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テック系人材が政府機関に流入し、社会を大きく前進させる──特集「THE WORLD IN 2024」

社会にインパクトを与えたいと願う優秀なテック系人材が、今後、政府関連機関の要職を務めることになるだろう。政府が直面するより大きな社会的課題が、そうした人材が抱く使命感を刺激するのだ。
テック系人材が政府機関に流入し、社会を大きく前進させる──特集「THE WORLD IN 2024」
ILLUSTRATION: ANA YAEL

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世界中のビジョナリーや起業家、ビッグシンカーがキーワードを掲げ、2024年の最重要パラダイムを網羅した恒例の総力特集「THE WORLD IN 2024」。Code for Americaの創設者で元エグゼクティブディレクターだったジェニファー・パルカは、社会にポジティブなインパクトをもたらそうとテック企業に就職したエンジニアやプロダクトマネジャーたちが、いまや同じ理由で政府関連の仕事に就いていることに希望をもっている。


テック企業と政府の間に深い溝があることは、よく知られている。2010年代、技術系の優秀な人材は、「素早く動き、破壊せよ」を行動基準に人々に広告をクリックさせるスタートアップや大手プラットフォーム企業に集結した。べンチャーキャピタル(VC)から大量の資金を調達したこれらの企業は、ユーザー獲得を何よりも重視する業界で、自分たちの高給を維持するために快進撃を続けていったのだ。ひと握りの例外を除いて、企業がこの好況期に資金調達に失敗するとしたら、プレゼンの際にクライアント候補として政府関連のプロジェクトをリストアップすることぐらいだった。当時の政府はあまりに遅く、あまりに不確実で、あまりに不合理だったからだ。

2024年には、テック業界の政府嫌いは健全なる興味へと変化しているだろう。米国では実際すでに多くのエンジニアたちが、この変化の波をつかんでいる。政府のテック関連の就職フェアには、数千人ものエンジニア、プロダクトマネジャー、リサーチャー、データサイエンティストたちが足を運んでいる。また、テック企業のエグゼクティブたちは政府機関に籍を移し、リーダー的存在として重要な役割を任されている。この流動化の大きな要因はテック業界で相次いだ大量解雇だが、それぞれの転職先を仔細に検証してみると、社会にインパクトを与えたいという思いが大きな原動力になっていることがわかる。

例えば米国の新型コロナウイルス対策に衝撃を受けた技術者たちの一部は、米疾病管理予防センター(CDC)に新天地を見いだした。ウクライナを助けたい、台湾有事を防ぎたいという思いから国務省や軍に移った例も少なくない。有給休暇が認可されている州では、こうした政府関連プログラムの実現に協力しようと名乗りを上げるコンピューターエンジニアも多い。つまり多くのテック系人材が自分のキャリアを振り返り、もっと意義あることに挑みたいと望んでいるのだ。

VCも政府と関係強化

関連する制度も同様に変化してきている。VCはすでに政府との協力関係を強化する方向に舵を切り、長年政府が取り組んできたヘルスケア、防衛、サプライチェーンなど、より大きな資本、より長いスパンでの取り組み、より緊密な官民協働が必要とされる問題に投資の焦点を移し始めている。

米国では、中国のように政府が資本提携先をあからさまに指示することはしない。その代わりに、政府は“道先案内人”として機能している。つまり優先すべき分野を特定し、そうした分野における取り組みによって多くのインセンティブを割り当てているのだ。こうした方策は、パンデミックの際には「ワープ・スピード作戦」として行なわれ、現在も半導体産業振興を目的としたCHIPS法や科学法、インフレ削減法などで継続されている。

新技術の台頭において政府の戦略的な資金提供が果たしてきた役割は、これまで無視されるか、都合よく忘れ去られてきたのも事実だ。テスラは政府から(失敗した太陽電池メーカーのソリンドラに匹敵する)多額の融資保証を受けていたし、スペースXの成功はNASAの戦略的コミットメントなしにはありえなかった。グーグルは、DARPA(国防高等研究計画局)と食品や飲料水などさまざまな公衆衛生分野の安全基準を定めるNSF(国立公衆衛生財団)から支給された「デジタルライブラリー」助成金から始まっている。

そしてもちろん、政府の支援を受けて開発されたGPSがなければ、GoogleマップもUberもLyftも生まれなかったし、現代の物流に欠かせないリアルタイムのトラッキングも実現不可能だっただろう。今日になってようやく投資家たちは、政府をパートナーや共同投資家として、あるいは政府関連のプロジェクトをひとつの有意義なマーケットとして扱うことが勝利への戦略であることを理解しつつあるのだ。

政府関連の仕事は苦労も付きまとうが、やりがいは非常に大きい。政府には使命感にあふれ、巨大な社会的問題を同様に巨大なスケールで解決するという目的意識をもった職員が多数いる。そうした職員は、事なかれ主義の公務員というステレオタイプとは真逆の存在なのだ。

これは、いまの政府と同じく理想主義的で、大金を稼ぐことよりも社会にインパクトを起こすことを夢見ていたかつてのテック業界を懐かしむ開発者、エンジニア、プロダクトマネジャーにとっては抗いがたい魅力だ。フェイスブックの先駆的なデータサイエンティストだったジェフ・ハンマーバッカーが11年に「ぼくの世代で最高の頭脳をもった人々が、ユーザーに広告をクリックさせるために働いている。本当に残念なことだ」と語ったが、以来、何万人もの識者が同じ結論に達している。

こうした人材の流動化は、またとないタイミングで起きている。今日の世界が抱える困難な課題を解決するには、創意工夫が必要だからだ。人によってはスタートアップやハイテク系大企業など民間セクターで世界的課題に取り組むことを選ぶかもしれない。しかし、さらに多くのテック系人材が、より大きなインパクトをもたらすなら政府のために働こうと考えているのだ。

ジェニファー・パルカ |JENNIFER PAHLKA
米国の実業家、政治アドバイザー。Code for Americaの創設者・元エグゼクティブディレクターであり、United States Digital Service設立にも貢献。著書に『Recoding America』がある。

TRANSLATION BY OVAL INC./EDIT BY MICHIAKI MATSUSHIMA

※雑誌『WIRED』日本版 VOL.51 特集「THE WORLD IN 2024」より転載。


雑誌『WIRED』日本版VOL.51
「THE WORLD IN 2024」

アイデアとイノベーションの源泉であり、常に未来を実装するメディアである『WIRED』のエッセンスが詰まった年末恒例の「THE WORLD IN」シリーズ。加速し続けるAIの能力がわたしたちのカルチャーやビジネス、セキュリティから政治まで広範に及ぼすインパクトのゆくえを探るほか、環境危機に対峙するテクノロジーの現在地、サイエンスや医療でいよいよ訪れる注目のブレイクスルーなど、全10分野にわたり、2024年の最重要パラダイムを読み解く総力特集!詳細はこちら


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