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感染症と老化の因果関係が明らかとなり、新たなワクチン開発が加速する──特集「THE WORLD IN 2024」

新型コロナウイルス感染症のパンデミックで大きく注目されたワクチン開発。今後は、認知症をはじめとする老化の抑制など、健康を長期的に維持していくための新たな研究や実践が加速していく。
感染症と老化の因果関係が明らかとなり、新たなワクチン開発が加速する──特集「THE WORLD IN 2024」
Illustration: Mark Long

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世界中のビジョナリーや起業家、ビッグシンカーがキーワードを掲げ、2024年の最重要パラダイムを網羅した恒例の総力特集「THE WORLD IN 2024」。計算生物学者で著書に『AGELESS(エイジレス)』があるアンドリュー・スティールは、単に感染を予防するだけでなく、長期的な健康を最大化するためにワクチンを活用するようになると予測する。


一般的な病気を防ぐための予防接種を受けることで、心臓発作や認知症のリスクを減らせるだけでなく、老化を遅らせることもできるというのは本当だろうか?

ワクチンの活用状況を振り返ると、深刻な病気を長期的に予防するために用いられ始めたのは最近のことではない。2000年代には、がんの発生率低下を主な目的として、ヒトパピローマウイルス(HPV)のワクチンが導入され始めている。HPV感染自体は通常、深刻な症状を引き起こすことはないが、HPVの細胞内での働きにより、子宮頸部、陰茎、口腔のがんを発症する可能性がある。英国では、12歳と13歳の女児への予防接種により、子宮頸がんの90%を予防することに成功した。もしこの予防接種が世界的に導入されれば、何百万人もの命を救えるかもしれない。

感染症とがんとの関連性については、すでにいくつかの具体例が知られているが、最近の研究により、感染症と長期的な疾患にはこれまで考えられていたよりもはるかに幅広い関係性があると明らかになっている。

パンデミックはこの警鐘を鳴らすひとつのきっかけになった。今日、コロナウイルスには肺以外の臓器にも問題を引き起こす可能性があると判明している。例えば、米国の退役軍人の健康データを調査した22年の論文では、感染してから1年間に脳卒中や心不全などの心血管系の疾病リスクが2倍になることが示された。つまりわたしたちは、新型コロナウイルスによって罹患する疾病の可能性を過小評価しているかもしれないということだ。

ウイルスと認知症の因果関係

しかし、これはさほど驚くことではない。例えば、毎年インフルエンザの季節になると、感染ピーク後の数週間にわたって心血管系の死亡率が増加する傾向がある。フィンランドと英国の医療記録を調査した23年の研究では、インフルエンザ感染が認知症やパーキンソン病のリスクと関連していることも明らかになった。

特に重大な問題を引き起こすものといえば、ヒトヘルペスウイルスの仲間だ。これらはどれも感染すると一生涯体内に潜伏し続ける。再発するものも多く、最も有名な水ぼうそうは、神経細胞に潜伏し、激しい痛みを伴う帯状疱疹として再び現れる。帯状疱疹は、ストレスや加齢によって免疫機能が低下すると発症しやすくなる。このようにヘルペスは神経内に一生すみ着き、慢性的に影響を及ぼすのだ。また、数種のヘルペスウイルスは認知症リスクの増加と関連しており、抗ウイルス剤による治療とリスク低減の因果関係が示唆されている。実際、23年にスコットランドで実施した高齢者向け帯状疱疹ワクチンの導入に関する科学的研究では、導入後の認知症リスクの減少が示された。

最近では、伝染性単核球症の原因であるヘルペスウイルスとして知られるエプスタイン・バー・ウイルス(EBV)と多発性硬化症(MS)との関連がふたつの研究で指摘されている。

さらに別の研究では、ヘルペスウイルスのひとつであるサイトメガロウイルス(CMV)が老化プロセスそのものを加速させる可能性も示唆された。このウイルスは驚くほど一般的で、65歳以上の高齢者の70%が過去に罹患している。通常は感染しても軽症かまったく無症状だが、慢性的に活動するため、わたしたちの体内にある免疫系はウイルスとの終わりのない戦いに多くを割かれ、ほかの感染症を除去するための体内パトロールや、老化細胞を抑制する能力を失ってしまうのだ。

あらゆる感染症は炎症を促進するため、老化を加速し、ほかの病気のリスクを高めるという証拠もある。炎症は、感染や負傷などの脅威に対する免疫系の極めて重要な反応であり、通常は一過性だが、継続的な“慢性”の炎症は老化を促進する要因のひとつとなる。感染症と無縁の子ども時代を過ごした人は、高齢になってもより健康で長生きすると指摘されているが、これは細菌そのものによるダメージのみならず、ウイルスを撃退しようとする免疫系への負荷も少ないのがその理由だ。

より長期的な影響に関するこうした知見は、ワクチン開発の新たな取り組みに反映されてきている。ドイツのBioNTechは、性器ヘルペスや口唇ヘルペスの原因となるヘルペスウイルスのひとつで、認知症との関連も指摘されるHSV-2を標的とするワクチン開発を進めている。またモデルナはすでに、mRNA-1647として知られるCMVワクチンを開発している。これは人間を対象とした臨床試験で使われた最初のmRNAワクチンだ。米国立衛生研究所も、EBVワクチンの第I相臨床試験を開始しており、前述のモデルナもmRNAワクチンを開発中だ。

これらのワクチンは、EBVによる炎症やMSのリスクを軽減したり、CMVを抑制して免疫系の老化を遅らせたりすることで、過去に罹患した感染症の影響に悩まされている患者を救う一助になると期待されている。このような長期的サポートに最適なワクチンは、そもそも感染を予防するために開発されたワクチンとは少し異なるかもしれない。いずれにせよ、新たなワクチン開発は前途有望であり、感染後の健康への影響に関心が向けられている現在、単に感染を予防するだけでなく、長期的な健康を最大化するためにワクチンを活用する方法を見いだし、実現させるという動きが2024年には加速するだろう。

アンドリュー・スティール|ANDREW STEELE
計算生物学者。英国のフランシス・クリック・インスティテュートで機械学習を用いたDNAの解析を研究した後に、サイエンスライターとしての活動を始める。著書に『AGELESS(エイジレス)』がある。

TRANSLATION BY OVAL INC.

※雑誌『WIRED』日本版 VOL.51 特集「THE WORLD IN 2024」より転載。


雑誌『WIRED』日本版VOL.51
「THE WORLD IN 2024」

アイデアとイノベーションの源泉であり、常に未来を実装するメディアである『WIRED』のエッセンスが詰まった年末恒例の「THE WORLD IN」シリーズ。加速し続けるAIの能力がわたしたちのカルチャーやビジネス、セキュリティから政治まで広範に及ぼすインパクトのゆくえを探るほか、環境危機に対峙するテクノロジーの現在地、サイエンスや医療でいよいよ訪れる注目のブレイクスルーなど、全10分野にわたり、2024年の最重要パラダイムを読み解く総力特集!詳細はこちら


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