見されたりもしているんですよね。山火事による崩壊が、新たな手つかずの荒野を生み出しているとも言えます。

更新を重ねるキャビンは現在で11代目。室内はキッチン、トイレ、シャワーを配置したワンルームで、ベッドはクイーンサイズがひとつのため、1室の定員は大人2名まで。子ども連れも歓迎だが、野生環境ならではのリスクもあるため確認が必要だ。クリスとキャメロンは日本のミニマリズムからも多分に影響を受けたそうで、設計初期には「無印良品の小屋」からもインスピレーションを得ていたという。

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── 先ほどの日本の事例もそうですが、パンデミックは自然体験の価値を見直すきっかけになったのかもしれません。このことについては、どう思いますか?

CH すでにもう生活のあり方から見直すべきだと気づき始めている人たちがいます。人間の身体がどのように発達してきたかということと、わたしたちのいまの生活が、実は矛盾に満ちているということに。この意識こそ、人々がアウトドアという体験に手を伸ばし始めた理由とつながっていると思います。

CA 最近の研究でも、交通や都市の騒音が不安やストレスを増幅させることを明らかにしているし、自然界に響く音や鳥のさえずり声が、そのレヴェルを下げることはすでに知られている通りです。都市に住んでいる多くの人は、このことをはっきり認識しつつあるのかもしれません。

CH ほかにも面白い研究があって、同じ長さの時間を生きていても、自然の中で過ごす時間は、都市で過ごすよりも長く感じられることが証明されました。それってすごいことですよね?  山や森などで過ごすと、より多くの時間を感じられるというのは、つまりスローダウンするような感覚になるということです。さらに脳にもよい効果があるようで、記憶力にも影響します。例えば短期記憶が増加したことを示すような研究がいくつもあったりね。

だからぼくたちは自然の中で過ごす時間を、“瞑想の拡張”のように捉えたいんです。もちろん毎日できればベストだけど、月に1回、もしくは2、3カ月に1回は自然に身を浸す。そうすれば瞑想にも似た精神的・認知的効果が得られるかもしれないし、心身の健康にも影響を与えるはずです。

PHOTOGRAPH: MITCH GAMBLE

── わたしたちはテクノロジーを排除するのではなく、それをよりよく使うことで、自然から得られる体験をより豊かにする方法も模索すべきだと考えます。先ほど、バランスに言及していましたが、テクノロジーの進化と自然体験はどのような関係を築くべきだと思いますか?

CA ぼくたちはいつもテクノロジーを利用しています。それによって自然の効果を、より深く理解できるからです。例えば身体のデータを記録し解析する技術によって、アンヨークドに滞在した翌日にはその効果をはっきりと認識することができます。心拍数は明らかに下がり、睡眠の質も圧倒的によいことがわかります。そのようなデータや技術によって、自然とのかかわり方を考えたり、習慣にすることができるようになります。

CH 多くの人にとってテクノロジーは、ドーパミンの大量放出を促したり、即効性のある満足感をもたらしたりするものになりがちです。しかしそればかりでは人は行き詰まってしまいます。テクノロジーに支配されるのではなく、上手に使うべきですし、オンとオフを切り替えるバランスが重要だと思います。アンヨークドの提供する“ワイルドなヴァイブス”は、そのスイッチになるんです。

(Edit by SATOSHI TAGUCHI)

ほとんどのキャビンは車両の乗り入れが不可能な場所にある。可能な限り近くに用意された駐車場にクルマを置き、徒歩で向かう。その距離はロケーション次第で、150m〜1kmとかなり開きがあるようだ。ちなみに焚き火のできる炉は必ず整備されている。薪は有料だが、森の中で焚き木を拾ってくるのは自由。

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※雑誌『WIRED』日本版VOL.48「RETREAT:未来への退却(リトリート)」から転載


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